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26 駆け込め、ア・ラ・モード杯

 ◇ :一人称視点への切替or場面転換(一人称継続)

◇◇◇:三人称視点への切替or場面転換(三人称継続)

 ゲオルギア連邦は広い。

 それはカルブンクルス、サピュルス、スマラグドゥス、アダマスという4つの国によって構成されているからだ。

 これまで私たちが首都プラティヌムまで通ってきたのはサピュルス国内だ。そこと同じくらいの大きさの国がまだ3つもある。

 そして現在は連邦の南東部に位置するスマラグドゥスを旅しており、そのまま他の地方も制覇してしまおうとしていたのだが、そうも言っていられない事情ができた。


 秋が深まるとともに、ある国で開かれる大きな祭りが至る所で話題に上がってくる。

 その名も『ア・ラ・モード杯』。ラモード王国で毎年開かれる、流行のスイーツを決める大会とそれに伴う祭りだ。

 毎年、国外からも多くの人が訪れ、大盛り上がりの祭りなのだがその開催が迫っていると聞いたのだ。

 ラモード王国の王女ショコラとの別れ際、私はある約束をしていた。“秋になったら会いに行くから”と。

 もうすっかり秋である。ア・ラ・モード杯の開催期間は約1ヶ月あるとはいえ、このままではア・ラ・モード杯にも間に合わなくなると気付いた時には全身から血の気が引いた。

 最近は使っていなかった乗合馬車を乗り継ぎながら全速力でラモード王国へと向かう。

 道中、立ち寄った街の魔素鎮めも速攻で終わらせ、やっとの思いで駆け付けたのはア・ラ・モード杯が始まって3週間が経過した頃だった。




    ◇◇◇




 ラモード王国第一王女ショコラッタ・アララ・ラモードは王都アンジュショコラの城下町にある喫茶店で甘味をやけ食いしていた。

 王女である彼女が一般的な飲食店で甘味を食べていても大騒ぎされていないのは、普段から街のあらゆる場所を出歩いているためだ。


「フィナンシア! ユウヒ様はまだいらっしゃらないのですか!?」

「さあ、どうでしょうか。数ヶ月前からゲオルギア連邦内で活動されていたようですがスライムマスターの噂が大きくなりすぎて、却って居場所が分からなくなっていますね」


 侍女であるにも関わらず、何食わぬ顔で主人と同席しているフィナンシア。

 澄まし顔の彼女は淡々と主へと報告した。


「くっ、ユウヒ様の影響力を甘く見ていましたわ」

「瞬く間に広がりましたからね。噂では、人助けに精を出されているとか」

「くぅ……ショコラとユウヒ様は友人ですのにぃ! そんなに他所様の方が大事ですの!?」


 テーブルに伏せ、自分の腕の上で頭を転がすショコラッタをフィナンシアが窘める。客たちもそんな王女様の様子を温かい目で見守っていた。

 そのまましばらく暴れていたショコラッタだが、ハッと何かに気付くと体を起こす。


「そう、噂と言えば……ユウヒ様は6人の少女を連れておられるとか」

「その中でも空中で寝そべる少女は特に有名ですね」

「ショコラが知っているのはコウカ様、ヒバナ様、シズク様の御三方ですわ。あとはノドカ様、ダンゴ様でしたかしら」


 ショコラが指を折りながら思い浮かべるのは3人の少女の姿となったスライムたちとまん丸な2匹のスライムの姿だった。

 全て合わせても5人。どうしても1人分足りなかった。


「きっと6匹目……いえ、6人目のスライムを仲間にしたのですわ!」

「それほど運よくスライムが集まるでしょうか?」

「ユウヒ様は2ヶ月に満たない間に5人のスライムを仲間にされたんですのよ」

「そこからして、既に信憑性が疑われる話ですね……まぁ、あの方なら自然と納得できてしまうのですが」


 フィナンシアは紅茶のカップに口を付ける。

 彼女にとってのユウヒとは、普通の少女性を持ちながらもこのお転婆なお姫様の友人なだけあり、どこか型破りな印象を受ける少女だった。

 まず、普通の冒険者はお姫様と友人にはならない。


「そう、不思議ではないのです! なんといってもユウヒ様は――」

「姫様のご友人ですからね」

「ちょっ、どうして先に言ってしまうんですの!?」


 頬を膨らませて拗ねていますとアピールをする主人を余所目にフィナンシアはティーカップに隠した口元を僅かに緩ませる。

 彼女は、どうやってこのご立腹なお姫様の機嫌を取ろうかと考えを巡らせ始めた。




    ◇




 私とコウカたちはラモード王国とゲオルギア連邦の国境で入国審査待ちをしていた。

 この時期はラモード王国へと入っていく人が多くて、長蛇の列ができているのだ。


「次の方」


 ようやく私たちの番が回ってきたようだ。

 私がまず冒険者カードを出し、次にテイマーカードを出そうとした時だった。

 入国審査をしていた兵士が元々真っ直ぐな姿勢をさらに伸ばし、声を上げた。


「お待ちしておりました、ユウヒ・アリアケ様! ショコラッタ王女殿下がお待ちです、どうぞこちらへ!」


 いきなりの歓迎ムードである。


 彼に連れて行かれたのは馬車だった。

 現在、ショコラがいる王都アンジュショコラまでこの馬車で連れて行ってくれるらしい。ありがたいが、すぐに来てくれというショコラのメッセージなのだろうか。

 約束は破っていないが、待たせてしまったようだし会ったら謝らないといけないな。


「…………歓迎?」

「あー、そっか。アンヤは知らないもんね」


 どうしてこの国に入った瞬間に歓迎されているのかと疑問を呈したアンヤ。

 私はそんな首を傾げる少女にこの王国であったことを一から説明した。

 たまたま助けたのが家出をしていた王女様で、たまたま王都でスタンピードが起こって王女様と友人になった。

 実話のはずなのに、自分でも嘘みたいな話だと思う。

 その説明でちゃんと理解できたのかと確認すると、彼女は小さく頷いた。

 純真過ぎて人に言われたことをそのまま受け取ってしまうアンヤ。悪い人に騙されないか注意しておかないと。




 そうして私たちを乗せた馬車は2日間掛けて王都アンジュショコラへと到着した。

 馬車はそのまま大通りを通って、王城の門を潜る。

 やっとの思いで馬車から降りることができた私たちは両サイドに兵士がズラッと並ぶレッドカーペットの上を歩く。

 何だか、王女の友人とはいえただの冒険者にする歓迎じゃない気がする。

 これには流石にヒバナとシズクが委縮してしまっていた。正直に言うと、私も凄く胃が痛い。

 この後、まずは国王様との謁見らしい。

 ――私はただ遊びに来ただけなのに……。




 見様見真似の仕草で何とか謁見を済ませた。

 国王様が威圧感を放っていなくて、娘の友人と会うような感じで気楽だったのがありがたかった。

 そして、遂に数ヶ月ぶりにショコラと会うことができたのだが……。


「つーん」

「ごめんね、ショコラ。忘れてたわけじゃないんだ。ちょっとやることがあっただけで……」


 顔を逸らして、頬を膨らませるという精一杯の「拗ねています」アピールをするショコラに手を合わせて謝る。

 本当は忘れかけていたんだけど、ちゃんと思い出したんだから忘れてたわけじゃない。

 ここに来るまで時間が掛かったのは、道中で魔素鎮めもやっていたためだ。


「ちゃんと埋め合わせをするから――」

「その言葉が聞きたかったのですわ!」


 ショコラの顔がグイッと迫る。


「ユウヒ様方はア・ラ・モード杯の期間中、ショコラと一緒に居てくださいまし!」

「え……うん、いいよ」

「やりましたわ!」


 彼女は立ち上がり、大手を上げて喜んでいた。

 元々、そんなにショコラから離れるつもりもなかったし別にずっと一緒にいるくらい構わない。


 それからはノドカとダンゴを改めて紹介し、アンヤも紹介したあとは私たちのことについて話した。

 かつての別れ際、ショコラは私に「いつか事情を話してほしい」と言っていた。だから、そのことも今話そう。もちろん、言いふらさないことを条件に。

 彼女の侍女であるフィナンシアさんにも一旦出ていってもらい、話を始める。

 私の生まれや私たちの力、女神ミネティーナ様との関係を話すとショコラは瞠目し、それはひどく驚いていた。


「ユウヒ様は別の世界から来て……魔泉の乱れを治める力を……女神ミネティーナ様から……?」

「うん……信じられないかな?」

「……いいえ、色々と納得しましたわ。ユウヒ様、そんな顔をなさらないで。ユウヒ様とショコラは何があっても友人ですわ。そして、ショコラは友人のことを信じております!」


 信じてもらえないんじゃないかと不安に思っていたのが顔に出ていたらしい。

 ショコラの力強い言葉にホッとして、自然と顔が綻ぶ。


「さあ、難しいお話はここまでにして一緒にア・ラ・モード杯を楽しみましょう! ショコラは今日、スイーツを1つも食べておりませんの。フィナンシア、支度をお願い致しますわ!」


 ショコラは扉の外にいるフィナンシアさんへと呼び掛けた。




 そして街に繰り出した私たちはショコラに連れられて、街にある喫茶店を巡ったり、屋台で買い食いをしたりとほぼ食べてばかりいた。


「そういえば、ショコラ。私、ア・ラ・モード杯がどういった大会か知らないんだけど。もちろん、流行のスイーツを決めるっていうのは知ってるよ?」

「あら、そうでしたの? なら、ショコラがお教えしますわ」


 ショコラ曰く、ア・ラ・モード杯は全国民と入国者に対して1枚ずつ投票券が配られ、1番のスイーツを決めるものらしい。

 王族や貴族にも投票権はあるが、平民と変わらず1人1票だそうだ。また、不正に集められた票があった場合は無効票となる。

 投票できるスイーツは店舗で参加する場合は1店舗につき1品。個人の場合は1人につき1品を出展できるらしい。

 国外から来た滞在者も出展が可能で、参加するものは大会の期間で宣伝して票を集めないといけないそうだ。


「ショコラは既にモンブルヌのロラン様の新作スイーツに投票して参りましたわ。ユウヒ様方も残り1週間で気に入ったスイーツを探してみてはいかが?」


 そう言ってショコラはケーキを口にすると幸せそうな表情を浮かべた。

 残り1週間でどれだけ食べられるか分からないし、投票のことは後回しにして好きにスイーツを楽しむことにしようかな。


「ねぇ……それって私も参加できるの?」


 声の主はヒバナだった。最近はすっかり料理に凝っている彼女はお菓子作りにも興味を示したということだろうか。

 ショコラもまさか参加する意思を示すものが私たちの中にいるとは思わなかったのか、驚いてケーキを食べる手を止めていた。


「ええ、それはもちろんですわ。ですが、後1週間しかありません。それで入賞は難しいかと存じますわ」

「それにお菓子作りと料理はまた違うよ? 大丈夫なの?」


 懸念を示すショコラに続いて、私も心配していることを話す。

 だが、ヒバナはそんなものは関係ないとばかりに首を振った。


「あなたたちの言っていることは百も承知よ。でも料理とお菓子作りは全くの無関係じゃない。入賞なんかできなくても、やってみたいの」


 ――やってみたい、か。

 ヒバナが自分の意思を示した。なら私はそれを応援してあげたい。

 そして私の対面に座ったショコラがニンマリと笑った。


「でしたら、国で調理場の貸し出しを行っておりますわ。すぐに申請されるのがよろしいかと」


 その言葉にヒバナはハッとする。


「ええ、こうしてはいられないわ。私、頑張ってみる」

「だったら、あたしも行くよ。ひーちゃんが頑張るなら、あたしも一緒に頑張る」

「シズ……」


 やる気を出す2人を見て、ショコラはフィナンシアさんを呼ぶ。彼女が大会参加への手続きやらを手伝ってくれるらしい。

 私はどうしようかな、と考えているとヒバナに呼び掛けられた。


「ユウヒ、みんなも。1週間後、楽しみにしてなさい」


 良ければ手伝おうかと思っていたが、そう先に言われてしまえば手伝うこともできないじゃないか。

 ――もう、仕方がないなぁ……ヒバナは。


「分かった。楽しみにしてる。頑張ってね、ヒバナ」

「……っ! ええ、ありがと……」


 ヒバナは照れくさそうにはにかんだ。みんなも思い思いの言葉を彼女に投げ掛ける。

 彼女たちはこれから大会終了まで、お菓子を作り続けるらしい。私たちは最終日に最も出来の良いものを食べる。


 それまではしばらくの間、別行動となった。まあ、夜寝る時やご飯を食べるときは一緒に居るんだけど。




    ◇




 翌日も私たちはショコラと一緒に街を探索していた。

 美味しいものを食べることが好きなショコラとダンゴは気が合うらしく、すぐに仲良くなっていた。2人で気になる店を見つけてはそこに突撃していき、私たちはそれに振り回されている。

 今も立ち寄ったお店の中で並べられるスイーツを楽しむ2人を眺めてはお腹がいっぱいになっていた。


「……あれ、アンヤ。もう全部食べたの?」


 普段から小食で全部食べることも少ないアンヤが今回頼んだスイーツは既に完食していたようだ。

 この店以外で食べたスイーツもゆっくりとだが確かに完食していて驚いたものだが、私が食べ終わるよりも早く食べ終わるなんて珍しい。

 アンヤの視線が私の目の前にあるスイーツに向いている。私とアンヤは同じものを頼んだはずだ。

 ――そんなに気に入ったのだろうか、ガトーショコラ。


「これも食べる? いいよ」


 スッとアンヤの前に皿を流してあげる。

 アンヤがガトーショコラと私の顔を交互に見つめるが、私が頷くと食べ始めた。

 私はお腹がいっぱいだから別に構わない。それよりも表情は変わらないもののどこか嬉しそうな雰囲気を漂わせながら食べるアンヤを見ている方が楽しかった。


「フィナンシアさん。この後、少し寄りたいところがあるんですけど――」


 食べることに集中しているショコラの次にこの街に詳しいであろうフィナンシアさんに行きたい場所を伝える。


 そうして店から出た後、やってきたのはチョコレート専門店だった。


「ここですの?」

「うん。アンヤは多分、チョコレートが好きなんじゃないかなって」


 いつもより早いペースでガトーショコラを食べ進めていたアンヤは多分、チョコレートが好きなのだろう。

 本人があまり意思表示をしないので分かりづらいが、ゆっくりとではあるものの他のスイーツも完食していたことから甘い物そのものも好きなんだと思う。


「なるほど……それは嬉しいですわね……」


 なぜか照れ始めたショコラは置いておいて、まずは試しに適当にチョコレートを買ってアンヤに渡してみた。

 私からチョコレートを受け取ったアンヤはゆっくりと食べ始め、半分くらい残ったそれをじっくりと眺めている。


「それはチョコレートだよ」

「…………ちょこ、れーと……」

「……っ! うん、そう!」


 ――やった! アンヤが興味を示してくれた!

 想像以上の好感触で嬉しくなった。

 残りのチョコレートを噛みしめるように口にしたアンヤは店の中へと目を向ける。


「アンヤはチョコレート、好き?」


 そう問い掛けるが、アンヤは目を伏せてしまったまま首を縦にも横にも振らない。

 ――自分でも分からないのだろうか。だったら、聞き方を変えてみようかな。


「もっと食べたい?」


 すると確かに一度頷いた。

 好きなだけ買えばいいと言うと、アンヤはチョコレートを大量に買い込み始めた。

 私は無言で指を指すアンヤに困り果てる店員との仲介役をやっているような状態だ。

 なんだか、本を買うときのシズクを彷彿とさせる光景である。


「わぁ~……」

「すごいですね……」


 今までアンヤが貯めに貯めてきたお金が消えていく。棚のチョコレートも消えていく。

 ノドカとコウカもこの光景には唖然としていた。


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