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25 胃袋を掴め

「上がったよー」


 夕暮れ時。

 すっかり日課となった屋外での入浴を済ませ、私たちが入っている間見張りをしてくれていたヒバナ、シズク、ノドカと交代する。

 洗った髪も今はタオルで拭くことしかできないが、ヒバナとノドカが出てきた時にドライヤーみたいな感じで熱風を出してもらおうかと考えている。


 そして見張りとは言っても、誰か近付いてくるときに気付ければいいのでそれほど集中していなくても大丈夫だ。

 街のすぐ近くなので魔泉もなく、魔物が来ることもない。

 そのため、この時間はそれぞれが思い思いに暇を潰している。

 コウカは剣を振っているし、アンヤはどこで覚えたのか、投げナイフの一本一本を丁寧に手入れしていた。

 ヒバナたちも数十分は入っているだろうから、今のうちにあることの準備を終わらせておこう。

 そう思った私は《ストレージ》からテーブルをはじめ、みんなに隠れて買っていた数種類の道具を取り出していく。


「主様、何かするの?」

「うん、ちょっとね~」


 火はヒバナに付けてもらったほうが早そうだから後回しにしよう。

 ――よし、じゃあ食材を切り分けていくか。


 私がやろうとしているのは料理だった。

 お風呂に入るために屋外に出てきて、全員が入り終わるとまた帰るというのはなんだか味気なく感じていたのだ。

 だったら、待ち時間に料理を作ってみんなで食べればいいのではないかと思ったわけだ。

 こう見えて私は料理の経験が大いにある。この世界に来る前はほぼ毎日料理していたので、腕にもそれなりに自信があった。


 調理器具と同じく隠れて買っていた野菜や肉などの食材をまな板の上に取り出していく。《ストレージ》の中は時間経過がないから、食材の持ち運びにも便利なのだ。

 そしてこれまた買ったエプロンを身に付け、袖を捲る。

 すると近くで私の様子を窺っていたダンゴが口を開いた。


「ボク、何かやった方がいい?」

「うーん、じゃあ机と椅子を並べておいてもらえる?」


 そう言って私は食材を載せているテーブルとは違う長方形のテーブルと7個の椅子を取り出した。これは私たちの食卓となるものだ。

 快諾してくれたダンゴが軽々とテーブルを運んでいく。

 小さな体のどこにあんな力があるのか本当に不思議だ。こんなことを言ったらダンゴが拗ねてしまうので口には出さないが。




「上がったわ。ダンゴ、浴場の解体……って何なのこれ?」

「わっ。い、色々ある……」


 簡易浴場から2人でノドカを担いだ状態で出てきたヒバナとシズクが驚いたような声を上げる。

 それもそうだろう。お風呂から出てきたら大きなテーブルや見慣れない調理器具が並んでいたのだから。


「ふっふっふ、驚いたでしょ。これから、みんなに手料理を振舞ってあげようかと思ってね!」

「それ、本当ですか!?」


 剣を振っていたはずのコウカが物凄い勢いで飛び付いてくる。

 その勢いに少し引きながらも私は首肯した。


「ゆ、ユウヒちゃんってお料理できるの……?」

「正直、あやしいところね」


 2人が胡乱な目で見てくる。

 そんなに信用がないのは心外だが、みんなに振舞うのは初めてだ。だったら完成した料理で唸らせるしかない。


「信じられない2人の気持ちは分かるよ。でもまあ、待っててよ。みんながおいしいと言ってくれる料理を作ってみせるからさ」


 そうして踵を返そうとして――立ち止まる。


「……ごめん、火を付けてもらえると助かります……」


 何とも、格好がつかない。

 ヒバナに呆れた目で見られた。辛い。




 そうして――。


「できたよ、旬の野菜とちょっとお高かったお肉をふんだんに使った特製シチュー!」


 鍋の中身をみんなに見せびらかす。


「うわぁ、いい匂い!」

「んぅ~? わぁ~起きるとすごくいい匂いが~これは何~?」


 純粋に喜ぶダンゴとノドカ。

 コウカも目をキラキラとさせて私の料理を見ている。


「美味しそうだね、ひーちゃん」

「意外だけど、確かにすごく美味しそう……」


 大変驚きを見せるヒバナとシズク。

 だが、見た目だけではない。きっと味だってみんなは驚いてくれるはずだ。

 私は《ストレージ》から新たに7枚のお皿を取り出した。


「さあ、よそうよー」


 こうして、みんなの目の前に私が作った料理が並べられた。

 私も自分の分を用意し、椅子に腰かける。

 みんな、期待に胸を躍らせているようだ。いつまでも待たせてしまっても申し訳ないだろう。

 私が手を合わせるとみんなもそれに倣う。


「いただきます」


 食事の挨拶と共にディナーが始まった。

 この世界では初めてとなる自分自身の料理の味は非常に気になるが、まず料理を食べたみんなの様子を見たかったのでまだ口にはしない。

 そして、ついに――みんなは私の料理を口にした。


「えっ!?」

「こ、これっ」

「ん~……ん~?」

「…………」


 料理を口にした瞬間、ノドカとアンヤ以外の全員が目を見開いて手を止める。

 ノドカに関しても手は止まっているが、唯一アンヤだけは黙々と食べ続けている。


「どうかな?」


 これって驚くほど美味しかったということでいいんだよね。そう思った私は前のめりになりながらもみんなに問い掛けた。

 ――カチャっとスプーンが食器を鳴らす甲高い音が同時に響く。


「ユウヒ……」

「ユウヒちゃん……」


 ヒバナとシズクの2人が私の顔を凝視する。

 だが彼女たちが口を開きかけたその時、彼女たちの対面に座っていたコウカがグワッと振り向いた。

 その目には薄っすらと涙が浮かんでいた。


「マスター……これが、これが本物の料理なんですね。わたし、感激しました!」

「いや、絶対違うからっ!」


 感激したというコウカにヒバナのツッコミが炸裂する。

 ――どういうことだ。美味しかったということで本当にいいんだよね?


「どうして~……? 匂いは~……」

「ごめん。ボク、あんまりこれは……」


 あのマイペースで物理的にも精神的にもふわふわとしたノドカが真面目に困惑しているように見える。

 普段からよく食べるダンゴも静かにスプーンを置いた。

 ――ちょっと自信が無くなってきたんだけど。


「不味かった……?」

「え、えと……ま、不味いというか……」

「……いいわ。自分で一度食べてみて」


 言い淀むシズクに代わり、微妙な表情をしたヒバナが私に食事を促す。

 ――見た目よし、香りよしで不味いなんてことないと思うんだけどな。

 私自身も疑問に思いながらもシチューをスプーンで掬い、口に入れた。

 そんな私の料理は――。


「…………ん? んん? 味が……」


 ――味がしなかった。

 いや、ちょっと待ってほしい。

 味付けだってちゃんとした。それにいい匂いだって漂っている。なのに味がない。野菜の甘みだとかも一切なかった。これはおかしくないだろうか。

 ――味覚が駄目になった?

 そう疑問に思いつつ、シズクが出してくれた水を口に含む。……うん、わずかに味覚が刺激される。味が分からなくなったわけではないらしい。


「そうよ……味がないのっ!」


 身体を震わせたヒバナが堪えきれないといった様子で声を荒げる。


「いや、な、なんで!?」

「こっちが聞きたいわよ! というか味見してないのっ!?」


 味が全くしないって聞いたことないんだけど。風味や食感はあるのに味がないという新食感みたいな感じで、少し気持ち悪い。

 原因は全く分からない。こんなことはこれまでに一度としてなかったのだ。

 私は調理実習でも引っ張りだこになるくらい料理が得意だった。慣れすぎていてこれくらいならと味見を怠っていたのは間違いないが、それでもおかしい。

 そもそもあり得ないだろう、味がなくなるなんて。考えられるとしたらやはり、この世界における何かなのだ。


「ぁ……調和の力が働いちゃったとか……?」

「何が調和よ! 打ち消し合ってるじゃないっ!」


 私もあり得ないとは思うが、この世界における何かが変な感じの作用を引き起こしてしまったとしか考えられない。


「調和……」


 シズクは私の言葉を受けて何やら考え込んでいるようだが、私の料理が無味になった理由は分かるのだろうか。


「すぅ……すぅ……」

「…………」


 ノドカの方はというと虚無を感じ過ぎて眠ってしまったようだ。

 アンヤは何も言わずに食べ続けているが、少なくとも楽しそうには見えない。

 ――自信があったのになぁ。

 みんな笑顔で私の料理を食べてくれるはずだったのだ。何が理由なのだとしても、流石に落ち込む。




『優日のお弁当おいしい。こうやって優日の作った愛情たっぷりのご飯を毎日食べられるのなんて――くらいだよね!』

『伯父さんたちの分も作ってるよ?』

『それは別枠だからいーの! ……幸せだなぁ』


 そう、あの子のように笑顔になってくれるはずで――やめよう。

 こんな記憶はもう思い出す必要なんてないじゃないか。




 そんな時だった。ガチャンと椅子が勢いよく引かれてヒバナが立ち上がる。


「……いいわ。あなたに任せておけないなら、私が作る」


 その目には強い意志が見え隠れしている。


「え、えぇ!?」


 いつもは他の人に用意してもらったものを食べていたから、当然ヒバナには料理の経験などないはずだ。

それなのに、なぜかやる気を出してしまったらしい。

 実は興味があったということなのだろうか。


「ユウヒ、食材は余っているんでしょ?」

「まあ、あるけど……」

「だったら、全部出して」


 料理未経験者に任せるのはすごく不安だったのだが、どうにも自信があるみたいだから、こっちまで任せられる気がしてくる。

 ――よし、ヒバナを信じてみようじゃないか。

 でも念のためだ、念のため手を差し伸べておこう。


「だったらヒバナに任せてみようかな。料理の仕方は私が教えてあげるね」

「別にいい。本で読んだことがあるわ。少なくともこれ以上の物は作れるはずよ」


 駄目だ、途端に駄目な雰囲気が漂い出した。無味以上ってハードルが低すぎるよ。




 そうして、ついにヒバナの初めての料理が完成した。


「……ヒバナ姉様……これ……」

「……いい……分かってるから……言わないで……」


 果たして料理と言っていいのか、そう呼ぶこと自体が料理への冒涜ではないかと甚だ疑問の何かが目の前にある。

 ――見た目も、匂いも……うん。

 でも、折角作ってくれたものだから食べないのは失礼にあたるだろう。

 思い切って硬い表面にフォークを突き刺すと、中からドロッとした黄緑色の何かが溢れ出てきた。

 私はそれをゆっくりと口の中に入れて、咀嚼して……。

 外はガチガチ、中はドロドロ。苦味と生臭さが同時に襲ってきて……これは……。


「ごめん……っ。ヒバナっ」

「すみません……これは、わたしでも分かります……ッ」


 全員が顔を青くして口を押えた。さっきの無味料理を黙々と食べていたアンヤもそっとフォークを置いた。


「ひーちゃん……これ、本当にありえないくらい不味いよ」


 ――言っちゃったよ。言わないでって言われていたのに。

 そう、異常なほどに不味い。味のしないこの世界における私の料理以下だった。

 シズクの容赦のない言葉にヒバナは崩れ落ちる。

 だが、すぐにガバッと立ち上がると右手を強く握りしめた。

 俯いているため、表情までは見えないが強い意志を秘めているのは確かだ。


「……たいに……」


 ボソッと何かを呟いた。

 そして、俯いていた顔を上げると全員を見回した。よく見ると目尻に涙が浮かんでいる。


「絶対に……あなたたち全員を唸らせる料理を作ってみせるわ! シズ、あんたにもよ!」


 ビシッと人差し指をシズクへと突き立てた。

 当のシズクはキョトンとした顔で立ち上がったヒバナの顔を眺めていた。


 こうして、この日からあの子の料理研究が始まった。

 私から全調理器具を貰い受けたヒバナは、食材や料理本を買っては1人で練習しているようだ。

 味見役として連行されていくシズクが毎度、微妙な顔で帰ってくるので結果は思わしくないらしい。

 私も何度か声を掛けているのだが、意固地になっているか私の教えを受けるつもりはないようだ。

 でもヒバナ自身はすごくやる気を出して取り組んでいるみたいだから、案外すぐに上達しそうな気もする。

 それが楽しみだった。


 いつか、一緒に料理をしたいものだ。

 それまでに私の無味問題も解決しているといいのにな。


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