35話 スティル②
「わたし達……つまり、わたしとディサエルは、時々二人で色んな世界を旅するの。わたし達を神と崇めてくれる世界に行くのが殆どだけど、たまにこの世界みたいに、わたし達という神が存在しない世界に行く時もあるんだ。そういう世界では信仰心が得られないから、簡単な魔法を使うのがやっとってくらいの魔力しかないんだよね。そうなると別の世界に移動する事も難しいから、魔力、つまり信仰心を得る為に、その世界にいる人間にわたし達を信仰してもらう必要があるの。それで、そのわたし達を信仰して魔力を与えてくれる人の事を、わたし達は使徒と呼んでいるってわけ。あなたはディサエルを信仰して、魔力を与えてるんだよね? だからあなたはディサエルの使徒。使徒との結びつきが強いと、魔力と一緒に使徒の思考とか感情が流れ込んでくる時もあるんだよ。あなたとディサエルの結びつきがどれ程のものかは知らないけど、強さによってはあなたが感じた喜怒哀楽を、ディサエルも一緒に感じ取る事ができるの。逆も然りだけどね。ちなみにわたしの使徒はこの子」
そう言ってスティルはロクドトを指した。だがロクドトはこの世界の人間ではないはずだ。
「ああ、別に元からこの世界にいる人間じゃないと駄目って訳でもないの。今この世界にいて、信仰してくれればいいだけだから」
「そうなんですか。それならロクドトさんだけじゃなくて、ここにいる騎士の皆さんもあなたの使徒なんですか?」
それを聞いたスティルは一気に不満そうな顔をした。
「あ~ダメダメ。あの子達は全然ダメ。あの子達が信仰してるのはカルバカだけで、わたしの事は綺麗な置物程度にしか思ってないもん。ほんっと失礼だよね。わたしが何者なのかも全然分かってないし。何がバカの妻だっての。結婚した覚えもなければ、そもそも誰とも結婚する気すらないのに」
スティルは不貞腐れながらそう言った。カルバスの事をバカ呼ばわりしたのは空耳かと思ったが、そうでもなかった。勝手に妻呼ばわりされたら、罵りたくもなるよな……。
「何でロクドトさんだけ使徒になったんですか?」
この質問にはロクドト本人が答えた。
「野蛮人共が保護だとか言ってスティルを捕らえた時、彼女は魔力不足もあって疲弊していた。原因も分からない愚か者共が、魔王に捕らえられていたせいで調子が悪いようだから、とスティルをワタシの所へ連れて来たのだ。その時、魔力を供給する為に彼女の使徒となる契約を結んだ」
「そう。だからこの世界にいる間、この子はわたしに魔力を与える為にわたしを信仰する、わたしだけの奴隷なの」
可愛い顔をして物騒な事を言ってきた。
「奴隷って……だからあんな酷い事をしてもいいと言うんですか。それって、凄く……不公平だと思います」
「そんなに酷い事したかな。あなたは今日初めてわたしと会ったから知らなくても無理はないけど、わたしは破壊を司る神なの。そしてこの子はただの人の子。格が違うんだから、公平な扱いを受けるだなんて身の程を弁えてなさすぎる。それを思い知らせてあげないと、正しく信仰できないでしょ?」
「思い知らせるだなんて……そんな……」
あまりにも理不尽だ。
「いいんだ。ワタシはそれを承知の上で使徒になったのだから」
「ね。この子は賢いから、わたしと会った時から、わたしが何を司る神なのかちゃんと知ってたの。だから破壊神としての威厳を見せつけてあげないと、可哀想でしょ」
その神が何を司っているのか。それを知る事は大切だとディサエルは言っていた。だがこうも言っていた。
「あなたは月を司る神でもあり、破壊よりも月の方が大切だと聞きました」
「そう。ディサエルからそう教えてもらったんだね。それじゃあ月の力が何か、知ってる?」
それは知らない。潮の満ち引きだとか、スピリチュアル的なパワーくらいしか思い浮かばない。
悩む私に月の光のように柔らかな笑みを見せ、スティルは言った。
「分からなくても大丈夫だよ。月のイメージって、国や宗教、神話によっても様々だからね。不老不死だったり、成長だったり、死だったり。でもわたしとしてはそんな細かい事どうでもいいの。今この瞬間、わたしの頭上で月が輝いているかどうか。そっちの方が大切」
「はぁ……どうしてですか?」
ふふっ、とスティルは笑い声を漏らした。
「月が輝いている時間の方がわたしの力が強まるから」
今はもう月が夜を照らしている時間だと気づいた途端、廊下側の壁が音をたてて崩れ落ちた。




