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47 新たな一歩

 瞼越しに飛び込んでくる眩さが私に目覚めを促す。


「んっ……」

「あっ、マスター。おはようございます」

「おはよ……ありがとね、コウカ」


 目を開けると私の目の前にコウカの顔があった。

 私が目覚めたことに気付いたみんなと挨拶を交わしてから身体を起こす。そして周りを見た途端に後悔した。

 すごく標高の高い山のさらに上を高速で飛んでいるため、非常に怖かったのだ。

 私もノドカとハーモニクス状態の時は高い所を飛んでいるのだが、今の私に飛行能力はないのだ。仕方がないだろう。


「あれ……あんまり風がないね」

「それは~わたくしが~膜で包んでいるからですよ~」


 高速飛行中のはずなのに風に吹かれていないのはどうしてなのかと考えていたが、それはノドカが風の膜で包んでくれているからだと知り、納得した。

 ここがどこなのかは分からないが夜だったのが朝になっていることから、7、8時間は飛んでいるのだろうか。

 その間、私は熟睡していたらしい。


 私が眠っている間、みんなはどうしていたのかが気になり、見渡してみるとそれなりに寛いでいたことが察せられた。

 結構無理な体勢でシリスの背中に掴まっているのだが、その上で本を読んでいたり、足を投げ出して景色を眺めていたりといった具合だった。


「ここどこ?」

「ちゃんと分かっているわけではありませんが、3時間くらい前にファーリンドの上を通り過ぎました。そこからまっすぐ東に進んでいます」


 ということは多分行ったことのない場所だ。

 ファーリンドを通り過ぎたってことはキスヴァス共和国の東側、それってどこの国だったか。

 ラモード王国は北だから……そうだ、シーブリーム王国とハイルベリー国だ。

 前にシーブリーム王国とハイルベリー国の間には厳しい山脈があると聞いたことがある。それじゃあ、この下に見えるのがそうなのではないか。

 そして、ハイルベリー国の隣にあるのが目的地であるミンネ聖教国になるはずだ。




「あっ、見えたよ! みんな!」

「はぁ……ようやくね」


 私の予想が当たっていたのかどうかは分からないが、さらに数時間飛ぶと見覚えのある世界樹の姿が遠くに見えた。

 つまり、方角的には間違っていなかったということだ。

 そうして世界樹が近付いてきて、ついに聖都ニュンフェハイムの上空へと到達した。

 そのまま降下していきたかったのだが、何だか眼下の街の様子が慌ただしい。

 どうにか降りられそうな場所はないか探していると、地上から数体の飛竜が接近してきた。


「ねえ、ユウヒちゃん。あたしたちが龍に乗ってくるって聖都の人たちに伝わっているのかな……? どんな報告よりも早く着いたと思うけど……」

「あ……伝わってないかな?」

「多分……」


 早馬だろうが何だろうが、シリスに乗った私たちよりも早く聖教国に辿り着けるとは考えづらい。

 ということはだ。もしかして、今の私たちってめちゃくちゃ警戒されているのではないだろうか。

 普通に考えれば、何も知らずに街の上空へ龍が飛んで来れば慌てるはずだ。


 ――その後、ノドカの力を借りて飛んでくる竜騎士の人たちに事情を説明することで事なきを得たのは言うまでもない。




    ◇




「ユウヒさん! 精霊様!」

「ティアナ、ごめん! 驚かせちゃったみたいで!」


 宮殿前の広場を借り、シリスが着陸するとミンネ聖教団の聖女で女神ミネティーナ様の巫女でもあるティアナがすぐ側まで駆け寄ってきてくれた。

 彼女の表情からは私たちとの再会を喜んでくれているような色が浮かんでおり、事態はそこまで切羽詰まったものではないことが分かって、ひとまず胸を撫でおろした。


「大変なことになったって聞いて飛んできたんだ。いったい何が――」


 シリスの上から降り、ティアナに詰め寄ったのだが、私のお腹から気の抜ける音が鳴りだしたことでそれは中断せざるを得なかった。

 多分、私の顔は真っ赤になっていることだろう。

 ――後ろでクスクスと笑っているヒバナとシズクはなんなんだ。

 さらにその笑いは目の前の聖女様にも伝播してしまっている。


「ふ、ふふふ……お食事を用意してもらいますので、お話は食事の後で……ね?」

「それならシリスもご相伴に与るの」


 シリスが龍からの人の姿になり、私の隣へと歩いてきた。

 人の姿へと変わった瞬間、周りの人々からどよめきが起こる。ティアナも目を丸くしてシリスのことを見ていた。

 矛先を逸らすにはこれほどの逸材はいないため、私も乗り掛かることにする


「この子はシリスニャ……シリスニェーク。さっきティアナが見た通りの龍なんだけど、その話もしないとね」

「シリスニェークなの。お腹が空いたから早く案内してほしいの」




 そうして私は宮殿で食事を頂いた後、龍の孤島で起こった聖龍ミティエーリヤ様の話をティアナへと伝えた。

 やはり聖女である彼女は聖龍ミティエーリヤ様の伝承を知っており、ミティエーリヤ様が死んでしまったことに大きなショックを受けているようだ。

 恐らくこの話はある程度形を変え、彼女からミンネ聖教全体に広がるに違いない。

 そしてこれからの歴史にはシリスの名前が刻まれることになっていくのかもしれない。まあ、それはこれからのシリス次第なのだが。


 それはさておき、シリスの話も終わったことで次に話題として上がるのは闇の霊堂が破壊されたという話だった。


「ティアナ、闇の霊堂で何があったの?」


 これからどうなってしまうのかは非常に気になるが、まずは何があったのか情報を整理する必要があった。

 そもそも私は闇の霊堂の場所も知らないほど無知なのだ。


「3日前の話です。ユウヒさん達がここから最初に向かったゲオルギア連邦の北東部、アダマス国内にある闇の霊堂が邪神の軍勢と思わしき勢力による奇襲を受けました。当時、近くには警備のために駐留していた最低限の連邦軍しかおらず、足止めを受けているうちにあっという間に霊堂が破壊され、敵は姿を消したということです」

「そんなことが……。でも、それでどうして相手が邪神側の勢力だと分かったの? そりゃあ、邪神側の勢力以外が攻撃してきたなんて考えたくはないけど……」

「実は、兵士たちの証言で攻撃してきた相手はほぼ全てが邪魔(ベーゼ)によって構成されていたことが判明したんです。そしてそれらを率いていた存在、それが四邪帝の一角である鋼剛帝バルドリックの特徴とほぼ一致してしまった」

邪魔(ベーゼ)……四邪帝……」


 邪魔(ベーゼ)はまだいい――決して良くはないのだが――として、四邪帝というのは女神ミネティーナ様から聞いたことがある。

 四邪帝はその全てが邪族(ベーゼニッシュ)という邪魔(ベーゼ)が進化した存在によって構成されている存在のはずだ。

 だが四邪帝は全てミネティーナ様やレーゲン様をはじめとする大精霊によって封印されており、地上へは直接干渉することができないはずだった。


「女神ミネティーナ様も想定が甘かったと悔やんでおられました。しかし、同時にまだ最悪の状況ではないとも」

「というと?」

邪族(ベーゼニッシュ)に対する結界を調整し、地上での直接的な活動に時間的制限を課すことに成功したようです。その分、ミネティーナ様と大精霊様の御力がさらに犠牲となってしまったようですが……」


 つまり彼らはずっと地上で活動することができず、計画的な襲撃をするのが難しくなるということか。

 その四邪帝がどれほど強大な力を持っていようとも、時間を稼ぐことができれば撃退することが可能になった。

 ――そう、ミネティーナ様が考えているのは時間稼ぎなんだ。

 ミネティーナ様は邪神を完全に消滅させると言っていた。そしてそのためには私とコウカたちが成長する必要があるとも。


 場所が割れていないはずだった霊堂が破壊されたことから、相手は何らかの手段で情報収集をしていることは分かっている。

 だが場所がばれたところで守り切ってしまえば、邪神は復活することができない。

 そしてどこかの戦場でその四邪帝を倒すことができれば、相手の戦力を大きく削ることだって可能なはずだ。

 そうなると今後大切になってくるのは人々の対応だった。


「これからどうするの?」

「お父様が各国首脳陣、そして冒険者ギルドとの協議を進めています」

「協議?」

「はい。邪神に対抗するため、国籍という垣根を越えた軍人、冒険者による協力体制の構築です」


 ティアナ達ミンネ聖教団は現在の地上を取り巻くほぼ全ての情報を開示し、邪神の勢力へと対抗するために人々を1つに纏め上げようというのだ。

 問題はまだまだ多く抱えているようだが、それは大きな希望のように思えた。




「それじゃあシリスは帰ることにするの」

「え、もう帰っちゃうの?」


 ティアナとの話が一区切り着いた時、シリスがおもむろに椅子から立ち上がる。

 さっき来たばかりなのにもう龍の孤島へと戻ってしまうようだ。

 仲良くなれそうだったというのに、ここでお別れというのはやはり寂しい。


「シリスにはシリスの、きゅーせーしゅにはきゅーせーしゅの戦いがあるから当然なの。光の霊堂はシリスと島の者たちが全力で守るの。だからきゅーせーしゅは自分の戦いに集中してほしいの」

「……うん、分かった」

「それに前にも言った通り、またいつでも遊びに来たら良いの。今は無理でも、全部終わったらまた」


 そうだよね、これで終わりじゃない。

 世界が平和になればまた、彼女と会うことだってできるんだ。そこでちゃんと友情を育んでいけばいい。


 中庭に出たシリスはコウカたちとも一人一人挨拶を交わしていく。

 短い付き合いではあったが一緒に困難を乗り越えたことなど、それなりに濃い時間を過ごした仲なのでみんなも彼女には親しみを覚えているのだろう。

 滞りなく別れの挨拶も過ぎていく。

 そうして最後であるアンヤの番となった時、彼女は《ストレージ》の中から包みを取り出した。


「……お礼」

「この匂い……ちょこれーと? いいの?」


 彼女はコクッと頷いた。

 また食べたいと言っていたとはいえ、大切なチョコレートを自分から差し出すというのは正直意外だ。

 もしかすると、あの子もシリスと仲良くなりたいと思ってくれているのかもしれない。

 そんな光景を見ていると自然と頬が緩んでいく感覚があった。


「ありがとうなの。闇の精霊」

「……アンヤ」

「え?」

「……アンヤの、名前」


 シリスはアンヤの言葉に目を瞬かせ、やがて微笑んだ。


「アンヤの名前、しっかりと覚えたの。他の精霊たちの名前も教えてほしいの、次会う時までに覚えておくの」

「まだ覚えてなかったんだ」


 みんな呆れ顔だったが順番にシリスへ自分の名前を伝えていく。彼女は頭を捻らせながら必死にその名前を頭に叩き込んでいるようだ。

 そして何とか全員の名前を聞き終えたシリスはこちらを向き、ジッと私の目を見つめてきた。

 何だろうか、と首を傾げていると彼女は口を開く。


「きゅーせーしゅの名前も教えてほしいの」

「あ……私も? 私はユウヒ。ユウヒ・アリアケです」

「ゆうひありあけ……長いの……」

「覚えられなかったらユウヒだけでいいよ。ユウヒ」


 苗字まで覚えてもらう必要はないといえばないので、自分の名前だけを憶えてもらえればそれでいいだろう。

 シリスは私の言葉に「それなら覚えやすいの」と顔を明るくさせた。


「それじゃあまたなの、アンヤ、ユウヒ。えーっと……ダンゴ、コウカ…………ヒバナ、シズク、ノドカ」


 そう言って彼女は龍の姿になり、西の空へ飛んでいった。


「シリスニェーク、ボクたちの名前覚えてたね」

「次会うまでって言ってたのにね……」


 ダンゴとシズクがそんなことを話していた。

 彼女たちだけでなく、ヒバナとノドカもシリスが名前を憶えてくれたことに頬を緩ませているようだ。




    ◇




 宮殿の中に戻ると談話室に案内され、そこで改めてティアナと今後の相談をすることになった。


「今後、ユウヒさんには正式に救世主として人々へと周知された後、救世主としての活動をしてもらうことになるかと思います」

「そっか……救世主としての活動ってどんなの?」

「実はユウヒさんが今までしてくれていた活動とそれほど変わりないんです」


 私含めてその場にいる全員がずっこけそうになった。

 正直言って拍子抜けだ。


「……つまり、魔泉の異変を治めて回るってことだよね?」


 確認のためにそう問い掛けると、ティアナは頷いた。

 今までとあまり変わらないとして、人々に私の存在を大々的に報せた上で行動するのはどうしてだろうか。

 ――いや、そこまで難しい問題でもないのかな。

 今までの目的としては私たちが力を付けることや異変を解決するためであったが、それとは別に人々の心を1つにする支柱としての役割を私に担ってほしいのではないだろうか。

 異変を治めることができる者を積極的に活動させ、力を示せば自ずと求心力といったものは強まっていく。

 流石に何もなしに人々の心が1つになることはないと思うので、人々の希望となり得る力を持つ私という存在はうってつけだったというわけだ。


 そんな考えをティアナに話すと、彼女は苦い顔をしながらも肯定した。


「はい。まるで都合よく利用しているようで申し訳ないのですが、概ねユウヒさんの仰る通りです」


 別に私としては多くの人の為になるこの活動に対して文句があるはずもないので、そのまま全面的に引き受けることにした。

 そして私がその意思を告げた瞬間、ティアナが部屋の外に呼び掛けたかと思うと数人のメイドがワゴンを押しながら入室してきた。

 そのワゴンに乗せられていた物、それは――。


「服?」

「はい。救世主としてユウヒさんをしっかりとアピールしなければなりませんから」


 心なしかティアナの鼻息が荒い。

 目の前にはこれから私が活動するにあたり、救世主としての制服らしき衣服一式が鎮座していた。

 いったい、いつ準備したというのだろうか。


「サイズに誤りがあってもいけませんし、試着してみてください。お手伝いは必要ですか?」

「ううん、大丈夫」


 メイドが大きな鏡を持ってきたため、ここで着替えろということらしい。

 手伝いは不要であることを伝え、コウカたち以外には部屋の外へと出て行ってもらう。少しみんなの手を借りつつ、そこまで苦戦することもなく着替え終わる。

 ――この服、想像以上に肌触りが良いな。相当な高級品ではないだろうか。


「へぇ、結構似合ってるんじゃない?」

「というか、サイズぴったり……」


 どうしてぴったりなのかと考えると思い当たる節がある。

 初めてミンネ聖教国に訪れた際にサイズを測られたことがあったのだ。その時はあまり気にしていなかったのだが、今思うとこのためだったと分かる。

 服のサイズはぴったりだったので後はデザインを鏡の前で確認する。

 白のワイシャツと白地にアクセントとしてローズゴールドの刺繡が施されているジャケット。下はロングスカートに編み上げブーツとなっている。

 背中を鏡に映すとジャケットに大きくミンネ聖教団のエンブレムが刻まれており、全体的な印象で言うと学校の制服か軍服に近い印象を受ける。

 色がまさにミンネ聖教団の色なので、この服を見るだけで私が聖教団の関係者だとすぐに分かるだろう。

 後は付属品として専用デザインの外套なども用意されており、一年中どこでもこれを着ろと言われているような気がした。


 部屋の扉を開け、外にいたティアナに入っても良いという旨を伝える。

 入室した彼女は私の姿を見て、目を輝かせはじめた。


「素敵です、ユウヒさん! これで私ともお揃いですね」


 デザインに差があるとはいえ、ミンネ聖教団の聖女であるティアナの服装は常にこのカラーリングだ。

 お揃いとなるのは当然だろう。


「本当はみなさん全員へお作りしたかったのですが、ユウヒさんへの予備も考えると貴重な素材ということで間に合いませんでした……」

「そんなに貴重な素材なの? たしかに着心地が良いけど」

「はい。というのもその素材はカーボンスパイダーという魔物の糸を織って作られた新素材でして、軽くて丈夫で肌触りも良く、耐熱性や伸縮性も優れているそうです」


 ――カーボンスパイダー?

 それにその謳い文句、どこかで聞き覚えがあるような気がする。

 ただ、そう思ったのは私だけではないらしい。みんなもそのフレーズを聞いた途端、頭に疑問符を浮かべて唸っている。


「そのフレーズ、前にどこかで聞いたわね……」

「……わたし、思い出しました。あれですよ、あのカーボンスパイダーを捕まえて来いという依頼を出していた変な女性が言っていたことと同じです」


 そういえば、そんな依頼を受けたことがあった。魔物の捕獲という珍しい依頼だったから今も覚えている。

 そういえばあの人、服を作っていたな……いや、まさかだよね。


「素材が仕入れられた場合は追加で作ってもらおうと考えているのですが、精霊様の中からおひとりずつとなりそうです」

「あっ、私はいらないわよ。シズもでしょ?」

「う、うん。帽子と合わなくなっちゃうもんね……」


 ヒバナとシズクの2人は頭の上の三角帽子を押さえてそう訴えた。

 そしてさらにアンヤとノドカもそれに同調する。


「……アンヤも」

「わたくし~苦しそうな服はいやです~」


 4人に連続して拒絶されたことでティアナがショックを受けている。

 しかし衝撃を受けたのはどうやら彼女だけではなかったらしい。


「え……いらないんですか?」

「ボク、カッコよくて好きなんだけどなぁ……」


 コウカとダンゴである。彼女たちはどうやらこの服のデザインを気に入ったようで、同じような服が欲しいらしい。


「ほ、本当ですか!? ならすぐに申請してきましょう!」

「せっかくなら、デザインも2人に合わせて変えてみたらどうかな?」

「いいですよ、ユウヒさん! そうしましょう!」


 たださっきティアナが言ってくれたように素材がないので、2人の分の服ができるのは当分先になりそうだった。




    ◇




「馬、ですか?」

「ええ。正確には馬の姿をした魔物になります、ユウヒ嬢」


 これからの活動には移動手段があった方がいいということで聖教第一騎士団団長であるヨハネス団長が直々に、騎士団の管理する厩舎へと案内してくれた。

 世界中を素早く動き回る手段として、私たちだけでも扱える可能性が高い動物が馬になるらしい。


「あたしたち、誰も馬に乗ったことないよね? ふ、不安だな……」

「ハハハ、大丈夫です、シズク嬢。彼らは知能が高い者も多く、こちらを気遣ってくれる気の良いヤツらです。通常の馬よりも短い期間で安定するようになるでしょう」

「ふぇっ、ひゃっ、ひゃい、あ、あり、ありがとう、ございます……っ」


 まさか呟きが拾われるとは思っていなかったのか、シズクが途轍もないほど慌てていた。他人に対してあんな感じになってしまうシズクは、なんというかとても懐かしい。

 だがシズクの持つ懸念というものは私も抱いていた。

 なんといっても、乗馬経験など微塵もない私たちなのだ。


「大切なのは彼らとの信頼関係です。あなた方と相性のいい者が必ずいる。探してみてください」


 そうして連れてこられた厩舎に居るのは、通常の馬の他に様々な馬の姿をした魔物たちだった。

 よく調教されているのか、魔物だというのに人間には敵意を向けてこない。

 また、どうやら種類ごとに厩舎の場所が分けられているらしい。似た形をしていると言っても、彼らは別の種族なのだそうだ。


「この子たちの中から選んでいいんですか?」

「どうぞ。ここにいる馬たちは現在、パートナーがいない馬たちです。選ぶ際の判断基準としては少し近付いてみて、向こうから歩み寄ろうとするものに軽く触れてあげてください。そうすれば、相手との相性が分かるかと思います」


 全員が全員、1頭ずつ選ぶ必要はないので、そこは適当に2人1組に組分けをした。

 魔馬は非常にパワフルだと聞いたので、1頭に2人が乗っても負担にもならないらしい。

 あとこの子たちに乗って戦闘する予定も必要もないので、純粋に相性だけで判断するだけで良さそうだ。

 ペアはヒバナとシズク組、ダンゴとノドカ組、私とアンヤ組、そしてコウカ1人となった。

 この組分けに関して、ヒバナとシズクはすぐに決まったのだが、他は中々決まらなかった。

 身体のバランスや戦う予定がないとはいえ、有事の際に動きやすい配置を考えたのだが、結局クジ引きで決めた。


 ペアが決まれば全員で厩舎へと足を運ぶ。

 最初に足を運んだのはアースホースというスタンダードな種類の魔馬だった。


「アンヤ、一緒に居てね。コウカも良かったら一緒に」

「はい!」


 コウカが勢いよく頷いた。

 1人で選ぶのは寂しいだろうから、彼女とも一緒に居ようと思う。

 世話係の人に言われた通りの触れ合い方をしてみると、こちらに見向きもしない者や少し興味を持ってくれる者、積極的に歩み寄ろうとしてくれる者などに反応が別れた。


「よしよし。ほら、アンヤも」

「……ん」


 歩み寄ろうとしてくれた子の頬にゆっくりと触れてみる。こうして見ると馬も結構大きくて迫力があるものだ。

 さりげなく隣へ視線を移してみると、コウカも別の馬の首筋を撫でているところだった。


「ふふっ、いい子ですね」


 コウカは柔らかい表情で馬に語り掛けていた。馬も大人しくその手を受け入れている。

 そんな光景に見とれていると隣から声を掛けられた。


「主様。ボクとノドカ姉様、あっちを見てくるね!」

「あ、うん。係の人に声を掛けてから行ってね」

「わかった!」

「行ってきます~」


 ダンゴとノドカはどうやら別の厩舎の方を見に行くらしい。

 そこでヒバナとシズクの様子も気になったので軽く探してみると、彼女たちは少し離れた場所でヨハネス団長に付き添われながら馬と触れ合おうとしていた。

 だがシズクはぶるぶると震えながらヒバナの後ろに隠れているし、ヒバナの方もガチガチに固まって緊張しているのが一目でわかる。

 あれでは馬の方も緊張してしまうため、あまりスキンシップは上手くいっていないようだ。

 ヒバナとシズクをペアにしたのは、早計だったのかもしれない。


 少し手助けでもしようかなと思い、彼女たちの元へ向かおうとした――その時だった。

 世話係の騎士がヨハネス団長に近寄り、その耳元で何かを話したかと思うとヨハネス団長が軽く目を見開いていた。


「何かあったんですか?」

「ええ。朗報です」


 そうして語られたのは、ダンゴとノドカのおかげで私たちにとって喜ばしい事実が露呈したということだった。




「見て見て、ノドカ姉様!」

「わ~、ダンゴちゃんすごい~」

「あ、主様ー! みんなー!」


 ダンゴが手を振ってくるので、振り返す。

 アースホースの厩舎から離れた私たちが見たのは、8本足で頭に2本の角が生えた黄褐色の馬に跨るダンゴとそれを見て笑顔で拍手をするノドカだった。


「……あれ、何ですか?」

「あれは“スレイプニル”です。自分よりも格下だと判断した相手は乗せようとしないので、我々聖教騎士団でも持て余している魔馬ですよ」


 そう答えたのは目の前の光景を羨望の目で見つめている世話係の人間だった。

 見たところそのスレイプニルはダンゴに対して従順であるように感じる。彼はダンゴを認めているということか。


「だが、認められた者にとっては最高の戦友だ。あなた方の旅路を支えてくれる最高の魔馬となってくれるでしょう」


 今度はヨハネス団長が答えた。

 そういえば、昔ラモード王国から護衛されながらこの国まで来る時に一部の騎士が乗っていた馬がこのスレイプニルの特徴と一致する。

 当然のようにヨハネス団長も乗っていたので、彼のパートナーはこのスレイプニルだということか。

 最高の魔馬という謳い文句に加え、ヨハネス団長がスレイプニルを推してきたため、既にパートナーを見つけているダンゴとノドカ以外はこのスレイプニルの中から自分たちの乗る馬を選ぶことになった。


 そして一番難航すると思っていたヒバナとシズクのペアだが、意外にもすんなりと相性が良さそうな馬を見つけていた。


「ひゃっ、な、なに、何よコイツ!? や、やめっ――」

「うわぁ……ふぇっ!? いやっ、く、くすぐったいからぁ……!」


 赤褐色の体で顔と身体に白い斑模様のある馬がヒバナの被っている帽子を突き、それを押さえている間に彼女の首へと鼻先を擦りつける。

 その光景に身を引いていたシズクさえもローブの中に顔を突っ込まれるなど、多大な被害を受けていた。

 うん……ヒバナとシズクの緊張をものともしないで、あれだけスキンシップを取ってくれるのは中々相性がいいんじゃないだろうか。


「……ますたー?」


 少々刺激が強い光景だったので、傍にいたアンヤの視界を塞いでしまったのは仕方がないだろう。


 少し落ち着いてきた。世話係の人に色々と説明を聞いている彼女たちのことは一旦置いておいて、私たちもパートナーを見つけなければならない。

 果たして単独での戦闘能力がほぼない私でも彼らは認めてくれるのかという不安はあったが、ノドカの例からもその辺りは問題ないらしく、魔力量が多い私に彼らは概ね友好的ではあった。

 だがアンヤと私を主に乗せてもらうことになると思うので、一番大切なのはそこの兼ね合いである。


 ――そして遂にこの子だという子を見つけ出すことができた。


「おっと、君……うん、いい子だね。ほら、アンヤも」

「……ん」


 アンヤの手をそっと受け入れる漆黒の馬。この子は大人しく私たちに寄り添ってくれていた。

 仕切りに打ち付けてある板で名前を確認する。


「よろしくね、ミラン」


 身体と同じ黒い目を見つめながら、私は彼の名前を呼んだ。

 それに応えてくれるかのように彼は短く鼻を鳴らす。


 そのまま少しスキンシップを取っていた私たちに仕切りの隣から顔を近付けてくる者が居た。

 それはミランとは対照的な真っ白な馬だった。

 どうしたものかと考えていると、世話係の人が出てきて説明してくれた。


「彼はエルガーといって、アリアケ様がお選びになったミランとは兄弟のように育ってきたスレイプニルなんですよ」


 ――なるほど。

 そんな兄弟のようなミランが私と共に外の世界に行ってしまうから、エルガーとしても気が気でないのかもしれないな。

 しかし、それなら尚のこと困ってしまう。


「そんなに行きたいのなら、わたしの馬になりますか?」


 悩む私の隣に現れたのはコウカだった。

 彼女は厩舎を巡り、この場所に辿り着いたらしい。

 そうして彼女は白馬をまっすぐ見つめたまま近付いていくと――元来た方向へと突き返されてしまった。


「なっ――」


 エルガーの頭で身体を力強く押し返されたコウカはよろめきながら数歩後退する。その顔には驚愕の色が浮かんでいた。

 私としても、ここまで拒絶的な反応を見るのは初めてだった。


「あなた、生意気ですね……」


 コウカの機嫌が急転直下である。

 そして、頬を引きつらせながら目を細める彼女に応えるかの如く白馬も鼻息を荒げる。

 下から見上げるコウカとそれを上から見下ろすエルガー。彼らは己が双眸で互いに睨み合っていた。

 ――もしかして、この子たちって壊滅的に相性が悪いのではないのだろうか。


「……ええ、いいでしょう。わたしは必ずあなたを屈服させてみせます」


 どうやら白馬の反応はコウカの導火線に火を付けてしまったらしい。

 やってみろ、と小馬鹿にするように白馬が鼻を鳴らした。


 こうして始まった乗馬訓練とスレイプニル達との信頼関係を深めるために充てられた時間は凡そ2週間だった。

 それが終われば、私たちは救世主としてあらゆる場所を回らなければならない。

 その期間中、私たちは必死に乗馬技術を身に付け、自分たちの手で馬の世話をした。

 ダンゴとノドカのパートナーとなるヘルムート、ヒバナとシズクのパートナーとなるロスとも接する機会があった。

 技術に関して至らない点も多いが、後は実際に慣れていきながら頑張るしかない。

 だが、彼らとの関係は良好となったと言えるだろう。


 私とアンヤのパートナーとなるミランは思慮深く、気性も非常に落ち着いた魔馬だ。

 しかしスレイプニルの名に恥じることなく、そのスタミナとスピードは魔馬の中でもトップクラスに優れた子だった。

 走っている最中も気遣いを見せてくれる彼だが、早く彼が気兼ねなく全力を出せるように私も頑張らなければならないなと思う。


 ――そんな感じで概ね上手くいっていたのだが、そう上手くいかないことがあった。

 もちろん、コウカとエルガーである。


「このじゃじゃ馬めっ! いい加減に……!」


 まだミランもロスも、ヘルムートさえも見せていないスピードで爆走するエルガーと振り落とされないようにしがみ付くコウカ。

 不思議なことに姿勢や体重移動などは一番コウカが様になっていたといえる。


 その一方で、関係性にはちっとも改善の兆しが見えなかった。


次話から「第3章 救世主編」に突入します。

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