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09 初めての依頼

「うわぁ、ベッドだ……」


 部屋に入り、部屋に備え付けられている照明の魔導具で部屋の中を照らした私の目は、真っ先にベッドに釘付けになっていた。

 慣れない環境で疲労がたまっている現在の私には、それはオアシスに映る。

 ベッドに一目散に向かって飛び込もうとしたが手に抱いているコウカに気付いて、寸前で思いとどまった。


 そっとベッドに腰を下ろした私はコウカと向かい合って、今日一日を振り返る。

 スキルの確認をしたり、魔法の練習をしたりと色々とあったがミーシャさんにはお世話になりっぱなしの一日だった。

 今、私がいるのもミーシャさんに紹介してもらった女性向けの宿で、既に夕食と水浴びを済ませている。

 寝間着は持っていなかったので古着屋で買ってもらった服のままだが、乾燥の魔導具があって水洗いした服の乾燥を水浴びの間に済ませておいたのでそのままでも問題はない。魔導具様様である。

 そして普段はリボンで二つ結びのおさげにしている髪も解き、完全にリラックスモードだ。


 今日一日過ごしてみて思ったがこの世界の生活水準は決して低くなく、前の世界と比べると確かに不便な面はあるもののご飯は美味しいし、水浴びができる上にベッドもふかふかだ。

 何よりも生活の中に魔導具が充実していることには驚いた。この魔導具によって、前の世界に近い生活ができている。

 流石に国や地域によって差はあるだろうが、このような生活が一般人もできるというのは嬉しい誤算だった。


 今日一番の幸運はミーシャさんに出会えたことだよね、やっぱり。……でも、この世界で一番の幸運はコウカと出会えたことだなぁ。

 今、私が独りじゃないのはコウカのおかげだし、どんなときも一緒にいてくれる存在と言うのは大きい。


 私はコウカの体を優しく撫でる。

 スライムとはいっても、水っぽい手触りではない。それなのに少しもっちりとしており、力を入れて押し込むとその部分が沈むのでついクセになってしまいそうな感触だ。

 そういえば、この世界のスライムって何でできているのだろうか。

 撫でる手に自分の体を擦り付けて甘えてくるコウカに構いつつ、少し考え事をする。こういう時にコウカと話ができたら、直接聞くこともできるのだが。

 ……こうやって一緒に過ごして仲良くなれても、会話がないことにより感じる寂しさはどうにかならないものか。


「……コウカが人間ならなぁ」


 ついポロリと零れてしまった言葉だったが、口に出すとさらにしんみりとした気持ちになってしまう。


 ――いや、私にこんな暗い雰囲気は似合わないって。

 明日は朝早くから、ミーシャさんと森の調査へ行くことになっている。これ以上、考える前に今日は寝てしまおう。

 疲れも溜まっているし、今日はすぐに眠れそうだ。


「コウカ、おやすみ」


 腕の中で少し身動ぎをして応えてくれたコウカに頬が緩むのを感じつつ、私の意識は闇の中へと落ちていった。




    ◇




 翌日、朝日が昇った頃に目を覚まして朝食を食べた私は現在、少量の食料を《ストレージ》に詰めた状態でコウカ、ミーシャさんと共にファーガルド大森林へと向かって街道を進んでいた。

 ファーガルド大森林へは徒歩で1時間もかからないため、他愛のない話をしながら、歩いて移動している。

 そこで私はふと気になっていたことを思い出したため、ミーシャさんに尋ねてみることにした。


「ところでミーシャさん。ファーガルド大森林のダークウルフについてなんですが、6日前に何かあったんですか?」

「え? ああ……6日前にね、ファーガルド大森林に生息する魔物を一掃したのよ。別にダークウルフだけじゃなくて、もっと上位の魔物もたくさんよ」


 一瞬呆けた表情を浮かべたミーシャさんだったが、私の質問の意味を理解したのか、6日前の出来事について話してくれた。

 それにしても、少し心配になるような言葉が聞こえてきた気がする。


「一掃って……いいんですか? それって生態系とか崩れちゃうものなんじゃ……」

「え? そんなわけないじゃない、魔物なんだから」

「えっ……?」

「もう、魔物は生殖活動で増える以外にもファーガルドのような魔泉(ません)がある場所には自然発生するじゃない。これって常識よ」


 そんな常識知るわけがない。……でも、それも当たり前だろう。私がいる世界は前の世界とは違うのだ。

 魔法だってあるし、コウカのような魔物や女神様だっている。

 昨日の時点で教えてもらったことだが、あまり前の世界と時間の感覚に差異がなかったために他の常識などもそれほど差異がないものであると思い込んでしまっていた。

 これは反省するべきだろう。この世界の常識を早く身に着けるためにも、分からないことは極力聞いていくことにしよう。


「えっと……魔泉って何ですか?」

「魔素が集中的に溢れ出ている場所のことよ。魔泉は大陸の中心にある世界樹の根のようなものと繋がっていてね、魔泉の周囲ではその周囲の植物の成長度合いが変わったり、魔物が自然発生したりするの。ちなみに地下深くに魔泉ができるとダンジョンが作られるわ」


 ミーシャさんの話を理解しようと必死に頭を回転させながら聞いていたが、そんな私をミーシャさんが胡乱な目で見つめていることに気付く。


「……これを知らないってユウヒちゃん、相当な箱入り娘だったりするのかしら? まさか家出なんてしていないわよね。面倒事はゴメンよ?」

「あはは……そんなわけないじゃないですか……」


 実際にそんなわけはないのだが、事情を明かすこともできないので曖昧に笑って誤魔化す。

 とりあえず話を切り替えたいなと思ったところで、まだ重要な話を聞いていないことに気付いた。


「魔泉についてはよく分かりました。でも、どうして森の魔物を一掃することになったんですか?」

「……魔物の数が増えすぎたのが原因よ。ファーガルドの浅い場所には元々、弱い魔物しか生息していなかったの。でも森の深い場所にある魔泉の周囲では何故か魔物が増えすぎて、住処を求めた魔物たちが森の奥から浅いところに移動してきた。そうなったら元々、森の浅いところを住処にしていた魔物はどうなると思う?」


 住む場所がなくなったのだ。森の奥には強い魔物が多いからそっちには行けないだろうし。


「住処を求めて、森から出てきてしまった……?」

「正解よ。まず森から出てきた魔物に街道の行商団が襲われた。そして街のすぐそばまで近づいてくる魔物も現れ始めたの。ここまでがたった数日間の出来事だった」

「たった数日で?」

「森の奥から魔物が流れてきていたことは以前から報告されていたのよ。でも想像以上に動きが早かったせいで、ギルドは後手に回ることになった」

「そんな……」

「これは完全に異常事態なの。幸いここは冒険者の街と呼ばれていて、魔泉が数多く存在するわ。そして周囲のダンジョン目当ての腕利き冒険者も多く滞在しているから、すぐに街の冒険者総出での掃討作戦が計画された。それで何とか被害が広がる前に食い止めることができたのだけれどね」


 目線を伏せて淡々と語っていたミーシャさんが、今度は未だ遠くに見えるファーガルド大森林を睨むように視線を送る。


「それが6日前の出来事。……でも、一昨日ダークウルフがファーガルドにいることが確認されてしまった。本来、魔物はたった数日でボコボコ生まれるものじゃないの。ギルドでは異常事態を踏まえても、再発生まで一週間はあると見ていた」

「でも、それが一昨日見つかった。つまり、少なくとも4日で再発生した……」


 一週間――つまり7日と4日では全然違う。

 しかも今回の場合、下手をすると4日どころかもっと早かった可能性だってあるのだ。そこまで予測との違いがあるのに、原因が何も分からないものなのだろうか。


「魔物を一掃したってことは森の奥まで行ったんですよね。魔物が増えた理由は分からなかったんですか?」

「ええ。魔泉も確認したんだけど、何も。ギルドでは魔泉から噴き出している魔素が多くなっているんじゃないかと予想していて、ワタシも同じ考えなんだけど魔素は見えないから憶測の域を出ないし……」


 その後も異変についての話をしていたが、はっきりとした答えはやっぱり出てこなかった。

 しかし、ミーシャさんのある言葉が私に大きな衝撃を与えた。


「今回のような異変はファーガルドだけじゃないわ。ここ最近は世界中のあらゆる場所において程度の差はあれ、魔物の数が変化している場所がある」


 その言葉を聞いて、私の頭にはある1つの記憶が想起される。

 邪神の軍勢に対抗する力を身に着けろ。女神ミネティーナ様はそういったはずだ。

 もしかすると、世界中の異変は邪神と無関係ではないのかもしれない。そう考えると邪神との戦いがすぐそこまで迫っているような感覚を覚えて、体が震えた。


「この依頼でダークウルフの存在が確認されたら後日、調査隊が再結成されることになるでしょうね。今後の対策のためにも今回の偵察はしっかりとこなす必要がある。……さてと、そろそろファーガルドに着くわね」


 話しているうちに森の傍まで来ていたようだ。

 ファーガルド大森林――私が死にかけた場所。そしてコウカに出会った場所だ。それがまるで光届かぬ森の奥深くへと私たちを誘うように戸口を開けて佇んでいる。

 想像以上に怖い。体全体が今にも震えそうなのを力いっぱいにコウカを抱きしめることで抑えようとする。


「怖い? まだ引き返せるわよ?」

「…………いえ、行きます」

「……そう、わかったわ」


 逃げる選択だけはしたくなかった。

 この世界を生きていくためにはきっと、この感覚も乗り越えていかなくてはいけないのだ。


 私はミーシャさんの後に続いて、森への一歩を踏み出した。


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