第五話 怒らないで
「シック、本当に、部屋に戻りましょう。迷惑ですよ」
ウィルジウスは眉間にしわを寄せて、困ったことを最大限顔に表す。しかし目の前にいる彼はウィルジウスと同じ方向を向いているため、効かない。執務机に座っているもう一人の彼には効くが。
「ウィルジウス、シックを椅子ごと持って帰りなさい。仕事の邪魔だ」
もう一人の彼、エリック・ウァルティーニはシックを見向きもせず、ウィルジウスに縄を投げる。縄をキャッチしたウィルジウスは問題のシックを見る。
「はあ? 邪魔ってなんだよ。その仕事の半分以上してるのは誰だ? こっちはノーギャラだぞ。言葉遣い、気を付けろよ」
どこか子供っぽく言うシックは椅子から立ち、エリックのいる執務机に座る。
「おい、書類が……うっ」
シックはエリックの顎をクイッと掴み、自分の顔に向かせる。エリックは一瞬戸惑いを見せたがすぐにシックの右腕を叩き落とした。
ウィルジウスは気まずいなか帰るべきか迷う。
シックはエリックの手から紙を掴み、エリックはシックの肩まで切り揃えられている髪を掴む。そして耳元でささやいた。
「ブチってするよ」
それが髪を抜くことなのか。ブチ切れるということなのか。シックもウィルジウスも分からないが、静かに部屋を出た。
そのとき、リン、と鈴がなった。
「馬車が止まったんですかね?」
ウィルジウスは扉が開く音を聞きながら二階に上がる。
「出てこないでね」
シックは玄関の方へ歩いて行った。
次回 帰省