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02 エストジャ王国と若き侯爵様

 私たちは4頭のスレイプニルに跨りながら、雨の降るエストジャ王国内の街道を駆け抜けていた。

 私だけはミンネ聖教国から支給されたフード付きの雨外套を羽織り、みんなも市販のものではあるが同様の装いをしている。

 とはいえ、このスピードで駆け抜けるとフードの意味もなく、顔はびしょ濡れになってしまっていた。

 予想よりも早く雨が降り始めたことと、ゲオルギア連邦で人々の頼みごとを引き受けたことが重なったため、私たちはこうして雨の中を進むことになってしまったのだ。


 雨が降り始めた当初のヒバナとのやり取りを思い出す。


「もう、最悪!」

「ごめん、ほんっとうにごめん!」

「別に謝らなくていいわよ! こんなに早く降るなんて思ってなかったし、私だってちゃんと納得はしてたんだから!」

「と、取り敢えずレインコートを着て、急いで次の街まで行くよ!」


 急に降ってきた雨に怒りながら励ましてくれるという器用なことをするヒバナに感謝しながら、私たちはすぐさま着替えを済ませ、スピードを上げた。

 この時、シズクは自分とノドカの予想が外れたことへの申し訳なさを醸し出しつつ、本が読めない状況に不満を表すというヒバナとはまた別の方向に器用なことをしていた。




 時間が経つごとに雨は激しくなりつつあるが、辺りに夜の帳が降りる頃、何とかシンセロ侯爵領北端の街セルベドへと辿り着いた。

 街の中ではスピードを出すことはないので、これ以上雨を直接浴びなくても良いようにフードを深く被る。

 やはり初めて訪れるこの国では、どの街においても私たちの来訪に対して歓迎するような声はほぼ皆無と言っていい。


「マスター、どうしますか?」

「教会を探そうか。この街の規模だと聖教騎士団用の馬小屋もあるだろうから」


 この時間になると、7名と4頭の馬を受け入れてもらえる宿屋を探すよりも教会のお世話になった方がいいかもしれない。

 何より雨の中をこれ以上歩き回りたくはなかったので、教会がある場所を街の人に聞き、その場所を目指す。

 激しい雨のため人通りは少ないが、それでも傘をさして出歩いている人たちがいる。

 雨の所為で視界がすこぶる悪いので、細心の注意を払いつつ街の中を進んだ。


 そうしていると前方から雨の音に紛れて、僅かに蹄鉄が石畳を叩く音が聞こえ始めた。

 その直後、前から明らかに私たちよりも速度を出している馬車が現れる。


「危ないなぁ……」


 晴れている昼間なら問題はないだろうが視界の制限される夜。

 それも雨の日にあの速度を出したまま走っていると飛び出してくる通行者などに気付くのが遅れて轢いてしまいそうだ。

 私はすれ違いざまにその馬車を横目で見る。

 家紋が刻まれていることから、どこかの貴族の馬車の可能性が高い。


 ――その馬車に気を取られていた直後だった。


「きゃぁ!」


 馬の鳴き声と甲高い悲鳴。反射的に振り返った時にはもう遅かった。

 馬車の陰に隠れ、悲鳴の主の姿を確認することはできない。すぐに馬車は急制動を掛けて静止していたが、あれでは間に合ってはいないだろう。

 壊れた傘だけが無惨にも現場のすぐそばに残されていた。

 それでもまだ何かできるのではないかと思った私がミランの上から降りようとした時、私のすぐ前に座っていたはずのアンヤの姿がどこにもないことに気が付いた。


「アンヤ……?」


 すぐにその姿を探ると、何故かアンヤは馬車の側方の石畳の上に仰向けとなって倒れ込んでいる状態だった。

 彼女が被っていたフードも脱げており、その顔が雨に晒されている。


「ちょっと待ってて!」

「あ、わたしも一緒に!」


 今度こそミランの上を飛び降り、アンヤの元へ駆け寄る。

 後ろを走っていたエルガーに乗っていたコウカも私と一緒に付いて来てくれた。


 そうして近づいていくと、アンヤの腕の中には10歳にも満たないくらいの小さな子供の姿があることに気が付いた。


「リサ!」


 すると私たちと同じようにその子供とアンヤに駆け寄っていく男性が現れた。

 状況から考えると、アンヤが抱きしめているのが轢かれそうになった子供で男性がその父親といったところか。

 私たちが辿り着いた時、アンヤは泣いている子供の頭を優しく撫でていた。


「……もう、大丈夫……」


 雨の音に打ち消されそうなくらい小さな声だったが、私にはハッキリと聞こえた。


「リサ、リサ……!」

「あ……ぇっぐ……パパぁ……」


 アンヤは子供を解放し、その子供は父親と抱擁を交わす。

 それを横目にゆっくりと起き上がろうとするアンヤに手を貸す。


「偉い、偉すぎるよ……本当に。どうやったの? あの瞬間までは私と一緒に居たよね?」

「……影に潜った……」


 そっか、もう夜だから影の中を高速で移動したということか。

 たしかに確認してみると私の魔力も少し減っていた。


「あの、本当にありがとうございます! なんとお礼を言えばいいか……ほら、リサも」

「ぁ……ぁりがとうございました」


 親子はアンヤに向かって頭を下げる。

 それを見たアンヤは口を開いた。


「……どういたしまして」


 その時だった。

 近くで静止していた馬車の扉が開く音と共に言い争うような声が聞こえてくる。


「行ってはなりませぬ!」

「止めてくれるな! ……大丈夫か!?」


 馬車の中から現れたのは身なりの良い若い男性だった。

 雨に濡れるのも厭わずに駆け寄ってくるその男性を見た途端、子供の父親が顔を青くする。


「も、申し訳ございませんでした侯爵様! この通り娘はまだ幼く、全て私が悪いのです! ですからどうか――」

「いや、謝るのは私のほうだ。全て我々の不注意だった、この通りだ……すまなかった」

「え……お、おやめください、私のような平民にそのような……」


 なんとその男性は親子に向かって頭を下げたのだ。男性の濡羽色の髪から水が滴り落ちる。


「閣下! そろそろ出発せねば間に合いませぬぞ!」

「ああ、分かった! すまないが、これにて失礼する。後日、何かあれば遠慮なく屋敷を訪ねてほしい」


 そう言うと彼は馬車に向うために踵を返そうとして、そこで初めて私たちの存在に気が付いたようだった。


「君は……いや、あなたは……」


 彼は目を見開いて私の服と顔を交互に見比べていた。

 その視線を遮るようにコウカがさっと前に出るが、身長の低いコウカではその効果のほどはイマイチだった。


「閣下!」

「――ッ!」


 馬車の中から切羽詰まるような声が聞こえてきたため、私たちへの観察を止めた男性はこちらにも軽く頭を下げた後、そのまま馬車へと乗り込んで去ってしまった。


「あの人、何だったんでしょうか」

「さあ……でも、侯爵だって」

「なるほど。……侯爵って何でしたっけ?」


 神妙に頷いたかと思えばそんなことを問い掛けてきたコウカの言葉に、思わず転んでしまいそうになった私を責める人はいないだろう。


 アンヤのフードを被せ直した後、待ってくれていたみんなと合流し、親子とも別れた私たちは無事に教会へと辿り着くことができた。

 そして教会の門戸を叩くと、中から出てきたシスターさんがびしょ濡れの私たちを見て悲鳴を上げる。


「救世主様!? だ、誰か来てください!」


 なんというか、慌てさせてしまって大変申し訳ない思いだった。

 とはいえ、何から何までお世話になろうとは考えていない。食事はヒバナが食材を貯め込んでいるし、着替えやお風呂も自分たちで用意できる。

 庭など一定のスペースと寝床、ミラン達を泊めておける場所を借りられればそれでいい。……流石にそんなわけにもいかず、宿舎でおもてなしを受けることになってしまったのだが。

 嬉しかったのは、彼女たちの宿舎内に大浴場があったことだろうか。

 やはり雨で冷えてしまった体でお風呂に入るのは非常に気持ちがいい。

 私たちは今日一日の疲労を解すように、至福のひと時を過ごしたのだった。




 そうしてヒバナが調理場を借りて作ってくれた料理で夕食を済ませ、貸してもらった部屋にみんなで集まる。


「ふぅ、これで落ち着いて話せるわね」

「ヒバナ姉様、あのシスターさん凄かったね! 精霊様ぁ、って泣き出しちゃって」

「私、調理場を借りたお礼を言っただけよ……」


 ヒバナはダンゴの言葉で先程の光景を思い出してしまったようで、顔をげんなりとさせている。というのも、この教会にいたシスターが原因だった。

 色々と気を回してくれた人なのだが彼女はどうやら精霊への信仰心が厚い人のようで、スライムでもあり精霊でもあるコウカやヒバナたちに終始目を輝かせていた。

 そんな人がヒバナから直接話しかけられ、感謝を告げられるとどうなるかは想像に難くない。

 感激して泣き崩れてしまったのである。その様子がどうにも暑苦しく、ヒバナは終始気押されていた。


「もう、別にそんな話はどうでもいいの」

「う、うん。アンヤちゃん、よくあの時動けたよね」

「別にその話でもないんだけど……」


 子供を助けるためにアンヤが何をやったのかは私からみんなにも軽く説明したのだが、シズクはその話をしようとしていたらしい。

 しかし、ヒバナはまた別の話題を考えていたようだ。

 そんな彼女の意図とは裏腹に話の流れは末妹の活躍へと推移する。


「さすがだね、アンヤ! ボクも姉として鼻が高い!」

「よしよし~アンヤちゃん~よく頑張りました~」

「んっ……」


 ダンゴがアンヤの肩を揺らし、ノドカはそんな彼女の頭を撫でる。

 アンヤは姉たちに為すがままにされ、身体を揺らしていた。


「でも私、ちょっと納得できないことがあるんだよね……」

「納得できないこと、ですか?」


 コウカが首を傾げる。

 私の納得できないこと、それはアンヤがあの子供を助けた後のことだ。

 それはアンヤ自身の問題ではなく、あの侯爵様と呼ばれた男のことである。


「あの侯爵様、アンヤにはお礼も謝罪もなかったんだよ? そりゃあ、どうやって助かったのかとか見えなかったかもしれないけど、それでもさあ……」


 アンヤは体を張ってまであの子を助けたのだ。

 それに対して何もないというのは、仕方のない部分があったとしても煮え切らない。


「その侯爵、ここの領主なんでしょ?」

「うん。教会の人に見せてもらった家紋とあの馬車に書かれていた印が一緒だったし」


 ここの教会の人にはその家紋は領主であるシンセロ侯爵家のものであるということの他に、今の領主は5年前に20歳という若さで家督を継いだオラシオ・シンセロという男性であることも教えてくれた。


「ユウヒと……あとコウカねぇの目にはそいつはどう映ったの? やっぱり横暴な貴族?」

「……ううん。どっちかっていうと誠実な感じだったかな。平民相手に頭を下げる貴族ってどうなんだろうって思ったけど……私はいい人だなって感じたよ」


 ただ、それとアンヤの件はまた別なのだが。


「わたしも同じような印象です。ただ、マスターを不躾にジロジロと観察するように見ていたのは不愉快でしたが」


 コウカとも概ね意見が一致する。

 私もコウカも理由は別だが、彼に対して納得できないことがあるらしい。


「どちらにせよ、干渉してこない方が楽でいいわね」


 ヒバナがそんな身も蓋もないことを言った。

 その話はそこで終わってしまったので、私はアンヤに話しかけているシズクへと目を向けた。


「アンヤちゃんはどうして助けようと思ったの……? あ、えっと……別に変な意味じゃなくて……ね……?」

「あっ、それ! ボクも気になる!」

「わたくしも~! 教えて~アンヤちゃん~」


 ノドカの膝の上に抱きかかえられているアンヤが首を傾げた。


「……どうして……? ……理由は……わからない」

「わ、わからないの? そっか……じゃあ、アンヤちゃんはあの侯爵には怒ってないの……? あたしだったら、あんまりいい気分はしないけど……」

「……アンヤは、あの子が無事だったから……別にいい……」


 そんな発言をしたアンヤがダンゴとノドカに揉みくちゃにされていた。

 そこにヒバナも向かっていく。


「そんなこと言って……アンヤってば、ユウヒに少し似てきたんじゃないの?」

「たしかに! さっきの主様が言いそうなことだった!」


 どうやらみんな、私に対してそんな印象を持ってくれているらしい。

 ――アンヤは立派だな。いつの間にあんなことを言うような子になっていたのだろうか。

 子供を助けた理由は分からないと言っていたが、簡単なことだ。

 理屈に基づいた理由なんて最初から存在しない。助けたかったから助けた、あの子にとってはただそれだけのことなんだ。

 打算もなしに他者を思い遣れるアンヤは、きっと誰よりも他人に優しくなれる子。


 私みたいな偽物なんかとは違う。


「――ッ、マスター……?」

「ん? どうしたの、コウカ?」

「あ……いえ、気のせいでした」


 すみません、とコウカは苦笑した。

 一体何だったのかは分からないが、何もなかったのならそれでいい。

 私は「そっか」と一言だけ返すとコウカの手を引いた。


「ねっ、私たちも混ぜてよ!」

「ちょ、ちょっとマスター!?」


 こうして、夜は更けていく。……結局、ほとんど大事なことは話せなかった気がするけど。




    ◇




 エストジャ王国では、邪魔(ベーゼ)が目撃された場所が複数存在する。ここシンセロ侯爵領も例外ではない。

 だからまずは、シンセロ侯爵領内の邪魔(ベーゼ)目撃地点を中心に巡っていく必要があった。

 幸いにも教会の人がギルド、エストジャ王国軍と協力して情報を纏めてくれていたのでそれを頼りに活動させてもらっている。

 そしてこの国では聖教騎士団も既に派遣されており、王国軍と共に各主要都市付近の魔泉を警戒してくれていた。

 彼らには私が魔素鎮めを行う場所以外の警戒に当たってもらう形で連携を図っている。




「シズク、後はお願い!」

「う、うん! 任せて!」


 しっかりと頷いたシズクを見遣り、私は魔力の翼で空へと飛び立った。


『出発~』


 私の中にいるノドカが呑気な声を上げている。


 シズクに任せたのは、地上にいるみんなの指揮だ。

 彼女は何度か全体に指示を出しながら戦ったことがあり、それがなかなか様になっていたのでこうして私が別行動している間の指示出しをお願いしている。

 彼女は誰よりも頭の回転が速い。

 だがかつてのシズクは強大な敵を前にすると怯えてしまい、その長所が活かせないことも多々あった。

 しかし最近は自分の力に自信が付いてきたのか、どんな状況でも冷静に見ることができるようになっている。

 加えて、状況によっては前衛組と一緒になって戦う私と違い、シズクはみんなよりも前に出て戦うことはない。

 敵と近接戦闘を繰り広げながら全体を見渡すなんて私には不可能だ。

 そもそもこんな少人数では最初に大まかな作戦を決めた後はお互いが個々の判断で動くことが大半だが、それでも全体を見通す司令官役はいたほうがいいと思っている。


 また私たち全体の司令官がシズクなら、前衛組のリーダーはコウカが担ってくれると期待していた。

 少し不安定な面があり、極端に視野が狭くなって無謀な突撃をする時がある。

 だが平時の瞬発的な判断力の高さや思い切りの良さは彼女の勇猛さに繋がっており、全体的な士気を高めてくれるのだ。

 その反面、周りが見えなくなった時のコウカは私たちに戸惑いを与え、士気が大きく下がってしまうこともあるのでそこは注意しなければならなかった。


『あの穴ですね~』

「よし。まずは先制の一撃、行こうか!」


 この場所には中型飛行タイプの魔物の目撃情報がある。

 そしてその情報を裏付けるかの如く、巣穴らしき穴が山にぽっかりと空いていた。

 さらに索敵魔法の制御をしてくれていたノドカが、既にあの中にいる敵の存在を捉えている。


「テネラディーヴァ――コルポディヴェント!」


 私は手に持った霊器を弓へと変形させ、疾風の矢を巣穴目掛けて放った。その後も間髪入れずに次々と撃ち込んでいく。

 これで全滅させられればそれでいいが、そう甘くもないだろう。

 ――さて、何が出てくるか。

 どうやら撃ち込んでいた穴がある面とは別の斜面にも出入り口があったらしく、そこから黒いグリフォンが10体ほど姿を現した。


「グリフォン……やっぱり全部、邪魔(ベーゼ)化してる!」

『相手に~見つかりました~! 速いから~気をつけて~?』

「うん、こっちもスピードを上げて距離を保ちながら戦うよ!」


 魔力の翼に流す魔力量を調整しながら自分の周りに風の膜を作り出した私は反転し、こちらに向かってくるグリフォンとは反対側に逃げる。

 鋭い爪による攻撃手段を持つグリフォンと違い、私たちは近接戦闘に使える武器がないからだ。

 幸いにも攻撃する余裕を保った飛行速度でも彼らに追いつかれることはなさそうだった。

 グリフォンたちが私を追いながら風魔法による突風で攻撃してくるが、こちらも風魔法の使い手だ。

 どこに攻撃してくるかは探知できるので、風の結界を使いながら最小限の回避行動で捌いていく。

 そうして反撃の一撃として、振り向き様に疾風の矢を放った。

 だが、相手も風の魔力を持っている魔物だ。回避しづらいはずの攻撃も早期に察知され、すんでのところで避けられてしまった。

 いつまでも攻撃姿勢のままでいては距離を詰められるため、また高速飛行へと移り距離を稼ぐ。


『どうしよう~お姉さま~』

「疾風の矢に込める魔力量を増やそうか。それで相手の陣形に穴を空ける!」

『あ、危ないですよ~……!』


 その後にどうするのかを私の考えから読み取ったのだろう。ノドカが危険だと言ってきたが、リスクに見合う結果は残せるはずだ。

 私は今から最初に言ったこととは反対の行動を取る。


「今!」


 制動を掛けながら振り返り、先程放った矢よりもさらに魔力を込めた矢を放つとすぐさまその後を追うように飛ぶ。

 より魔力を込めた矢は速く、周囲の風を巻き込みながら直進する。そのため、その矢は相手の風魔法を防ぐ盾の役割も果たしてくれていた。

 さすがにその一撃を避けることはできずに隊列の先頭を飛んでいたグリフォンが撃ち抜かれる。

 そして私はぽっかりと空いた隊列の中央に向かって突入し、他のグリフォンとすれ違うと即座に制動を掛けながら反転した。


 やはり陣形を崩したことが功を奏したのか、後ろを取られることになったグリフォンたちの行動は二分化した。

 ひとつはその場で反転しようと制動を掛ける者たち。そしてもうひとつは大きく旋回して左右から回り込もうとしてきた者たちだ。

 この場合の正解は後者となるだろう。

 だが、私も遠慮はしない。

 ある程度威力は弱まるものの発射速度を重視した矢を連続で放ち、彼らの翼を撃ち抜いていく。

 これでさっき倒したものと合わせると4体墜としたことになる。

 ――その時、私の中のノドカから警告が届いた。

 咄嗟に真上へ飛ぶと、さっきまで居た場所で風が吹き荒れる。

 どうやら旋回していたグリフォンたちが両翼から魔法を使って攻撃してきたらしい。


 また追いかけっこが始まった。

 しかし、やはり機動力の差があるのでこちらの優勢は揺らぐことがなかった。

 攻撃を凌ぎつつ距離を開け、魔力を込めた一撃を叩き込む。

 そしてそれを3回繰り返したところで残った3体のグリフォンがこちらを追うのを止めた。

 一瞬、地上のコウカたちを狙いに行ったのかと思ったがどうやら逃げるつもりのようだ。だが、邪魔(ベーゼ)を生かしておくわけにはいかない。


 こうして追う者と追われる者は入れ替わった。

 逃げようとするグリフォンとの距離を詰め、確実に撃ち落としていく。

 1体撃ち落としたところで残りの2体は別々の方向への逃走を開始した。それで逃げられると思っているのなら甘いとしか言いようがない。

 すぐさま1体のグリフォンに張り付きながら攻撃を加え、撃ち落とした後に全力で魔力を矢に込める。


「逃がさない……!」


 次に狙うのは既に100メートルほど離れた地点を飛行している最後の1体だ。狙いを付けつつも魔力を込め続けることを忘れない。

 そして圧縮した魔力を込めた矢は風の中を突き抜けて邪魔(ベーゼ)となったグリフォンを貫いた。


『お姉さま~お見事~。お疲れさま~』

「ふぁ~……ありがとう、ノドカ」


 少し気を緩めるとノドカに引っ張られる形で眠気が襲ってくる。

 ある意味これがノドカとのハーモニクスの欠点ともいえるようなものだ。


『一緒に~お昼寝します~?』

「あはは、しないよ」


 折角の誘いだが、まだ完全に気を緩めていい時ではない。

 ノドカは「残念~」と簡単に引き下がった。もともと本気の発言ではなかったのだろう。

 ――さて、地上の様子はどうなっているだろうか。

 私の眼下には大きな炎と水が荒れ狂う光景や地面に小規模な窪みが幾つも作られている光景が見える。

 疑う余地もなくヒバナとシズク、ダンゴの仕業だと分かる。


『地面が~ボコボコですね~』

「ダンゴは遠慮がないからなぁ」

『そうですね~……ん~あれは~……』

「ん……?」


 ノドカが意図した場所。

 そこでは雷のような閃光がある程度進んでは角度を変え、それを繰り返しながら戦場内を駆け回っているようだ。おそらくコウカの高速移動だろう。

 未だ小回りが利かずに敵がいる場所から数メートル離れた地点に移動してしまってそこから走って切り掛かるなど無駄な動きも多いが、その速さには目を見張るものがある。


「コウカ、だいぶ使えるようになったんだ」


 粗削りだが、前から練習していた魔法が実を結び始めたことに自然と私の頬は緩みそうになっていた。


「よし、私たちも負けてられないね!」

『うぅ~もう~お休みしたい~』


 テネラディーヴァを構え直し、気合を入れ直した私は地上のメンバーと合流するのだった。


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