(106)#跡目問題②
「ちょっとダン。これってどういう状況?」
高級ホテルのスイートルームに通され戸惑うセーラが、袖を引っ張りながら小声で俺に訊く。
「俺もさっぱりだよ」
母さんは家出してから絶縁しているとしか話してくれなかったし、親戚の誰とも会ったことがなかったので、母さんの実家については何も知らないのだ。
「安木さん、これってどういう状況ですか?」
右隣りをチラッと見たが、とても母さんには訊けそうになかったので、スミスさんの少し後ろに立っていた安木さんに訊いた。
「私が説明しましょう」
安木さんを手で制し、スミスさんが話しだした。
「弾様に当主になって頂きたく参りました」
「当主?」
自分に無縁な言葉が出てきたので、馬鹿みたいな顔で訊き返しまう。
「はい。跡継ぎの方がおらず、現当主の孫であられる弾様に跡を継いで頂きたいのです」
「どういうこと?兄さんは?」
我慢出来ず母さんが会話に入ってきた。
「アーク様は持病が悪化され亡くなられました」
「兄さんが・・・・・・」
母さんはショックを隠せず言葉に詰まる。
「そういうわけで」
「何がそういうわけよ」
淡々と話しを進めるスミスさんに、母さんは怒りをむき出して怒鳴った。
「あんな家潰してしまいなさい。この子を巻き込まないで」
興奮した母さんは、早口でまくし立てる。
「そういうわけにはいきません」
スミスさんは母さんの剣幕に動じず、冷静に言い返す。
「モルガン家は貴族の名門。決して絶やしてはならないのです」
「勝手言わないで」
母さんも少し冷静になってきたが、まだ語気は強めだった。
「勝手なのはお嬢様です。本来なら、病弱なお兄様に変わり、あなたが後継者となるべきだったのに」
スミスさんは言葉は淡々としていたが、顔は少し興奮しているように見えた。
「それは」
母さんもお兄さんに申し訳なかったのか、顔が曇ってしまう。
「だけど何でいまさら。分家にも優秀なのはいるんだから、養子を取ればいいでしょ」
「それはアーク様も仰っていたのですが、ジーク様が直系をどうしてもと」
「クソ親父」
会話の流れから、ジークさんというのが俺の祖父らしいことはわかった。
「あのー、アークさんは結婚されなかったんですか?」
ちょっと気になったので、俺は会話の合間を見つけて訊いた。
「結婚されたのですが、奥方様とは子宝に恵まれず、ジーク様が離縁させてしまわれたのです」
「ほんと最低だな、あのクソ親父」
そう言って、母さんは思いっきり舌打ちをした。