第五十二話 傷ついたウルフ
廃村での生活が落ち着き始めたアレンたち。
水や食料の確保が進み、快適な環境が整いつつある中で、
ユイはアレンに言う。
「ねえ、アレン。私も狩りを見てみたいな」
ユイが教会の前で、少し緊張した様子で言った。
アレンは槍を手にしながら、意外そうに彼女を見つめる。
「狩りを?」
「うん。アレンがどうやって獲物を仕留めてるのか、気になるの」
ユイの目は真剣だった。
焚き火のそばで話を聞いていたミリアが、興味深そうに首を傾げる。
「珍しいわね、ユイがそんなこと言うなんて」
「だって、アレンが狩りをしてくれるおかげで、私たちはご飯を食べられてるんでしょ? だから、一度見てみたいの」
アレンは少し考えた後、頷いた。
「いいだろう。でも、足場が悪い場所もあるし、おんぶして連れていくか?」
そう言いながら、アレンはロープを手に取る。
「えっ、おんぶ?」
ユイは驚いて、顔を赤らめながら一歩後ずさった。
「いや、もういいよ! 自分で歩けるから!」
「そうか?」
アレンは肩をすくめ、ロープをしまう。
「じゃあ、ちゃんと俺の後ろにいてくれ。危ないからな」
「うん!」
ユイは元気よく頷き、二人は狩り場へと向かった。
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森の中は静かだった。
木々の間を抜ける風が、心地よい音を奏でている。
「こんなに静かなんだね……」
ユイが周囲を見回しながら、感嘆したように呟いた。
「獲物を狩るには、周囲の音をよく聞くことが大事だ」
アレンがそう言いながら、槍を構える。
そのとき——
「……!」
アレンの耳に、微かにうめくような声が聞こえた。
「何かいる……」
ユイも小さく息を呑み、アレンの背中に隠れる。
二人が進むと、そこにいたのは——
ボロボロになったデュランス・ウルフの子供だった。
灰色の毛並みは傷だらけで、所々血がにじんでいる。
その体は痩せ細り、今にも倒れそうだった。
「デュランス・ウルフ……?」
アレンが警戒しながら呟く。
ウルフはアレンたちに気づくと、わずかに唸り声を上げた。
しかし、その声には覇気がなく、威嚇する力もほとんど残っていなかった。
「弱ってる……」
ユイが震える声で言う。
アレンは槍を下げた。
ウルフの目は鋭さを残していたが、今の状態では敵意を向ける力もないようだった。
「どうする?」
アレンがユイに尋ねると、彼女は少し躊躇したあと、ぎゅっと拳を握った。
「……助けたい」
「……」
アレンはユイの言葉を聞きながら、目の前のウルフを見る。
「こいつは俺たちにとっては獲物かもしれないが、確かにこのまま放っておけば死ぬだろうな」
ユイはアレンの腕を掴みながら、真剣な目で見つめた。
「ダメかな……? 」
アレンは少し考えた後、深く息をついた。
「……まあ」
「本当!?」
ユイの顔がぱっと明るくなる。
だが、アレンの表情は曇ったままだった。
「俺は……一度デュランス・ウルフと戦っている。あいつらは手強い」
過去の戦闘を思い出す。
デュランス・ウルフの驚異的な再生能力と俊敏さ。
この子供が成長すれば、同じような強敵になる可能性がある。
「もしかしたら、俺たちにとって脅威になるかもしれない」
ユイは少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐに強い意志を込めて言った。
「でも、今はただの子供だよね?」
「それはそうだが……」
「だったら、助けてもいいと思うの」
ユイは必死に食い下がる。
「だって、アレンだって最初はただ生き延びるために戦ってたんでしょ? だったら、この子も同じじゃないかな」
アレンはユイの説得を聞きながら、再びウルフに目を向ける。
確かに、今のこのウルフには敵意よりも、生きたいという意志が感じられた。
「……はぁ、分かった」
アレンは大きくため息をつき、ゆっくりと頷いた。
「ただし、何かあればすぐに対処する。いいな?」
「うん!」
ユイは嬉しそうに笑い、そっとウルフに近づく。
「大丈夫、大丈夫だよ……」
ウルフは警戒しながらも、もはや動く力は残っていないようだった。
「この子、私たちを襲う気はないよ」
「……分かった。村に連れて帰るぞ」
こうして、アレンたちは傷ついたウルフを教会へ運ぶことになった。
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ユイの猛プッシュにより、傷ついたデュランス・ウルフの子供を助けることになったアレンたち。
果たして、このウルフは本当に安全なのか——?




