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04 共同戦線

 丘と森が入り混じった広大な地形。

 イストリアに集結したエストジャ王国軍、冒険者、ミンネ聖教騎士団との合同作戦中である。

 部隊は挟撃を受けないように左右にも展開しており、その中でも私たちは中央で聖教騎士団に混じりながら部隊の進路を切り開くために戦っていた。

 混じっていると言っても、彼らの指揮系統からは外れて行動させてもらっている。

 というのも、私もシズクも騎士団の指揮を執ることなどできないし、彼らの指揮官もそれなりの地位がある私たちに気を遣いながら指揮を執るのは憚られるという事情からだった。

 それでもお互いに協力し合うことは忘れない。


「アリアケ様! 右翼に展開中の冒険者が複数のブレードビートルと戦闘中です。想定よりも邪魔(ベーゼ)化した個体が多いようで甲殻を打ち破るのに手間取っており、応援が欲しいと……」


 聖教騎士の1人が伝令役として、私に情報を伝えてくれる。

 この合同作戦では部隊全体の足並みを揃えるのが重要であるため、苦戦している場所があるなら早急に対処しなければならなかった。


「分かりました! シズク、ここではハーモニクスを温存してダンゴとヒバナに冒険者さんたちの援護に行ってもらいたいんだけど、どうかな?」


 ヒバナと並び立ち、正確な射撃で前衛の騎士やコウカたちに群がる魔物を次々と打ち倒していくシズクと簡単な作戦会議をする。

 彼女は振り返らず、忙しなく魔法を放ちながらも相談事に乗ってくれた。


「ひーちゃんも? うん……そうだね。それでいいと思う。でも――」

「不足する火力分は私がシズクと魔力を調和させて補う……でしょ?」


 シズクが抱える懸念は尤もで、私も考えていたことなので対策もすでに考えてあった。

 急に言葉を遮られたシズクはビックリしたのか肩を震え上がらせたが、私と目を合わせると僅かに口角を上げてしっかりと頷いてくれる。

 方針は固まった。

 あとは向かってもらうダンゴにも伝えるため、まずは私のすぐそばで寛いでいた少女へと声を掛ける。


「ノドカ、ダンゴに――」

「もう~やりました~」


 一度戻ってきてもらうように伝えて、と風の魔法での伝令をお願いしようと思っていたのだが、どうやら話の流れからすでに済ませた後だったらしい。

 会話の流れからこうなると予想していたのだろう。彼女は誇らしげに笑っていた。

 私はノドカに向かって親指を立てる。


「ナイスだよ、ノドカ」

「ふふ~そうでしょう~?」


 そんなやり取りをしている間に部隊の先頭からダンゴが走りながら戻ってきた。


「主様、どうかしたの!?」

「ダンゴ! 右側の冒険者たちが手強い敵とぶつかったらしいんだ。ヒバナと一緒に応援に向かってほしいんだけど、2人ともいいかな?」


 否定されることはないと思っているが、念のためだ。

 勿論、彼女たちが嫌だと言ったら別の方法を考えるつもりだが。

 しかしそんなことはなく、ダンゴもヒバナも強気な笑みを浮かべて頷いた。


「もっちろん!」

「さっさと片付けて戻ってくるわ。それまでしっかりと持たせておいてよ」


 私は駆け出していく彼女たちの背中を見送りつつ、シズクへと向き直ると同時に調和の魔力を使う。

 その瞬間、シズクが行使していた水の槍は1、2回りほど大きくなり、勢いを増した。

 それだけではなく、彼女は新たにコウカやアンヤ、聖騎士たちに向かってきていた魔物の足元に大きな渦を作り出すことで転倒させる。

 倒れた敵はその後、前衛組がしっかりと止めを刺してくれた。


「正面より邪魔(ベーゼ)化したサイクロプス!」


 伝令兵より発せられた声が部隊全体に届くが、練度の高い彼らが動揺することはなかった。

 5メートルを超える巨体を持つサイクロプスに接近戦を試みても仕方がないので、騎士たちの戦い方にも変化が生じる。


「総員、魔法構え! 撃てぇいッ!」


 彼らは鈍重なサイクロプスから距離を取り、全員で魔法を行使し始めた。

 私たちの近くにいた聖教騎士団に所属する魔導士たちも同様に一瞬だけサイクロプスへと狙いを集中させる。

 一番前で戦っていたコウカもアンヤに導かれるままに戸惑いながらも射線から逃れている。

 いくら邪魔(ベーゼ)化しているとはいえ集中攻撃に耐えられるはずもなく、私たちの出番がないままにサイクロプスは崩れ落ちた。


「すご~い、これなら~らくらく~」


 ノドカの言う通りで、ああいった対処に手間取るような相手を倒してくれると私たちの負担はグッと減る。

 長い魔泉攻略戦において、この差は後々響いてくるだろう。

 本当なら、私が全部対処したいくらいなのだが彼らの気持ちも無駄にはできない。

 この先、このような共闘は何度もあるだろうから、私自身も今のうちに力をセーブした戦い方に慣れておかなければならないのだ。


「……ッ」


 その時、急に私に形容しがたい苦しさが込み上げてくる。この感覚が何なのかはよく知ってはいるが。


「お姉さま~……?」

「ヒバナとダンゴが戦いを始めたんだ。それで2人とも眷属スキルを使っているみたいだね」

「大丈夫~?」

「うん。もう慣れっこだし、前よりも楽にはなっているから」


 眷属スキルの同時行使による負担が襲ってくる私を心配して、顔を覗き込んでくれているノドカに笑みを返す。

 前よりも楽という私の言葉は嘘じゃない。

 慣れだけではなく、私や彼女たち自身の力の高まりによって眷属スキルに伴う私への負担は減っている。

 このままいけば、直に眷属スキルを自在に使えるくらいにはなるだろう。


「む、無理はしないでね。苦しくなったら、休んでてもいいからね……?」


 調和の魔力による支援を受けながら戦っていたシズクがこちらの様子を窺うように振り返ったため、私も頷いて笑みを返した。


「ありがとう、シズク」

「うっ、うん」




    ◇




 行軍は順調に進み、数時間かけて魔泉の中心と思わしき場所の一歩手前まで辿り着けた。

 一緒に戦ってくれている人たちはコウカたちスライムとは違い、肉体的な疲労だってあるだろうに、こうして最後まで付き合ってくれている。

 なんとしても全員で生きて帰りたい。そのための努力は惜しまないつもりだ。


「俺の従魔から得た情報を元に考察を交えながら報告する。とはいっても事前に報告したのと変わりなく、この先が魔泉の中心で間違いない。ある一点を中心に魔物たちが円を描くようにして生息しているんでな。その一点っていうのはあの急成長中のクソデカい木の真下だ。そこまで辿り着く必要があるが、周囲の魔物たちのうち邪魔(ベーゼ)が占める割合が道中の比じゃねぇ。昨日と比べても明らかに増えている。下手すると一番魔素を吸収しているであろうあの木も、ただの木じゃなくなっているのかもな」

「……そうか。うむ、ご苦労だったカミュ殿。君の従魔もな」


 軍隊、騎士団、冒険者ギルドの代表が集まって休息を取りつつの最終調整を兼ねた小会議の中、テイマーのカミュさんが空から得た情報を公開した。

 カミュさんと従魔の鳥たちは情報収集のエキスパートだ。今回立てられた計画もカミュさんの報告が元となっているらしい。

 数日前から急成長を始めた1本の木。

 まるでその木が周りから栄養を吸い取るように、その木の周りに元々生えていた木はどんどん枯れていってしまっているのだとか。


「少し作戦自体に手を加える必要がありますかな?」

「でしょうな。道中と同じようにしていては到達するのは至難だ。突破力を補うためにも両翼の冒険者とエストジャ王国軍の中から特に腕の立つ者を数名、中央に回してもらうほかありますまい」

「ふぅむ……」

「致し方なし、であるか」


 聖教騎士団からの提案に渋い顔をするのはエストジャ王国軍と冒険者側だ。大方、それで増加する被害のことを考えているのだろう。

 特に強い人を何人か引き抜いてしまえば、もちろん残された者たちの被害は増加する。

 挟撃を阻むためにも両翼に展開することは必須であるから、そこは外せない。

 だったらこのまま話の流れに沿うしかないのかと言われると、答えは否だ。

 そんなもの、私は認めることはできない。


「いえ、道中と同じように展開してもらえますか?」


 全員の視線が集まり委縮してしまいそうになるが、隣で完全に縮こまってしまっているシズクのようになるわけにはいかない。

 私はお腹の下に力を込めて口を動かし続ける。


「ここまで皆さんが導いてくれたおかげで私の魔力には相当な余裕があるので、正面にいる敵はどうにでもなります。それよりも左右から挟まれるほうが苦しいです。これまで通り、強い人が左右を守ってくれるとそれだけ守りも固くなりますし、被害もそちらのほうが少なくなりますよね?」

「しかし、救世主殿に何かあっては……」


 懸念事項はそこだろう。彼らとしては少しでも私が魔泉まで安全に辿り着けるようにしなければならないのだ。

 私にあまり戦ってほしくないのかもしれない。

 だったら今ここで彼らに救世主の――私の在り方を示さなければならない。


「……私が女神ミネティーナ様から託された救世主としての使命。それは世界と共に人々を救うことです。今日、ここで戦っている人たちも誰一人として例外じゃない。世界を救うための犠牲になってもらうとか、そうなってしまうような作戦とか、そんなの認められませんし、私個人としても絶対に嫌です」

「救世主殿……うむ。あなたの想い、しかと受け取りました。あなた方もよろしいですかな?」


 私たち以外に会議に参加していた全員が頷く。

 カミュさんも木にもたれ掛かり、ニヒルな笑みを浮かべていた。

 ――良かった。どうやら私の意見が通ったようだ。

 聖教騎士団の人も素直に頷いてくれたのは、女神ミネティーナ様の名前を出したからだろうか。

 もう少し説得が必要かと思ったがこれは嬉しい誤算だった。


 作戦の方針が固まったところで出発の準備をする人たちを横目に、今度は私たちだけで軽く打ち合わせをする。


「ここまで戦ってきたことでみんなも分かっているだろうけど、この丘には手強い魔物が多いね。この先は魔物たちもさらに強くなるだろうし、数も増える。カミュさんの報告にあった大きな木も、魔素を吸い過ぎて魔物になっているかもしれない」

「……トレントだね」


 シズクが発した“トレント”という単語。これは魔素を吸い過ぎた木が魔物化したものだ。

 余程条件が重ならないと生まれない魔物なのだが魔泉の中心、その真上に位置する木はトレントになっている可能性が非常に高い。

 今は動いた報告はなくとも、油断はできない。


「うん。あれが邪魔(ベーゼ)化したトレントなのが最悪のケースだけど……とりあえず何が起こるか分からないから、状況は逐一確認していこう。私もできるだけ全体の様子は探っていくつもりだからさ」

「今度は主様も直接戦うんだよね。誰とのハーモニクスで戦うの? おっきな敵相手ならボクにお任せだよ!」

「あはは……ごめんねダンゴ。あの木に到達するまではヒバナとシズクとのトリオで戦うつもりなんだ」


 前のめりになって自分をアピールしているダンゴが残念そうに口を尖らせる。

 その後ろで意外そうな顔をしたのはヒバナだ。


「私たち? 私はてっきりノドカとのハーモニクスだと思っていたけど」

「たしかに数が多いだけだったらノドカとのデュオが一番適しているんだけどね」

「……今回みたいな場合だと戦いづらいわけね」


 私が今回、ヒバナとシズクとのトリオ・ハーモニクスで戦うと決めたのにはもちろん理由がある。


「うん、戦況がどうなるか分からないからさ。2人とのトリオが一番、臨機応変に対応できるでしょ」


 ヒバナとシズクとのトリオは火と水の属性が使えることに加え、魔力制御能力は3人分で眷属スキルの恩恵もあり、手数も火力も申し分ない。

 どんな距離――流石に至近距離は無理だが――で戦うにしても安定した戦い方ができるのだ。


「ねぇ、ボクはどうしてダメなの?」

「絶対にダメってことはないんだよ? 寧ろ大きな敵と戦う時は一番いいくらい。ただダンゴの力を一番活かせるのは最前線ってことと、今回の場合は広い視野を取れて遠くまで攻撃しやすいヒバナとシズクとのトリオを選んだだけで」


 ダンゴとのハーモニクスの場合、みんなの中でもトップクラスの破壊力を持った攻撃ができるのが一番の強みだろう。

 その他にも攻撃だけでなく防御面でも優れている地属性魔法やイノサンテスペランスの性質のおかげで様々な状況に対応できるという利点があるとはいえ、敵が広域に展開している戦場では他の子とのハーモニクスよりも殲滅力に劣る。

 それらをはじめとする理由をしっかりと説明するとダンゴは「そっか……」と納得した様子を見せた。


「あれだよね。これってつまり主様が前に言ってた、てき……てき……」

「て、適材適所だっけ?」

「そう、それそれ。それだよ、シズク姉様! 適材適所ってやつだね! ……でもさ、それだとどうしてノドカ姉様もダメなの?」


 空を飛び回り、超広域魔法で一気に制圧できるノドカとのハーモニクスだがその実、強敵相手だと殲滅速度が一気に落ち込んでしまう。

 というのも常に飛行の補助と索敵、結界を展開している状態では、攻撃に回せるだけの魔力が十分に確保できないこともあるためだ。

 特に飛行するためには魔力の翼や姿勢制御のために大量の魔力が必要となるため、それを抑えるとなるとそもそもノドカとのハーモニクスの長所を殺しかねない。


「カミュさんの従魔が索敵を担ってくれるから、それも必要ないし……もう少し魔力が増えれば、状況も変わってくるとは思うんだけどね」

「うぅ~残念~……」


 魔力の問題は時間が解決してくれるのを待つほかない。

 幸いにして、今も使えば使う分だけ魔力総量が加速度的に増えていってくれている。

 現状では止まる気配の見えないこの体質には感謝したいところである。


「まあ……状況によってはハーモニクスの切り替えが必要だと思っているから、そこは臨機応変にいくよ。そういうわけでまずは頼むね、2人とも」

「うん」

「任せて」




 そうして突入した魔泉中心部への進行は概ね順調と言えた。

 ヒバナ、シズクとのハーモニクス状態で前衛部隊の後ろに就いた私は、適宜魔法を撃ち込みながら警戒を続けている。

 その時、伝令兵から大きな声で報告が上がった。


「右翼の進行に遅れあり! 邪魔(ベーゼ)の対処に手間取っているようです!」


 新たな情報が届いたことで、すぐさまカミュさんが声を荒げる。


「ユウヒちゃん、右翼の援護だ! 標的はケンタウロス、正確な位置の特定方法は教えたとおりだ……頼むぜ!」


 私は咄嗟に右を向き、空を見上げる。

 周囲に生える木々のさらに上、そこには何やら小さな鳥がある一点を軸にして円を描くように飛んでいる姿があった。


「了解、こちらでも確認できました。狙撃します!」


 私たちが直接赴くより、この場所から魔法を放った方が手っ取り早い。だが、それには大きな問題があった。

 それは周囲には木が生えているために視界の確保が難しいということである。

 さらに大勢の人間で行動している為に射線が制限されるということもそれに拍車をかけていた。

 しかし、問題はない。それを解決する方法はある。


『あいつ、無茶なことを言ってくれるわ』

『大体のアタリしか付けられないから、狙いの修正は必須。魔法の構築はあたしたちに任せて、ユウヒちゃんは狙いを』


 己の内側から聞こえてくるそれらの声を聞きながら、私は周囲に生えている適当な木を目掛けて駆け出す。

 そしてハーモニクスで強化された脚力を頼りに、上へ上へと昇っていく。

 時折、別の木に飛び移りながらも上を目指していき、遂にてっぺん付近まで到達した。

 そして木を思いきり蹴りつけ、宙高く飛び上がった時には既に炎魔法特化のフォルティデス状態へと変化させた杖を標的がいるであろう場所目掛けて構えている。


 だが懸念していた通り、狙いがズレてしまっていた。

 離れた場所の上空を飛んでいる鳥との距離感が正確に掴めなかったため、起きてしまったズレだ。

 こればかりはこういったことに慣れてしまわなければ、どうにもならない問題だった。たとえ、鳥の飛んでいる場所の中心点に標的がいると分かっていたとしても。

 でも、それならそれで修正してしまえば問題はない。

 しかし、いつまでも宙に浮かぶことなどできるわけもなく、木の上から標的が見える瞬間などものの数秒に満たないごく僅かな時間だ。

 それでも凡その場所を掴めていれば、僅かに修正するだけでいい。

 現に狙いの修正は既に終わっている。


「【ブレイズ・キャノン】!」


 私は標的目掛けて、ヒバナとシズクが構築してくれていた火魔法を撃ち込む。

 私の体は重力に従い、すぐに地上へと落下していってしまったため、その魔法が標的に命中したかは分からない。

 だが敵の不意を突くような形で撃ち出された炎弾を避けることは容易ではないはずだ。

 そんなことを考えていると、ノドカのサポートを受けながら無事に着地した私の元にカミュさんの声が届けられた。


「命中だ! さすがはユウヒちゃんだな!」


 それを聞いた私は胸を撫でおろす。


「この調子で次も頼むぜ」

「あはは、任せてください」


 次がないのが一番だが、奥に行けば行くほど敵も強くなる。なら、そうも言っていられなくなるだろう。

 ――もっと開けた場所ならなぁ。




 そうして足並みを揃えて進み、1時間ほどは経った頃だろうか。

 遂に私たちは今も木が枯れ広がっている場所へと足を踏み入れたのだ。


『まさに不毛の地って感じだね……』


 私の視界を通して、目の前に広がるこの景色を見ていたシズクがそんなことを漏らしていた。

 だがカミュさんから事前に報告があった通り、この不毛の地にも魔物の姿が見受けられる。

 それらを蹴散らしつつ、私たちは行軍を続けた。


 そして未だ動きを見せていなかったあの大きな木の根本までもう少しで到達できるといった時に状況が大きく変わる。


「大樹に動きが観測されました!」


 ――やはりあの木はトレントとなっていたのだ。


「なんて大きさだ……エルダー級か……」

「大昔の記録でしか見たことがない……よもや現実で対峙することになるとは……」


 だがそれもただのトレントではない。その上位種“エルダートレント”だ。

 あの巨大さをこうして直接見たことで、部隊全体の士気が下がってきてしまっている。


『どうする?』


 私の中でヒバナがそう尋ねてくる。

 そしてもう私の中では答えが既に決まっていた。


「倒そう。でもその前に――」


 ――部隊全体を鼓舞する必要がある。

 前衛組のさらに前方へと飛び出した私は連結させた杖の前方に大型の魔法術式を展開する。


「【ブレイズ・ブレス】」


 そうして薙ぎ払うようにして私たちの進路上に立ちふさがる魔物たちを一掃した。


『周りに燃え広がるものがないから、こんなこともできるってわけね』

『ユウヒちゃん、大胆……』


 少し大袈裟なくらいがいいのだ。

 ここに来て一番の大魔法を行使したことで、全員の意識がこちらに釘付けとなっている。

 だから――私は大声を上げた。


「これは守るための戦いです! あんなものに何一つとして奪わせてはなりません! 私たちはあのエルダートレントを今ここで倒し、この手で大切なものを守り抜くんです!」


 一瞬の静寂の後――人々が沸き上がり、その声が私の背中を押す。


「救世主殿の言う通りだ、あんなものを野放しにしてはおけん! よいか、ここが正念場だぞ! 標的はエルダー級トレント及び周囲の魔物群。全軍、攻撃開始だ!」

「我ら聖教騎士も続く!」


 あとは指揮官である彼らに任せればいいだろう。


「周囲の情報は逐一報告する! トレントばかりに目、奪われんなよ!」


 カミュさんも従魔たちの力を使い、情報面での支援を続けてくれるらしい。

 心強い限りだ。


「コウカとアンヤは魔物の相手をお願い。ダンゴはあの人たちと一緒にエルダートレントに攻撃を加えて。ノドカは全体の支援を」


 そしてみんなも私の言葉の通りに動き出してくれる。

 コウカたちへの指示出しも終わった。次に私がやるべきなのは、あのトレントを倒す為の一手を打つことだ。


『どんな大きさだろうと相手は木よ。燃やしてあげようじゃない』

『あれだけ大きいと大変そうだけど、あたしたちの力なら!』


 幸いにも周囲には燃え移るようなものがない。つまり、火魔法を遠慮なく使えるということだ。

 それでも風に乗って火種が運ばれる恐れもあるが、それらを打ち消す猶予は十分にあった。


「先手は譲らない!」


 トレントは地属性魔法を使うことができる。

 それにあれは強大なエルダートレントだ。魔法を放たれてしまえば、こちら側にどれほどの被害が出るか計り知れない。

 だからこそ、先手必勝なのだ。


「【ブレイズ・キャノン】」


 私はエルダートレントに向かって大きな炎弾を撃ち込んでいく。

 だが――。


「燃え移らない……!?」


 確実に着弾はしている。でもそれだけだ。あの大樹を燃やすことはできていない。

 周りに展開している人々も集中砲火を浴びせかけてくれてはいるが、やはりダメージを与えられていないようだ。


『きっと魔法防御だよ』


 シズクの言葉で納得する。

 あのトレントは内側に蓄えた大量の魔力を防御に回すことで、ハーモニクス状態から繰り出される強力な魔法を弾いたのだろう。

 このままではどちらの魔力が先に尽きるかという勝負になりかねない。だが、相手は魔泉から溢れる魔素を吸い続けている。

 ならどうするべきか。ダンゴの力であの木を切り倒すのも流石に無理だ。サイズが大きすぎる。

 だったら――。


「ノドカ!」


 私は後方に控えていたノドカへと駆け寄る。


「行くよ、ノドカ!」

「まかせて~お姉さま~!」

「モジュレーション――デュオ・ハーモニクス!」


 ノドカとのハーモニクスへと切り替え、魔力の翼を展開した私は飛翔する。


「ヒバナとシズクはトレントへの攻撃を続けて! 私が弱体化させてみるから!」

「了解! 頼んだわ!」


 エルダートレントを弱体化させる案は既に私の中で出来上がっている。

 だがそれだけではトレントからの攻撃を許すことになるので、無駄だと分かっていてもヒバナたちには攻撃を続けてもらい、相手の意識を釘付けにしておいてもらう必要がある。


「眷属スキル――【カンタービレ】」


 歌の力で魔素に影響を及ぼす力だ。

 今回は私が歌い、なおかつ風の流れを制御することでエルダートレントのみから魔力を奪い去る。

 さらにそれと並行して、魔泉の浄化を試みることで相手の無尽蔵な魔力を絶とうという狙いだ。

 これはあのエルダートレントが邪魔(ベーゼ)化していないと意味がないが、もし邪魔(ベーゼ)化しているのなら魔素との親和性を失わせることができるのだ。


 そしてそんな私の狙いに気付いたのか、エルダートレントの行動に変化が訪れる。

 幹から無数の枝を生やし、こちらを突き刺そうとしてきたのだ。

 機動力に優れるノドカとのハーモニクスを以てすればこの程度の攻撃を避けることなど造作もないが、そちらに集中しすぎると弱体化させるための手段に影響が出てきてしまう。

 ――だが、そんな時だ。

 地上から複数の岩塊が打ち上げられてきて、その枝から私を守ってくれたのだ。


「主様! もう避ける必要はないよ!」


 ダンゴやここで戦ってくれている人々からの支援だ。

 それにより、私は歌と魔法の行使及び魔素の浄化へと集中することができた。

 ――よし、行ける。

 相手は火魔法を嫌い、防御に集中しているため、地上にいる人々を攻撃する余裕がない。

 そのほかの攻撃手段である枝も地属性魔法という物理的な衝撃を与えやすい魔法のおかげで防ぐことができている。

 その間に私の狙い通り、少しずつではあるがエルダートレントが弱体化している。


 そして遂に――エルダートレントに火が付いた。


 一度付いた火を消すことは容易ではない。

 トレントは枝による攻撃を止め、その枝を上手く使うことでどうにか火を消そうと試みているようだが、それを地上にいる皆が全力で阻止してくれている。

 さらに火魔法が殺到することで最早消化できないほどにまで燃え上がり、その大樹はまさに火だるまと呼ぶに相応しい姿へと変わっていった。

 エルダートレントが倒れるのも時間の問題だと判断した私は、そこから新たな火種が風に流されていかないように全力で防御へと回る。

 だがその時、地上から大きな声が上がった。


「大変だ! 地面の下から大きな魔力の動きが!」


 あの声はダンゴだ。

 そしてその言葉から分かるのは――エルダートレントが最後の抵抗を試みているということだ。

 最早何の意味もなさない防御をすべて捨て、私たちだけでも道連れにするつもりなのか。


 相手の術式が完成するまでにその範囲外へと逃れられる人はそう多くない。

 あの子たちだけなら、私とノドカの力も使うことでどうにか逃すことはできるだろう。

 でもそんなことはできない。

 だったら――。


「このまま押し切って!」


 魔法が行使される前に倒しきるしかない。地上にいる彼らもその選択を選んでくれたようだ。

 そして、この状況で私は声の主導権をノドカへと明け渡した。


 風魔法によって拡声され、周囲に響き渡っていくのは戦う者たちを鼓舞する歌。前にノドカが言っていたが、私も声質そのものは綺麗らしい。

 思いついてから試すのは初めてだったが、ちゃんと望んだとおりの効果が出てくれた。

 歌声によって周囲の魔素が集まっているのだ。それらの魔素は人々の魔法と結合し、その威力を高めている。

 このように全員が決死の覚悟でエルダートレント討伐へと動く中、私も変形させたテネラディーヴァへ強大な魔力を蓄えた矢を番え――解き放つ。


「はあぁぁ――ッ!」




 こうして私たちと多くの人々による共同戦線は、人類側の大勝利という形で幕を閉じたのであった。


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