第12話 魔王対勇者 追想
毎日昼間は修行をし、夜は文字を覚える。
これを繰り返し、数週間が過ぎた。
編入書類も整い、後は編入試験日を待つのみとなっていた。
「意外に日が経つのって早いな。戦争中はこんな事を感じる余裕もなかったからな〜」
「そうだね」
二人は出会った時の事を思い出し、懐かしく感じる。
気づけば学院に行くことになり、人生とはわからないもんだ、と魔王はつくづく思う。
そんな事を思いながら、勉強もラストスパートをかけていた。
大抵の文字は読み書きできるが、それでも速度はイマイチ。
エリナからの情報により、筆記試験はかなりの量だと判明した。
そのため、速度を出すために魔王は奮闘する。
「にしても、この時代の文字はめんどくさいな」
「私にしたら、古代文字の方が大変だよ」
文句を言いつつも、二人は文字を学ぶ。
黙々と描き続ける。
ペンを走らせる音が、部屋に小さく響く。
互いに学ぶ文字は逆。
だが、お互い教えあった結果、及第点といったレベルまで成長していた。
特に魔王よりも、エリナの方が呑み込みが早い。
才能というよりは、その熱心さが能力を伸ばしたようだ。
兎に角、速度を求める魔王の字はミミズが這ったよりも酷い。
まるでミミズが、のたうち回ったのではないかと、疑いたくなるくらいだ。
その度にエリナから注意を受ける。
読みにくい文字では、試験に落ちるかもと、結構必死に訴えるほど。
慣れない文字を、早く書くのは難しいな、と思いながら魔王は練習を続ける。
「これでどうだ?」
「んんんーー」
そのできばえに、唸ってしまうエリナ。
原型はとどめている。
そう、とどめてはいるのだ。
頑張れば読める程度に。
そしてミミズがのたうち回ったレベルでは、なくなってはいた。
だが……。
「魔王様、やり直し!! これじゃあ全然ダメ! もう少し丁寧に書いて。早く書きたいのはわかるけど、読み間違えられたら元も子もない」
「なんか結構厳しくないか?」
「別にこれが普通だよ。休みなく延々と修行させられてることを、根に持ってたりしないよ」
(これ絶対やり返されてるよな……。メニューを考え直そうかな)
戦場に出ることを見越して、厳しくしすぎた結果、エリナはかなり成長した。
その分、彼女が教える側になる度に、厳しくなってきている。
因果応報というやつだ。
勉強が嫌いなのに、ここまで厳しくなっていくと、魔王にも精神ダメージが入る。
「せめて文章変えていいか? やりすぎて飽きた」
「……仕方ないな~。それくらいならいいよ」
嬉しそうにしながら、他の本に手を伸ばす。
本の内容もやっと御伽噺から卒業し、歴史書などをやり始めていた。
文字を書くのと歴史とかの勉強を、並列してやれるようにと。
そして書きすぎて、一部の本はほぼ一冊分暗記していた。
本を変えて気分転換が出来ると思っていた魔王だが、そんなことは無かった。
やることは同じだからだ。
苦行に耐える魔王を見て、エリナがクスリと笑う。
もちろん、心の中で。
(こうして見ると、魔王様も人間なんだな~)
改めて思う。
前々からそう思うことがあったが、人間にこんな魔法が使えるのかと、疑問に思うものを見てしまっただけに、同じ種族とは思えなかった。
魔王の話を聞いて、正確には同じ種族ではないことを知ったうえで。
それでも見た目が同じ人間だと、どうしても種族の違いを実感できないのだった。
そしてエリナは、今の課題に頭を悩ませていた。
「うーん。これ、どう改変すればいいんだろう? ……」
それは魔王がエリナに言い渡した課題で、内容は“既存魔法の最適化”である。
魔王の時代の文字、つまり複数ある言語もある程度覚え、読みめるようになった。
だからこそ、新たな課題を渡されている。
最適化させる魔法は、ファイアーボール。
ルーン文字と魔法文字の取得を、並行して行っている。
魔法文字はとっくの昔に、全てを暗記しているが、失われたものは流石に暗記をしていない。
なので、魔導士の基礎知識として魔王が課題を与えたのだ。
「魔王様、ここどうやればいいの? 今の状態を崩すと魔法が成立しなくなっちゃう」
「ふむ」
一瞬、考える素振りを見せ、すぐに結論を出す。
「ここはいっそのこと、全て書き換えるべきだな。この状態を改善するより、作り直した方が早い。そうすれば他の所は、最低限の書き換えで済む」
「じゃあ、こんな感じかな?」
「悪くない。初めてにしては上出来だ」
迷いなく書き換えたエリナの腕を見て、魔王は少々驚いていた。
何せ、手馴れた動きで書き換えをしたのだから。
そして褒められたのと、技術が向上したのが嬉しくて、エリナが微笑する。
だが、満足はしていない。
一人前になるため、努力は続ける。
「にしても、腕がやばいんだが!?」
「うん。わかるよ。ずっと書き続けると、腕が壊れそうになるもんね」
悲鳴を上げる魔王。
それにエリナが共感して頷く。
いつの時代出身でも、これは変わらないらしい。
「マスター、そこはそっちの言葉より、こういう感じの方がいいぞ」
魔王が魔力で文字を書き、その紙を差し出す。
「こんなに短くても成立するの?」
「むしろ短くした方が、どっかの一文と無理矢理繋げることが出来るから、その方が効率が良くなる」
「なら、この辺も何とかなるかな?」
その言葉は自分に問うものだった。
夢中になりながら、改変に勤しむ。
少しでも、大昔の魔法に近づきたい一心で。
だが、どうしても行き詰まる。
文を繋ぎ合わせると、魔法陣が大きくなってしまう。
魔法陣は小さく精巧で精度が良いほど、理想的なものになる。
ただし、それは魔法陣が一つしかない魔法に限るが。
「魔王様、どうすれば小さく出来るかな?」
「……」
じっくりと、改変している魔法陣を見る。
一文字ずつ、ゆっくりと確認する。
だが、その速度はエリナと比べると、ゆっくりと言う定義には当てはまらない。
「マスターの場合は丁寧に作りすぎてるな」
「どういうこと?」
不思議そうに首を傾げた。
その疑問に答えるため、一つの魔法陣を見せる。
「これを見てどう思う? 今、即興で作った第二位階の火属性魔法だ」
「今!?」
驚きの声が実験室に響く。
この時代だと、魔法作成に時間がかかるのが当たり前。
だから、驚くのは仕方ない。
そして自分と魔王の差を改めて実感する。
「こんな雑でもいいんだ」
何とも言えない声が漏れる。
「まあ、強力な魔法になればなるほど、丁寧さは必要になるけどな。でも、どれだけ要らない言葉を減らすかは、どの位階でも変わらない。だから、低位の魔法はどれだけ雑で丁寧なものを作るか、の練習に打ってつけなんだよ」
「じゃあ、私のって」
「ちょっと真面目すぎるな」
雑で丁寧、その言葉がどうしても受け入れられない。
否、受け入れられないのでは無く、馴染まないようだ。
見たこともない技法。
それをまじかで教えられ、頭が困惑していた。
「ここいらで少し休もうぜマスター。混乱してる時は、気を混じらわせるのが一番だ」
「確かにそうかも。ちょっと、飲み物取ってくるね」
そう言い残し、部屋を後にする。
「いい感じに成長してるな。感覚的センスも中々だが、理論的なとこはもう少し真面目さがなくなると、さらに伸びそうだな」
彼女が出て行った扉を見ながら、独り言を呟く。
それはすぐに部屋の静けさに搔き消されてしまう。
魔法の構築は真面目にやるより、柔軟な発想が必要。
故に固定観念にとらわれると、行き詰まってしまうのだ。
しばらくするとティーカップとポット、そしてお茶菓子を持って、エリナが戻ってきた。
早速、魔王が教えた魔法を使っている。
それは物を宙に浮かばせる魔法。
シンプル故に意外と便利で評判な魔法である。
「お待たせ」
微笑を浮かべると机にカップとポット、そしてお茶菓子を置く。
そしてカップに紅茶を注いだ。
魔王がカップを鼻に近づけ、香りを堪能し、口をつける。
「……これ良いやつだろ」
「えへへ。いつものお礼に、良いもの持ってきちゃった」
可愛らしく笑う。
「ありがとう。こんなに美味いのは久しぶりだ」
ゆっくりと紅茶を啜り、その味を堪能する。
ふぅ、と息を吐く。
「こんな時に何も話さないのは、アレだし、昔話でもするか。何が聞きたい?」
そう問われても、昔を知らなければ聞きたいことは見つからない。
だから、エリナは一つ確かめるように尋ねた。
「魔王様が魔王なら、勇者も居たの?」
至極当然な問に魔王は頷く。
それだけで答えとしては十分だった。
「じゃあ、勇者との戦いについて聞きたい!」
「オッケー」
そう言うと一拍あけて、魔王が口を開く。
短い時間で何を話すか迷う。
そして一番最初に浮かび上がったものを話すことにした。
「これは大昔の勇者との戦いの話」
それらしい言葉から、過去の戦いを語り始める。
辺りに魔法や銃の音が鳴り響く戦場。
旧人類のみが銃を使う。
それは積み上げた文明の力。
だが、滅びた文明の最先端ではない。
新人類は数という力。
旧人類は質という力。
両者が激しくぶつかり合う。
魔法や武器において、全てが上の旧人類が苦しめられているのは、神が新人類を無限に作り出すからだ。
そして一つの伝令が、東部戦線司令部に伝わる。
「で、伝令!! 勇者が現れました!! 本陣に迫って来ているとのことです! 更に二個師団の敵増援を確認!!」
広域に通信魔法を阻害する魔法が使われており、戦場では短距離通信以外では、まともに会話が出来ない。
旧人類側は魔法によらない、科学の力で作られた通信端末を所持しているが、絶対数が少ないため要所間での通信以外では使えない。
なので、特別強力な通信魔法を使うために、それ専用の通信兵がおり、彼らから伝達兵が情報を受け取り、司令部などに報告をしている。
そのため、発展した文明の力を持つ旧人類でも、古臭いやり方をせざるを得ないのだ。
「クソっ!!」
拳を目の前の机に叩きつける。
その振動でペン立てが倒れ、小さな音を上げる。
「指示を! 大佐!」
「だから私は少将だと言っているだろ」
呆れたような声を、部下に向ける。
「どうする?」
そう声を掛けたのは、少将の傍らに座っているごつい男。
顔には傷があり、たくし上げられた袖から顔を見せる腕は途轍もなく太く、無数の傷跡が残っている。
かなりの筋肉である。
「頭数が足りん!」
「他の七賢者がいれば、この状況も好転しただろうな」
「無いものねだりをしたところで、意味など無い。それに奴らは狂人だ。陛下も含めてな」
魔法を極めた者は、頭のネジが全て飛んでいる。
それが七賢者への世間的な共通認識だ。
無論、旧人類での認識。
雑談を交わしながら策を練る。
幾つも策は浮かぶ。
だが、死兵が生まれるリスクが高い案ばかり。
「なら、後方部隊をあげ――」
遮るように再び伝令が司令部へ届く。
「伝令!! 部隊長クラスの天使長率いる神獣混合天兵隊が本陣前、上空に出現!! 神の加護を受けた天使も確認されています! 恐らく小隊長若しくは、中隊長と推測!」
「何ぃ!!」
司令部に数秒間の静寂が帳を下す。
「後方待機の部隊を全て上げろ! ここは何としても持ちこたえさせるんだ!」
「お言葉ですが、兵の大半が疲弊しています。今の状態では焼け石に水では?」
「わかっている! だが、数が多い以上、こっちも無理をしないと突破される。どうせ死んでも場内の蘇生装置で復元されるのは知っているだろ。模造品のマザー・ジェネレーターに感謝だな」
「ですが、精神面での負担が――」
割り込むように、ごつい男が口を開いた。
「問題ない。最悪、記憶を弄くれば何とかなる。それに、我らを甘く見ないで貰おう。もはや、何千と死んでいるのだ。たかだか一回死んだくらいで、どうにかなる精神構造はしていない」
無理矢理に補佐官を黙らせる。
「オレが出る」
「それしかなさそうだな」
「ああ。……オレの出撃と同時に、第三から第四小隊を別動隊で動かせ! オレと別動隊で挟撃する。師団規模の援軍なんざいつものことだ!」
鼻を鳴らし、勇ましく言い放つ。
それには伝令兵も含め、皆期待の目を向ける。
それだけの経験と実績がある。
傍らに置いてある愛剣を担ぐ。
大剣なのにそれを軽々片手で。
「き、緊急事態です!」
「今度はなんだ!」
溜め息交じりの怒声が響く。
「陛下がもうすぐこちらに来ます! 北部戦線の敵は全滅! いつも通り地形が変わったとの報告です!」
「何だと!?」
驚いたのは地形が変わったことではない。
魔王が東部戦線来るという事実にだ。
「おい!」
「わかっている! 全軍に通達しろ! 撤退だ! 迅速に、そして足止めしつつ直ちに撤退だ!」
「はっ!!」
伝令兵が伝達を届けに行く。
「聞こえてるか! 今より司令部を放棄!! 速やかに後方まで撤退する! 転移門の使用を許可! 各々情報の抹消後、転移なので撤退せよ!」
そこには焦りがあった。
魔王は敵味方区別なく、範囲魔法で吹き飛ばす。
蘇生が可能でも精神をやられる者も少なくない。
ただでさえ、数で負けている。
そこに来て、自分たちの王に兵を減らされるほど、馬鹿馬鹿しいことはない。
そして全軍が転移門や転移の魔法で戦線を離脱していく。
敵が引いたことを好機と思い、幾つかの師団が勢いよく進軍を始める。
勇者と共に。
だが、魔王が来ることを察した師団もあった。
それらの師団は後方へ、魔王の攻撃圏から逃げようと撤退を開始。
それに対し反発の声もあった。
しかし、もう遅い。
撤退しようが進軍しようが、手遅れ。
転移魔法で自軍がいない東部戦線へ魔王が現れた。
魔王の瞳には感情が無く、そこに映るのは敵のみ。
「魔王!!」
叫びながら勇者が睨む。
殺意と憎悪に満ちた目で。
死んだ同胞の報いを受けさせようと、復讐の炎を燃やす。
勇者のパーティーが攻撃を仕掛けようとした時である。
魔王が消えた。
その事に思考が追い付かず、混乱する勇者。
逃げたと一瞬思う。
だが、(圧倒的強さを持つ者が逃げるわけがない)と、思った。
そして何をするのかを察した頃には、自分達だけを守るのが精一杯だった。
勇者のパーティーメンバーの魔導士と勇者が全力の防御魔法を展開した。
魔王はその頃、成層圏にいた。
広大な地上を見下ろす。
「灰燼と化せ。――滅びを奏でし終焉の殲花」
超越魔法を使う。
魔王を中心に展開された巨大なドーム状の立体魔法が霧散する。
精巧に作られた無数の魔法陣が霧散していくの幻想的だった。
魔王が振り上げた片手には赤黒い球状の塊があった。
その塊には途方もない程の、魔力が感じられる。
それを地上めがけて、放つ。
その瞬間、塊が黒紫の渦へと変貌し、大気中などの周囲にある魔力という魔力を悉く吸い込んでいく。
腕を振り下ろした瞬間、黒紫の渦は極限まで圧縮され、ブッラクホールの様な魔力を吸い込む渦の塊となり、地上に落ちていく。
そして地上から目視できる様な距離まで落下すると、超爆発を起こす。
爆発の瞬間、魔王の紋章が浮かび上がった。
何もかもを吹き飛ばす一撃。
その爆発範囲は凄まじく広い。
言葉にするのが馬鹿馬鹿しくなるくらいに。
轟音だけで山や地面が吹き飛び、衝撃波は大地にある全てを叩き潰し、抉り取る。
爆発は軽々と成層圏にまで達していた。
魔王は何も言わず、消し飛んだ地上を悠然と眺めていた。
そして転移魔法で地上に戻る。
クレーターと認識できないほど、巨大なクレーターの中心で立っていたのは勇者一行だけだった。
それ以外の敵は新人類、天使など関係なく消し飛んでいた。
クレーターのあちこちで温泉や水が間欠泉の如く吹き上がる。
勿論、マグマ溜まりからも。
「流石だな」
その一言に勇者の頭に血が上る。
自身が怒りに飲まれているのがわかる。
だが、それを理性で押さえつけた。
怒りに我を任せたところで、目の前にいる存在には勝てないと、身をもって知っているからだ。
「――レギン・レイヴ!!」
最初に仕掛けたのは勇者。
聖剣に魔力を送り、剣技を放つ。
「――レギン・レイヴ天星」
魔王も剣技を使う。
勇者の剣技の上位互換を。
魔剣の刀身は黒く、さらに闇の魔力により一層深い黒色の光を纏う。
勇者と魔王。
二人の剣技がぶつかる。
強力な力の衝突。
それは地を裂くほどの鍔迫り合い。
だが、魔王が力と技量で、難なく押し切った。
圧倒的な力量差を見せつけるように。
生きた長さが、そのまま技量に直結している。
数百年以上を生きる魔王は、全てに置いて圧倒的。
魔法に関してはそれを極めた存在である七賢者の一人。
そもそも人間が勝てる相手ではない。
「レイヴ!!」
切り捨てられた勇者を見て、女剣士が叫ぶ。
「私が魔法で攻撃する。詠唱時間を稼いで」
「わかったわ」
「守りは任せろ!」
女剣士と、盾役を務める男が力強く言った。
落ちてくる勇者と入れ替わるように、女剣士が攻撃を仕掛ける。
剣を振り上げ切りかかろうとした瞬間、短距離転移で魔王の背後を取る。
「――紫電一閃!!」
態勢を立て直した勇者が、女剣士に合わせて剣技を使う。
「ユイ! 合わせていくぞ! ――ディメイション・スラッシュ」
次元を切り裂く勇者の剣技。
そして一度の攻撃で、無数の剣戟を浴びせる女剣士の剣技。
どちらもかなり強力な技。
同じ剣技を使える者でも、これに匹敵する者は新人類にはほとんどいない。
だが、魔王が神業を見せる。
――紫電一閃
――ディメイション・スラッシュ
もう一本の魔剣を抜き、二つの剣技を同時に使う。
左右別々に。
同じ技がぶつかり合い、相殺。
否、魔王が威力で押し切った。
まるで自分の剣技を跳ね返させた様な錯覚を覚える二人。
斬撃が女剣士の目の前まで迫った瞬間、目の前に一人の大盾を持った男が現れた。
「ダイオス!」
「無事か?」
「助かったわ」
「気にするな」
気さくに話す。
「二人とも油断するな!!」
その叫びに反応すると同時に、二人の目の前に魔王が現れた。
魔剣が大盾に触れる。
「――ショック・アポリポロス」
尋常じゃない衝撃が二人を襲った。
その一撃で骨が何本か砕ける。
そして後から来る更に強力な衝撃波によって、二人は地面に熱烈なキスをして、口から血を吐き出した。
「グレーション・ヒール」
勇者が短距離転移で移動し、回復魔法を使う。
受けた傷が癒えていく。
「良いのか? 勇者よ」
「何ッ!?」
その言葉が理解できなかった。
だが、魔王の視線の先を見て、狙いに気づく。
それは詠唱中の仲間の魔導士に、剣先が向いていたからだ。
「オレに任せろ! ディフェンション・ムーブ」
自身の防御力を上昇させ、防御対象の前に転移する魔法を使うダイオス。
何とか魔王の攻撃より早く移動することが出来た。
魔王の背後に五つの魔法陣が浮かび上がる。
そしてダイオスに向けた剣先の魔法陣に、五つの魔法陣からビームの様なものが放たれた。
そのビームが剣先の魔法陣で収束し、力が増幅される。
「消し飛べ」
その言葉と共に魔法が放たれる。
光線状の超越魔法が。
赤黒い光がダイオスを襲う。
「うおおおおおお!!!!」
根性で耐える。
膨大な魔力を。
そしてその魔力から放たれる身を侵食する瘴気から。
女剣士ユイと勇者レイヴが互いをみて頷き合うと、攻撃に移る。
「ホーリーバスター」
光の魔法を放つ。
それは第十一位階の魔法。
戦略級の魔法である。
そして魔法を放つと同時に、ユイとタイミングを合わせて切りかかる。
それを迎撃したのは魔王の体から伸びる闇。
それは槍の如く勇者の左肩を貫き、ユイには槍となって飛来する。
ユイが攻撃を中断し、それを捌く。
レイヴも回復を行う。
その間に先ほどの魔法が魔王に直撃した。
しかし……。
「流石、魔王だ。僕も強くなったはずなのに、傷一つないなんて」
だが、その甲斐あってか。
魔導士の詠唱が終わった。
「やっちまえ!! レイ!!」
魔導士レイが魔法を放つ。
「彼の者を崩壊させ、円環の理に帰還させよ!! ――カタリュシス・バース!」
魔王を中心に魔法陣が展開される。
縦に幾重にも連なる魔法陣。
神々しく美しさすら感じられた。
天から崩壊の光が降り注ぐ。
それは万物を破壊する超越魔法。
人間が使える限界点。
だが……。
「こんなものか」
その体には多少の傷しか負っていなかった。
しかも闇が瞬時に体を修復していく。
戸惑っている暇はない。
すぐさまユイとレイヴが同時に剣技を使う。
しかし、魔王が二人の技を弾き、地面に叩きつけた。
そしてユイは体を袈裟斬りに斬られ、瀕死の重傷だった。
少しでも動けば、内臓が零れそうなくらいに。
「まずは貴様らからだ。――次元断」
空間を断ち切り、引き裂く剣技。
その威力はもはや奥義。
この技に射程はない。
何せ空間という概念ごと切り裂いているのだから。
そして空間を斬っている以上、物理法則を無視し、あらゆる物を切断する。
神器などの例外を除き。
「やめろー!!」
勇者が叫びながら、ダイオス達の前に飛び出す。
「聖剣よ! 我が意思に応え呼応せよ! ――聖剣解放!! あの攻撃を僕に収束させろ!!」
契約者の願いを叶える様に、聖剣が輝く。
魔王の一撃が収束し消えていく。
後ろにいる二人が安堵の息を吐く。
それと同時に勇者の体が真っ二つに、両断される。
魔王の攻撃は本来、剣線上にある全てを切り裂いていた。
それを勇者の体に、全ての事象を収束させた結果、両断されたのだ。
勇者レイヴは大量の血を吐き出し、辺りには零れた内臓が散らばる。
そして地面に倒れ絶命した。
「何とも興ざめな結果だ。まあいい。これでそちらの戦力も、だいぶ削れたようだ。我は南部戦線に向かうしよう。さらばだ」
それだけを言い残し、魔王はその場を後にし、次なる戦場に向かうのだった。
それで話が終わる。
エリナはどこか浮かない顔をしていた。
「てな感じで俺が勝利して終わったんだよな。まあ、勇者はまた俺の前に現れたんだがな」
魔王が呆れたように言う。
まるで見飽きたように。
「そ、それで勇者はどうなったの?」
「生きてまた俺の前に現れた。後から知ったが勇者には複数の命が宿っていたみたいだしな」
「そんなことが!?」
驚きのあまり立ち上がってしまう。
命が一つではない事実を、感情がある魔王が聞いていれば、エリナと同じ反応をしただろう。
そして少しして椅子に座り直す。
「勇者の聖剣は、聖剣という類の中でも特別製だ」
「どういうこと?」
「あれは俺を殺すために、神が星に要請し、星に生み出させた物を、神が鍛えて祝福と加護を与え、人が仕上げた物。並の神器を凌駕するほどの力を宿した剣なんだ。更に契約者に命を複数与えることもできる。文字通りの規格外の品だ」
「よく、そんなもの相手に戦えたね」
「聖剣の力が強すぎて、いくら勇者でも制御できなかったのが功を奏した。あれを完全に使いこなされてたら、いくら俺でも本気を出さざるをえなかっただろうな」
勇者の聖剣が脳裏に浮かぶ。
鮮明に。
それは衝撃からなのか、懐かしさからなのかは魔王にはわからなかった。
ただ一つ言えるのは、聖剣を警戒していた。
この事実だけだろう。
「ね、ねえ魔王様」
「どうした?」
「今の話的に結構本気を出してるように感じたよ?」
「俺が本気を出すなら、神域魔法を使ってる。それをしなかったのは、勇者は所詮それまでの存在だったって事だ。まあ、油断できる相手では無かったのは事実だけどな」
魔王にとってはどこまで行っても、勇者という存在は強いだけの存在だった。
唯一、警戒していたのは聖剣が不死を殺す力を宿していた点だ。
何せ対魔王用の剣だけあって、異常なまでの力を宿していたのだから。
そして技量もそこそことなると、警戒対象になるには十分だった。
「待って! 神域魔法って魔王様が言ってた、神様だけが使える魔法でしょ。人は使えない言って……」
「ああ、普通は使えない。だけど、旧人類には俺を含め、使える存在が七人いた。その存在を七賢者と人は呼んでいたな」
昔を思い出すように遠い過去に目を向けるように、話す。
その瞳にはどこか寂しさを感じさせる。
「七賢者……」
「魔法を極め、神域魔法を習得した存在だ。だけど、そんな存在でも人の身では一人一つまでしか、覚えることは出来ない代物だ。何せ神が使う魔法だ。いくら極致に至った者でも、体が耐えられんからな」
「す、凄い」
言葉を振り絞るがそれしか出てこなかった。
だが、その目は未知への探求を忘れてはいない。
それほど輝いて見える。
「そして魔法を極めた存在は、寿命という概念がなくなり不死となり、体のどこかに紋章が浮かび上がる」
そう言って、自分の額にある魔王の紋章を指さす。
その時、初めてエリナは魔王の紋章の意味を知った。
それは魔法を極めた者の証なのだと。
感嘆の声が漏れる。
実際に魔法を極めた存在に、魔法というものを教えられていることへの嬉しさからでもある。
「不死ってことは魔王様は無敵なの?」
「いやいや、そんなことは無い」
首を横に振って否定する。
「不死と言っても寿命がなくなるだけで、外的要因で死ぬことはある。だけど、紋章の力で傷を負うと同時に、瞬時に再生できるから、並の敵相手なら確かに無敵だな」
苦笑いを浮かべながら言う。
「さて、お茶もなくなった事だし、そろそろ再開するか」
机の上には、茶菓子が乗っていた皿と、空のティーポットとカップだけが残されていた。
話のつまみには丁度良い量だった。
「そうだね」
エリナが魔法で空のティーポットなどを浮かせ、他の机に移した。
その間に魔王は勉強道具を机に広げた。
「はぁぁ。やっぱこれは見たくないな」
勉強道具を見て溜め息を吐く。
エリナも気持ちはわかるが、未知を学ぶことに抵抗はない。
むしろ、嬉々として突っ込んでいく。
「よく勉強のやる気が出るな」
「これくらい普通だよ?」
彼女にとっての普通は、魔王にとっての異常だった。
「とりあえず、試験対策から始めるかな」
そう言って勉強が再開するのだった。
『面白い』や『よかった』と思っていただけたら評価やブックマーク、感想等をしていただけると嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
誤字や脱字があるかもしれませんが、温かい目で見ていただけたら、幸いです。
誤字報告なども受け付けているので、気軽に感想と一緒に添えてもらえたらうれしいです。