四十三話 囚われの少女の哀しき過去
アレンは森で出会った少女ユイを助けた。
しかし彼女には街へ入れない理由があるという。
焚き火のそばでユイは語り始める――。
夜の静寂の中、ユイはふと目を覚ました。
森の中はしんと静まり返り、木々のざわめきと焚き火の小さな音だけが響いている。
火のそばにはアレンがいた。
腕を組み、ぼんやりと炎を見つめている。
ユイは毛皮にくるまりながら、じっと彼の背中を見つめた。
「……寝てないの?」
アレンは顔だけユイのほうに向ける。
「ああ、火の番をしてた。少しうとうとしてたけどな」
「……ごめん、私のせいで」
「気にするな」
そう言って、アレンはまた炎に目を戻す。
その穏やかな様子に、ユイは少し心が軽くなった。
しかし、その温もりのせいか、ふいに胸の奥にある何かが揺さぶられた。
しばらく黙っていたが、口を開く。
「……ねぇ、アレン」
「ん?」
「聞いてくれる?」
「……ああ」
焚き火の炎が揺れ、ユイの影がゆらゆらと動く。
ユイは、ぽつりぽつりと話し始めた。
「……小さい頃に、あの屋敷に連れてこられたの」
「……」
「私の家は、貴族に逆らったらしくて……親も、兄も……殺された」
アレンの眉がぴくりと動いた。
「私は生きたまま連れていかれた。私だけ……」
「……」
「最初は、普通の召使いとして扱われてた。でも……だんだん、違ってきた」
ユイの小さな肩が震える。
「食事の残りを食べさせられたり……失敗すれば鞭打ち……」
「……」
「昼間はこき使われて、夜になると……ご主人様の気分次第で、呼ばれた」
「……」
「最初は、足を揉めとか、掃除をしろとか。でも……少しでも気に入らないことがあると、殴られた。服を剥がされて、床に這いつくばらせて、『犬みたいに這え』って……」
アレンの指が拳を作るように動いた。
「ご主人様が面白がる遊びに付き合わなければならなくて……『誰が一番お行儀がいいか競争しろ』って言われて……負けたら、罰だった」
「……罰?」
「……熱した鉄を腕に押し付けられたり……」
ユイはそっと袖をまくる。そこには薄いが、焼けただれた跡が残っていた。
「私はまだ……運が良かったほう」
アレンは息をのむ。
「……運が良かった?」
「私と同じような子……もう一人いたの」
ユイの目から、ぽろりと涙が零れた。
「その子は……ある日、ご主人様の気分を損ねて……目の前で、首を絞められた」
「……ッ!」
アレンの奥歯がギリッと鳴るほど、強く噛み締められる。
「私は……ずっと見ているしかなかった……声を出したら、次は私の番だったから……」
ユイの声が震える。
「それから……私はもう、何も考えなくなった。ただ、ご主人様の言うことを聞いて、目立たないように、逆らわないように……」
アレンは焚き火を見つめながら、拳を握りしめる。
(そんなことがあって、いいはずがない……)
「……でも……助けてくれた人がいたの」
ユイは少し微笑んだ。
「ミリアっていうの。私のことを、何度もかばってくれて……屋敷を抜け出す手助けをしてくれたの。でも……私だけが逃げられた」
「……その人は?」
「……捕まったと思う」
「……」
ユイは唇を噛み締めた。
「私、ミリアを助けたい」
アレンは炎を見つめながら、静かに息を吐いた。
「……」
ユイは震えた声で言う。
「……無理、だよね……?」
アレンはゆっくりとユイの頭をポンと叩いた。
「もう寝ろ」
ユイの目から、ぽろりと涙が零れた。
「……うん」
そう言って、彼女は毛皮にくるまり、再び目を閉じた。
焚き火の炎が、夜風に揺られていた。
ユイの過去が明らかになりました。
彼女がどれほど過酷な運命を生き抜いてきたのか……
アレンは彼女の想いをどう受け止めるのか。