9.要らないなら貰おう
「た、たすけ……っ」
そこは入口付近とはいえ森の中で、誰かに気付いて助けてもらえるような場所じゃない。
しかも、猪のような魔物が今にも子供に襲いかかろうとしているのだ。
子供は腰が抜けているのか、動けないでいるようだった。
「リッチモンドさん、助けてあげられないかな!?」
『ふむ……。構わぬが、あれは人族の子供。その後はどうする気だ?』
「どうするって……とにかく、今は助けてあげて! 美味しいご飯作るからっ」
『何!? 分かった!! カナデはわしの背に捕まっていろよ』
「ぇ、っぎゃあああァァァァ!!!!!」
言うやいなや急降下し始めたので、心臓が口から飛び出すかと思った。
リッチモンドさんの固定魔法が無かったら飛ばされて死んでたかもしれない。
猪の魔物も、空から突然ドラゴンが降りてきたからか、さすがに襲う気にはなれなかったらしい。驚いて逃げていってしまった。
後退りしてたけど、猪って後退りするんだっけ?
「ヒィ……ッ ドラ、ドラゴン……!?」
木々が邪魔で、ドラゴン化しているリッチモンドさんは着地出来ないんじゃないかと思っていたら、徐々に縮んでいくので驚いた。
「うわぁ! リッチモンドさん、小さくなれるんだぁ」
『驚いたか? わしほどのドラゴンともなれば、小型化も出来るのだ』
フフンッと胸を張る小型ドラゴンに、ちょっと可愛いと思ってしまった。
それより、子供は大丈夫だったかな? あの魔物は逃げていったけど……。
小型化し、森に着陸したリッチモンドさんの背をずりずりと滑り降りると、子供が居た場所に視線を移す。
すると……、
「あらら、気絶しちゃってる。……あれ? 一人かと思ったら、後ろにもう一人倒れてない?」
『そうだな。空からだと、木々に隠れて見えなかったのだろう』
いつ魔物が飛びかかってくるかわからないので、周りを警戒しながら子供達に近付いていると、リッチモンドさんに笑われた。
『この辺りの魔物ならば、わしが居る限り襲ってはこんよ』
「え、本当?」
『ああ。カナデの村がある最奥の魔物は別だがな』
なるほど。じゃあビクビクしてなくても大丈夫だね!
リッチモンドさんの言葉に安心し、子供達に駆け寄ると、その子達はボロ布を纏い、痩せ細った傷だらけの体で倒れていた。
年齢は6、7歳くらいだろうか。
「っ………」
日本では見たことのない、悲惨な様子に言葉が出てこない。
『まだ幼い子供だな』
「……なんで、こんな森に子供が居るの」
喉がぎゅっとしまって、何とか絞り出した言葉に、リッチモンドさんが答えた。
『捨てられたのだろう』
子供の傷は、昨日今日出来たようなものじゃない。ガリガリの体のわりにぽっこり膨れたお腹は、テレビで観た、栄養失調の子供と同じ症状だ。
こんな……っ 子供にこんな事をする奴がいるなんて……!
…………そうか。そんなに要らないっていうなら、私が貰ってもいいよね。
「リッチモンドさん」
『なんだ』
「ウチに連れて帰ろう」
◇◇◇
「治癒魔法はかけたが、二人とも大分体力を消耗しているようだ。暫くは目を覚まさんだろう」
ウチにあるいくつかの客室の中でも、ベッドが二つ並んでいる客室に子供達を運び、リッチモンドさんにクリーン魔法と治癒魔法をかけてもらっている間、私はキッチンで子供達用に重湯を作っていた。
そこへ治療を終えたリッチモンドさんがやってきて、二人の様子を教えてくれた。
「ありがとうございます。リッチモンドさんのおかげであの子達を助けられました」
「なに、カナデが望むなら、わしは何でもしてやろう」
優しいリッチモンドさんはそう言ってニコニコ笑うので、今日はご馳走を沢山作ろうと腕を捲くった。
「夕ご飯は、リッチモンドさんの好きなすき焼きにしよう!!」
「おおっ “スキヤキ”は大好物だ!! トウフとネギとイトコンもたっぷり入れておくれ!!」
「はいはい。お肉も沢山あるし、お酒もあるから美味しいすき焼きが出来るよ!」
「酒も入れるのか!?」
「少量だけどね。楽しみにしてて」
すき焼きには関西風と関東風があって、関西風のすき焼きは、先に牛脂をしいて肉を焼いて割り下を入れるやり方。
関東風のすき焼きは割り下を煮立てて野菜を入れて最後に肉を入れるやり方なんだけど、リッチモンドさんが好きなのは、関東風だから、今回は関東風のすき焼きを作ります。
「はぁ~。レベルが上がる度に食材も調味料も豊富になっていくおウチ様のお陰で、今じゃ日本にいた頃と同じ位のレベルの料理が出来るんだもん。私は幸せ者だよね」
糸こんにゃくは出てきたくせに、お酒が出てこないのは納得いかないが、手に入ったから良しとしよう。
こうしてすき焼きの準備が出来た頃、私は子供達用の重湯を持って、子供達のいる部屋へとやって来たのだ。
まだ寝てるかもしれないが、一応ノックして扉を開ける。
ベッドの上では、ドラゴン化したリッチモンドさんに驚いて気絶した子供ではなく、もう一人の方が起き上がってキョロキョロとしていた。
「あ、目が覚めたみたいだね。体の調子はどう?」
「……ここ、どこ?」
不安そうな声を出す子供に、私は微笑んで言ったのだ。
「ここは、“魔の森”の中にある、私のおウチだよ」