第9話 魔王、召喚主を鍛える
魔王たちは先日と同じ、平原と森の境目に位置する場所に来ていた。
「さて、マスターにはまず拳サイズの魔力球を五つ作って、十分間維持できるようになってもらう。そんで最終的には、これを魔力弾に昇華させてもらうことになる」
実演として魔力球を五つ作り上げ、空中でそれを自由自在動かし、そして魔力弾を生成し、それをエリナに見せる。
「じゃあ、実践してみようか」
「はい!」
魔力を手のひらに集中させ、魔力球を生成するがその大きさは小さく、不安定だった。
「こ、これ難しい!」
「まともに魔法が使えるようになるには、必要な工程だ」
「コツとかないの?」
「コツ、か」
少し考える素振りを見せた。
「こうグワーって魔力集めて、おりゃーって感じで維持するってのがコツだな」
期待外れの答えにため息を吐きそうになる。
(魔王様って、感覚派の人なんだ……)
一応、お礼を言う。
「あ、ありがとう」
「すまんな。俺は感覚派だから理論立てて説明ができない。参考になってれば幸いだがな」
誤魔化すように笑う。
そして「やっぱり」と心の中でエリナが呟いた。
「あ……」
ほんの少し集中が乱れただけで、魔力球が弾けて消えてしまった。
悔しそうにしながら、再度チャレンジを試みる。
「そういえば魔力とか回路って効率よく上げる方法はないの?」
「いくつかあるぞ。地道で最もやりやすいやり方としては、魔力切れになるまで魔力を使うを繰り返す方法だな」
「他には?」
「今のマスターには、まだ早いけど魔物を狩りまくるとかだな。一番効率のいい方法はあるにはあるが……聞きたいか?」
その言葉に小さく頷いた。
「同族を殺すことだ。何故かはわからないが、同族殺しが手っ取り早く強くなる方法だ」
話をしながら、心の中で(ほんと、神はクソみたいなシステムを作るのが好きだな)と思っていた。
それを聞いたエリナがすぐにその意見を否定する。
「正当な理由がないのに、人を殺すのはいけないことだよ!!」
「真っ当な意見だな」
その言葉にエリナの純心さを知る。
この法則を知っている者は、強くなるために同族殺しをよくやっていた。
魔王がいた時代では蘇生魔法あったからこそ、味方同士で殺し合って、強くなるという狂気を持った連中も結構いたのだ。
ただし、同じ者から得られる経験値には限界がある。
そんな実情を知る魔王からすれば、真っ当な意見を言うエリナを珍しくも思っていた。
「魔王様、何で魔物を倒すと魔力とかが成長するの?」
「それは簡単な話だ。死んだ魔物から倒した者に、自然に還ることが出来なかった魔力のほんの一部が、流れるからだ。その過程で魔力回路も働くから両方成長するってカラクリだ。後は、戦闘時に魔法を使うからってのも理由の一つだな。だが、死というリスクが常にあるから、弱い時はおすすめしない」
「……じゃあ、早く効率よく出来るように頑張らないと!」
そう意気込むが、すぐに魔力球が弾けてしまう。
まだまだ、先は遠いようだ。
その間、魔王は魔力回路の修復を行いながら、魔力に回復魔法を付与して未だ癒えぬ傷を治す。
外傷は全て闇が修復するが、ダメージは蓄積されたままなのである。
そして作業の片手間にちょっとした魔法を使う。
「魔力回路がやられてるせいで、いまいち安定しないな」
持続性のある魔法を見ながら、呟く。
不安定な魔力を安定できるように、体に今の癖を叩きこんでいたのだ。
途轍もない経験があるだけに、割と早く安定させることに成功した。
そして魔王がエリナに視線を向ける。
そこには使用可能魔力の限界に到達しそうなり、疲労の色がある彼女の姿があった。
「そろそろ限界か?」
「ちょっとクラクラする」
そう言うのと同じくして、魔力球の生成が出来なくなった。
つまり、限界が来た。
「ほい、これ」
「剣?」
前触れなく手渡された木剣に、エリナが困惑していた。
「魔力が使えるようになるまでは、剣の修業をしてもらう」
「で、でも、魔導士は接近戦とかしないよ?」
「普通はな。だけど、戦場は何が起こるかわからない。それに魔力が尽きれば、魔導士は一般人とそう変わらん。魔力切れになっても誰かが守ってれるとは限らないからな。だから、最低限自分の身は自分で守れるようになる必要がある」
その説明に納得し、エリナが強く頷く。
「でも、剣の修業をするより、魔法の修業をすればもっと強くなれると思うんだけど」
「魔力が使えない今の状態なら問題ないだろ?」
使用可能魔力を全て使い切り、魔法が一時的に使えなくなっているエリナは、反論の言葉を見つけることが出来なかった。
魔力切れの状態に似た症状を発症しながらも、剣の素振りを行い、その基礎を叩き込まれていく。
休憩を求める眼差しを魔王に向けるが、却下と言わんばかりに、稽古が続く。
体が疲弊し、限界に近づいていくのを感じる。
疲労の色が見えてもなお続く稽古に、弱音を吐きそうになりながらも、根性で耐える。
それからしばらくして、やっと使用可能魔力が回復すると、剣の稽古が終わり、魔力の鍛錬が始まる。
これを永遠と繰り返す。
エリナの修行を行っている間、魔王はズタボロになっている魔力回路での、魔力制御の練習をひそかに行っていた。
現状の状態では、高位の魔法は発動こそするが、魔王本来の火力を引き出すことは出来ない。
当然、全盛期には遠く及ばず、運用効率が悪い。
だからと言って、戦闘中に魔法を使わないという選択肢はない。
なので、少しでもマシになるように修練を積み、魔力制御の感覚を体に叩き込む。
無論、魔力回路の修復も同時に行いながら。
「少し慣れてきたみたいだな」
「何となくコツがわかったからね。この調子なら今日中には、一個くらいなら数分は制御できるかも」
「そうか。なら期待してるぞ」
その言葉に嬉しそうに目を輝かせる。
この人の期待は裏切りたくない、その気持ちを糧に、地獄のような地道な修行を弱音を吐かずに、進んで取り組む。
その光景に魔王は感服する。
自分がこの修行を行ったときは、飽きてしまいここまで熱心に取り組まなかったことを思い出す。
地道な修行より、実戦で命を削りながら、覚えるほうが性に合っていたからだ。
だが、基礎を疎かにしたせいで、死を覚悟したことは数えきれない。
時には、敗走することもあった。
実践を重ねてたどり着いたやり方が、戦闘時以外は今エリナが行っている修行を、常にやることだった。
流石に街中で魔力球などは展開できないので、魔力を無駄に消費することで、少しでも魔力の総量を増やし、繊細な魔力制御が出来るように、少しでも無駄がないように最適化していった。
その結果、呼吸をするかのように生活に溶け込み、多少の成果を出していた。
だからこそ、真剣に取り組んでいれば、かなりの成果が見込める。
だが、それを知ってもなお、魔王は地味な修行はあまりやらないだろうが……。
そして剣の太刀筋も、始めたての時と比べれば、だいぶマシになっていた。
その成果に二人とも、満足そうな面持ちをしている。
「さて、日も暮れてきたし、今日はここまでだ」
「もう少しやりたい!!」
「ダメだ。今日のところは体を休めろ。急に魔力回路にいつも以上の負荷を掛けたんだ、疲労もかなり溜まってるはずだ」
ダメだと言われ、エリナはしょんぼりしていた。
やる気が溢れまくってるだけに、修行が終わったことをもどかしく感じる。
こっそりやろうとしたが、すぐにバレてしまう。
そこまでしてやっと、諦めたようだ。
そして夕食を終えると、今度は立場が入れ替わり、魔王が教わる側になる。
転生召喚魔法の代償で、この時代の文字を読み書きすることが出来ない。
幸い言語体系が変わっていないという奇跡があるおかげで、覚えるのに長い期間を要することはない。
そのことに感謝しつつ、勉強を始める。
「昼間とは立場が真逆だな」
魔王が苦笑する。
「教えるのは得意だから、任せて!」
自信満々に言うだけあって、かなり上手い。
初めて見る文字だが、書き方や文字同士の共通点を教えられ、スムーズに覚えることができる。
とは言っても、流石にまだ見ないでやることはできない。
それが出来るようになるのは、もう少し先になりそうだ。
そして文字を読む練習は、エリナが子供の頃によく読んでいた絵本で行う。
その過程で、この時代ならではの読み方なども、丁寧に教えられる。
子供用の絵本で練習するのは、不本意であったが、最もわかりやすく、効率的なため文句が言えず、やるせなさそうにしていた。
それを見て、エリナがクスリと笑う。
そして「昼間の仕返しだよ」、と心の中で呟いた。
悪戦苦闘している魔王を横目に、古代文字の解読を始める。
文字については発音で教えられ、それを現代の文字にしてメモを取った物を見ながら行う。
エリナもまた、魔王と同様に苦戦を強いられるが、画数が今より少ないものが比較的に多く、覚えやすいという感想を抱く。
だが、それでも文字数は圧倒的に多く、最終的に生き残った様々な国の人々が集まって出来た、旧人類最後の国だけあって、様々な言語とその言語の数だけ文字もある。
ある程度統一はされていたが、それでも個人や同じ国出身の者同士で、使いやすい母国語を使う者が多かった関係で、全てを網羅しようとすれば、おぞましい量になる。
それでも、全て覚えようと決意し、まずは統一言語から手をつける。
流石の魔王も、全ての言語を網羅しているわけではない。
それ故に、後々解読が困難になっていくが、あえてそれは黙っていた。
なぜなら、自国の言葉を網羅していない王などかっこよくない、と思っているからだ。
そんなこんなで互いに教え合っていると、夜も更けてきた。
エリナが大きな欠伸をし、眠そうにしていると、魔王が椅子を立ち伸びをする。
「今日はこれでお開きにしよう。マスターも昼間の疲れが溜まってるだろ?」
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて。……おやすみ~」
「おやすみ」
魔王からの返事を聞くと、ウトウトしながら自室に向かう。
その姿に一瞬だが、自分の妹を重ねてしまい苦笑する。
「さて、俺もやることをやるか」
そう言って床にあぐらをかいて座ると、瞑想を始める。
毎晩これを繰り返し、魔力回路の修復を進めていた。
大きな傷は大雑把に修復できるが、細かい傷などは繊細に修復しなければならない。
だから、誰もいないこの時間にゆっくり修復を行うのだ。
修復に集中していると、時間があっという間に過ぎていく。
夜中の二時を回るが、それでも目を開くことはない。
決して寝ているわけではないが、傍から見ると寝ている様に見えてしまう……。
そして気が付くと、朝日が昇り、街をほのかに照らし始めていた。
魔王の夜は、こうして過ぎ去っていくのだった。
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