(103)#両親の馴れ初め①
「別に珍しい話じゃないわよ」
母さんはカレーに入れる野菜を切りながら、父さんとの出会いを話し始めた。
「家出した私を父さんが世話してくれたのがきっかけ」
「いやいや、終わりかよ」
一言で話を終えようとした母さんに、俺は思わずツッコんだ。
「よくある話でしょ」
「何で家出したとか。父さんに世話になった流れとか。いろいろあるだろ」
面倒くさそうにする母さんに、俺は電話のことがバレないように続きを訊きだそうとした。
「父親に無理矢理結婚相手を決められたのが始まりね」
「別に家出しなくても、嫌だったら断ればよかったんじゃないの?」
「あのクソ親父は子供の意見なんて聞きゃあしないのよ」
話しているうちに当時を思い出し、母さんは苛立ちが露わになっていく。
「じいちゃんてそんな厳しかったの?」
「厳しいとかそういうのじゃなかったわ。子供を自分の所有物としてしか思ってなかったのよ」
そう話す母さんの顔からは、じいちゃんへの嫌悪感が強く感じられた。
「ばあちゃんは何かじいちゃんに言わなかったの?」
「母さんは私を産んですぐに亡くなったらしいから」
「そうなんだ」
「私の教育も執事や家政婦に任せきりだったくせに。都合の良いときだけ親ぶって腹立つ」
「執事とか家政婦がいたの?」
苛立ちのせいで母さんがポロッとこぼした言葉に、俺は思わず反応した。
「そこそこ名のある家だからね」
「母さんてお嬢様なの?」
自分が見てきた母さんは極々普通な人間だったので、半信半疑で質問を投げかける。
「その目は信じてないわね」
「ち、ちょっと驚いただけだよ」
内心バレバレで動揺した俺は、甘噛みしながら誤魔化した。
「元々お嬢様って柄でもなかったから、いいキッカケだったのよ」
よほどせいせいしたのだろう、当時を思い出した母さんはスッキリした表情をしている。
「で、父さんとはどう知り合ったわけ?」
ここまで聞いたら最後まで知りたくなり、俺は話題を馴れ初めに戻した。
「当てもなくブラブラしてたら父さんに声を掛けられたのよ」
「父さんナンパしたの?」
「違うわよ。仕事中の父さんに補導されたの」
俺の勘違いを呆れながら母さんが訂正する。
「あー。父さん、警察官だったからか」
俺は仏壇にある警察官姿の父さんを見て納得した。
「それで、何で恋に落ちたわけ?」
俺は両親の馴れ初めへの好奇心が上回り、電話の件はどうでもよくなっていた。