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第1話 召喚者

 一人の少女が、二冊の本を抱きながら、学院の廊下を走っていた。

 その本は古くから存在する希少な物であり、もう一冊は使い込まれた物であった。

 何か楽しみがあるのか、今にも鼻歌を歌いだしそうなくらい嬉しそうにしながら、帰路を急ぐ。

 そんな時である。

 偶然三人の少年とかち合ってしまう。


「よう無能。そんなに急いでどうした」


 リーダー格の少年が口を開く。


「ア、アレス君には、か、関係ないよ」


 怯えるように、言葉を発する。

 だが、その言葉にはほんの少しの勇気が混じっていた。


「どれだけ努力しようと、お前は変わらないんだよ!」

「で、でも――!?」


 三人の内、一番背が高い少年が少女の本に手を掛ける。

 しかも、希少な方を。

 本を力強く抱きしめ必死に抵抗する。


「こんな高価な物、お前には相応しくないんだよ!!」


 そんな攻防を見ながら、少年たちのリーダー格であるアレスが、詠唱を始める。


「水よ我が元に集え! ――ウォーターボール!!」


 そして間髪入れずに魔法を放つ。

 その瞬間、本を奪おうとしていた少年は、後ろに下がり、少女は咄嗟に体を盾にして本を守る。

 魔力障壁は本を囲うようにして。

 魔法の威力は殆どなく、嫌がらせをするには十分。


「ろくに魔法も使えず、こんなちんけな魔法さえも防げない奴が、なぜここにいる!?」


 その言葉に何も言い返すことができない。


「あぶねーじゃねーか。アレス」

「めんどくさくてな」

「ったく、気をつけろよな」


 そして何もしていなかったもう一人の少年が、エリナから希少な本を掴む。

 だが、それを寸でのところで、少年の手を払う。

 それが面白くなかったのか。

 声を荒げる。

 殴ろうと拳を上げる。

 それを見て本能的に目を閉じてしまう。

 

「無能の分際で俺の手を――」

「エリナから離れなさい!!」


 その時である。

 一人の少女が少年と金髪の少女の間に割って入る。

 

「またあんた達はエリナを!」

「何が悪い。こんな無能が戦場に出られたら迷惑だから、心折ってやろうとしてるだけなんだぞ? むしろ、慈善事業をしてる俺に感謝してほしいね。そうは思わないか? ゼナ」


 睨むようにゼナがアレスを見やる。

 その間、時間が止まったように静寂がその場を包む。

 それからほんの少し経って、静寂が破られる。

 

「はぁ。わかったって。そんな怖い顔で睨むなよ。……ったく、興が覚めた。いくぞお前ら」


 少年たちが去っていくのを見て、安堵の息を吐くゼナ。

 びしょ濡れになった少女に視線を移す。

 

「もうエリナ、本ばかりじゃなくて、少しは自分の心配もしてよ」

「えへへ、ごめん。でも、今はこの本の方が大切だから……」


 いつもと変わらない態度を見て、溜め息を吐きつつも明るく微笑する。


「ほら立って。びしょびしょの服乾かしてあげるから」

「ありがとう!」


 差し出された手を取る。

 立ち上がると本の無事なのが分かると、安心感からか、肩の力が抜ける。

 そしてゼナが魔法の詠唱をして、服を乾かすために、魔法を使う。



 その一部始終を遠くから眺める少女がいた。

 どこか魔導士っぽい身なりをしながらも、腰に一本の剣を装備している。


「いつまでも自分で立ち上げれない者は、弱者のままよ。弱くても立ち上がりなさい。それが強者なんだから」


 小さな声でポツリと呟く。


「アリスちゃん、どうかしたの?」


 渡り廊下で足を止めたことに、疑問を持った問いかけ。 


「いや、何でもないよ。行こ」

 

 そう言って剣を装備した少女とその友達らしき少女は歩みを進め、目的地に向かう。



 あれから少し経ち、エリナはゼナと共に帰路を一緒に歩いていた。


「あれ? エリナ、量はこっちだよ?」

「ごめんね。今日はどうしても試したい魔法があるから、家に戻るつもりなの」

「あーもしかして、実験室が目的?」


 何もかもお見通しといった雰囲気。

 昔からの幼馴染だけはあるな、と思いクスリと笑う。

 もちろん、表には出していない。

 そしてゼナからの問いに首を縦に振る。


「うん。ゼナの言う通りだよ」

「じゃあ、ここでお別れみたいだね」


 二人は校門の近くで手を振って別れる。


「健闘を祈ってるわよ」

「今度こそ成功させるよ!!」


 自身に満ちた声を聞けて、満足そうにしながらゼナは、寮を目指す。

 そして気合を入れ直すと、急いで家に向かうエリナ。

 実験室に辿り着いた頃には、息を切らせていた。

 よほど急いで帰ったようだ。


 実験室は色々な素材や薬品などがずらりと並ぶ棚と、その付近に物を置く用の少々大きめの机があった。

 その棚からコップを取り、薬品棚の正面かつ、少し離れた位置にある机にコップを置き、近くの椅子に腰かけた。

 そしてコップに第一位階魔法、通称゛生活魔法゛と呼ばれる最下位の魔法を使って、水を汲む。

 汲んだ水を一気に飲み干すと、ふー、と一息つく。


「じゃあ、始めようかな」


 持っていた二冊の本を机に広げる。

 古く希少な本は魔法陣が記載されたページを開き、使い古された本はそれを翻訳したページを開き並べる。

 本に書かれた通りの材料を用意し、特殊な魔力水を調合する。


「これでよし!」


 一通り準備を終えると、満足げにそれらを見つめる。


「えーとまずは……」


 本を確認し、記載された手順通り、特別製のチョークで実験室の開けた場所に魔法陣を描いていく。

 大きさは想定よりも大きくなり、内心驚きながらも、間違いが無いように描き進める。

 凄まじい集中力。

 もはや、周りの事は見えていない。

 見えているのは、本と書き途中の魔法陣だけ。

 それから二時間が経ち、やっと描き終える。

 魔法陣は一見シンプルに見えるが、かなり複雑な作りをしていた。

 

「完成ッ!! ふー……やっと終わったー。次はっと」


 再び本を覗き込み、手順を確認する。

 そして先ほど作った特殊な魔力水を取る。


「これに私の血を入れれば、次の工程に移れるかな」


 魔力水の劣化を防ぐため、準備段階では血を入れていなかった。

 高度な魔法は、その劣化だけでも、失敗の原因になりえるからだ。


 針で指を突くと、滲むようにほんのり血が溢れてくる。


「ッ!!」


 それを魔力水の数滴垂らす。

 そして直ぐに魔力水を魔法陣に沿って、流していく。

 魔力水は辺りに溢れたりせず、魔法陣に吸われていく。

 魔力水を流すだけの作業は意外と、時間がかからず、二杯分の魔力水を使い、やっと魔法陣が完成を迎える。


「でっきたーー!! やっとやっとだよ!!」


 その声は感嘆と喜びに満ちていた。

 希少な本の内容を解読し、翻訳するまで数年掛かっている。

 使われている文字が古すぎて、既存の古代文字は参考程度にしかなっていなかったのだ。

 それが原因で、年単位の研究になってしまった。

 エリナの人生の中で、一番長い期間を掛けた努力の結晶が目の前にある。

 それだけで涙が溢れそうだった。

 感動で涙を瞳の内に蓄えている場合じゃないと、我に戻ると早速詠唱を始める。


「え、えーと。……世界の理を守りし者よ。我が名を以って顕現せよ! 蔓延る邪を払え!! 勇者召喚魔法(リ・マーレ・ソレイユ)!!」


 魔法陣が淡く光り出す。

その光景にエリナは感動と達成感を覚え、目を輝かせていた。

淡い光が神々しい光に変わり、辺りを包み込む。

しかし、それもほんの一時である。

神々しい光は徐々に禍々しき光に変わっていく。

黒き光は次第に強くなっていき、周囲を包み込んだ。


 エリナはその光景を目にすると、嫌な予感を覚えた。

 そしてまるで暗闇に囚われているかの様な錯覚を覚える。

 背筋に冷や汗を流し、固唾を飲んでその顛末を見守る。


 黒き光が収まると、魔法陣の中心に漆黒の装備に身を包んだ男がいた。

 その装備は傷だらけであり、今さっき戦闘を終えたような姿。

 さながら戦場を勝ち抜いた英雄の様だ。


「我が名はアルス=マグナ。我を召喚したのは貴様がか?」


 感情がない。

 その言葉には一切感情がない。

 機械が話す方が、まだ感情を感じられるくらいに。

 その言葉を言った数瞬の間に、内包された魔力が解放されると、大気を震わせ、周囲にあるガラスなどが割れる。

 部屋全体が異常なまでの殺気に包み込まれるのだった。

『面白い』や『よかった』と思っていただけたら評価やブックマーク、感想等をしていただけると嬉しいです。

これからもよろしくお願いします。

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