第5話 召喚魔法
キョトンした様子のエリナを見て、魔王もまた不思議そうに首を傾げていた。
エリナは自分が使った魔法が勇者召喚の魔法だとは知らなかった。
だからこそ、魔王との認識が違う。
そして、まさかと思いつつ魔王は口を開く。
「まさか、この魔法が勇者召喚だと知らずに使ったのか?」
「え? 勇者召喚……」
「ハハハハ! その様子を見るに知らずに使ったな。使い魔を召喚するために、こんな贅沢な使い方をするとは!」
魔王は大いに笑っていた。
久しぶりの笑うという感情が、抑えられなかった部分もあるようだ。
魔法の正体を知ったエリナは、え? え? という表情を浮かべて、困惑している。
「詠唱の時点でおかしいとか、思わなかったのか?」
「た、確かに、おかしいとは思ったけど、大昔の魔法だからそんなものだろうとか思ってました……」
「その気持ちはわからなくはないぞ。俺も昔、盛大にそれでやらかしてるからな」
目を泳がせているエリナに、魔王は昔を思い出し懐かしく思う。
「ちなみに、この時代の使い魔召喚の詠唱はなんていうんだ?」
「使い魔召喚の詠唱は『我が声に応えし者よ。今ここに縁を結びて、我に仕えよ』です」
「随分と穏やかになったな。昔の詠唱は『我が声を聴きし者よ。呪言の呪いに従い、我へ平伏し、隷属せよ。汝の御霊は我が手中なり』だぞ」
「凄く物騒ですね」
「だろ」
そうは言いつつも、エリナは古い時代の魔法に興味津々にしており、瞳が輝いていた。
そして忘れないうちに、机に置いてある自分のノートに魔力で文字を刻んでいく。
「だいぶ興味がそそられたようだな」
魔王も魔導士として、頷きながらエリナの気持ちに共感していた。
少し間を開けて、エリナが何かを思い出す。
「って、待ってください! この魔法は使い魔召喚の魔法じゃないんですか!?」
「見事に反応が遅れたな」
その様子を見ていた魔王は笑いながら言う。
そしてエリナが古い本を手に持ち、勇者召喚の魔方陣が書かれたページを開く。
「ここに使い魔召喚って書いてありますよ」
「その文字列で勇者召喚と読むんだぞ。なるほど。翻訳を一部誤訳したみたいだな」
「……じゃあこれ、どこが違うかわかる?」
エリナは魔王からの言葉に一瞬頭が真っ白になるがすぐに、翻訳したものを書いたもう一冊の本を広げる。
自身の研究成果が違うとわかり、彼女は驚きのあまり、敬語を使うのを忘れていた。
「すまんな。この時代の文字は読めない」
エリナの書いた本を見て、魔王は文字が読めない原因に心当たりがあった。
(転生召喚魔法の影響がまさかここまでとは……)
想定外の事に戸惑いつつも、魔王はまあいいかと開き直る。
召喚魔法の基幹部分には何があっても不変的なものがある。
それは、召喚された時代についての最低限の知識を付与する部分だ。
召喚主との連携に支障が出ないように、召喚魔法は作られているが、転生召喚魔法は召喚魔法の大部分を書き換える性質故に、かなりの不具合を生じさせていた。
とは言っても、魔王はこの結果に有意義なものを感じていた。
だが、そんな魔法が行使されていたとは知らないエリナは、かなり戸惑っていた。
「え? 召喚魔法ってその時代に必要な最低限の知識を付与してくれんじゃないの?」
「その通りだ。だけど、俺は転生召喚魔法を使った影響で、魔法に不具合を生じさせたみたいだな」
「転生魔法!? それって、おとぎ話の魔法だよ」
エリナは唐突に告げられた、伝説クラスの魔法に興奮していた。
そしてそれについて詳しく聞きたいという気持ちが抑えられなかった。
「その魔法詳しく教えて。あとその魔法をなんで使ったのかも!!」
(魔導士が未知の魔法に興奮するのはどの時代でも変わらんな)
魔王は時代がどれほど経っても変わらいない一面を見て、どこか安心感を覚える。
そして昔の自分を見ているようで、少し気恥ずかしさを覚えていた。
「魔法の名前は、転生召喚魔法レナトゥス・オプリガーナっていう。効果は指定した時代で発動された召喚魔法を利用して、転生するって感じかな。まあ、コストを考えれば普通の転生魔法のほうがいいんだがな」
「なんで回りくどい方法を選んだんですか?」
「この体を引き継ぐ必要があったからだ。俺の魂の規格は、並の体じゃ耐えきれないってのもあったが、一番の要因が、魂が魔力に浸食されてるせいで、適性が無い体だと入った瞬間に死ぬか、寿命が著しく減る恐れがあったからかな」
「強くなると不憫なこともあるんですね。……あ! ごめんなさい! そ、そのいきなり、こんなことを聞いてしまって」
エリナは今の自分の態度が、魔王に対して不敬だったのでは? と気が付くと慌てて頭を下げた。
まだ、魔王の言葉を信用しきれていないようだ。
だが、魔王はそんなこと気にしていないと言わんばかりの態度を取っていた。
むしろ、いきなり謝られて、困ってすらいた。
「そんな謝るなって。さっきも言ったがマスターを殺す気はない。それにこれくらいのことで、『不敬だ』とか言う王の方が器が知れるってもんだ。今の俺は守る国がないから、王でもないしな」
魔王は気楽な笑みを浮かべる。
「むしろ、今みたいに友達感覚の方がありがたい。敬語とかあまり好きじゃないしな俺」
「ありがとうございます」
魔王はどこか他人行儀のエリナをじっと見ると、彼女はハッ! と言う表情して、何か悩むような雰囲気を出すが、すぐに結論を出す。
「わかりま……わ、わかったよ」
その返事に魔王は満足そうに頷く。
そして少し間を開けてから魔王が口を開く。
「で、話を戻すが、初めて使ってみた結果色々と問題点がわかったぞ。聞きたいか?」
すごい勢いでエリナが頷く。
「まあ、全部話すと長くなるから、一番の問題点だけを言うが、この魔法は召喚魔法の恩恵、つまり、反則級の能力付与とか耐性上昇などの恩恵と消滅の呪いなどの呪いとかも無効化して、俺と言う存在を全て引き継げるように改変するんだが、どうやら知識付与も無効化するらしいな。体験してわかった」
想定外の失敗を笑って誤魔化す。
だが、エリナにはバレバレのようだ。
表情にこそ出さないが、何となく察していた。
「ま、まだ改良の余地ありってこと?」
エリナはまだ恐怖のイメージが抜けていないだけに、少し固い。
そんな彼女のことを、魔王は気にもしなていない。
「問題だらけだな。……もう使うことはないだろうけど、研究対象にはなりそうだ」
「わ、私もその研究を手伝ってもいいかな?」
「別にいいけど、当分はやらないぞ」
「それでも!」
「わかった」
その言葉にエリナは嬉しそうに、表情を綻ばせる。
そんな様子の彼女とは裏腹に、魔王は遠くを見る様に天井を見上げた。
「あいつなら、この結果も予想できたのかな……」
心の声が漏れる。
その声はしっかり、エリナの耳に届いており、彼女は興味本位で聞く。
「ま、魔王様、その……あいつってもしかして、転生魔法を作った人ですか?」
目を少し泳がせていた。
「聞こえてたのか。……ああ、マスターの言うとおりだ。この魔法の開発者は、俺の死んだ妹だ。で、俺はその研究の補佐をしてたから、この魔法を知ってるってわけだ。開発者じゃないだけに色々ボロが出てるけどな」
魔王は魔法が失敗した事実を愉快そうに笑う。
「ご、ごめんさい」
エリナは申し訳なさそうに俯く。
「気にするな。もう何百年も前のことだ。流石に吹っ切れてる」
その言葉にエリナはホッとして頬を綻ばせた。
(魔王様って、いったい何歳なんだろう?)
そんな疑問を持ちつつ、それを聞くことはなかった。
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