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21 羽音の軍勢

 ◇ :一人称視点への切替or場面転換(一人称継続)

◇◇◇:三人称視点への切替or場面転換(三人称継続)




    ◇◇◇




 森から湖へと迫ってくる魔物たちとの戦いはもう何度も繰り返されていた。

 魔物の軍勢には恐らく終わりというものはなく、ユウヒとノドカが魔素鎮めを終わらせるまで続くのだろう。


「まだ終わらないの? まさか眠っていないわよね」

「そ、それは流石にないんじゃないかな。魔泉が広いせいで時間が掛かっているだけだよ」


 シズクが思わずといった様子で湖の中心へと振り返る。

 彼女のいる位置からでは魔素鎮めを執り行っている2人の表情を正確に読み取ることができなかったが、集中しているせいで微動だにしていないため、却って心配になってしまったようだ。


(それにしても、アンヤの影も効き目が薄くなってきたわね)


 ヒバナは戦闘が始まった当初から微動だにせずに影を操り続けているアンヤを見遣る。

 これで時折、前線の魔物たちにも牽制として武器の形をした影を飛ばすことで攪乱しているのだから、働きようとしては文句のないものだった。

 だが森の中で魔物たちを誘き寄せる囮としての影の効き目が薄くなってきたのか、森から出てくる魔物の量は少しずつ増加していた。

 最初に防衛線として定めた場所では、コウカとダンゴが忙しなく動き回って魔物たちの勢いを何とか抑えている。

 そこにヒバナとシズクも積極的に攻撃を加えているので、何とか防衛線を維持することはできていた。

 しかしそれも、魔物の数が増えると崩壊してしまう可能性が高い。


「いざという時は、森に火をつけるわ」

「えぇっ!? ひーちゃん、本気?」

「魔物に押しつぶされるくらいなら、木の千や万くらい燃やすわよ」


 大規模な森林火災、山火事になることは必至で1万本でも収まらないだろうが最早ヒバナの覚悟は決まっていた。


「それにどうせ帰ったら軍から追われるんでしょうし、今さら森を燃やすくらいなんてことないわ」

「あ、そっか……あたしたち逃げてきちゃったんだもんね……」


 2人はそっくりな顔にげんなりとした表情を浮かべると、前線組のために魔法を放った。


 一方、前線ではオーガを切り伏せたコウカが足を止めて森を見つめていた。


「ダンゴ、何か聞こえませんか?」

「えっ? ボクにはずっと魔物の声が聞こえてるけど!?」


 防衛線付近は魔物の雄叫びや断末魔のせいで非常にうるさく、お互いの声も通りづらい。加えて、森の中からも同様に魔物の声が響いてくる。

 すぐに攻撃を再開したコウカが、ダンゴが抑えていたオーガの身体に剣を突き立てた。


「違います。何か……そう、羽音です」

「羽音? おっとっと」


 ダンゴが自身の背後から降り下ろされた拳を受け止め、逆に押し返す。


「羽の音なんか聞こえないよ?」

「もっと耳を澄ませてみてください」

「そんな余裕があったら……ね!」


 盾で受け止めたオーガの腕を掴み、力尽くで放り投げながらダンゴは言葉を返した。

 その直後、放り投げられて地面に倒れ込んだオーガが飛んできた火弾によって焼き尽くされる。

 ダンゴはもがき苦しむオーガから興味をなくしたかのように視線を逸らすと、続々と迫りくる魔物へと視線を向けた。


 一方、新たにオーガに止めを刺したコウカの周りには3体のオーガが集まり、彼女を取り囲むように動いている。

 彼女は迷わずにオーガのうちの1体に肉薄すると、胸の辺りに剣を突き立てようとする。

 当然のようにオーガが身を捩りながらその突きを避けようとするが、避けるために体を動かそうとした先に1本の黒い剣が飛来してきたため、オーガは身動きが取れなくなったしまった。

 そしてそれを好機と見たコウカがオーガの1体に再度肉薄した瞬間、そこをカバーしようと動いていた残りの2体は足元に浸水してきた水に足を掬われ、態勢を崩してしまっていた。

 コウカは最初に狙っていたオーガに剣を突き立てるとすぐさま反転し、態勢を崩した2体のオーガの首を刎ねる。


 その後もしばらくの間、オーガと戦い続けていたコウカたちであったが、大きな足音が森の中から響いてきたことで視線をそちらへと向けた。


「あれは……!」


 その存在を見て、コウカは目を見開く。

 森の中から出てきたのはオーガをそのまま大きくしたかのような約3メートルもの巨体を誇る魔物だったのだ。


「オーガジェネラル……!」

「姉様、知ってるの!?」


 かつてコウカが戦ったことのある魔物だった。

 ユウヒと出会ってすぐの頃に戦った相手で、先ほど水龍を倒したものと同じ技を使わなければ勝てなかった相手だ。

 体の色が黒色ではなく普通のオーガと同じ茶色で瞳の色も違うなど、その時とは幾つか違う点も見られるがその巨体を彼女が見間違うはずもなかった。

 当時は1段階目の進化を果たしたばかりだったとはいえギリギリの戦いの末、倒せた相手だ。

 無意識のうちにコウカの剣を握る手にグッと力がこもる。

 だが――。


「えっ……?」


 森の中から1歩を踏み出そうとしたオーガジェネラルの身体がゆっくりと膝を突き、大きな音を立てながら崩れ落ちてしまったのだ。

 思わず茫然としてしまったコウカだが、手を止めたのは彼女だけではなかった。

 周囲にいたオーガたちも突然、自分たちの指揮官であるオーガジェネラルが倒れたことに動揺しているような動きをする。


 そんな足の止まったオーガにダンゴが思い切り盾を叩きつけた。

 続いて、ヒバナとシズクの魔法が殺到するとオーガたちは揃ってコウカたちから距離を取った。


「下がっていく……?」

「オーガジェネラルが倒れたからだと思います」


 相手が退いてくれるのなら追撃の必要はないと、距離を取るオーガを睨みつけながら自分たちも防衛線まで戻っていくコウカとダンゴ。

 2人は後衛組である3人の安全を確認した後、警戒態勢へと戻る。

 どうやらオーガたちは森の中まで撤退するつもりらしい。

 相変わらず森の中からは多くの魔物の声が聞こえてくるが、彼女たちも少しだけ気を休めることができた。


「そうだ、コウカ姉様。さっき羽音がどうとか言ってたよね? あれってなんだったの?」

「今もですよ。魔物たちの声のほかに……アーミービーの羽音が聞こえています」


 そう言われて、ダンゴは森の中から聞こえてくる音に意識を集中させた。

 すると、彼女も魔物たちの声の他に僅かにアーミービーと戦った時に聞いた羽音のようなものが混じっていることに気が付いた。


「アーミービーが森の中の魔物を襲ってる?」

「かもしれません。そのまま倒してくれること自体はありがたいのですが、もし……アーミービーが森を抜けて来るようなことがあったら……」


 ダンゴが息を呑む。アーミービーという魔物の持つ危険性に気が付いてしまったからだ。

 アーミービーは翅を持ち、飛行が可能な魔物だ。

 もしもコウカたちの築いた防衛線を突破してしまえば、湖の中心で魔素鎮めを行っている最中のユウヒたちに危険が生じる可能性が出てくる。

 そして少しずつ森の中から魔物の声が少なくなっていくとともに、その羽音が近付いてくることが分かる。

 コウカとダンゴはそれぞれの得物を構えて、迫り来る新たな敵との戦いに備えた。


「姉様たち! 次はアーミービーが来るよ!」


 ダンゴが後方のヒバナたちに注意を促す。

 気を休めていた2人もその言葉に杖を構え直した。


「……来た!」


 木々の間からアーミービーが続々と出現し、コウカたちを目掛けて突撃してくる。

 この場所に来るまでに戦った経験のある魔物だが、今回は敵の数が違いすぎた。

 10どころか100を優に超えるアーミービーが押し寄せて来ているのだ。

 いくらアーミービーの持つ毒がスライムたちには効果がないとはいえ、彼らの持つ大きな針が体に刺さるだけでもダメージとなる。

 それに接近されてしまえば、牙による攻撃も警戒しなければならない。相手の数が多いとそれだけ迎え撃てずに接近を許してしまいがちになる。

 一体一体はそれほど脅威ではなくとも、数が多いだけで脅威となり得るのだ。


(多い……もしこれが、1体でもマスターの所に向かってしまえば……)


 足先から全身が凍えていくような錯覚がコウカを襲う。


「コウカ姉様?」


 彼女は浅い呼吸を繰り返す。

 1つの考えに囚われた耳にはもうダンゴの言葉は届いていなかった。


 そしてコウカが迫りくる敵を殲滅せんと足に力を込めた――その時だった。

 大きな火弾がコウカの頭上を駆け抜け、アーミービーの軍勢の中心で幾つもの火花をまき散らす。

 強烈な熱と光は僅かにではあるが、確実にコウカの理性を取り戻させていた。


「1人で行っちゃダメ! あいつらを1体も通さないために全員で力を合わせるの!」


 コウカたちの後方10メートルほどの位置にヒバナが駆け込んでくる。

 アンヤを拾い上げていたために遅れたシズクもその隣に並んだ。


「あ、あたしとひーちゃんで倒しきれなかった相手をお願い!」

「いいわね?」


 言い終わるや否や、2人は同時に魔法を放つ。

 それを呆けた表情で見ていたコウカだが、正面を見つめて剣を構え直すと力強く頷いた。


「はい、全員でここを守り切りましょう!」

「ヒバナ姉様とシズク姉様は攻撃に集中して! あの毒針はボクが防ぐよ!」


 ダンゴが飛来してきた毒針の射線上に躍り出て、それらを大盾で弾く。

 飛来してくる毒針に対処しながらアーミービーの軍勢を相手取っていたヒバナたちは毒針を気にする必要が無くなり、攻撃に全魔法を集中させることができるようになった。


「こいつら、速い!」


 それでも、素早い動きで魔法を掻い潜って迫ってこようとするアーミービーもいた。

 だがそれらは飛び込んできたコウカによって、近付いてくる前に切り捨てられることになる。

 コウカは魔法を避けた敵を切るために接近しつつも、他のアーミービーへの射線には被らないように立ち回り続けていた


 こうして森から飛び出てくるアーミービーを防衛線の前で食い止めることには成功しているが、アーミービーの軍勢は止まる様子を知らなかった。


「アンヤの影は効いてないの!?」

「う、動かしてくれてはいるみたいだけど……む、虫だからかもっ」


 アンヤは変わらず人型の影を森の中で動かし続けて囮としているのだが、獣型の魔物と虫型の魔物の知覚機能は大きく違う。

 そのせいで、人型の影が偽物であると察知されている可能性が高かった。


「アンヤ、もう影はいいわ。後は私たちでやるから」

「アンヤちゃん、お疲れ様。ゆっくり……はできないかもだけど、休んでてね」




    ◇




 魔素鎮めを始めてから、どれくらいの時間が経過しただろうか。

 少しずつ魔泉の乱れが収まっていることは分かる。ノドカも集中して精霊の力を使ってくれているようだが、それでも終わらないくらいにクリュスタルス山脈の魔泉は広かった。

 ずっと遠くでコウカたちの戦っている音が聞こえてくる。

 みんな、水龍を倒した後なのにずっと戦って疲れているに違いない。そして、みんなに任せきりで一緒に戦えないのがもどかしい。

 集中を切らさないために目を瞑ったはずなのに、みんなの様子を見ることができなくて却って気になってしまう。


「お姉さま~、魔力が乱れてる~」

「……ごめん」


 コウカたちを気に掛けるあまり、ノドカの精霊の力を増幅させていた私の魔力が乱れていたようだ。これでは魔素鎮めが終わるまでに余計な時間が掛かってしまう。

 自分の魔力が乱れないように集中しようとするが、焦ってしまうせいで逆に乱れてしまう始末だ。


「コウカお姉さまたちは~強いから~……絶対に~大丈夫ですよ~」

「……うん」


 ノドカにギュッと抱きしめられた。彼女の体温を全身で感じる。

 まだ不安は残っているが、だいぶ気持ちも軽くなってきた。

 ノドカにお礼を言って抱きしめる力を緩めてもらおうとしたのだが、拒否されてしまったのでそのままの態勢で魔素鎮めを続けることになった。


 そこからは少しずつペースを取り戻していき、遂には魔泉の乱れが収めることができた。

 溢れ出す魔力が正常まで戻ったことを感覚が捉える。


「はぁ、終わった……」

「う~、もう何日も~働いた気分~……」


 ノドカが眠そうに首を揺らしている。

 寝させてあげたいのは山々だが、今はコウカたちの元へ連れて行ってもらわなければならない。

 ここから見る限り、コウカたちはアーミービーの大群と戦っているようだ。

 持ち堪えることはできているが、森の中からはアーミービーが途切れることなく現れている。このままでは、撤退することもできないだろう。

 ――上手く撤退するための手段があればいいんだけど……。

 魔泉の乱れが収まったからといって、今いる魔物たちが消えるわけではない。

 時間が経つか、倒しさえすれば正常な数に戻るだろうが、現状では相手にするほかない

 

「取り敢えず、みんなと合流してアーミービーの対処をしよう」




 そうしてノドカに運ばれ、無事にみんなのいる陸地まで戻ってくることができた。

 それにしても、やはり凄惨な光景である。まさに死屍累々といった感じで様々な魔物の死体が散らばり、地面一帯を占領していたのだ。

 同時にそれはみんなが頑張ってくれた証でもあった。


「みんな、終わったよ!」

「主様!」


 私が声を掛けると、アーミービーの毒針を盾と魔法を併用して防いでいたダンゴの表情がパァっと明るくなる。

 予断を許さない状況ではあるものの、ダンゴ以外のみんなの表情も少し和らいでいた。

 見たところ、ヒバナとシズクが主な攻撃役でコウカとダンゴがその補助を行っているようだ。みんな、協力しあいながら戦っていたらしい。

 唯一アンヤは現状、何もしていないようだが、影魔法の扱いは難しいので仕方のない部分はあるのだろう。

 ノドカも帰ってきた瞬間に半分眠りながらも風の結界を使い、防御を固めてくれている。これで少し戦いが楽になるに違いない。


 この状況を突破するために私ができることといえば、攻撃の要であるヒバナとシズクの魔法を調和の魔力で強化することくらいか。

 連戦が続いたうえに魔素鎮めを行ったため、残りの魔力は最大時の5分の1くらいである。

 不安は残るが、やるしかない。魔素鎮めを終わらせても、生きて帰れなければ意味がないのだから。


「ユウヒ、魔力は大丈夫なの?」


 ヒバナとシズクに魔力を調和させると、2人が揃って心配そうな表情を浮かべる。

 それでも彼女たちは攻撃の手を緩めない。


「あと5分の1くらい。少し不安だけど、アーミービーを相手にする分は十分残ってるよ」

「む、無理なら言ってね。ひーちゃんが森を焼いてくれるから」


 嘘をつく必要はないので、正直に答えた。

 それに返ってきたシズクの返答が物騒なものだったが、できればそうならないことを祈るばかりである。

 せっかく魔泉の乱れが収まったのに、大火事が起こるなんて御免だった。


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