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39 ホーンテッドダンジョン

 ホーンテッドダンジョン。観光地として、国外からも人気を誇るダンジョンだ。

 他のダンジョンとは出現する魔物が大きく異なり、非日常的な恐怖体験ができるとして話題を生んでいる。

 所謂お化け屋敷のような人気らしい。魔物が出てくるので危険もあるらしいが。

 ただ変わっているとはいえダンジョンであるため、魔泉の影響を受ける。

 ここでの異変はそこまで大きなものでもないが、ただでさえ恐怖を生むダンジョンがさらに恐怖を増しているというのは由々しき事態だというわけだ。


 正直なところ、私は心霊的なものはあまり怖くはない。というか、この世界に来るまで信じてすらいなかった。

 魂という概念が存在することを知り、それなら幽霊もいるのかなとは思うけど、相変わらず恐怖はほとんど感じていない。

 それはみんなも同じらしく、非日常的な体験を楽しみにしている子の方が多かった。

 ――ただ、1名を除いて。


「ゆ、ユウヒ、本当に入るの?」

「あれ。もしかしてヒバナってば怖いの?」

「こ、こわ、怖くない! 怖いわけないじゃない!」


 少し煽ってみたらこの通りである。これでシズクの方は至って平気そうというか、楽しそうにも見えるのがよく分からない。

 そんな時にシズクが私の耳元でそっと囁き、教えてくれた。


「ひーちゃん、ホラー小説を読み聞かせてあげるとすごく可愛いんだよ?」


 どうやらシズクが原因らしい。

 この子はヒバナを揶揄うのが好きなんじゃないかと思う時がある。というか歯に衣着せない発言も目立つし、きっと慣れている相手には遠慮をしなくなるタイプなのだろう。


「ヒバナ、幽霊といっても相手は魔物ですよ?」

「わ、分かんないじゃない! 本物が紛れ込んでいたらどうするのよ!」


 入る前からこの拒絶反応だ。入ったらどうなることやら。


「幽霊の魔物ってどんな感じなのかな。楽しみだね、シズク姉様!」

「うん、そうだねダンゴちゃん。本当に楽しみ」


 腕に抱き着いて見上げてくるダンゴにシズクが優しく微笑みかける。私たちの中でも好奇心が強い2人は本当に楽しそうだ。

 ユルマルのぬいぐるみと抱き枕を両手で抱きかかえたまま眠そうにしているノドカと、そんな彼女の両腕に挟み込まれながらもいつもと変わらずチョコレートを齧っているアンヤはどう思っているのか。


「ノドカとアンヤは大丈夫?」

「……アンヤは、平気」

「わたくしも~。でも~こわくなったときは~寝ますね~」


 2人とも怖がってはいないようだ。

 怖くなったら寝ればいいという発想は中々思い浮かばないだろう。もし、本当に怖いときは寝ることもできないとは思うが。

 そうして私たちは入口に書いてある注意書きをよく読んでから、奥から悲鳴が聞こえて来るホーンテッドダンジョンへと足を踏み入れた。




 入ってから知ったのだが、どうやらこのダンジョンは他の冒険者とは出会わないようになっているらしい。本当に何かのアトラクションのようである。

 最初は夜の廃村のような階層となっているようだ。

 入口の注意書きによると建物のうちのどれかに銀の鍵が落ちているので、それをこの階層の奥まで持っていく必要があるらしい。

 すぐに見つける方法はないので、地道に一軒一軒探し回るしかないので骨が折れる。


「ひゃあっ!? く、首っ、首触られた!」


 レイスという幽霊のような姿をした魔物がいる。

 この魔物、攻撃はしてこないのだが音もなく近寄ってきてはさっきのヒバナにしたように体を触ってきたり、服を引っ張ってきたりする。

 正直、鬱陶しい。


「こ、コウカねぇ! 祓って祓ってぇ!」

「もう、自分でできるでしょう……」


 呆れた顔で文句を言いながらも、コウカは光の球をヒバナに近付ける。

 ただその前に自分からコウカに縋り付いていた。

 レイス達には物理的な攻撃は回避されてしまうものの強い光に弱いらしく、コウカが光を近付けると消えていく。

 コウカの言うように火の灯でも消えるのだが、今のヒバナには自分で魔法を放つ余裕はないようだった。


 次に廃屋の横を通った時、急に窓が揺れて音が出る。


「わっ!? あはは、ビックリしたぁ」


 一番窓の近くに居たのに至って平気そうなダンゴ。

 そして――。


「きゃあぁぁ!?」


 大きな悲鳴を上げながら、ヒバナは私の身体に縋り付いてきた。

 そのまま彼女は私の胸に顔を埋めてくるので、小刻みに震える彼女の身体を優しく撫でてあげる。


「よしよし、大丈夫だよ、ヒバナ。もう何ともないから」

「ぅ……ほ、ほんと……?」


 そうして彼女が恐る恐るといった様子で顔を上げたその時、タイミングを計っていたかのようにレイスが至近距離に顔を現す。

 ――青ざめたヒバナの悲鳴が廃村に響き渡った。




 それから井戸の中から顔を覗かせていたレイスにヒバナが悲鳴を上げたり、レイスに耳元で囁かれたことでヒバナが悲鳴を上げたり、ベッドの下から急に出てきた手にヒバナが悲鳴を上げたりしながらも何とか銀の鍵を見つけて、次の階層へと移動した。


「えっと……2階層は『まずはとにかく屋敷まで走れ』だったかな」


 入口の看板に書いてあったことを思い出す。たしかそう書かれていたはずだ。

 みんなで取り敢えず走るべきかと相談していると、後ろの方から大量の足音が聞こえてきた。


 ――ちょっと読めてきたかも。

 そうして現れたのは、こちらに向かって走ってくる1000体以上は居そうなグールの大群だった。

 こういうの、前の世界で見たことがある。……勿論映画の話だが。

 だが実際に体験すると非常に焦る。みんなの顔も引き攣っていた。

 だって、いきなり実力行使で来るとは思わないじゃないか。


「に、逃げるよ!」


 のんびりとしているノドカを引っ張りながら走る。

 幸いにも、走るスピードは私よりも少し遅いくらいなのが救いだった。多分、転んだらアウトだけど。


 そのまましばらく走り続けていると大きな屋敷が見えはじめる。

 看板には屋敷に入れと書かれていたが、門が開いていることからどう考えてもあの屋敷で間違いなかった。

 そうして屋敷の中に駆け込み、その門をコウカとダンゴが閉じてくれる。グールたちが門を叩く音を無視して、私たちは屋敷の扉を潜っていった。

 そこでふとこの階層ではまだ悲鳴を聞いていないことに気付いた。


「あれ? ヒバナも案外、平気そうだね?」

「まあ、ね。あいつらみたいな相手だと燃やしたら燃えてくれそうだし……」


 少し痩せ我慢の気があるが、それでも悲鳴を上げない余裕が彼女にはあるようだった。

 ――なるほど、レイスは駄目でもグールはまだマシなのか。

 そんな彼女の肩が青白い手によって叩かれる。


「何? 怖がらせたいのかもしれないけ、ど……」


 彼女は鬱陶しそうにしながらも振り向き、固まった。顔が青ざめ、ガタガタと震え出す。

 どうやら、屋敷の中ではまたレイスが出てくるらしい。屋敷探索はヒバナの悲鳴から始まった。




「シズぅ……もう駄目……」

「よしよし、よく頑張ったね」


 ヒバナの心が折れてしまったので、今はシズクがケアしている。レイス達も空気を読んでいるのか、今のヒバナには何もしようとはしない。

 意外なことにもこの魔物たち、コミュニケーションが取れそうだった。

 まあそれはさておき、屋敷は謎解きゲームのようになっているらしく、最終的に地下室に続く扉の鍵を開ければいいらしい。

 でも、別に正直に従う必要もないようで――。


「いいですか、ダンゴ、アンヤ。行きます……せーのっ!」


 3人分の攻撃が鉄製の扉に集中し、大きな音と共に破壊される。

 このように力業で案外、解決できたりするのだ。

 まるで抗議するかのように屋敷の中の物を揺らし始めたレイスたちはこの際、無視することにした。


 この扉の先にある階段を下れば、第3階層に到達する。そこが終着点、そして最も危険な場所となっている。

 第3階層では魔物もこちらを攻撃してくるゴーストタウンが戦いの舞台だ。




    ◇




 ゴーストタウンでは前の階層までとは違い、他の冒険者たちとも遭遇することがある。そのため、街のあちこちからは悲鳴が鳴り響いてくるのだ。

 とはいえ異変の影響を大きく受けている第3階層は危険が多く、ここまで態々足を運ぶ人も少ないのだが。

 魔泉の中心に向かうためには、ゴーストタウンの中心にある広場に向かう必要がある。奥に王城も見えるのだが、そこは今回の目的とは違う。


 街中を歩いていると街のあちこちからスケルトンやグール、そしてファントムと呼ばれる透明人間がローブを纏ったような姿の魔物が出現した。

 ファントムやスケルトンは魔法を使う魔物で、個体ごとに使う属性も違う。

 とはいえノドカの風の結界は見えづらい風魔法であろうが確実に防いでくれるので、ファントムやスケルトン程度の魔法は脅威にはなり得ない。

 スケルトンは実体を持つため問題ないが、ファントムを倒すには光を直撃させるのが手っ取り早い。

 レイスのように彼らは強い光に弱いのだ。


「ひぃぁぁ!?」

「ひーちゃん、スケルトンとグールだけ見て!」

「む、無理よ! だ、だってこいつら、勝手に視界に入ってくるしっ!」


 ヒバナは亡霊のような相手が本当に駄目らしい。

 いつもは頼りになるヒバナもこうなってしまってはちゃんと戦えないだろう。


「コウカはファントムの相手を優先して! ダンゴとアンヤはスケルトンとグールをお願いね!」


 私が言い終わる前に行動に移していたコウカが左手に光の球を持ちながら突進する。ファントムの動きは早いが、コウカの動きはそれを上回る。

 相手の魔法をノドカの補助を受けながら躱し、建物を足場としながら飛び回るファントムに肉薄する。

 逃げられないように至近距離で放たれた光球はファントムの1体を消し去っていた。


「ひーちゃん、目を瞑って! ダンゴちゃんとアンヤちゃんは魔物をあたしたちの正面に集めて!」

「ボクが左側を集めるから、アンヤは右側ね!」


 私がコウカの動きに気を取られている間に、シズクがテキパキと指示を出してくれている。

 ヒバナはファントムが目に入らなければきっと戦えるはずだ。後は目を瞑っていても敵に魔法が当てられるように敵を正面に集めればいい。

 何だったら、彼女たちの持つフォルティアとフィデスの持つ共鳴の力でシズクが制御を担うことだってできるはずだ。


 そうして順調に魔物の数を減らしていき、ついに突破口が出来た。そのチャンスを逃がさないようにすぐさま全員で奥へと進んでいく。

 走るときに目を瞑っているのは危ないので、ヒバナは帽子を目深に被り、前を見ないようにしているようだった。


「前から~早いのが~!」


 どうやらノドカの索敵に何かが引っ掛かったようだ。それによると前から何か早い動きの魔物が接近してきているようらしい。

 そして、軽快な足音と共に馬に乗った何かが現れた。


「でゅ、デュラハンだよっ」


 首なしの騎士、デュラハン。それが目の前に現れた。

 彼は真正面に私たちを捉え、馬に乗ったまま、ぶつかるような勢いでまっすぐこちらへと向かってくる。


「任せて!」


 ダンゴが先頭に躍り出て、馬の突進を受け止めた。

 衝突し合った馬鎧と大盾が甲高い音を辺りに鳴り響かせている。

 そしてその衝撃を受け、お互いに少し仰け反っていた。


「後ろからも~!」

「えっ!?」


 ノドカが新たな敵を察知したと報告してきた。

 状況的に、どうやら挟み込まれてしまったらしい。

 後ろから大勢の足音と共に現れたのはスケルトンとグールの混成群だ。ファントムはいない。


 私がシズクと目を合わせにいくと、その一瞬で彼女は察してくれたようだ。


「あたしとひーちゃん、ノドカちゃんで後ろを迎撃するね。ひーちゃん、ファントムはいないから大丈夫」


 シズクとヒバナの火力とノドカの広域防御魔法を以てすれば、時折魔法を撃つくらいであとは迫ってくるだけのスケルトンやグールは敵ではない。

 後ろは彼女たちに任せ、正面のデュラハンへと集中する。

 敵はダンゴと衝突した後、少し距離を取ったようでそこから再度、接近を試みていた。


「まずは馬から倒そう!」

「はい! 私は左から攻めます!」


 あの機動力が厄介だった。

 そのため現状、最優先するのは馬の排除だ。


「もう一度来てみなよ、首なし! まさか根性もないわけじゃないよね!」


 ダンゴがデュラハンの正面に回り込み、大盾を構えてらしくもない挑発をする。

 敵もその勝負に真正面から挑むつもりらしく、態勢を低く構えるとさらに加速した。


 再度の衝突、ダンゴの軽い体は相手の勢いを抑えることに成功したものの、2メートルほど後方へ吹き飛ばされていた。

 そんな彼女と交代するような形でコウカとアンヤが飛び出す。


「いってて……」

「変に煽るからですよ!」

「……迂闊すぎる」

「もう、上手くいったんだからいいじゃん! それに何だよアンヤ、迂闊って! ボクはお姉ちゃんだぞ!」


 顔を顰めるダンゴに2人がすれ違いざまに言葉を投げ掛ける。

 相手の注意を惹くためにわざと相手を煽ったのだろうが、どうやら相手の怒りも買ってしまったらしい。

 実際、ダンゴの言葉を相手が理解していたかは分からないが、もしかすると雰囲気で感じ取ったのかもしれない。


 足を止めた馬の両サイドからコウカとアンヤが攻める。

 馬の上ではデュラハンが右手に持った黒い剣に濃紫色の光を纏わせはじめていた。多分、あれは闇魔法だ。

 だが、そうはさせまいとアンヤがデュラハンに向かってナイフを投擲する。

 そうなると彼は魔法を中断させて迎撃せざるを得ない。

 その隙にコウカは馬の足元に到達して、その右前脚を切断。遅れて到達したアンヤもそれに続く形で左前脚を切断した。

 両前足を失った馬が倒れ落ちるが、デュラハンはその背中を蹴って地上に着地する。


 剣を構えた彼とコウカ、アンヤ、そして後ろから合流したダンゴの3人とが相対した。

 ――そして全員が動き出すのは同時だ。

 アンヤが右側から回り込みながらナイフを投擲する時、デュラハンが闇の波動を彼女たちの後方、私のいる場所に飛ばしてきた。

 一瞬焦るが、みんなの動きを見て安堵する。


「ダンゴ!」

「うん!」


 既に側方にある建物の外壁を走り、デュラハンの上方から攻撃しようと移動を始めていたコウカは闇の波動を見て、すぐにダンゴに託した。

 ダンゴも迷わずにその意図を汲み、闇の波動の射線上に飛び出す。

 攻撃が失敗だと悟ったデュラハンは瞬時に魔法を止め、アンヤの投げたナイフを回避する為にステップを踏む。

 そこに上からコウカが攻め入る。

 デュラハンは右手に持った剣でコウカと剣戟を繰り広げるが、アンヤが接近してきていることに気付くとコウカを勢い強く押し切り、新たな相手に向き合う形をとった。

 そしてデュラハンの剣がアンヤを捉える寸前、彼女の姿がデュラハンの足元に広がる影に溶けたかと思うとその直後に彼の後ろから現れる。

 【シャドウ・ダイブ】――通称“影潜り”という影魔法による移動ではあったが、それをデュラハンはすぐさま察知したようで振り返りながら剣を振るった。

 だが、振り切る前に彼の剣は何かに物に邪魔をされたかのように不自然な形で止まる。

 それにはデュラハンも動揺したような様子が見受けられた。


 私には見ることができないが、彼女は既に朧月を抜いていたのだ。

 本人以外には見ることが叶わない刀、朧月は接近戦を演じる相手にとっては相当やりづらいものとなる。

現にデュラハンはその存在に気付くことができなかった。

 そこにダンゴが岩塊を放ち、衝撃でデュラハンの身体が倒れ込む。

 最後はデュラハンに押し退けられながらもすぐさま体勢を立て直したコウカによって稲妻を纏わせた剣が振り下ろされ、デュラハンの胴体を貫いた。


「お姉さま~後ろも終わった~」


 ノドカが私に腕を絡ませてくる。

 特に危なげなく終わって何よりだ。もう少しで広場にも着くだろう。

 何だかんだ第3階層は普通のダンジョンとあまり変わらない感じで戦闘ばかりだった。

 多分、あの王城に行けばまた謎解きが始まったりするのだろうが今回は別に良いかな。ヒバナだって怖がっているし。




 こうして私たちは無事に魔素鎮めを終わらせた。

 帰り際、入口まで追いかけてきたレイスにヒバナは驚かされ続け、彼らに手を振られながら私たちはホーンテッドダンジョンを後にしたのだった。


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