(30)#背中を押されました
「セーラ、待てって」
階段を走るように降りるセーラを慌てて追いかける。
「うるさい。この女たらし」
セーラは俺の言葉に耳を全く貸さず、振り向きもしないまま宿屋を出て行った。
「ダン、何やらかしたんだ」
宿屋のマスターがちょっとニヤけながら訊いてきた。
「ゴメン、うるさくして。ワケは今度話すよ」
俺は両手を合わせ、早口で謝りながらドアを開けた。
「くそっ」
セーラの姿は通りには無く、完全に見失ってしまった。
「どこ行ったんだよ」
あてもないのに焦る気持ちを落ち着かせたくて、俺は人混みをかき分けてセーラを探した。
「ダンじゃないか。血相を変えてどうしたんだい?」
声の方向に振り返ると、ダリアが買い物カゴを持って立っていた。
「いや、ええと」
見栄が邪魔をして俺は口ごもってしまう。
「何だい。じれったいね」
何となく察しがついたのか、ダリアは引っ張るように自分の店へ俺を連れて行った。
「で、何をやらかしたんだい?」
いつもと違い、ガランと静かな店の席に座っていた俺に水を差し出しながらダリアが訊く。
「実は」
恥を忍んで俺はダリアに事の流れを説明した。
「セーラもまだまだ子供だね」
ダリアはキセルに似た道具で煙草のようなものをふかしながら言った。
「一応訊いとくけど、ベロニカちゃんとは何もないんだね?」
女刑事みたいな鋭い視線でダリアは俺を見つめている。
「写真はいいねをもらう為に協力してもらっただけだよ」
「ふ〜ん。そうかい」
「何だよ」
ダリアは少し面白がった顔で俺を見ていた。
「わかったよ。ちょっと待ってな」
ダリアは立ち上がり、注文票の裏にササッと地図を書いて俺に手渡した。
「ここにいるだろうから。今度はちゃんとケジメつけてきな」
「ありがとう。行ってくる」
地図を握りしめて俺は全力で走り出した。




