第10話 魔王、学院に編入することになる
あれから三日後。
魔王たちは相変わらず、修行に励んでいた。
修行を行っていると、青いゼリー状の生き物が彼らの前に飛び出してきた。
それを見るや否や、魔王は驚きつつ興味深そうに、その生物を観察する。
その光景にエリナが首を傾げる。
よく見かける生物に、そこまで興味が惹かれるのか、と思いながら。
「どうしたの?」
「この時代にも、スライムがいることに驚いてるだけだ。しかも俺の時代から姿形が全く変わってないんだ。流石に驚くだろ?」
魔王が一万年も昔の存在であることを知ってるからこそ、エリナもその意見に頷くことが出来た。
本来、それだけの年月が経てば、生物の有り様は変わっているのが普通だ。
それ故に生きた化石の如く、姿を変えないスライムにどこか感服している自分がいた。
「ふんっ」
勢いよく踏みつぶすと、スライムは弾け、絶命した。
そのあっけなさには、ここまで昔と変わらないのか、と呆れるような思いを抱く。
だが、いくらスライムでも一撃で倒すには、そこそこの力がいる。
ましてや武器もなしに、ただ踏み潰すなどかなり難しい。
それをやってのけた魔王に、どこか呆れるような視線を送るエリナ。
しかし、それを可能とさせたのは彼の超能力だ。
これは今までの経験などを通して、無意識に習得するものであり、その効果は文字通り超能力のような力から身体強化といったありふれた物まで様々である。
そして弱体化しているとはいえ、パッシブの超能力である身体強化はそこそこものであった。
当然エリナは、そんなことを知っているわけもない。
「マスター、魔力球が乱れてるぞ」
今の出来事にほんの少し意識を割かれ、集中が乱れた。
それにより、魔力球が一瞬乱れるが、すぐに元に戻す。
だが、それを見逃す魔王ではない。
「もー少しは見逃してよー」
不満そうな声を上げながらも、魔力が乱れないように、魔力球の維持に全力を割く。
三日前と比べると、作れる大きさも大きくなり、量も二つ増えていた。
その分、自身への負担も大きくなるが。
それでも強くなろうと、必死に頑張っている。
そして魔王が手を叩く。
それと同時に使用可能魔力が尽き、魔力球が霧散する。
「お疲れ」
そう言って、空間収納魔法で別空間に収納していた冷たい飲み物を出して、それを手渡した。
「ありがとう」
一つお礼を言うと、飲み物を一気に飲む。
魔力球を作るだけでも、走り込んだ時のように喉が渇くし、息も上がる。
だが、体を動かしているわけではないので、体力は付かない。
「……あー生き返る~」
水分を補給しただけで、天の恵みを受けたかのような反応だ。
それを見て、大げさだろ、と思いつつも口にはしない。
「じゃあ、剣の修行を始めるぞ」
その言葉を聞いた瞬間、表情を強張る。
だが、お構いなしに木剣をエリナに押し付けた。
そして第二ラウンドがスタート。
「いつも通り、素振りから始めてくれ」
無言で頷くと、淡々と素振りを行う。
何か考えたら負けだ、と自分に言い聞かせながら。
「言い忘れたが、今日は一五〇回を三セットやってもらう」
「多すぎるよ~!」
渋い顔をしながら抗議の声を上げるが、それは二つ返事で却下された。
小さく溜め息を吐きながら、真剣に行う。
その時魔王が言った、自衛の手段を身に着けろ、という言葉を頭の中で何度も繰り返す。
まるで、疲労などの辛さを誤魔化すように。
腕がパンパンになっても木剣を振り続けて、やっと課された回数を終える。
「お、終わったー!!」
解放感と達成感に浸りながら、空を見上げる。
澄み渡る青空は、見ているだけで疲れが吹っ飛ぶような感覚を覚えさせる。
腕が痺れ、気づかないうちに、木剣は地面に転がっていた。
だが、エリナは運が悪かった。
そのタイミングで使用可能魔力が、回復してしまったのだ。
「マスター、休憩しながら魔力球を作ってくれ。内容はいつも通りだ」
「……うう」
今にも泣きそうになりながらも、弱音を飲み込んで魔力球を作り出す。
魔力球を維持しながら、楽な体勢で木陰に座った。
「前々から思ってたんだけど、魔王様は修行しないの?」
「?」
その言葉に首を傾げる。
現に、魔王は今も常時魔力を消費し、魔力回路と魔力を育てている。
魔力制御を学ぶ必要がない分、魔力球を生成していないだけだ。
だが、相手にはそんな事をしているなど検討もつかない。
むしろ、普通にしてる分、何もしてないようにすら見える。
少し間を開けて、ようやくそのことに気が付いた。
「……俺もやってるぞ。マスターがやってるのとは少し違うけどな」
エリナは首を傾げた。
「俺の場合は、基礎的なことをやる必要が無いから、魔力球を作らずに魔力の消費をしてるんだ。……まあ、実際には力を失った状態に慣れるためでもあるんだがな」
その言葉で納得したようだ。
それから少し沈黙が支配したが、エリナがそれを破る。
「……魔王様はこれからどうするの?」
その問いに魔王は、悩んでいた。
この時代のことを知っているわけではないから、どこに行こうなども特には決めていない。
強いて行く場所を決めるなら、かつての仲間たちの墓参りだろう。
だが、地形が変わっていれば、場所も変わる。
そう考えると面倒だと感じていた。
しかし、いくつかの場所には、行かなくてはならなかった。
「……そうだなー。今すぐやるべきことはないが、近いうちには世界樹ユグドラシルと保管施設とかには行かないとな」
世界樹ユグドラシルがある方角を向きながら言う。
ユグドラシルは、世界最大の巨木であり、神樹とも呼ばれている。
その大きさはここからでも見えるんじゃないか、というほどの大きさだ。
実際には見えないが、そう感じられるほど巨大なのだ。
「それなら、学院に来ない? きっと楽しいと思うよ。何百年も戦争していたなら、よけいにね」
「そうだな。それも悪くなさそうだ。この時代を知る良い機会になるかも知れん」
快くエリナの誘いに応えたはいいが、一つ問題がありそうなことに気づく。
「編入試験とかないよな? もしあるなら、まだ読み書きに時間がかかるからきついぞ」
「その点は大丈夫だよ! 筆記試験がダメでも実技試験で巻き返せる仕組みになってるから。でも、入学試験よりは厳しいけどね」
怪訝そうな顔をしながら言う。
「実技で何とかなるなら、行けるかもな。俺の時代の魔法を使えば、問題ないんじゃないか?」
そのことを考えておらず、エリナはその手があった、と言わんばかりの反応をした。
そのせいで集中力が乱れ、魔力球が弾けてしまう。
「あ……」
と声を漏らし、また作り直す。
「そうと決まれば編入に必要な書類の調達を頼んでもいいか?」
「うん! 時期はいつにする?」
「そうだな~」と言いながら、短い間思考する。
「……二週間後とかはどうだ? マスターの修行も次の段階に入ってる頃だし、俺も多少は読み書きができるようになってるだろうからな」
「じゃあ、近いうちに調達してくるね」
嬉しそうに微笑しながら、修行に集中する。
魔王は、久しぶりの学園生活が始めるのだと思うと、どこか懐かしいものを感じていた。
魔王が魔王と呼ばれる前、まだ弱かった頃。
冒険者などを育成する学校に通っていた。
そこでは超魔法文明時代の魔法や技術などが、途絶えぬよう教える場でもあった。
しかし、子供にとっては楽しい場所。
とは言っても、天才と呼ばれ、子供にして高位の魔法を扱えてしまったばかりに、友は殆どいない。
彼の修行は、いつも実践。
死の恐怖を肌で感じながら、一手のミスも許されないような戦いで、その技術を積み上げた。
勿論、死を覚悟する場面など数知れず、醜態をさらしたこともある。
そんなことを思い出していると、意外と友人が少なかったことに気が付き苦笑する。
だが、それでも、信頼を寄せられる者と歩んだ日々の楽しさを、忘れることはなかった。
かつては強さを求め、だたひたすらに戦闘を繰り返したが、今回は存分に楽しんでみようと心の内で思っていると、エリナが顔を覗き込んできた。
「どうしたの? 魔王様。いきなり黙り込んじゃったりして」
「気にするな。大昔のことを思い出して、感傷に浸っていただけだ」
そう言って、剣の素振りを始めた。
二刀流が近接戦でのスタイルだが、修行の時は基本に忠実となり、一本の剣を使う。
基本的な修行を始めた魔王を見て、目を丸くして驚くエリナ。
その反応が不服なのか、ばつの悪るそうな顔をする。
「……そんな反応をされるとは、少々心外だな」
「えっ、あ、ごめんなさい……」
困ったような態度であたふたするエリナを見て、つい鼻で笑う。
「フッ。気にするな。そんなに珍しく見えたか?」
「今までやってなかったから、ちょっと意外だと思って」
「まあ、やることもなくなって暇になったからな。本来なら、強い魔物と戦うところだけど、今はマスターを鍛えてるからな」
「今までは何か他の事をやってたってこと?」
「ああ、体の調整をな」
魔力回路を修復していたことは、口にしない。
する必要もなかったからだ。
もし言ったところで、どうにかなっていたわけじゃないし、魔力回路が破損するなど、まず起きることでも無い。
むしろ、魔力回路を修復すること自体が、異常だとも言える状態だからだ。
そんなことを知らないエリナは、転生の影響でズレた感覚を戻していたのだと、勝手に解釈していた。
そうこうしていると、使用可能魔力が切れ、魔力球に魔力が供給されなくなり、霧散していく。
ひと段落ついて、一息つく。
「十分休んだら、剣の修行を再開するぞ」
「……うん」
やっとまともに休むことができ、体から力が抜けていくのが自分で分かった。
緊張などで、強張っていた筋肉がほぐれていく。
木に背中を預け、青空を眺めていると、つい気持ち良くなり、眠くなる。
そうしてウトウトしていると、キンキンに冷えた水が入っているボトルを魔王が頬に当てた。
待ったく警戒していなかったので、かわいい悲鳴が小さく響く。
「ひゃっ!!」
その反応に微笑し、ボトルを渡した。
中に何が入っているかは渡された時に、直ぐにわかった。
「ありがとう」
お礼を言って、可愛らしく笑う。
だけど、初めて見るもので、どう開ければいいかわからず、困っていると魔王が手本と言わんばかりに、彼女の前で蓋を回して開ける。
普通の水筒と同じ原理で開くことに、少し驚いていた。
透明で水筒より軽く柔らかいものであり、魔王が出した物だから、かなりすごい技術が使われていて、特殊な開け方なのかと、勝手に思い込んでいたようだ。
「ペットボトルを見るのは初めてみたいだな。……というか、石油の存在すら知らないとなれば当たり前か」
「これペットボトルっていうんだ。それに石油って?」
未知の単語に目を輝かせる。
魔王にとっては結構当たり前なものに、そこまでの反応されると、苦笑いを浮かべる以外に反応が出来なかった。
「簡単に言うと、大昔の生き物が死んで、長い年月をかけてその血肉から作られた天然資源だ。見た目は真っ黒でドロドロしてるぞ」
「こんなに透明なのに真っ黒でドロドロなんて……想像できない」
ペットボトルを見ながら、色々な物を思い描くが、どうしてもイメージと一致しない。
「ははは。石油を知らないとそうなるよな」
新鮮な反応を見れて満足そうに笑う魔王。
頬を小さく膨らめて、不服そうにエリナが魔王を見つめていた。
その視線に気づき苦笑する。
「さて、そろそろ始めるか」
「そうだね」
そうして今度は剣の修行が始まるのだった。
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