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20 押し寄せる魔勢

 ◇ :一人称視点への切替or場面転換(一人称継続)

◇◇◇:三人称視点への切替or場面転換(三人称継続)

 水龍の身体がゆっくりと傾き、垂れ流される血が湖を赤く染めていく。

 そして水底へと沈みゆく水龍のすぐ側の水面からは血に塗れたコウカが顔を出していた。

 ――どうやら、コウカが上手くやってくれたらしい。

 終わったと思うとドッと疲れが押し寄せてきて、立っているのも億劫になった私はその場に座り込んだ。


「終わったの~?」

「いつまで待たせるのよ、もう……」


 みんなも疲れ果ててしまったのか、その場から動こうとはしない。

 後はコウカを待って、魔素鎮めを終わらせるだけだ。でも、少しくらい休んでもいいだろう。


「……ダンゴ?」


 ふと佇んでいるダンゴの姿が気になった。

 彼女は何も言わずにずっと水龍が沈んでいく光景を眺めている。


「主様、ボク……もっと強くなるね」


 そう言って振り返った彼女は声の調子の割には笑顔だった。

 この子に何があったのかは分からないが、それほど深刻でもなさそうだから私も無理に聞き出すことはしなかった。




「泳ぐのは初めてでしたが、なんとかなりました」

「おかえり、コウカ。水に頭から落ちていった時はさすがに肝が冷えたよ」


 泳いで帰ってきたコウカの手を取り、引き上げる。

 水龍は帰ってくる途中、コウカの《ストレージ》の中に入れてきたらしい。龍種なので、売れば結構な値段になりそうである。

 あと、さっきの攻撃でまた剣が1本折れてしまったのだとか。最近のコウカは剣をよく壊す。本格的に武器の質を見直さなければならないだろう。

 まだ数本は剣のストックがあるはずなのでしばらくは大丈夫だとは思うが、対処方法はしっかりと考えておかなければならない。


 ――それにしても、臭う。


「……コウカ姉様……臭いよ」

「酷い臭いよ。シズ、洗ってあげて」


 あの子たちから掛けられた言葉にコウカがひどくショックを受けている。

 あまりこういったことに疎い気がある彼女でも、臭いと言われるのは堪えるものらしい。

 湖の中に入り、水龍の血も浴びたコウカからは色々と混ざった異臭が漂っている。

 今回の功労者の1人に酷い対応だとは思うが、正直なところシズクが生成する綺麗な水でしっかりと汚れを落とすまでは、あまり近付かないでいてもらいたかった。


「あ~、まずいかも~……?」


 コウカが汚れを落としている間に休憩していると、ノドカが不意にそんなことを呟いた。


「まずいって何がまずいの?」

「あっちの方の魔物さんが~……戻ってきてます~……」

「あ、そっか……水龍を倒したから……」


 ノドカは私たちが元来た方角を指さしていた。

 そう、元々湖の周りにいた魔物たちは水龍がいるせいで山の向こう側へと追いやられていたのだ。

 だから水龍が消えてしまえば当然、戻ってこようとする。

 ――こうしてはいられない。

 魔素鎮めだってまだ終わっていないのだ。早急に執り行う必要があるだろう。


「水の中の脅威が消えたんだから、ユウヒとノドカだけで湖の中心まで行ってくるのが早いんじゃないの」

「ボクたちはその間、持ちこたえればいいんだよね?」


 たしかに……下手に地上から魔素鎮めを執り行うよりも水の上にいた方が安全か。


「わかった。しばらくの間、ここをお願い。ノドカ、早速向かうよ。早く終わらせないと、無限に魔物が寄ってきそうだからね」


 私はみんなにこの場を任せ、ノドカと一緒に魔素鎮めへと向かうことにした。




    ◇◇◇




 ユウヒとの会話を終えたヒバナは、その足で髪の毛を洗っているコウカと彼女に水を提供してあげているシズクの近くまで歩いていった。


「シズ、コウカねぇ。汚れを落とすのはもういいわ」

「何かありましたか?」


 シズクとコウカの視線がヒバナへと集まる。

 髪の毛を洗っていた手を止めたコウカは首を傾げていた。


「魔物が寄ってきているの。ユウヒとノドカで急遽、魔素鎮めをやることになったわ。それで私たちは魔物の迎撃。アンヤも今回は私たちと一緒よ」

「わかりました。……あ、待ってください。せめて着替えさせてください」

「……早くしてよ」


 誰が見ているかも分からない屋外で堂々と服を脱ぎ始めたコウカからヒバナは視線を逸らし、踵を返す。

 シズクは役目が終わったと言わんばかりに元来た道を引き返していくヒバナへと付いていった。




「じゃあ~、行ってきます~」


 ノドカとユウヒが飛び立ち、ふわふわと水面上を移動していく。

 それを見送るコウカは意外なことにそれほど心配してもいないようだった。

 水龍が既に倒されていて、直接的な脅威がユウヒとノドカを襲う可能性が限りなく低いことが彼女をそうさせている主な要因だ。

 水龍を倒した今、水中から襲われる心配はないのでコウカたちは魔素鎮め役の2人が魔物に狙われないように時間稼ぎをしておくだけでいい。


 湖の中心へ向かう2人を見送った残りのメンバーたちは接敵するまでの間に作戦会議を行う。


「マスターの魔力が心配ですね。さっきの戦いでの消耗は決して小さいものではなかったはずです」

「でも、出し惜しみをしていると押し負けるわ。相手は元々魔泉の中心にいるような魔物だもの。龍種よりも劣るとはいえ、それなりに強い種族が集まってくるはずよ」


 あくまで、コウカはユウヒをひどく心配している。だがヒバナとしては出し惜しみをするつもりはないらしい。

 それぞれが意見を出し合いつつ、戦いの方針を決めていく。

 限られた僅かな時間の中だが、冷静さを保ったまま話し合いは続いていった。


「それなら、アンヤの魔法で魔物を散らしてしまうのはどうかな?」


 ダンゴがノドカから預けられたアンヤを顔と同じ高さまで掲げた。


「あ、そ、そうだね。いい考えかも……で、でも、さっきみたいな効果はないと思う……」


 しかしその案も、アンヤの影が囮として最大限機能するのはノドカの魔法と組み合わせたときであることがネックだった。


「それでも、ないよりかは断然マシね。アンヤには魔物を攪乱していてもらって、それでも近寄ってくる魔物だけを相手取りましょう」


 決まったとばかりにヒバナが手をパンパンと叩く。

 さらにコウカに念を押しておくことも忘れない。ヒバナがコウカにジトっと視線を送る。


「……言っておくけど、勝手に突撃していったりしないでよ?」

「ヒバナはわたしを野生動物か何かだと思っているんですか……?」

「何度も前科があるから言ってるの!」


 コウカの暴走癖に何度も手を煩わされてきたヒバナとしては、突撃していかないこの姉はもはや姉ではなかった。それくらい、コウカと言えば後先見ない突撃だと印象付けられている。

 特にユウヒが関わってくるとその癖が顕著に表れるのだ。


「しません。約束します」

「いい? 絶対よ」

「はい、絶対です」


 何度も確認を取ってくるヒバナにコウカは辟易することなく、真面目に言葉を返していく。

 ようやく信じられたのか、フンッと鼻を鳴らしてヒバナは追及をやめた。


「姉様たち、何だかんだで仲良しだよね」

「ひ、ひーちゃんっていつもみんなのことを気に掛けてるから……」


 そんな彼女たちのやり取りをやれやれといった様子で見守っていたのは、ダンゴとシズクだった。


「聞こえているわよ、シズ。ダンゴとそれにアンヤにも、変なこと吹き込まないで」


 囁き合うような声だったが、ヒバナは己の片割れの言葉を耳聡く聞きつけたようで軽く睨まれてしまった。

 だが自分の片割れの言葉なら怖くはないのか、軽く威圧されてもシズクは意に介していないようで肩を竦めるだけだった。


 そうしてやや和やかな雰囲気に包まれかけている時のことだ。


「――ッ!」

「感じますね」

「ええ。アンヤ、出番よ」


 僅かな魔物の声と共に複数の動物が地面を揺らしながら山を下り、森を進んでくる音が聞こえた。もう間もなく、湖の側にその姿を現すことだろう。

 湖を背に全員が武器を構える。ヒバナの隣にはシズクが、コウカの隣にはダンゴが、そしてダンゴの右手の上にはアンヤもいた。

 そして次の瞬間、アンヤを除いた4人の影からまるでその影を複製したかのような影が浮かび上がり、立体的な黒い人型となる。

 それらはまるで地面を滑っているような移動方法で、森の中へと散らばっていく。

 さらに同じ方法で次々と影が生まれ、やはり同じように分散して森の中へと向かっていった。

 次第に森の中が騒がしくなりはじめる。


「効果がありそうだよ! アンヤ、やるね!」

「ええ、ですが……来ます!」


 歓喜するダンゴとは対照的にコウカは表情を引き締めて剣を構え直す。

 コウカの言った通り、木々の合間を抜けて全長2.5メートルはある熊のような4体の魔物が姿を現した。

 それらはアンヤの囮には引っ掛からずに森を抜けてきたようだった。

 熊たちは湖に用があるのか、まっすぐ湖へと向かおうとして立ちはだかるコウカたちの姿を見つけた。

 すると途端に怒りを露にして、雄叫びを上げながら4足歩行で勢いよく走り出す。


「シズク、あれの注意するところは?」

「え、えっと……ち、力が強い。あと、獰猛!」


 初めて対峙する魔物だったので、コウカは相手の情報を一切知らなかった。そのため、様々な知識を持っているシズクを頼りにしたのだ。

 彼女は知識を披露したがる時があるのでスライムたちの中で一番博識であるのはコウカもよく知っていた。

 熊型の魔物の正体は、アングリーベアというBランク相当の魔物だ。

 簡単な特徴としては、シズクの語った通りに力が強く、凶暴性が高い種族となっている。


「了解です! ダンゴ!」


 力強く頷いたダンゴを連れ、ヒバナたち後衛組との距離を離すためにコウカが前方へと駆け出した。

 一方、ダンゴに抱かれていたアンヤは彼女たちが駆け出す直前に降ろされ、地面の上で影を操りながら攪乱を続けている。


「ここを突破させないだけでいいんだからね!」

「分かっていますよ! できるだけわたしたちで倒しますが、もしもの時は援護をお願いします!」


 防衛線を築き、その先に相手を進ませないようにするのがコウカとダンゴの役目だというヒバナに対して、コウカは積極的に自分たちで倒そうとする姿勢を示す。

 ただ、少なくともむやみやたらに突っ込んでいくことはないだろう。


「本当に分かってるの……? それに援護はいいけど、私たちの射線は気にしてくれるんでしょうね」

「して……くれるといいね。もしもの時はダンゴちゃんだけ援護しよ」


 ヒバナが愚痴のような独り言を零す。それにはシズクも苦笑いだ。

 敵と戦っているときのコウカは集中しているのか、あまり他のことを気にすることがない。

 今までだって、まともに連携らしい連携を取れた試しがないのだ。


 ヒバナとシズクがそのようなやり取りをしているとは知らない前線組は、依然として敵との距離を詰めようとしていた。


「姉様とボクで2体ずつ?」

「わたしは3体でも構いませんよ」

「えー、じゃあ適当でいっか!」


 ダンゴは接触するまで後数秒となったところで、考えることが億劫になったようだ。

 彼女は足の先から胸辺りまでを隠せるくらいの大盾を両手で構えると、先頭を走る1体に向けて勢いのままに体当たりをした。

 雄叫びを上げながら激突する両者であったが、結果としては痛み分けに終わることとなる。

 衝突の直前、ダンゴの盾には地属性のエンチャントが掛けられていたためにその硬度は増していた。

 だがアングリーベアとダンゴの間にはひっくり返せないほどの体格差があったため、衝突時の衝撃でダンゴの身体は後ろに弾き飛ばされてしまっている。

 そしてアングリーベアも非常に硬いものに顔から突っ込んでしまったがために牙が折れてしまうなどの被害を被った結果、痛み分けとなったのだ。


「ってて……」

「大丈夫ですか!?」


 アングリーベアの攻撃を躱しながら、相対する相手を睨みつけているコウカがダンゴを気遣う。


「うん、平気!」


 ダンゴは態勢を立て直しつつ問題がないことを伝えると、再びアングリーベアへと向かっていった。

 短いやり取りだが、状況が目まぐるしく変化する近接戦闘において会話に割く余裕はほとんどない。相手がそれなりの脅威で、数的不利である現状なら尚更だ。

 お互いの無事を確認できただけでも十分だろう。


「ヒバナ姉様!」


 相手の打撃を盾で防いだダンゴが、そのまま反撃として力任せに盾で殴りつけるとアングリーベアが態勢を崩した。

 彼女に呼び掛けられたことで、注意深く隙を窺いながら魔法術式を構築していたヒバナが体勢を崩したアングリーベアに向かって1本の燃え盛る炎の槍を放つ。


「行くわよ、【フレイム・ランス】!」


 姿勢の立て直しが間に合わなかったアングリーベアに飛来した槍が突き刺さる。

 標的となったその身体は灼熱に耐えられずに体表から槍の侵入を許し、体内から全身に掛けて焼かれていく。

 そして断末魔を上げる暇もなく、その魔物は息絶えた。

 ヒバナの声に合わせ、飛び退いていたダンゴにもその熱は伝わってきたが手に持っていた盾で熱から身を守ることができている。


「ヒバナ姉様! ナイスだけど、火が強すぎるよ!」

「最初の一発はこれくらいの方が、相手も委縮するのよ!」


 ヒバナが敢えて過剰火力な魔法を放ったのは、相手の戦闘意欲を下げる目的からだった。

 いくら魔物といえども仲間が惨い死に方をすると流石に怯えるだろう、というのができるだけ戦闘を避けようとしたヒバナの考えだ。

 ――だがそれもアングリーベアには逆効果だったらしい。

 仲間の死に怒りの度合いを深めた彼らは目の前のコウカたちを無視して、ヒバナを睨みつけた。

 標的を変更させたことを瞬時に察知した前衛組の2人が近くにいたアングリーベアを1体ずつ抑え込むが、自由に動けるもう1体がヒバナに向かって走り出していた。


「や、やりすぎた……っ!」

「任せて! 【バック・ストリーム】!」


 アングリーベアが持つ4本の足全てに流れを形成した水が絡みつき、その動きを大きく阻害する。

 そうして動けない相手に向かってヒバナが止めを刺そうと杖を構えた瞬間、コウカがアングリーベアの背中に飛び乗り、その心臓へとまっすぐ剣を突き立てた。

 コウカの剣はエンチャントによって電気を帯びており、全身に電流を流されたアングリーベアは簡単に事切れることとなる。

 先程までコウカが抑えていた1体も既に倒されており、その1体を倒したすぐ後にヒバナたちを狙っていたアングリーベアを追いかけ、止めを刺した形だった。

 シズクの魔法に寄って移動を阻害されていたため、容易に追いつくことができたのだ。


 アングリーベアの身体から剣を引き抜いたコウカがその背中を降りる。

 すでにシズクの魔法は消えており、問題なく地面に足を着けることができた。


「間に合ったみたいでよかったです」

「……ごめん。でも、助かったわ」


 実際はヒバナが魔法を放っていれば終わっていたためにコウカの助けは必要なかったのだが、あまり使いたくない魔力を使ってまでアングリーベアを倒し、駆け付けてくれた彼女に対してそんなことを言うのはヒバナとしても憚られるというものだ。


「ヒバナ、こういう時はありがとうと言ってくれたほうが嬉しいですよ」

「……は?」


 突然何を言い出すんだ、といった顔でヒバナはコウカを見る。

 だがダンゴが助けを求めていたため、前線へと戻ってしまった彼女がその視線に気付くことはなかった。


「……何だったの?」

「……さあ?」


 残されたヒバナはシズクと顔を見合わせる。

 他にその場に居たのはアンヤだが、アンヤがヒバナの求めている答えを知っているはずもなかった。


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