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22 聖教竜騎士団

 アーミービーとの戦いは、私が陸地に戻ってからも中々終わる兆しを見せなかった。

 これまでに倒した敵の数はアーミービーだけでも300体以上だろう。


 だが倒しても倒しても迫り続けていた軍勢はある時を境に攻撃を止め、森の中へと引き返していった。

 安くない損害を被ったため、これ以上の攻撃は取り止めたといったところだろうか。


「はぁぁ、やっと終わったぁ!」

「近くからは魔物の声も聞こえてきません。全てアーミービーが倒してくれたんでしょうか」


 その場に座り込んだダンゴに倣い、私も地面に腰を下ろした。

 魔力は残り10分の1近くとなっていた。さすがに消耗し過ぎである。

 こんな戦いはそう何度も続けたくはないものだ。


「みんな、お疲れさま。魔力の残りが少し心配だから、ここで――」

「待ってください!」


 ここで少し魔力を回復させてから帰ろう、と提案しようとしたらコウカが大きな声でこちらの声に被せてきた。

 私を含む全員の視線が彼女へと集中する。


「……アーミービーです。戻ってきています」

「ちょっと、噓でしょ!? ……撤退して態勢を整えただけってこと?」


 絶望的な報告にヒバナが驚愕の声を上げる。彼女を含め、何人かの顔も青ざめていた。

 だが重要なのはその規模だ。


「ノドカ、数は分かる?」

「……う~ん、さっきと~……いえ~さっき以上~……?」


 最悪だった。援軍を引き連れて戻ってきたのだ。それだけ本気ということなのだろうか。

 重苦しい雰囲気に包まれる中、突如としてヒバナが立ち上がる。

 その顔は覚悟を決めたものだった。


「森に火をつけるわ」

「ちょっ、でもそれは……!」


 どんな状況であってもそれだけは良くないだろう。その行為がどれだけの人々にとって迷惑になるかは想像したくない。

 ヒバナの腕を掴み、やめてほしいと訴えかけても彼女の表情は変わらない。


「ここで終わりたくない。そうでしょ?」

「……でも、そんな人に迷惑を掛けること……」

「死んだら何もかも終わりなの! 生き残るためなら、他人の迷惑なんて二の次よ!」


 彼女の腕を掴んでいた手を振り解かれる。

 私には、これ以上彼女を止めようとは思えなかった。

 ――だって彼女の言う通りなのだ。死んでしまったら、やってきたこともこれまで生きてきたことも……何もかもが無意味になってしまうのだから。


「お姉さま~、何か――」


 ノドカが何かを言おうとした――その時だった。

 突如、どこかから鳴り響いてきた動物の甲高い鳴き声が辺り一帯に響き渡ったのだ。


 ヒバナの手も止まり、全員でその鳴き声の発信源を探ろうとする。


「鳥……?」

「いえ、あれは――飛竜です!」


 コウカの見上げた先を目で追うと、そこに居たのは秩序立った並びで飛ぶ飛竜の群れだった。

 ――いや、違う。


「竜騎士……!?」


 飛竜たちは編隊を組んで飛んでいる。それに、飛竜の背中には鎧に身を包んだ人が乗っていることも確認できた。

 彼らはしばらく上空を旋回した後、この場所にまっすぐ降りてくるような動きを見せていた。

 だがそれと同時に森の中からアーミービーまで現れてしまったため、みんなが慌てて迎撃しようとしたその時、上空の飛竜から吐き出された炎によってアーミービーと私たちの間に炎の壁が出来上がる。


 そして空に数体を残し、私たちのすぐそばに数体の飛竜が降りてきた。

 真っ先に地上へ降り立った飛竜の上に乗っている竜騎士が飛竜に乗ったまま、私の方へまっすぐ顔を向けてくる。

 全身を鎧で包み、顔も冑で隠してしまっているため、私を見ているのかどうかまでは分からないのだが。


「ミンネ聖教竜騎士団所属、カーティス・レイベルクです。ユウヒ・アリアケ様ですね。お迎えに上がりました」

「聖教国の……!? どうしてここに?」


 若い男性の声だった。騎士の正体はミンネ聖教国の騎士団に所属する男性。

 彼は一瞬だけ森に顔を向けると、こちらに左手をまっすぐ差し出してくる。


「疑問に思われるかもしれませんが、そのお話は空の上で致しましょう。さあ」


 聞きたいことはあるが、撤退できるというのなら断る理由はない。

 鎧に付いているエンブレムも聖教騎士団のものだった。どうしてここにいるのかは分からないが、迎えに来てくれたというのは嘘ではないらしい。

 私がカーティスさんの手を取ると、彼は私を勢いよく飛竜の背中へ引き上げてくれる。


「マスター!?」

「みんなも乗せてもらって。それでアンヤはこっちに。いいですよね?」


 流石に飛竜に乗せてもらっても良いのが私だけなんてことはないはずだ。

 当然のようにカーティスさんは私の問いに首肯した。

 シズクからアンヤを受け取り、渋っている彼女とヒバナを急かす。人に慣れてきたとはいえ、やはり赤の他人との接触には忌避感があるらしい。

 それでもアーミービーと天秤に掛けた結果、飛竜に乗って逃げることを選んでくれたようだ。


「アリアケ様、しっかり掴まっていてくださいね。……行くぞ。総員、飛び立て!」


 飛竜が羽ばたき、地上がみるみるうちに遠ざかっていく。

 流石に怖かったので、しっかりと掴まっておくことは忘れない。これでは空からの景色を楽しむ余裕はないだろう。

 そして私とアンヤの乗った飛竜は編隊の先頭を飛んでいる。もしかしてリーダー格なのだろうか。


 それはさておき、こうして私たちは無事にクリュスタルス山脈を離れ、オニュクスの街へと戻っていく。

 街に戻るのは良いが、連邦軍のエルネスト・カーロ将軍と揉め事を起こしていることだけが心配だった。


「あの、話を聞いても大丈夫ですか?」


 話の続きは空の上で、ということだったので少し話を聞きたいと思ったのだが集中していると悪いので確認は取っておく。


「ええ、問題ありませんよ。何故私たちがここにいるのか、というお話でしたね」


 カーティスさん曰く、彼らの隊は別の任務でこの国に派遣されてきたらしい。

 そしてそこでの任務が無事終わり、ミンネ聖教国に帰還しようとした際にスタンピードの報を聞き、援軍としてオニュクスの街を守るために駆けつけてくれたのだとか。

 彼はスタンピードが一段落した際にオニュクスの街の神官やカーロ将軍とも話をし、私たちがクリュスタルス山脈に突入したことを知った。

 私が持つ力と精霊でもあるコウカたちは聖教国にとっての重要人物だ。保護をしようとクリュスタルス山脈の中を飛び回って探してくれたらしい。


「じゃあ、無事にスタンピードも終わったんですね」

「はい。ある時を境に魔物の勢いが弱まり、それを好機と見たカーロ将軍が攻勢に転じるように指示を出しました。その結果、クリュスタルス山脈の麓の森まで魔物を押し返すことに成功したのです」


 ホッと嘆息する。どうやら無事に街は守り切れたらしい。

 魔物の勢いが弱まったことと魔素鎮めを始めたことが因果関係にあるかは正確には分からないが、上手くできたのだと信じたい。

 そうなると残った心配事はあと1つだけだ。

 ミンネ聖教団に迷惑を掛けたのだ。彼にもここでちゃんと謝っておいた方が良いだろう。


「……すみません、カーティスさん。実はカーロ将軍とのことで――」


 私は、魔泉の乱れを治めるために聖教団から貰った手形を使ってまでカーロ将軍に直談判したこと。

 そして私の持つ力を明かしたが受け入れられず、危うく拘束されそうになったが強引に振り切り、クリュスタルス山脈まで向かったことを正直に語った。

 将軍との話し合いは、私と彼どちらもが街の人々を守るための方法を考えていたということも忘れずに付け加えて。


「大丈夫ですよ、アリアケ様。カーロ将軍はもうあなたを拘束しようなどと考えていません」


 懺悔にも近い告白をカーティスさんは黙って聞いていてくれたが、私が話し終わるとあっけらかんとした口調で話し始めた。


「聖教騎士としてそんなことはさせない……ということは置いておいて、あの方はあなたが作戦における不穏な要素となることを懸念していただけです。作戦が無事終わった今、それをどうこう言うつもりはないはずです」


 本当に今回の件を重く捉えてはいないらしい。ならひとまずは安心といったところだろうか。

 彼の話はまだ続く。


「それに(とど)まる勢いを知らないはずの魔物たちが急激に数を減らしたのです。そんな光景は普通ならあり得ない。私もアリアケ様の持つ御力については聞き及んでいます。長く戦場に立っている者ほど、あの戦いには違和感を覚えたはずです。ましてや、カーロ将軍は数十年戦場に立ち続けている方だ。アリアケ様のお話を聞いた後でそんな光景を目にしてしまえば、その2つの結びつきは疑いようがないものになる」


 それは流石に言い過ぎな気がするが、カーロ将軍も少しは私たちの力を信じてくれたのだろうか。

 もしそうなら、もう一度あの人とは話をしたいものだ。

 目指す方向が同じだったのに、すれ違ったままで終わってしまうのは悲しいことだから。




 飛竜の空を飛ぶスピードは速い。ものの数十分ほどでクリュスタルス山脈からオニュクスの街の上空まで戻ってきた。

 こんな高所から下を見るのは怖いが、どうしても地上が見たくなった。

 目下に広がるのは西日に照らされた人々が生活を営む街。クリュスタルス山脈の方を辿っていけば、戦闘の跡がありありと見える。

 今は冒険者と連邦軍が協力して魔物の後処理をしているところか。


 私は皆を守ることができたらしい。




    ◇




 翌朝、疲労困憊の私たちの元へカーティスさんが訪ねてきた。

 昨日、飛竜から降ろしてもらった後にその素顔を見せてもらったのだが声から予想していた通り、金髪碧眼の若い男性だった。年齢を聞いてみると26歳だと教えてくれた。

 彼の同期兼部下の1人が教えてくれたが、若くして竜騎士団の隊1つを任せられるほどのエリートらしい。次期竜騎士団長の最有力候補だとも。

 以前は別の人物が次期竜騎士団長だと目されていたのだが、自らの愛竜を戦いで失い、引退してしまったのだとか。


「こんな朝早くに、申し訳ありません。我が隊が今日この街を発つため、そのご挨拶に参りました」


 昨日戦いがあったはずなのに、もうミンネ聖教国へと戻ってしまうそうだ。

 律儀なもので、本当に挨拶に来ただけだったらしい。一言、二言だけ言葉を交わすと彼はすぐに立ち去ってしまった。


 扉を閉め、部屋の中に向き直るとまだ眠っているみんなの姿が見える。

 身体的にはとことん強いスライムだが、精神的には人並みである。

 昨日はずっと気を張って頑張ってくれていたのだ。みんなにはゆっくりと休んでほしい。

 私も疲れが残っていたため、もう一度眠ることにした。

 ――もしかしたら、カーティスさんはみんなに気を遣ってくれたのだろうか。




 そうして昨日は結局、一日中部屋の中でゴロゴロとした時間を過ごしていた。そのおかげで身体の状態も魔力の状態だってバッチリだ。

 このまま次の街に向かってもよかったのだが、先にクリュスタルス山脈で回収していた魔物の素材を売ってしまうことにした。

 私が魔素鎮めを行っていた間に倒した魔物は、足の踏み場を確保するためにその都度みんなの《ストレージ》に入れてくれていたようだ。

 それでも損傷の激しい死体はそのまま置いてきたらしい。

 それらに加えて、今回は水龍の素材だってある。

 龍種は非常に高価で買い取ってもらえるらしいので、意気揚々と冒険者ギルドへ向かおうと宿屋を出ると連邦軍の兵士が待っていた。


 何を隠そう、その兵士とは駐屯地で案内をしてくれたグラート少尉である。

 彼は私を拘束しようとし、コウカが剣を向けた相手でもあった。街に戻ってきた後も何事もなかったのでお咎めなしということらしいが、個人的には非常に気まずい。

 取り敢えず平謝りすると、彼は苦笑いしながらも許してくれた。

 どうやら今日はカーロ将軍が私に会いたいと思っている旨を伝えに来てくれたらしい。

 私もあの人には会いたいと思っていたので丁度いい。予定を変更してグラート少尉に連れられる形で連邦軍の駐屯地へと向かうことにした。




「急に呼び立ててすまないな、ユウヒ・アリアケ嬢」

「いえ、私もお会いしたいと思っていましたから」


 作戦が終わり、どこかピリピリとした雰囲気が無くなっている。2度目の会合はそれほど緊張せずに臨めた。

 今回、部屋の中には私たちとグラート少尉のほかにコウカも同席している。といっても、彼女は自分から話す気もないようだが。

 まずは拘束されそうになったことをカーロ将軍から謝罪された。

 だが将軍の街を守ろうとした想いと作戦が終われば解放してくれようとしていたことを知っている私は、気にしていないことを伝える。


「昨日、クリュスタルス山脈の調査をした。魔泉の乱れは収まり、魔物の数はほぼ正常な値へと戻っていたそうだ」


 話しながら、将軍は窓の外に見えるクリュスタルス山脈と未だ戦いの傷跡が残る戦場跡のある方向へと目を向けた。


「あり得ないことだ。近年観測されている異常が起こった魔泉が正常な状態に戻ったという報告はひとつもなかったのだ。軍は原因究明に躍起になるだろうな」


 彼は窓から目を離し、私の目を見つめてくる。


「だが情報を掘り起こしてみると、1ヶ月ほど前から数件程度だが小さな魔泉で異常が収まったという報告を見つけた。偶々そう見えただけだろうと検証もされずに棄却された情報だったが、私にはそうは思えなかった」


 1ヶ月前……私がこの国で活動を始めてから少し経った頃だ。

 この国の軍隊にも魔泉の乱れが収まった情報は届いていたが、どうやら誤情報だと思われていたらしい。


「ミンネ聖教国からこの街まで、まるで1本の線を結ぶようにしてその報告は上がってきている。そして、その情報と同時に異変が収まった街ではある冒険者の噂が流れていたのだ。君のことだ、ユウヒ嬢」


 噂……私についての噂で思い浮かぶのはただひとつだけだ。


「“スライムマスター”ユウヒ。人化したスライムを従魔とし、Cランク冒険者でありながらも、Bランク以上に相当する魔物を討伐した経験もあることからその実力は未知数。報酬に拘わらず様々な依頼をこなしてくれるため、冒険者ギルドとしては非常に有用な冒険者」


 将軍は私の噂について語り出した。

 私はどうやら、冒険者ギルドにとって便利屋のような印象を持たれているらしい。

 それだけギルドが私のことを頼ってくれることになるので、それ自体は悪いことではないだろう。


「そして、君がやってきたこの街でも発生していた魔泉の乱れが治まった。軍が直接確認したものだ。もはや私の中において、それは眉唾物の話ではなくなった」


 将軍は私の力を信じてくれたのだ。だったらもう一度、私も話をしなければならないだろう。

 私の旅の目的を可能な限りこの人に話す。それが私を信じてくれた彼に対する誠意でもある。


「……私の話を聞いてもらえますか?」


 私は邪神や女神ミネティーナ様のことは伏せて、魔泉の乱れを治めるために旅をしていることを話した。これから様々な場所を巡って同じようなことをしていくことも。

 私の話を聞いている間、将軍はずっと神妙な面持ちを浮かべていた。

 そして話し終えた時、将軍は1つ頷くとゆっくりと口を開く。


「そうか……君は世界を照らす希望そのものなのだな。君の力、知れば誰もが救いを求めるだろう。だが、その輝きは1つの国に縛り付けてはならないものだ。だから、ここで聞いたことは私という個人とグラート少尉の胸の内に秘めておこう。軍人としては、間違っているのかもしれないがね」


 魔泉の乱れを治める力は、きっと誰もが追い焦がれてしまう力。知ってしまえば、国の安定のために囲い込もうとするだろう。

 だが将軍はゲオルギア連邦だけではなく世界全体の安寧を願った。だから、私の力のことは広めないことを約束してくれたのだ。

 それは、軍人としてではなくエルネスト・カーロという個人との約束だった。


「とはいえ、君は私がそんなことをしなくとも別のことで目立ってしまいそうだ」


 彼が笑いながら発した最後の言葉の意図はよく分からなかったが、信じてくれた将軍の気持ちに応えるためにも魔素鎮めを頑張っていこうと思う。


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