第六話 帰省
ミアウは馬車が止まったのを確認することもなく、扉のロックを開けて外に出た。外はハーティンの館を出た時よりもずっと冷たくなっていて、またトランクを持っていないことを後悔した。
ミアウの館の前には意味のない階段がある。それを何段か上るとベルも押していないのに扉が開く。
「そりゃわかるか」
ミアウは父の部屋と繋がっている玄関の上に付いているカメラを横目で見ながら一年半ぶりの自宅に入る。内開き。棚にはいくらするのか分からないほど高価な花瓶。ミアウが去った時と変わっていない美術品。ミアウの好きなカーペットの刺繍。ウァルティーニ国旗。そして、前と変わらない姿の叔父。
「シックはまだ居候してたの?」
ミアウはそう言いながらも彼にトランクとバックを預ける。
「居候じゃないよ。おかえり、ミアウ」
シックは嫌味を受け流す。
「ただいま。シック叔父さん」
ミアウはシックに嫌味を込めた言い方をするが、彼は顔をゆがめることもなく部屋の一つを指差した。
「エリックが執務室で待っているよ。行ってあげな。トランクは私が部屋に持って行っておくから」
「パパが?」
シックは少し頷き、ミアウを廊下に押し出す。ミアウはシックに頷き返し、父の執務室へ向かう。扉には変わらず『エリック・ウァルティーニ』というネームプレートがある。静かにノックをすると「入れ」と不愛想な声が聞こえてきた。声通り中に入る。
中には執務机に書類から目を離さない、ミアウの父がいた。黒い髪の、黒い眼の。
ミアウのいた人間界では普通だが、魔界ではほとんどの人が髪を染めている。
ミアウだって魔界ではずっとブロンドにしていた。人間界にいると浮くので今は茶色だ。
魔界の魔族、というと派手な髪色や目の色と想像する人もいるけど地毛は黒か茶か金ぐらいで、目の色は青と緑がときどきいるぐらい。
ミアウは一年半ぶりの父をまじまじ見る。目の下はクマが出来ていて、少し白髪もある。
「帰ってきたか。おかえり。急で悪いんだが、会議の話をしてもいいか?」
父エリックはミアウに何枚かの書類を差し出してくる。
「絶対? せっかく帰ってきたんだし、これまでの話、聞かせてよ」
ミアウは机に乗ってエリックから書類を取る。しかし目を通さない。
「そんな暇ないよ。明日の朝でもいいか? とりあえず今は会議の話を……」
「何の会議よ」
ミアウは書類を雑に折って反対の手に持たす。エリックは眉を顰め、口を開いた。
「次の魔王を決める会議だ。王の子供達には王位継承があるだろう? それはミアウも。だから会議に呼ばれている。お前が帰ってきたのもその為だしな。絶対に出ろ」
「でも、わたしが魔王になったらパパの後継ぎがいなくなるでしょ。どうするの?」
ミアウは父に促され、机から降りる。それと同時にエリックを睨む。ミアウは最初から魔王になるつもりなどない。
「……私の後継者か。まあ、誰でもいるだろ。私の兄の子供とか。その子供達にはミアウと違って魔王になれないから」
ミアウはため息を吐く。昔からミアウに自分の後を継がせることだけを考えていたはずの父の口からそのような言葉が出るとは思わなかった。
「部屋に戻る。あ、明日の学校行くから」
ミアウはそう言って立ち去ろうとする。エリックは椅子から立ち、待てっ! と叫ぶ。ミアウは嫌々振り返る。
「お前の部屋の机に高等部用の制服が置いてある。明日はそれを着ていけ。あと、部屋着と寝巻も新しくしたから。クローゼットの中。夕食の時には降りてこい。みんな来るから。あと、そのロングブーツはやめろよ」
「はいはい」
次回 居候と新居候






