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31 はじまりの国を目指して

 迷宮を踏破し、無事にダンジョンの魔素鎮めを終わらせた私たちは地上へと戻ろうとしていた。

 身長が10センチくらい伸びたことで、以前まではスライムたちの中で一番身長が高かったコウカすらも追い越してしまったヒバナが姉の頭の上に軽く手を置いて揶揄っている。


「ふふ、コウカねぇを見下ろせるってなんだか面白いわ。ほら、シズもこっちに来て」

「くっ……調子に乗って。ほとんど差なんてないでしょうに……!」


 ぐぬぬ、と恨めしい目を向けるコウカ。


「まあヒバナもほどほどに、ね……?」


 それを私は適当に宥めておいた。




 そして王都まで帰ってきた私たちがショコラに報告をすると、彼女から何度もお礼を言われ、そのうえ国王様にまで感謝を告げられた。

 多分、ショコラは私たちの力について誰にも漏らしていないと思うが、私たちがダンジョンに入って出てきた時には異変が終息したのだ。

 大方予想は付いてしまったのだろう。


 全ての仕事が終わったことで、王都滞在中に貸し出してもらっている自室までようやく戻ってこられた。

 そうしてしばらくは全員で休憩しようとしていた時、ヒバナとシズクが揃って口を開く。


「少しだけ話に付き合ってくれる?」

「あ、あたしたちの生まれの話……」


 そんな切り出しから伝えられたヒバナとシズクの過去。私たちと出会う前、出生の秘密。

 初めて出会ったときからいつも一緒の2人。

 容姿だって双子のようにそっくりだから生まれた時から一緒なのだろうなとは予想していたが、まさか元々同一の魂を持った存在だったのが生れ落ちる直前に2人になってしまったのだとは思わなかった。

 過去にシズクが言った「2人の根底的な部分は一緒」という言葉や「誰にも自分たちの関係は理解されない」という言葉もそのままの意味だったのだ。

 自分という存在が2つになるなんて、彼女たちにしか分からないことだろう。


 ――それにしてもだ。


「どうして今、話してくれようとしたの?」

「え? ああ……それは……い、意味なんてないわ」


 急にしどろもどろになるヒバナ。

 赤くなった顔を隠すように顔を逸らし、髪の毛をクルクル弄り始める。


「何となく昔話をしたくなっただけ。まさか、今さらこれを聞いて気持ち悪がることはないでしょ?」

「あはは、それはもちろん。双子みたいなものだと思っておけばいいんでしょ?」


 少し不安そうにちらちらとみんなの顔色を窺っている。

 変わった出生だとは思うが、それで気持ち悪いと思うなんて、それこそまさかだった。

 それにこの子たちは似通った部分が多くあったとしてもヒバナであり、シズクなのだ。趣味も違えば、性格も決して同じではない。

 それにはヒバナもホッとした様子だが、その話をしてくれようと思った本当の理由を知っているのであろうシズクが呆れるような目でヒバナのことを見ている。


 2人の話が終わった後、今度はずっと浮かない様子だったコウカが口を開いた。


「マスター、あの……ヒバナとシズクに作ったようにわたしの剣は作れないんでしょうか?」


 真剣な眼差しでコウカが問い掛けてくる。すっかり忘れていた。

 彼女が問うているのは私が新しく得た《霊器精製》というスキルのことだ。

 地上に出てから鑑定用の魔導具で調べたところ、テイマースキルの中に新しく追加されていたので間違いないだろう。

 霊器というのは多分、精霊の武器のことなんじゃないかと思っている。

 でも本当のところは分からないので、機会を見つけてミンネ聖教団の人に聞いてみたいと思う。


 それよりも今はコウカの霊器についてだ。


「できる……と思うよ」


 作ろうと思わないとできるかどうかが分からないのが少し面倒くさいところだ。

 進化したヒバナとシズクには作れたが、もう1段階進化していない他のみんなはどうか分からなかった。

 双子の杖はどうやら魔力と女神の力から出たマナ、それらが結びつくことで生まれる精霊の力で構成されていることが分かっている。

 その中でも精霊の力がヒバナとシズクよりもまだ弱いみんなでは上手く作れない可能性はあった。


「やってみようか」

「はい、お願いします!」


 パァァっとコウカが笑顔を咲かせる。

 今の私には結構余裕があるから取り敢えずやってみることにするが、これで失敗したら申し訳ない。だが意外にも上手くいきそうだった。

 精霊の力が足りない分は魔力で補われるようだ。


 そうしてコウカの手に握られていたのは鞘に納まった1本の長剣。

 早速、コウカは鞘から剣を引き抜く。それはシンプルではあるものの美しい剣だった。

 剣に与えられた名は“グランツ”。

 精霊の力が足りないせいか、フォルティアとフィデスのような特殊な性質はないようだが、コウカの身体に合わせて作られているそれは最高級クラスの品質を持っている。

 余程無理な使い方をしない限りは平気だろうし、構成要素は自らの力なので仮に破損したとしても修復が可能だ。

 特殊な性質がないのは残念そうだったが、私が贈った自分だけの剣ということで大変満足してくれた。


「一生大切にします! もうこの剣以外は使いません!」


 コウカが本当に大切そうに剣を抱えている。寝る時も一緒に寝たりしそうな勢いだった。

 そんな私たちのやり取りを羨ましそうに眺めていたダンゴが近寄ってきて声を上げる。


「ねぇねぇ、ボクも作りたい! いいでしょ?」

「……じゃあ、みんなの分も作っちゃおうか」


 まずはコウカの次に作りたいと声を上げたダンゴからだ。

 ダンゴが生み出したのは高さが自分の身長と同じくらいある立体的な大盾だった。

 その名も“イノサンス”。

 前まで使っていたものよりもさらに大きいことから大変取り回しが悪そうだが、ダンゴはこれを軽々と持ち上げることが可能なようだ。

 試しに私が持とうとしたが、1ミリも持ち上がらなかった。

 これで相手を殴りつけるだけで相当な武器にもなりそうである。


 残るはノドカとアンヤの2人だったが、彼女たちはどのような霊器を手に取るのかが分からない。

 ノドカはいつも抱き枕を抱いて魔法を行使しているが、もちろん抱き枕に魔法を補助する能力はないので特に意味のないものだ。

 それとは反対にアンヤは影のほかに格闘や投げナイフなど様々なものを使って戦っているのだが、大量の投げナイフなどが出てくるというのはちょっと想像ができない。

 そのアンヤは迷宮で使った刃物の手入れに集中しているようだし、先にノドカから作ろうと思う。


「ノドカのも作ってみようか。その次はアンヤね」

「は~い」


 ふわふわと飛んできたノドカが私の隣に腰を下ろし、肩にしなだれかかってくる。

 その仕草を微笑ましく思いながら、みんなと同じようにノドカに霊器を与えるための手順を踏んでいく。

 何が出てくるのか気になる子が多いようで、みんなでノドカの手元を覗き込んでいた。


「う~ん、それ~」


 前に突き出した彼女の腕の中に眩い光が瞬いた。


「……なにそれ?」

「……ハープ?」

「この子は~ディーヴァ~」


 ノドカの腕の中には膝の上に乗せられるサイズのハープがあった。

 どうやら名前は“ディーヴァ”というらしい。

 楽器が出てくるとは予想していなかったが、彼女の歌の才能と何か関係があるのかもしれない。

 武器かと言われると疑問しか残らないが、どうやら杖と同じように魔法を補助することができるようだ。

 なんとも彼女らしい彼女だけの杖というわけである。


「アンヤ、おいで」

「…………」


 ノドカが座っているのとは反対側を手で軽く叩いて、隣に座るように催促する。

 するとアンヤは頷いた後に立ち上がり、ナイフを持ったまま私の隣までやってきた。


「とりあえず、ナイフは仕舞ってくれるかな……」

「…………わかった」


 これまた素直にナイフを《ストレージ》の中にしまい込み、何も持たない状態になった。


「さてと、感覚に任せてくれたらいいからね」


 スキルによる補助がないとどういうプロセスで霊器を作るのかがよく分からなくなるので、そんなことしか言えない。

 私には与えられる側がどういう感覚なのかすら分かってはいないのだ。


 そうして他のみんなよりも時間が掛かったが、アンヤにも無事に霊器を作ることができそうだった。

 私と彼女の力が集まり、1つの霊器として彼女の手の中に――現れていない。

 たしかに力が集まった感触があったのにアンヤの手の中に霊器がなかったのだ。

 ――いや、違う。

 アンヤは確実に何かを握っていた。


「見えない……?」


 どうやら、他の子たちにも見えていないらしい。

 しかし、シズクがそれに意を唱える。


「ち、違うよ。多分見えてるけど認識できないんだ」


 そういうことか。

 確かにそこにあって目では捉えられているのに脳が認識できないということなのだ。するとそれがその霊器の性質だとでもいうのだろうか。

 認識できないその霊器だったが、次の瞬間アンヤの左手の中に現れた鞘に納められたことで刃を除く全貌が明らかになる。

 その武器とは、前の世界で実物はほとんど見たことがないようなものではあるがたしかに知っているようなものだ。

 見えるだけでも反りがある独特な形状、柄、鍔を見間違うはずがない。


「日本刀……?」


 日本刀の種類は良く知らないのでそうとしか言えないが、どう見ても日本刀だった。

 多分、この世界にその武器は存在しない。これが唯一のものだろう。

 アンヤの霊器には私の力だって混ざっている。それが作用して、この中で私だけが知っている武器が現れたということだろうか。

 ――果たして、そんなことがあるのかはわからないが。


「…………朧月(おぼろづき)

「朧月?」


 霊器“朧月”。それがその刀の名前らしい。

 今度はその性質を確かめるため、鞘から何度か抜き差ししてもらう。

 やはり、鞘から引き抜かれるとともにその部分から存在を認識できなくなっていった。

 鞘の上から確認した時は確かに刀身だけで50センチほどあったはずなのに、どれくらいの長さの刀なのか分からなくなる。

 元の長さを知っているので大体のアタリを付けることができる程度だ。


 興味深そうに近くで朧月を観察しているダンゴとシズクの隣にいたヒバナが虚空を見下ろしているアンヤへと問い掛ける。


「それ、あなたにはちゃんと見えてるの?」


 たしかにそれは気になる。

 刀そのものが認識できないというのは接近戦において大きなアドバンテージとなり得るが、本人が見えていないと間合いが測れずに空振りしたり、自分や味方を切ることになったりするかもしれない。

 全員が気になっているようで、アンヤの返答に注目していた。


「…………少し、だけ……」


 完全に見えないわけではないようだ。

 それでも危なそうだが、少し見えているのと完全に見えていないのとでは大きく違う。

 日本刀での戦い方なんてよく分からないし、教えてくれる人もこの世界にはいないだろうけど、そこはアンヤ自身に見つけ出してもらうしかない。


 アンヤはしばらくの間、そのまま虚空を眺めていた。

 多分朧月の刀身を見ているのだろうが、やはり私には虚空を眺めているようにしか見えなかった。

 だが、その後に鞘に再び収めたことで目に見えるようになった。全く不思議なものである。

 するとアンヤが胸の中に朧月を抱きしめるような仕草をとった。……大切にしてくれるってことだろうか。


「あ! 言い忘れてたけど、ボクも大切にするからね!」

「わたくしも~」


 わざわざイノサンスとディーヴァを取り出して、大事そうに抱える2人。


「まあ、これ以上の杖はないだろうし……」

「大切にしよう、ね」


 みんなの言葉に私の心が温かくなる。

 それらは私たちの力の結晶であるとともに、絆の象徴でもあるのだから。




    ◇




 王都アンジュショコラを出発する日、王宮の前までショコラが見送りに来てくれた。

 そのうえ、次の街に行くための馬車まで用意してくれたのだから彼女には頭が上がらない。

 これで次の街であるマルセンヌまで早く到着できるうえにアンジュショコラでの騒ぎを抑えられるだろう。

 どうやら私の噂の効果とノドカの歌姫の件が人々の心を掴んで離さないらしい。


「迷宮の件、重ね重ねお礼申し上げますわ」

「何度も言うけど、それが私たちの役割だから気にしないで」

「それでも、ですわ」


 冷たい風が吹き抜ける。もう秋が終わりに向かい、冬が近付いてくる季節なんだ。

 ショコラも少し寒そうだし、手短に別れを伝えよう。また会えるのだから感動的な別れは必要ない。


「それじゃあね、ショコラ。寒くなるみたいだから体調には気を付けて」

「これくらい慣れっこですわ。ユウヒ様方もどうかご自愛くださいませ。そして、時々でいいので会いに来てくださるととっても嬉しいですわ」


 そのまま別れようとした時、後ろにいたダンゴが飛び出してきた。

 そして瞠目している様子のショコラに向かって元気よく声を掛けた。


「それじゃあね、ショコラ! また一緒に甘いもの食べようね!」

「ええ、ダンゴ様。おいしいスイーツを選んでおきますわ!」


 いつの間にか仲良くなっていた。やっぱり一緒にスイーツ巡りをしたのがきっかけなのだろうか。

 それから、ぶんぶんと見えなくなるまでダンゴは手を振り続けていた。




 これから私たちが向かうのはキスヴァス共和国だ。

 何故ゲオルギア連邦に戻らないかというと特に理由はない。

 ただ折角ラモード王国まで来たので、一度最初にいた国であるキスヴァス共和国に戻ってみようかと思ったためだ。


 初めてこの国に来た時と同じ道を今度は逆へ逆へと進んでいく。

 そんな旅の中で最も印象深かった街としては、やはり雪の街モンブルヌだろうか。遠くに見える大きな山はたしかモン・ブランシュネージュという名前だったはずだ。

 白き山と呼ばれるだけあり、相変わらず雪で白くなっている。

 そういえばダンゴとアンヤは前にこの街に来た時にはまだいなかったので、あの山についてよく知らないはずだ。


「あの山の頂上には地の霊堂があるんだって」

「霊堂って邪神の封印を維持する大事な場所なんだよね。どうして山の頂上なんかに作ったのかな」

「壊されないようにじゃない?」


 ダンゴの疑問にヒバナが自分の推論を述べた。

 その推測は当たらずと(いえど)も遠からずといったところではないだろうか。

 山の頂上なら戦争とかでも壊れないだろうから安全と言えば安全ではあるはずだ。

 邪神が封印されたのはかなり昔という話だったし、その時代から今まで戦争が起こっていないということはないと思う。

 気になったらまた調べるが、今は別にいいだろう。


 その後はショコラ一押しの店、ロラン爺さんのお菓子屋さんにみんなで行った。

 ア・ラ・モード杯の結果は残念ながら優勝とは行かなかったようだが、入賞はしていたようだ。

 2度目の来店だったのにもかかわらず、店主であるロラン爺さんの奥さんが私の顔を覚えてくれていたのには驚いたものだ。




    ◇




「ようこそ、キスヴァス共和国へ」


 関所での軽い手続きを終え、国境を越えた。

 なんとなく懐かしい気持ちになる。

 まだ数ヶ月前のことなのに、この数ヶ月は別の世界を生きてきた私にとって非日常的なことばかりだったから、余計に長く感じたのかもしれない。

 だがそれも少しずつ私の日常へと変わってきている。


「街に着いたら、教会に寄ってから冒険者ギルドに行こうか。この国にはいっぱい受けられる依頼があるはずだよ」

「やった! そろそろボクも体を動かしたいなって思ってたんだ」


 ラモード王国は元々冒険者ではなくて軍が主体となって魔物討伐を行っているから、冒険者にとっては生き辛いのだ。

 加えて魔泉の異変がないものだから、アンジュショコラを出て以降、魔物と戦う機会がなかった。

 ゲオルギア連邦ではあんなに魔泉の異変があったのに、少し地域が変わればこうも極端に変わってくるものらしい。


「え~、お休みしたい~」


 私の体に腕を回して抱き着いているノドカが移動ばかりで疲れた、と言わんばかりに休みを要求してくる。

 ――でもなぁ……。


「の、ノドカちゃんはいつもお休みしてるみたいなものだよね……?」

「え~シズクお姉さま~、わたくしは~いつも~頑張ってます~!」


 私から離れると《ストレージ》から取り出したお気に入りの抱き枕を抱きしめて、イヤイヤと身体を振るノドカ。頑張っていないと思われるのは心外だったらしい。

 頬を膨らませて拗ねていますとシズクにアピールしていた。


「まあまあ、そんなに大変なのは受けないからさ」

「ほんとう~? 嘘だったら~お姉さまには~抱き枕の刑です~」

「それ、本当に刑罰みたいになるから……」


 ノドカの抱き枕は人間だったら、下手をしたら窒息する可能性のある危険なものだ。

 私はそれで実際に窒息しかけた。いくらノドカの腕の中が心地いいとはいえ、命には代えられない。


 さて、抱き枕の刑を回避する為にも体が動かせるけどそれほど大変じゃなくて、人のためになるような依頼を探そうかな。


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