第7話 魔王、魔法の試し撃ちをする
翌日、魔王はエリナと共に王都の中を歩いていた。
魔王は興味深げに周囲を見渡しながら歩みを進めていた。
「びっくりするくらい街並みが変わってないな」
「ここに来たことあるんですか?」
エリナが不思議そうに問う。
「いや、来たことはないが、俺のいた時代と建物の作りが同じで、驚いてるだけだ。結構発展してるかと思ったからよけいにな」
「そうだったんですか。……私が聞いた話だと、百年くらい前からあまり発展していないみたいですよ」
「へー」
そんな会話をしていると一行は、南門に到着した。
警備兵に「道を歩いてくんだぞ」と注意を受け、エリナが礼を言う。
だが、一行はすぐに道から離れ、人があまり寄り付くことがなさそうな場所へ歩みを進める。
そして平原と森の境目にやってくると、魔王がどんどん奥に進み、遅れてエリナが追いかける。
「どこまで行くんですか?」
「もうちょい奥まで。その方が人目を気にせずに済む」
「この辺には、人のひの字すらありませんけど……」
そう言って、苦笑いを浮かべる。
そしてほんの少し、開けた場所に出ると、そこで魔王は歩みを止めた。
「ここら辺なら、ちょうど良さそうだな」
「??」
その言葉にエリナは首を傾げる。
「マスター、あまり俺から離れるなよ」
「何をするんですか?」
「魔法の試し打ちがてら、ここらを整地する」
「え?」
魔王はそう言うと、複数の魔法を同時に展開し、それを正面の木々に向かって放つ。
その威力はかなりのもので、木々は粉々に砕け散り、余波だけで周辺の木々が吹き飛ぶほどだった。
それを目の当たりにしたエリナは、驚きのあまり絶句していた。
「やっぱ威力がかなり落ちてるな。それにこんな魔法で、ここまで魔力を消費するってことは、超越魔法は一発撃てるかどうかってとこだな。下手したら、戦略級魔法も怪しいな」
自身が弱くなっていることを知り、大きなため息を吐く。
弱体化自体は予想通りのようだが、想定以上だったらしい。
「この分じゃあ、神域魔法は当分使えそうにないな……」
落胆の声を漏らしながら、八つ当たりをするかの様に木々に向かって魔法を放った。
さらに追い打ちと言わんばかりに、付近にあった大木に向かって、魔法名を唱え、魔法を放つ。
「――レヴィン・エクトール」
魔法が発動すると一筋の雷撃が迸り、空気を焼く音が鳴り響く。
さらに雷撃の軌跡を辿り、爆発が起きる。
大木は雷撃が直撃したところが消し飛び、雷撃の余波で、根元から折れる。
まるで小枝を折るように。
そして追撃効果の爆発により、轟音が鳴り響き、周辺一帯にあったものが消し飛んだ。
「うーむ……単体魔法でこの威力か」
鬱憤が晴れたように満足そうな顔をして頷き、今ので自身の大体の状態を把握した。
「単体魔法って一体……」
途轍もない威力の魔法を見たエリナは、思考が停止し、心の声が漏れていた。
「ま、魔王様、この威力と範囲で単体魔法とは呼びません!」
「だよな~。マスターから見ても、そう思うんだよな?」
「はい」
「やはり威力が低いみたいだな」
魔法の威力を全盛期と比較している一方で、エリナは自身と魔王の価値観が食い違っていることに気づく。
(あれ? 私の感想と魔王様の感想が噛み合ってないような……)
そんなことを思っていると、魔王が再び様々な魔法を放つ。
それらの魔法の威力も中々だった。
魔王はどの属性が使えなくなっているか試しているようだが、今のところ使えない属性はなかった。
そして簡易魔法と呼ばれる魔法を使おう。
「穿て! 吹きすさべ!」
その言葉に呼応し、地面が突起して木を貫いた後、風が刃となり木々を切り倒す。
「これもちゃんと使えるみたいだな」
大体の魔法が使えることを確認し、嬉しそうな表情を見せる。
そんな中、エリナは今魔王が使った魔法に興味を持つ。
いや、それ以外も思考は停止しつつも興味があったようだが、これはその中でも頭一つ抜けていた。
「今のって何ですか?」
「ん? ああ、これは呪言の言霊と呼ばれるもので、昔は簡易魔法とも呼ばれていたな。体の一部に呪言の刻印というものを刻み事で、使える様になる魔法だ。……んで、これがその刻印だ」
魔王は袖をめくり、刻印に魔力を流し込み、それを浮き上がらせる。
それを見たエリナは、目を輝かせていた。
「すごい! こんな高度な刻印初めて見た」
「だろうな。俺の時代でもかなり高度な代物だったからな」
「この魔法って、他にどんなことができるんですか?」
興味深々と言わんばかりに、魔王に詰め寄る。
その迫力に負け、魔王が一歩退いた。
「お、落ち着け」
迫りくるエリナをなだめ、説明を続ける。
「まあ、言葉で言ったことならだいたいのことは出来るが、刻印を刻んだ量と術者の技量に左右される。『消滅しろ』みたいな強い力は超一流の術者か、刻印を魔力回路全てに刻んだ者しか使えない」
「でも、それを魔王様がしてないってことは代償が大きいってことですね!」
「その通りだ。手っ取り早く強くはなれるが、魔力回路全てに刻印を刻むと、魔法が使えなくなるから、本末転倒というか、実質的に弱くなったと同じだ。呪言の言霊で超広範囲攻撃は出来ないからな。だけど、腕一本分なら特に支障がないからある意味、強化されたと言えるな」
「なるほど。でも、なんで呪言の言霊は使えるんですか? 魔法が使えなくなるなら、言霊も使えないくなるはずです」
「それは簡単な話だな。呪言の刻印が魔力回路の代替物になるからだ」
「それなら確かに使えますね」
エリナは懐から出したメモ帳ほどの大きさの紙に、それらをメモしていた。
そして、一つわからないことがあり、それを魔王に問う。
「そう言えば、魔力回路って何ですか?」
「ま、まじで知らないのか? てか、それを知らずにさっきの説明の納得してたのか」
その言葉にエリナが頷いた。
魔王がいた時代では学生でも、知っているの当たり前の知識だっただけに、それを見て彼は困惑していた。
(この時代だと、学生に教えないのが常識なんだな。うん。そうに違いない!)
必死に文明が衰退していることを、心の中で否定する。
だが、その事実を魔王はいずれ知ることになる。
そして、魔王自身が落ち着いたところで、エリナの問いに応えることにした。
「魔力回路っていうのは、魔力の通り道のことだ。体内にある魔力は魔力回路を通って体中を循環したり、魔法陣に送り込まれ、魔法に変換される。そして回路の品質で魔力運用の効率が大幅に変化する。高品質であればあるほど魔力の消費量は少なくなり、低品質の回路と同等の魔力を消費すれば、火力に差が出て来たりするんだ」
「魔力版の血管みたいなものってことですね」
「その認識で間違いはないな」
そこでエリナが何かを思いつき、魔王に視線を向ける。
「私にもその刻印を刻むことは出来るんですか?」
「できるか、できないかと問われれば、できるってのが答えだが、あまりお勧めはしない」
「なんで?」
そこで首を傾げた。
「これを刻めば、熟練度が低い魔導士ほど、呪言の言霊に頼ることが多くなる」
「でも、それは弱いところを補えるからいいことだと思います」
「マスターの言う通り、それが悪いとは言わないが、魔法の構築速度が遅くても何とかなるって認識ができると、実戦で命を落とすことになる。特に近接職との高速戦闘だと、魔法の発動速度で生死が決まるといっても過言じゃない。マスターも魔導士ならわかるだろ?」
「そうだね。私がそんな状況にいたら、絶対発動が早い呪言の言霊に頼っちゃうもん」
「だろ。それに魔力回路への刻印は、はっきり言って手足が切断された時より、痛いからな」
「あー……」
その言葉で完全に諦めたようだ。
「んじゃ、試し打ちに戻るから下がっててくれ」
そう言うと魔王が少し前へと進み、エリナはその維持に従い、後ろへ下がった。
エリナとの距離が開いたことを確認すると、空間魔法の実験を始める。
それは転移などの移動魔法ではなく、攻撃用の魔法だ。
「――ディム」
この魔法は空間攻撃魔法の中で、一番弱いものである。
だが、空間に干渉する魔法だけあって、火力がかなり高い。
魔王が魔法を放つと、空間が圧縮され、即座にそれが解放される。
圧縮したものが強制解放された事で、空間が膨張して歪みを起こし、小爆発が起こる。
その規模は中々のものだった。
そして周囲に青い炎をまき散らす。
炎は燃え移る対象がなく、数秒で消滅した。
「これも大丈夫そうだな。ってことは、魔力が足りる範囲の魔法は、全部使えるとみて、よさそうだな」
「今のって……」
魔王の魔法を見て驚くことはなくなった。
だが、今の魔法を見て、エリナは言葉にせずにはいられなかった。
何故なら、この時代では失われた魔法技術の一つだったからだ。
「空間……魔法!?」
「よくわかったな。今のは空間攻撃魔法ディム。位階は第五位だな」
「第五位階!? って、そこじゃないよ! 空間魔法は失われた魔法なんだよ! おとぎ話や伝説にしか出てこないから、存在すら危ぶまれるくらいの!」
「この時代だと、そんな事になっているか……」
技術の衰退をしり、ため息を吐く。
その表情には落胆の色が見える。
だが、すぐに気を取り直し、興奮気味のエリナを落ち着かせる。
「落ち着けマスター。……俺のいた時代だと当たり前に使われてたから、そこまで驚かれると俺が困る」
「ご、ごめんなさい。でも、本当にすごくて……」
未だに興奮冷めやらぬ感じで目をキラキラしていた。
「そんなに使える人がいて、何で失われてしま――」
そこで初めて、エリナは魔王がいつの時代から来たのか、知らないことに気が付く。
その辺のことを話すのを、魔王は完全に忘れていた。
「もしかして魔王様は、かなり昔の人なんですか?」
「あれ、言っていなかったけ? 時間誤差も含めて、約一万年くらい前から転生してきた」
「い、一万!! ……は、はは……それならこれほど魔法技術がかけ離れてても不思議じゃないや……」
現代の魔法技術から異常なまでの差について、やっと腑に落ちたようだ。
流石に予想外の年数に、エリナの思考が少しの間、停止していた。
「さて、最後の実験をするから離れててくれ」
「わ、わかった」
魔王の指示に従い、エリナは再び距離を取る。
「ここまで順調すぎて怖いが、魔眼はどうなってるか調べないと今後に支障が出るよな」
小さくそんなことを呟きながら、魔力を目に集め始める。
「マスター、魔眼を使うから、絶対に俺の視界に入るなよ。制御に失敗すれば死ぬぞ」
脅すような口調に、エリナがビクリと肩を震わせて、嫌でも視界に入らない位置へと移動する
これから起こることに恐怖心を覚えながらも、好奇心がそれを上回っていることに、エリナが気づいた。
自身で魔王と名乗ったものが使うものに興味を惹かれないものはいないだろう。
その様子を固唾を飲んで、今か今かと見守る。
エリナが見たことがある魔眼は、せいぜいが嘘を見抜くなどの最下位に位置するもの。
所詮はこの時代に置いての物であり、彼の時代から見れば劣化品である事を魔王が証明する。
本来の魔眼と言うやつを。
魔王が自身の目に膨大な量の魔力を集中させると、それを解き放って封印を解除し、魔眼を発動させる。
(魔眼解放!)
――破壊の魔眼
それが今魔王が解き放った魔眼の名。
この魔眼は、魔王が保有している複数の魔眼の中でも最強格のもの。
その効果は視界内にあるものを、任意で全て破壊する。
強力すぎるが故に、魔力消費が激しいのが弱点である。
だが、魔眼を使った瞬間、魔王は危機感を覚えた。
(やべっ!!!)
力が暴走したのを感じ、慌てて魔眼を解除した。
時間にしてわずか〇・六秒。
それだけの時間で視界内にあった物は全て破壊され、消滅していた。
それは命の有無に関係なく全て平等に……。
大地は砂漠と化し、山は消え、もちろん生物など跡形もない。
(こりゃー当分封印だな。……弱体化の影響で、魔眼制御の力が無くなってるみたいだな。恐らく低位のものすら制御できない可能性があるな)
眼前の惨状を前にして、至って冷静に自分の分析を済ませる。
(それにしても魔力消費がえぐいな。ほとんど全部持ってかれたぞ!? ピンチの時も使いどこ考えないと、味方ごと消しばしそうだな。運用も考えないと、か……)
溜め息を一つ吐き、この力は当分使わないことを心に決める魔王。
だが、暴走したとは知らないエリナは、呆れを通り越して棒立ちである。
そして魔力回復ポーションを飲み、魔王がエリナの手を握る。
「とりあえず逃げるぞ! マスター」
「!?」
すると、魔王の足元に魔方陣が出現し、視界が真っ白に染まる。
次の瞬間、先ほどまでいた平原ではなく、よく見慣れた実験室へと風景が変わり、視界に映り込む。
エリナはもはや無表情であるが、気配で驚いてることがわかる。
「うん。もう驚かいないよ」
どうやら色々と吹っ切れたようだ。
色々と……。
「この魔法って転移魔法だよね?」
「ご明察。これが転移魔法レティム。伝説の魔法とやらを体験した感想は?」
「うん。すごい」
そこに驚きと感激の感情はあったが、どこか棒読み聞こえる声だった。
「なんかさっきと比べると、感想が質素になってないか?」
「山が消し飛ぶの見た後じゃ、これが精いっぱいだよ!」
一度に色々起きたことでエリナが混乱していた。
だが、それも束の間、すぐに考えを整理する。
「ところで魔王様、山って直せる?」
「仮にできたとしても魔力が足りんな。まあ、その必要もないだろ。世界の修復力がある程度直してくれるはずだ」
「世界の……修復力?」
その反応に魔王は驚く。
「まさか、知らないのか!? よく山とか吹っ飛んだり、超でかいクレーターができても、なぜか直ってることってあるだろ?」
「まずそんな事態は数十年もしくは、数百年に一度あるか、ないかだよ?」
「なん……だと……。まさか、ほんとに魔法が衰退していたとは」
愕然とした様子の魔王に対し、その様子を見てエリナは首を傾げた。
「……とりあえず、ざっくり説明すると、世界の修復力ってのは事象の辻褄を合わせる法則の総称だ。辻褄を合わせると言っても、酷過ぎるといくつかの影響を残して、世界が必要とする要素だけを再構築することになる。これが世界の修復力ってやつだ。わかったか?」
「辻褄を合わせるって?」
「そうだな、例えば飲み物をこぼしたとする。だけど、その事実が未来だと不都合だから、飲み物はこぼれていないことになった。でも、これだと過去との辻褄が合わなくなる。だから、過去にあった飲み物がこぼれるって言う事実を改変して、何も起きなかったことにすれば未来との整合性が取れるだろ」
「世界ってそんなこともできるんだね」
「調べれば面白そうなことが、まだ有りそうだろ?」
その言葉にエリナが、強く頷く。
そして山が吹き飛んだのは、二人の秘密になるのだった。
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