第11話 魔王、弟子の成長に喜ぶ
時は流れ、一週間が過ぎた。
エリナも修行の甲斐あってか、使用可能魔力が増え、簡単な魔法なら安定して発動できるようになっていた。
厄介な体質も少しづつだが改善されている。
そして今、エリナは使用可能魔力を使い切り、剣の修行を始めていた。
しかも、ある程度の基礎ができたと判断した魔王が、実戦形式にやり方を変えた。
「マスター、とりあえずかかってこい。自分なりに剣を振ってみろ」
「で、でも……」
まともな剣技すら使えず、生まれてこの方、人と打ち合ったことすら無い。
攻撃の仕方は知っている。
だが、どう攻撃すればいいのかわからず戸惑っていた。
単に剣を振るだけだとわかっていても、見てくれを気にする自分がいることに気づく。
そうこうしていると容赦ない攻撃が飛んでくる。
「マスターから来ないから、こっちから行かせてもらったぞ」
「!?」
エリナの目でも追える程度の速度で振られた剣。
咄嗟にそれを受け止める。
「ほら、さっさとかかってこい。見てくれなんか気にするな。そんなの戦いには不要だ。実際、戦闘中に気にする奴なんて早死にしたいやつか、よほど自信があるバカかの二択だ」
「……じゃ、じゃ行くよ!」
魔王が距離を取ると、次はエリナが攻撃を仕掛ける。
技も型もない、素人の動き。
ただ剣を力任せに振る。
それは難なく受け流され、いなされる。
どれだけ打ち込んでも、魔王は最低限の動きでやり過ごす。
「剣をまともに振ったのは、初めてみたいだな」
「魔導士にそんなのは要らないって言われてたから」
「確かに近接攻撃をさせない、もしくは、当たらないだけの実力があれば要らないな」
受けてばかりではなく、魔王も多少反撃する。
それに対し、上手く防げず被弾するエリナ。
痛みに一瞬顔を歪ませるが、すぐに攻撃に転じようと大振りに剣を振る。
その隙を突き、あまり痛くない程度の攻撃を、脇腹にお見舞いした。
エリナが慌てて大振りに振っていた剣を引き戻し、構え直す。
「実際に打ち合ってみてどうだ? 前に俺が言った意味はわかったか?」
「はい! もしよられたら、魔法よりも剣の方に分があるってことだね。やってみて護身の大切さがわかったかも」
「それなら何よりだ。いずれ詠唱も含めた並列戦闘も教えてやるから覚悟しとけよ」
「この先ちょっと怖いかも」
そう言って苦笑交じりに微笑む。
「そうだ! 剣技とかも教えてほしいな」
「それもおいおいな。まずは、まともに打ち合えるようになってからだ。前にもいった気がするが、俺は感覚派だ。だから、見て盗み、受けて学べ。いいな」
「うん!」
そうして使用可能魔力が回復するまで、模擬戦形式で進んでいく。
周囲に木剣同士がぶつかり合う、軽い音が響く。
エリナは打ち込みや受けをしながらも、魔王の動きをよく観察する。
勿論、剣から目を離さないが。
どういう挙動で剣を振り、受け流し、そして避けるか。
その技術を盗もうと必死で喰らいつく。
見よう見まねで剣を振る。
始めよりはだいぶ様になってきたが、まだまだ足りない。
速度も重さも色々と。
そうして休憩なしでしばらく打ち合う。
エリナの息がだいぶ上がってきた所で、やっと終わりの兆しが見える。
「そろそろ魔力も使えるようになった頃合だろ。一旦、剣は打ち止めだ」
「は、はい!」
最後の攻撃を、魔王が受け流したところで終わる。
剣を振りすぎて、エリナの腕はぱんぱんになっていた。
ふー、と一息吐く。
気が付くと剣を落としてしまっているくらいには、疲労が溜まっていた。
「ほら、水だ」
魔王が空間収納からペットボトルを取り出して、手渡した。
中身を一気に飲み干すと、気持ちよさそうに一息つき、ペットボトルを返す。
そして木陰に座り、複数の魔力球を作り出す。
火照った体に当たる風が、とても気持ちよく感じていた。
「さて、魔力球を作ってる間に剣技を見せてやる」
「いいの!?」
嬉しそうな声音。
「ああ。……じゃあ一回やってみるからしっかり見てろよ」
「うん」
返事を聞くとそのまま剣技を使う。
「――一閃」
使った剣技は、剣を扱う者なら一番最初に習得し、最も使い勝手がいいもの。
どんな体勢からも、大抵は使うことが出来る。
限度はあるが。
剣線上にあった木は難なく薙ぎ倒される。
一瞬の出来事だったがエリナは、何とか目で追うことが出来た。
魔王がかなり手を抜き、剣速を落としていたおかげだ。
「い、今のが剣技……。初めて見た」
「ま、こんな感じだ。今のはマスターが目指す理想の形だ。本来は構えを取らないといけないが、今みたいに、構えなしで大抵の剣技を使えるようになってもらう。とは言っても、最初の方は構えから教えるから、そこは安心してくれ」
「も、もしかして、構えなしの剣技って習得が難しかったりする?」
魔王が肯定するように首を縦に振り、そして微笑する。
その反応を見て、少し絶望を覚える。
そのせいか、少し魔力球が乱れる。
「そんな顔するなって。実戦をしてれば、嫌でも身に付き始めるから安心しろ」
「安心できないよ……」
その言葉を聞き、愉快そうに魔王が笑う。
「まあ、あれだ。やってれば体が勝手に動くようになるから、気負うことはない。今は目先の事に集中すればいい」
「わかった。……ねぇ魔王様。魔力球を作ってる時って何もやることが無いから、さっきの剣技の構えを見せて欲しいな」
ダメもとで頼んでみる。
しかし、意外にも二つ返事で見せてくれることになった。
「いいぞ。“一閃”の本来の構えはこんな感じだ」
腰を低くし、左腕を少し前に出す。
そして剣を抱くように少し内側に構え、利き足を前に生み出す。
「ここまでやったら、あとは勢い良く剣を振るだけだ」
そう言って剣技を使わず、ゆっくりと剣を振る動作をする。
「意外と簡単なんだね」
「そりゃ剣を扱う者が、一番最初に覚える技だしな」
エリナが少し驚いてる中、魔王は右腕が痺れていることに気づく。
原因を探すように記憶を辿り、心当たりがあるものを見つけた。
それは先ほどの剣技だ。
一閃を使ったときに、反動で腕をやられたようだ。
本来、反動なんてない技だが、剣技を昇華させているだけあって、今の体では反動を受けてしまう。
(ここまで弱体化の影響が出てるとは、予想外だったな。まさか、初級の剣技で反動を受けるとは……)
小さく溜め息を吐く。
「どうしたの?」
その様子を不思議そうに見ていた。
「何でもない。気にするな」
「??」
まだ少し不思議そうにしているが、意識を切り替えて修行に集中しているようだ。
今回も魔力球のサイズを大きくし、量も増やそうと試みる。
その影響で魔力球が乱れるが、弾けないようにうまく調整する。
前まで出来なかったことが、出来るようになったのを感じて、嬉しそうに頬を和らげる。
その様子を見ていた魔王は「大丈夫そうだな」と呟くと、無駄に魔力を消費して魔力と回路を育てながら、新しい魔法の開発を始める。
最初に文字や図形が描かれていない魔法陣を作り、そこに今作りたい魔法の内容に合わせて、文字や図形を付け足していく。
指でなぞった場所に文字が浮かび上がる。
そして微調整は、キーボードの様なものを展開して行う。
エリナがそれに気が付くと、魔力球を今自分が出来る限界まで調整した後、声をかける。
もちろん、意識のほとんどは魔力球の維持に回しているが。
「魔王様、何をしてるんですか?」
「新しい魔法を作ってる」
「どんな魔法なの?」
「それはできてからのお楽しみだ」
魔法の内容は、はぐらかす。
だが、エリナは作る過程に興味があり、じっくりと観察していた。
「へー、そうやって作るだ」
「作り方は人それぞれ違うから何とも言えないな。俺は面倒い過程は大雑把に済ませて作るタイプだから、参考にはしない方がいいぞ」
釘を指すように言う。
それでも初めての魔法作成を見て、喜ばない魔道士はいない。
修行に集中しながらも、その片手間で魔法が作られていくのを眺めるエリナ。
まるで子供のように目を輝かせていた。
魔法陣はその形は変えながら理想の形に近づいていく。
だが、それだけでは魔法は動かない。
汎用性が高く、魔法陣の展開も必要ない物を作るのだ。
それを可能にする魔法式を組み込むためには、トライアンドエラーを繰り返すしかない。
そのせいか、魔王も形が完成したところで、満足そうにはしていない。
どちらかと言うと、頭を抱えいた。
「失敗……か。はぁぁ……。めんどいな」
「どっからどう見ても、ちゃんとした魔法陣に見えるけど?」
「まあ見てろ」
そう言うと指を上から下へ、スワイプするように動かす。
そこには、テレビが砂嵐の状態になっているような画面が現れた。
何が書かれているのかはわからない。
エリナもすぐに何が失敗なのか気が付く。
何かを表記させる魔法を作ったが、上手くいっていないのが一目でわかるくらい酷いからだ。
「あれだけ精巧な魔法陣でも失敗するんだ」
驚くように言う。
「あれでもかなり雑な方だ。とは言っても、この時代の魔法陣と比べると、確かにそう見えるな」
どこか呆れたように苦笑いをする。
「マスター、少し乱れてるぞ。他に気を取られても安定させろ」
そう言いながらも、魔力球をじっくりと観察していた。
始めた時よりも内臓魔力が増え、魔力球でもそれなりの威力ができる位には成長している。
生成の練度や魔力操作に慣れて来ているのが、一目でわかるほど、純度も良くなり安定性もある。
(そろそろ頃合だな)
修行を次の段階に進めようと決めた。
「マスター、そのまま聞いてくれ。そろそろ修行を次の段階に上げる」
「え!? ホントに!?」
嬉しさと驚きが混じった声。
本人も成長したのが褒められたように、嬉しそうな表情をしている。
「次はその魔力球を、魔力弾に昇華してもらう」
「それって簡単?」
何となく、わかってはいた。
だが、それでも聞いてしまうのが人間の性。
答えは予想通り。
「簡単といえば簡単だが、感覚を掴んで維持し続けるのは大変だぞ」
「……」
予想通りの言葉に、言葉が出ない。
「やり方は、こうやって魔力球を圧縮して魔力弾を作り上げる。ここで重要なのが、圧縮して小さくなった魔力弾をその状態を保ったまま魔力球と同じ大きさにすることだ。小さくても威力は十分だが、汎用性に欠ける。ここまでやらないと、武器としての選択肢にすら入らないから、否が応でも習得しろ」
魔力球を生成し、それを圧縮していきビー玉よりも、小さいサイズまで圧縮する。
これで魔力弾は、形としては完成。
ここから魔力を膨張させ、圧縮率をそのままにして、拳サイズの魔力球と同じサイズの物を作り出す。
それでやっと魔力弾が、完成と呼べるものになった。
実演されたのを見て、固唾を飲むエリナ。
やったことが無くてもわかる。
かなり精密な魔力操作が必要であり、高度なものだと。
だが、これが出来て始めて魔導士のラインに立つと魔王は言った。
その頃はまだ簡単だと思っていた彼女だが、実際の生成過程を目の当たりにし、少し不安を覚える。
自分に出来るのかと。
「安心しろ。最初からできるとは思ってない。ゆっくりこの技術を身に着けろ」
その時、初めて不安が表情に出ていたことに気が付く。
そんな自分を小さく笑う。
やってみないとわからないだろ、と小馬鹿にするように。
「いいか、最初は魔力を少なめで作れ。魔力を多く使ってると爆ぜた時に、腕とかが吹っ飛ぶからな。運が悪いとそれだけじゃ済まない」
忠告するような声音。
その声には、まるで体験したことがあるかのような説得力があった。
「うん」
忠告通り、魔力はあまり使わず、慎重に形を形成していく。
圧縮するだけでも、かなり集中力が持ってかれる。
少しでも気を緩めれば、魔力球に戻ってしまう。
体感ではあまり時間が経っていないように感じる。
だが、実際にはかなり時間が経っていた。
それだけ意識がこの作業に集中していた。
圧縮を維持できるようになるまで、数十分かかった。
それだけでも達成感を覚えるが、本番はこれからなのだ。
圧縮率を維持したまま、圧縮された魔力球に送る魔力量を増やす。
そして徐々に魔力を膨張させる。
ここからが危険を伴う。
そのためか、エリナは全神経をその作業に注ぎ込む。
呼吸が浅くなる。
まるで息を止めているかのように。
魔王がその状態を見て、満足げにしていた。
自身の想定よりも早くその技術を習得したことが嬉しいようだ。
このまま順調に行けば、魔力弾へ昇華できると確信する。
それでも失敗した時のため、直ぐに魔力障壁を展開できるよう準備はしておく。
エリナの手が吹き飛ばないように。
だが、その心配も杞憂で終わる。
「できた!!」
呼吸を荒くしながら、嬉しそうな声を上げる。
それは一目見ただけで、完成しているのがわかる。
「見事、昇華させれたな」
「やったー!」
嬉しそうに微笑む。
「その感覚を忘れるなよ」
「うん」
少し意識がズレただけで、魔力弾の安定性がなくなった。
「しっかり、意識を魔力弾に向けろ。弾けるぞ」
その声に慌てて、意識を戻す。
「試しにあの木に向かって撃ってみろ」
小さく頷いて、返事をするエリナ。
そして魔王が指さす先にある木に向かって、魔力弾を放つ。
使い方は魔力球と同じのため、すんなりと放つことが出来た。
魔力弾は貫通まではしなかったが、それでも魔力球とは比べ物にならないほどの威力である。
「す、凄い……。これ、私がやったの?」
実感が沸かず、少し呆然としていた。
すると、魔王が声をかけた。
「おめでとう。これでやっと、魔導士としての一歩を踏み出したな」
「ありがとう!!」
「もう少し時間がかかると思ったが、呑み込みが早いな」
「ふふん! それだけは自信があるんだ!」
自分の得意分野を褒められて、口元がつい緩んでしまう。
「それを複数展開できるようなれば、戦術の幅が増えるから頑張れよ」
「うん!! ……それで次は何をやるの?」
「命中精度の向上と動きながらの射線を引く修行だ。理想は定型的な射線じゃなくて、状況毎に引けるようになること。これが最終目標になる」
「うんうん」
「そして魔力弾の数が増えれば、挟撃や疑似的な二対一の状況を作ったりもできるし、雑な範囲攻撃でも命中させられるってメリットがある」
「じゃあそれが出来るようになるまでは、他の事はしない感じ?」
魔王が首を横に振った。
「余った使用可能魔力で、魔法の無詠唱化とかのメニューも同時にやるつもりだ。これからきつくなるが、頑張れよ」
「うわー……」
何をやるのかは詳しく知らなくても、嫌な予感を覚える。
それは後に的中することになるのだが、それはもう少し先の話になりそうだ。
そしてエリナが忘れていたことを思い出した。
「あ!! そうだった」
そう言って魔王の元に近づく。
「学院の編入書類の用意が整ったから、夜に渡しに行くね」
「おお、ありがとう」
「どういたしまして」
そうして今日の修行は幕を閉じたのだった。
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