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46 凶報

 ◇ :一人称視点への切替or場面転換(一人称継続)

◇◇◇:三人称視点への切替or場面転換(三人称継続)


ダンゴのモノローグのようなものから始まります。

 ボクには好きな物がたくさんある。

 食べるのが好きだ、嬉しそうだったり楽しそうだったりする人たちや色んな生き物たちを見るのも好きだ。街や海、山、森、空だって好きで最近は花も好きになった。

 でも、ボクにはもっともっと好き――ううん、大好きな人たちがいる。

 その人たちと会ったのは、ボクがこの世界に生まれてから……どれくらいかは覚えてない。

 色んなものを遠くから見るのに夢中であんまり気にしていなかったから。

 でもそんなには経っていなかった頃だと思う。


 まあそんなボクなんだけどある日、珍しい物が見えたからその後を追ってみた。

 それは生き物たちの大移動で、どこからどこへ向かっているのかは分からないけど、初めて見る光景なのは確かだった。

 自分が暮らしている場所を離れるのは少しだけ不安だったけど、結局は好奇心に負けちゃったんだ。

 でもそのおかげで今があると思うと、あの時のボクを褒め称えたくなる。


 それで大移動を追って行くと、遠くの方にそびえ立つとても大きな壁が見えた。

 どうやら生き物たちはその壁に向かって行っているらしい。

 ボクの目は生き物たちと壁に釘付けとなって、本当にワクワクしながら見ていたんだけど、そこから始まったのはボクが考えていたのと少し違った。

 壁の前にはたくさんの人間が待ち構えていて、迫ってくる生き物――魔物たちとぶつかりあったからだ。

 今までも生き物同士が殺し合う光景はたくさん見てきたし、人間と魔物が戦うのを観戦したこともある。

 ここまで大規模なのは初めてだったけど、その時のボクは大迫力で楽しそうとしか思っていなかった。


 でも、その光景を見続けていた時に今までとは何かが違うことに気付いた。

 何が違うのか考えながら見ていると、その正体が分かった。

 あそこで戦う人間たちからは、強い意思とか気持ちとかが感じられるんだ。

 誰もが必死になって戦っている。

 ――いったい何の為に?

 絶対に魔物を壁に向かわせようとしない。

 ――いったい何の為に?

 あの人たちは皆、何かを守る為の戦いをしているのだと気付いた。

 守る為に諦めない強い想い。たくさんの人がいるのに、皆の想いが同じ方向を向いていてとても大きな意志となる。

 そんなもの、ボクは初めて見た。


 心が惹かれていくのがわかる。

 気付いた時には、ボクは心の中で人間を応援していた。

 あんな強い想いの力はどんな困難も越えられるはずなのだと。


 そんな中、戦いに変化が訪れた。

 空の上での人間側の厳しい戦い。ハラハラとしながら見守っていたけど、状況は悪くなるばかりだった。

 落ちろー落ちろー、と空の上を飛んでいる魔物たちに念じていたけど、それで墜ちるなら魔物は全滅していると思う。


 かといって、ボクがどうにかできるわけもない。

 人間を乗せた魔物が次々と落とされていく中、変わったことが起こった。

 新しく誰かを乗せた1体の魔物が空の上へと飛び立ったんだ。減るばかりだった人間側が増えた。

 それでどうなるかは分からないけど、何かが変わるんじゃないかってなんとなくだけどそんな予感がした。

 新しく空へ飛び立った魔物――いや、その上に乗っている人はあっという間に敵の1体を落とした。

 でも、これだけなら他の人もやっていることだ。皆が落とされているのはあの黒いヤツのせいだから。


 思っていた通り、あの人も黒いヤツには敵わないらしい。

 空の上に投げ出されたあの人を見ると胸が締め付けられた。

 頑張れ、頑張れと祈るだけの自分が情けなくて、悔しかった。


 ――そんな想いでずっと見ていた時、ボクは絶望の中で輝く希望を見た。

 綺麗な赤と青の光。そこから伸びていく大きな力が黒いヤツを打ち破ったんだ。

 もっと近くで見てみたかったボクは全力のスピードで野原を駆け抜けた。


 やっとの思いで近くまでやってきたボクは初めて自分と似た存在を見つけた。

 そしてその存在こそがボクの探していたものであることを理解する。

 でもそれだけじゃない。その中にいるのに他の誰とも違う人を見つけた。

 ボクと似た存在と一緒にいるのはあの人だ。じゃあボクもその人の側にいれば、あの黄色とか赤とか青みたいになれるのかな。


 その日、一番か二番を争うくらいの興味を惹かれたボクはその人たちに近寄ってみることにした。

 そんな時でも、不思議と襲われるという怖さは感じていなかった。多分、あの人の雰囲気と周りにいるボクの同類のおかげだと思う。

 急に近寄ってきたボクにその人はすごく驚いていたけど、一緒に行こうって言ってくれた。

 とっても嬉しくて、ボクは心の中で何度も何度も頷いた。その日、ボクはダンゴという名前を貰ったんだ。

 それが……ボクが主様、そして姉様たちと出会った時の思い出だった。


 それからボクはみんなと一緒に居て、いろんなことを知った。そして数日経った頃にはボクはすっかりみんなと一緒にいるのが好きになっていた。

 人間は言葉や自分の身体だけじゃなくて、いろんなものを使って触れ合う。

 それで楽しんだり、喜んだりするわけだけど時には怒ったり悲しんだりもするわけだ。

 でもどうやらボクは人が楽しんでいたり、喜んでいたりするのを見るのが一番好きらしい。

 そういう良い方向に向かう気持ちが集まって、大きくなるのを感じるとボクまで本当に嬉しくなるんだ。


 だから主様、コウカ姉様とヒバナ姉様、シズク姉様が喧嘩してすごく悲しそうだった時はとても辛かった。

 でもそんな時、ノドカ姉様が風を使って励ましてくれたのはすごく嬉しかった。そのおかげでボクも頑張ろうと思えたんだ。

 ボクが思っていることの全てをみんなに伝えることはできない。

 それでもボクにやれることはあるはずだよね。


 まずはいつも抱いてくれているコウカ姉様に元気になって欲しいという想いを身体ごとぶつけてみた。


「わっ!? ……ダンゴ?  ふぅ、あなたは……ふふっ。この気持ち、何なんでしょうか」


 コウカ姉様は驚いたかと思えば、難しい顔で考え込んでしまったが、最後には少しだけ笑ってくれた。

 ボクが見たかったのはもっと嬉しそうなコウカ姉様だけど、少しでも元気になってくれたのが誇らしかった。


 次に向かったのは主様のところ。

 いつも笑いかけてくれる主様が暗い顔をしているのはすごく嫌だった。


「ごめんね、ダンゴ。せっかく一緒に来てくれたのに、こんな騙すようなことをして」


 違う。ボクは別に騙されたなんて思っていない。

 邪神っていうヤバイ奴と戦わないといけないのは聞いたけど、だから何なんだ。

 ボクは主様たちと一緒に居たいと思ったからここにいるだけなんだ。

 それを伝えようとしても、ただ気を遣って否定しているだけだと主様は受け取ったみたいだ。

 ムカっときたボクはどうして分かってくれないんだという気持ちで主様の胸に向かって何度も飛び込んだ。

 ……どうして胸なのかというと、怪我させたくなかったからなんだけど。


 表現方法を少しずつ変えて気持ちを伝える。

 急にぶつかり出したボクに主様は困惑していたけど、少しずつボクの気持ちが伝わってくれたらしい。

 胸から跳ね返り、膝の上のノドカ姉様に触れる直前、主様の両手がボクを受け止めてくれた。

 そして主様自身がボクの体を抱き寄せると、優しく囁いた。


「ありがとう、ダンゴ。ありがとう……」


 ボクと主様を温かい風が包む。

 ボクが何度も上に乗っちゃったのにノドカ姉様は怒らず、こんな優しい風でボクたちを包んでくれる。


 ここまでは順調だったんだけど、ボクはヒバナ姉様とシズク姉様にどう踏み出すべきか悩んでいた。

 姉様たちは主様とコウカ姉様だけじゃなくて、ボクやノドカ姉様とも近付こうとしない。

 悩んで悩んで、ボクは悩むのをやめた。

 だって知らないことが多いボクじゃ、どうすればいいかなんて考えても仕方がないって気付いたから。

 ボクはボクのやり方でヒバナ姉様とシズク姉様を元気にすればいいんだ。

 そうやって意気揚々と向かっていくと、俯せになって足に顔を埋めているヒバナ姉様の頭をゆっくりと撫でながら本を読んでいるシズク姉様が本から顔を上げてボクを見た


「だ、ダンゴちゃん……?  ど、どうしたの?」


 よかった。ボク、もしもシズク姉様に避けられちゃったら本当に辛かったから。

 よし、大丈夫だと分かればもう迷う必要なんてないと、ボクはヒバナ姉様の頭目掛けて飛び込んだ。


「きゃっ!? ば、バカっ! 急に何するのよ! はーなーれーなーさーいっ、どこっ!? 降りなさい、このっ!」


 勢いよく体を起こしたヒバナ姉様はボクを捕まえようとするがボクは捕まらないようにヒバナ姉様の体の上を動き回る。

 頭の上で暴れているとヒバナ姉様の髪の毛がボサボサになっていくが、それでもボクはやめない。

 だけど、ヒバナ姉様とは別の手が視界の外からボクの体を持ち上げたせいで強制的にやめさせられた。


「こ、こらっ……」


 シズク姉様が小さな声でボクを叱った。でも、別に怒っているわけじゃないみたいだ。


「あんたねぇ……私が今……はぁ、いいわよ。あんたはどうやら悪い子みたいだから。でも――」


 ヒバナ姉様が近くに置いていた帽子を被り、恨めしそうにボクを見た。

 なんだか、まずそう。そう思ったのも束の間、ヒバナ姉様の手がシズク姉様の手からボクを奪い去った。


「さっきはよくもやってくれたわね。この、このっ、こうしてやるわ……ふん、どうよ?」


 もにゅもにゅ、とボクの体を弄ぶヒバナ姉様。

 その顔には笑顔が浮かんでいたけど、なんだかボクの思っていた笑顔と違う。

 ――いや、楽しそうだけどね!


「ふっ、ふふっ」


 ボクとヒバナ姉様を見ていたシズク姉様が肩を震わせている。

 ――それよりも早く助けてよぉ。


「……私たちを励まそうとしてくれたんでしょ……その、ありがと……」

「いい子だね、ダンゴちゃん。もう少しだけ待ってて。もう少しであたしもひーちゃんも答えを出せるから」


 姉様たちの手がボクの体を撫でてくれる。

 ボクはボクの中から湧き上がってくる気持ちを抑えきれずに胸を張る人の真似をした。

 みんなが笑顔を取り戻したのがすごく誇らしかった。




 そんなある日、ボクに妹ができた。

 名前はアンヤ。正直言うと、よく分からなくて変な子。

 ボク達スライムはそれなりに相手の伝えたい事とか分かるんだけど、アンヤのことは全然わからない。

 まあいいや。別に嫌がっていないのなら、ボクはボクのやり方でアンヤに向き合うだけだよ。

 アンヤはボクの妹、ボクはお姉ちゃんだからね。


 そうしてボク達が旅を続けていくと様々な困難が襲ってきた。

 その度にボクはみんなを守ろうと全力で戦ってきた。

 ――そっか、これが守る人たちが抱いていた想い。大切なものを守りたいっていう気持ち。

 盾、攻撃を防ぐことができるもの。守るための道具。

 それをある時見つけて使ってみたけど、ボクは相手の攻撃を防ぐことが常に守ることへと繋がるわけじゃないことに気付いていなかった。


 みんなを守りたいのに守れない。ならどうすればいいのかと考えてもわからない。

 でもどうしても主様たちに聞くのは嫌だった。そんなのカッコ悪いじゃないか。

 そんなボクに守るという意味を教えてくれたのは1人のおばあさんだった。

 そのおばあさんは戦うことができないのに多くの魔物たちから人々を守った。

 ――守ることには決まった形はない。

 大切なのは守りたいものを想うまっすぐな気持ちとそれを決して諦めないこと。

 そうすれば想いはいつか希望となる。


 ならボクはどんな時でもこの気持ちを忘れないようにしたい。

 ボクはどんなものからでも希望(みんな)を守れる最強の盾になりたいんだ。




    ◇




 山の中腹にある光の霊堂の前に長机を置き、絶景を眺めながらみんなで食事をする。

 もちろん、シリスも一緒だった。


「ごちそうになったの。すごく美味しかったの」

「そう、龍の口にも合ってくれたみたいでよかったわ」


 側に寝そべる狼を撫でながら、シリスがヒバナの料理をべた褒めし、それにヒバナが少し嬉しそうな顔をする。

 それにしても、シリスが気に入るのもよく分かる。


「ヒバナの料理、本当に美味しくなったよね」

「……まあね。日々の練習の成果よ」


 彼女は髪を弄りながら、赤くなった顔を隠す。

 ヒバナはほぼ毎日料理の練習をしていたし、それが実を結んだということなのだろう。

 私とシリス以外にも好評だったが、唯一アンヤからはもっと甘い方がいいという要望が入った。当然のように却下されていたが。


「あなたはいい加減、その偏食っぷりを治しなさい。正直に言って何にでも砂糖を入れてアレンジするのは味覚が狂っているとしか言えないわよ」

「……アンヤの勝手。こっちのほうがおいしい」

「作っている側の気持ちも考えなさいよ、まったく。少なくとも、外ではやらないでよ?」


 ヒバナの言葉にアンヤは思い悩んでいるように見えるが果たして――。


「…………気を付ける」

「ん、偉いわね」


 結局、ヒバナも砂糖のように甘い。

 それにしてもヒバナが外聞というか赤の他人のことを気にするような発言をするとは思わなかったので驚いた。

 もしかすると料理を作る立場になって少し視野が広まったのかもしれない。


 そんな楽しい食事の時間も終わり――。


「さて、そろそろ戻らないとね」

「……もう帰るの?」

「うん、ごめんね。待っている人もいるからさ」


 教団の人が船で待ってくれているはずなのだが、いつまでも待たせるわけにもいかない。

 シリスは寂しそうな表情を浮かべていたが、最終的には分かってくれたみたいだ。

 そして教団の人たちにもこの島で起こったことを話さなければならないため、シリスも一緒に船まで付いて来てくれることになった。


 私たちが乗ってきた船は変わらず、接舷した状態で泊まっていた。

 魔物たちは船の人たちが驚いてしまうだろうし、シリスの乗っている狼以外は途中でお別れしてきた。

 船に近付いていくと、司祭さんが慌てた様子で中から出てくる。


「アリアケ様、お帰りなさいませ。途中、大きな揺れが続いていましたがご無事で何よりです。それであの、そちらの少女は……?」


 来る時にはいなかった銀髪の少女に司祭さんは困惑を隠せない様子だ。

 私が紹介する前にシリスが前に出た。


「はじめましてなの、人間。シリスはシリスニェーク、ミティエーリヤの娘なの」

「は……」


 司祭さんが口をあんぐりと開けて固まったかと思うと、地面に頭を擦り付けるような勢いで崇め奉っていた。


 どうにか司祭さんを落ち着かせて、この島で起こっていたことを話す。

 聖龍ミティエーリヤ様は邪魔(ベーゼ)となってしまっていたこと、倒された後その魂は浄化され天へと昇っていったこと、娘であるシリスが彼女の母親の後を継ぐこと。

 それらを聞いた司祭さんは驚き、嘆き、悲しんだ後に静かに祈りを捧げていた。

 そうしてシリスと司祭さんが一言二言、話して私たちは島を後にすることになった。

 シリスとはここでお別れ……と思っていたのだが、何食わぬ顔で一緒に船に乗ってきた。

 彼女は狼に語り掛け始める。


「少し離れるの。その間のことは頼むの」

「シリス、どうして船に乗ってるの?」

「海の向こうまでは付いていくの。どうせ飛べばすぐに戻れる距離なの」


 もう少しだけ、シリスと過ごせるらしい。


 そして、日が暮れる。




    ◇




 数時間かけて、ようやく港町の灯台が見えてきた。


「人間の乗り物って不便なの。まさかこんなに遅いなんて思わなかったの」


 自由に空を飛び回ることができるシリスにとって船旅には不満があったようだ。

 それでも船の中では私たちと楽しそうに過ごしていたので、不満だったのは船のスピードだけだろう。


「もうすぐお別れだね、シリス」

「……またいつでも会いに来たらいいの。他の人間は困るけど、きゅーせーしゅと精霊だったら別にいいの。闇の精霊、会いに来る時はあのちょこれーとをまた持ってきてくれると嬉しいの」

「……ん」


 近くでそっと佇んでいたアンヤが頷く。

 シリスはチョコレートをそんなに気に入ったのか。いや、チョコレートじゃなくて甘い物ならなんでもよさそうな気はする。

 まあ、アンヤはチョコレートしか持っていないはずなので確かめる術はないのだが。


 港に着き、船を降りようとしていると深夜なのにドタバタと慌ただしく近付いてくる人影があった。

 それはミンネ聖教団の聖職者であることを示す服を身に着けた男だった。


「大変です!」


 ――その男の口から発せられたのは、世界を揺るがす報せだった。


「闇の霊堂が、何者かによって破壊されました!」

「なっ……」


 その場にいた者達が騒然となる。もちろん私もだ。

 今のは聞き間違いだったのではないかと思いたかったし、その報せが事実だと信じたくもなかった。

 でも、それは紛れもない現実だった。


「アリアケ様と精霊様は至急、本国まで戻ってきてほしいとのことです」

「分かりました。竜騎士の人たちってまだ近くにいますか?」

「いえ、それが――」


 ミンネ聖教団は迎えを寄越してくれるらしいのだが、到着は早くても明後日になるらしい。

 今は逸る気持ちが抑えられない。早く詳しい話を聞いてみないと、今後どうなっていくのかが分からなかった。


「なら、シリスが乗せていってあげるの」


 それは救いの手だった。

 シリスの大きさなら、私たち全員が乗ることもできる。

 霊堂の1つが破壊されたという出来事はシリスにとっても不安なことだろうが、私たちのことを優先してくれるらしい。


「ありがとう、シリス」

「構わないの。これはきゅーせーしゅと精霊へのお礼でもあるの」


 龍の姿に戻ったシリスの背中に私たちは乗り込む。

 少し無理な体勢が続くが、今は無理をしてでも先を急ぐべきだった。空の上は冷えるので厚着をして寒さに備える。


「マスターは少し休んでいてください。わたしが支えていますから」

「でも、コウカは……?」

「わたしは疲れてなんてませんから大丈夫です。でも、マスターは違うでしょう?」


 肉体的にとことん強いコウカたちスライムは最悪寝なくとも問題ない。ならその言葉に甘えさせてもらっても良いのだろうか。

 ミンネ聖教国に戻った先で何が起こるか分からないのだし、万全な状態を整えておくべきだろう。

 そう判断した私はコウカの腕の中に体を預けた。


「ありがとう……私を支えていてね、コウカ」


 不安な心を奥底に押し込み、今は体を休めるために無理矢理目を瞑った。




    ◇◇◇




 ――神界。

 静かに目を瞑っていた女神ミネティーナの側に慌てた様子の大精霊レーゲンが駆け寄ってきた。


「大変です、ティナ様! ノイの霊堂が!」

「結界が壊れたわけではないわ、レーゲンちゃん。落ち着いて」


 レーゲンとは対照的にあくまで冷静にそう告げるミネティーナに対してレーゲンが声を荒げた。


「どうしてそんなに落ち着いていられるんですか! 状況わかってるんですか!?」

「もちろん。でも慌ててもどうにかなるわけじゃないわ。彼らが地上で活動できるくらいの力を取り戻していたのは想定外だけど、まだ挽回できます」

「……あいつら、さらに地上への干渉を強めるつもりです。あたしたちはできないのに!」


 霊堂の1つが壊れると邪神とその眷属に対する封印が弱まり、地上界への干渉が強まることは容易に想像がつく。

 対して、女神ミネティーナとその眷属は封印の結界を維持するために神界から動くことはできない。


「私たちも少し結界に細工をしましょう。それに地上では既に対応を始めてくれているようです。苦しい時代になってしまうけれど、人々が結束すれば時間は稼げるはずです。人が持つ愛の可能性は無限大ですから」

「……時間を稼ぐといっても……まさか、アリアケ・ユウヒ様を頼るんですか!? 彼女はこの世界に来てまだ1年も経っていないんですよ!?」

「ええ、本当ならもっとじっくりと時間を掛ける必要があったはず。ですが、レーゲンちゃんも知っているでしょう? ユウヒさんは私たちの想像をはるかに超えて頑張ってくれていることくらい」

「……あの方とあの子たちには頭が上がりませんね、ティナ様」

「本当に」


 そう言ってミネティーナは立ち上がった。

 自分たちができることをするために。




    ◇◇◇




 ここは神界。だが、女神ミネティーナがいる空間とは隔離された空間だった。

 そこでは邪神メフィストフェレスが長きに渡りその力を封印されていた。


 邪神の側近、プリスマ・カーオスは光すら飲み込む漆黒の存在に向かい、報告を上げる。


「バルドリックが奴らの霊堂を破壊しました……! ようやくです、メフィスト様。ようやく、我らの悲願が達成される時が来たのです」

『そう急くな、カーオス』


 歓喜の笑みを浮かべる男の他に、地を這うように低く響き渡る声があった。


『今回、解放された力は全てヤツらの覚醒に回せ。地上の霊堂を破壊させるのだ』

「御意」


 深く一礼した後、プリスマ・カーオスはその場を後にしようとしたが、何かを思い出したかのようにその場で立ち止まった。


「それとどうやら地上界には我らを邪魔する女もいるようですが、私の仕込んだ種が直に芽吹く。そうなればあの女は終わります。ご心配には及びません」


 歪んだ笑みを浮かべながら再び歩き出したプリスマ・カーオスが向かった先は朽ち果てた神殿のような建物だった。


 その先の大広間では4つの椅子が並べられており、4つのうち3つに人影が見える。


「ようやく目覚めましたね」

「あー! プーちゃん! おじさんがいないんだけど、どこ行っちゃったの?」


 そのうちの1つ。

 小さな影が椅子の上で足をブラブラと遊ばせながら甲高い少女のような声でプリスマ・カーオスに呼び掛けた。


「バルドリックはあなた達よりも目が覚めるのが早くてね。諜報活動をさせていました」

「えー……あのおじさんに諜報活動なんて無理だと思うけどなぁ……」

「ええ。……奴め……急に連絡を寄越したかと思えば、霊堂を破壊したなどと……」


 プリスマ・カーオスがブツブツと愚痴を漏らす。

 その様子を見ていた少女はその顔に浮かべていた笑みを深くした。


「そっかぁ……じゃあもう始めちゃったんだね! 今の地上にはどんなお人形があるのかなぁ、あー楽しみだなぁ!」

「もう、煩いわよガキンチョ。爪を塗っているんだから静かにしなさい。今度こそ運命のヒトを手に入れるためにしっかりおめかししなくちゃいけないんだから」


 ドレスを着た妙齢の女性が椅子の上で膝を立て、足の爪に何かを塗り込んでいる。


「おばさんさぁ……歳考えなよ。その歳で運命のヒトとか痛々しくて目も当てられないんだけど」

「はぁ!? 誰がおばさんよ! アタシとアンタ、そんなに歳も変わんないわよ!」

「キャハハハハ、ざんねぇーん。ヴィヴェカちゃんはガキンチョだからぁ。おばさんが言ったんだよぉ?」


 ケタケタと笑う少女が女性をこれでもかとバカにする。

 女性の額に青筋が浮かび、長く鋭い爪を少女へと向けた。


「アンタ、一回氷漬けにされなきゃ分かんないかしら?」

「きゃー、ヴィヴェカこわーい。プーちゃん、助けてぇ」


 自らをヴィヴェカと呼んだ少女は、椅子の上からプリスマ・カーオスに助けを求める。

 しかし、その表情は言葉とは裏腹にどこからどう見ても楽しんでいるものでしかなく、怖がっているようには見えない。

 そんな彼女たちの様子にプリスマ・カーオスは頭を抱える。


「はぁ……イゾルダもヴィヴェカもいい加減にしなさい。お前達は“帝”の称号をメフィストフェレス様から頂いているのです。恥とならない行動をなさい」

「あら坊や、一丁前に命令? アタシが眠っている間にそんなに偉くなったのかしら?」


 真面目に取り合うだけ無駄だと判断したプリスマ・カーオスは、イゾルダと呼ばれた妙齢の女性の言葉を無視し、通達だけをすることに決めた。


「……地上にある霊堂を全て破壊してきなさい。メフィスト様はお前達のために自身の復活を後回しにされている。その忠義を果たしなさい」


 冷たい目で3つの人影を見渡していたプリスマ・カーオスであったが、1つの人影が立ち上がり、何も言わずに彼の横を通り過ぎていったため、その端正な顔を歪めた。


「どこに行くのです。ロドルフォ」

「……体が鈍っているのでな。感覚を取り戻す必要がある」

「なっ……これはメフィスト様からの命令だぞ!」


 ロドルフォと呼ばれた男はプリスマ・カーオスの腕を肩から払いのけ、振り返らずに口を開いた。


「オレは強者と心置きなく戦いたいだけだ。そのためにオレはオレの好きなようにやらせてもらう」


 そのままロドルフォは歩いて建物の外へと消えていった。

 その様子を見ていた残りの2人も椅子から立ち上がり、歩き出す。


「じゃあアタシも。第一席様がそう言っているのなら、その方針には従わなきゃねぇ」

「ヴィヴェカちゃんはプーちゃんの言うこと聞いてあげたいけどぉ、前の戦いでお人形さんがなくなっちゃったから新しく作らなくちゃいけないんだよねぇ。ごめんね?」


 ひとり、神殿内に取り残された男は仇を見るような目でそれを見送った。

 去っていった3人と見送る男にはある共通点がある。

 それは血のように赤い目を持っていることと髪に黒いメッシュのようなものが入っていることだ。

 ――そう、彼らは全員が等しく邪神の眷属であった。


 聖と邪、2つの勢力の衝突の時はそう遠くない。


活動報告にダンゴのイメージイラストを投稿しました。

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