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11 ダンジョンからの帰り道

 ◇ :一人称視点への切替or場面転換(一人称継続)

◇◇◇:三人称視点への切替or場面転換(三人称継続)

「助かりました、アンヤ」

「アンヤ! さっすがボクの妹だね!」


 アイゼルファーの最後の抵抗を防いだアンヤがダンゴに揉みくちゃにされている。

 前から疑問に思っていたが、ダンゴが妹と言っていることから考えるとやっぱりアンヤもみんなと同じように女の子なのだろうか。

 ――みんなと同じくらいまで進化してくれたらそれも分かるんだけど。


「あれ、アンヤ?」


 消火活動を続けているシズクを待つ間、手持ち無沙汰になったのでノドカの寝顔を眺めているとアンヤと遊んでいたダンゴが戸惑ったような声を上げた。

 何だろうと疑問に思い、声が聞こえた方向に視線を向けるとダンゴの腕の中にいたアンヤが一回りほど大きくなっていた。


「もしかして、進化したの?」

「うん、そうみたい」


 そうか、遂にアンヤも進化できたのか。

 正直、飛び跳ねたくなるほど嬉しい。これであと1段階まで来たということなのだから。

 今回のアイゼルファーとの戦いでは特に頑張ってもらっていたアンヤだ。それだけ魔力を供給していたので、進化するのも当然だといえるだろう。


 鑑定してみたところ、進化したアンヤの種族名はシャドウスライム。

 属性の欄に闇の派生属性である影属性が追加されていた。

 影魔法、どういうことができるのかは分からないが中々カッコよくて強そうな響きである。

 しかし良いことだけではない。進化に伴い、なぜかアンヤの闇の魔力適性が下がってしまっていたのだから。

 実はこれと同じことがコウカでも起こっていた。

 前までは《鑑定》のスキルを使うことがあまりなかったから見逃していたが、一度進化した時から雷魔法の適性の方が高く、純粋な光魔法は数段適性が下がってしまっているようなのだ。


「火、全部消せたよ」

「ありがと、シズ」


 ヒバナが放った魔法の後処理をしていたシズクが手に持った杖を消して歩いてくる。

 大人しくなったアイゼルファーも回収したし、もうここに用はない。

 考え事はここまでにして、すぐにここを立ち去るとしよう。


「ありがとう、みんな。今日はもう戻って休もうか」


 帰ると聞いて、ダンゴが声に出して喜ぶ。ヒバナとシズクの表情も和らいだ。

 想像以上に大変なことを引き受けてしまったが、みんなが最後まで頑張ってくれたおかげで無事に達成することができたのだ。感謝の念は尽きない。

 みんなも疲労がたまっていることだろう。

 第5階層でこなさなければならない依頼は後日改めて来てやればいい。取り敢えずこんな蒸し暑いところに長居したくはなかった。


「本当におつかれさま」


 今はこんな労いの言葉だけしかあげられない。本当はすぐにでも休ませてあげたいが、まだこれから帰らなくてはいけないのだ。

 この密林地帯を抜けるまではまだまだ頑張ってもらわなければならない。


「あーあ……それにしてもこの盾、そんなに役に立たなかったなぁ」

「絶対に避けたほうがマシでしたね」


 帰ろうと歩き始めたところでダンゴがアイゼルファーの触手によって壊された盾を取り出して、唇を尖らせている。

 今回の戦闘でダンゴが使っていた盾は触手の攻撃を受け流す分には有効的だったと思う。

 それなのになぜ彼女が持っていた盾を酷評しているのかと言うと、いざ攻撃を防ごうと構えたところ触手との衝突に耐えられずにすぐ壊れてしまったからだった。

 元々ゴブリンが使っていてボロボロになっていたことが原因なのだが、期待していたダンゴにとってはショックだったのだろう。


「これなら手に何か別の物でも付けていた方がよかったなぁ」

「それよりも避けたほうが絶対にいいです」


 コウカの回避に対する拘りはなんなんだ。

 あまりにもしつこいので、流石のダンゴも苦言を呈していた。




 その後、食人植物を警戒しながらやっとの思いで第2階層まで戻ってくることができた。


「ここが天国に思えるよ……」

「全面的に同意よ……」


 ――見よ、この見通しの良い景色を。

 そして全身に感じる乾いた風。それが今の私にはどこか心地良い。どこを見渡しても食人植物なんてものは見当たらない。まさしく天国だった。

 ふと空を見上げると、太陽がだいぶ傾いてしまっている。

 まさか地上の時間と連動していたりするわけはないだろう、と思いつつも体感的には地上もこれぐらいの時間な気がする。

 ……また地上に戻ったら調べてみようと思う。


「お姉さま~、明日はお休み~?」

「うん、約束したからね。先にアイゼルファーの引き渡しをすると思うけど」


 ふわふわと私の近くまで寄ってきたノドカに言葉を返した。

 すると急にノドカが抱き着いてきたため、抱き枕とノドカに押しつぶされそうになる。


「ちょ、ちょっとノドカ!? 私、汚れてるからね!?」


 浮きながら移動していたノドカはそれほどではないが、私の体は汗と泥で汚れていた。靴も買い替えたほうがいいレベルでドロドロだ。多分、買い替えることになると思う。

 とにかくそんな私を抱きしめてしまえば、ノドカの服や抱き枕も汚れてしまうだろう。

 そのことを心配した私の言葉を聞いても、この子は私を離そうとはしない。


「服や~枕は~洗ってもらえばいいし~、新しいのも~買ってもらえばいいから~」

「あくまでも自分ではやらないつもりなんだね」


 はぁ、とため息が出る。

 そうして面倒臭がりなノドカに呆れていると突然、体が浮き上がる感覚に襲われた。


「えっ、ちょっと」


 私はノドカの腕の中でアンヤごと宙に浮かされていたのだ。


「ふふ~、アンヤちゃんも~付いてきて~お得~」


 ご機嫌なノドカとは対照的に私は少しの不安と恐怖を感じている。

 風の魔法で支えてくれているのは分かるが、体が浮いているという感覚に慣れないのだ。

 そんな私の気持ちを感じ取ったのか、ノドカが私の頭を胸に抱き寄せて落ち着かせようとしてくれる。

 ――なんだかすごく恥ずかしくなってきた。


 ずっと私はノドカに抱き寄せられたままだ。

 私と彼女とでは身長差があるものだから、体を丸めないと収まりきらなくて余計に恥ずかしい。


「頑張ったのは~お姉さまもですよ~」

「えっ……?」


 居たたまれなくなった私がもぞもぞと動いていると、唐突にノドカが私の耳元でそんなことを口にした。

 発言の意図が分からずに聞き返したが、彼女は何も答えてくれない。

 さらに程なくして私の頭にノドカの温かい手が乗せられ、そのまま優しい手付きで撫でられる。

 柔らかな感触、優しい手、温かい体温、そして落ち着く匂い。

 これが今の疲れた私には、すごく効果的なものだった。瞼が重くなってくる。


「の、ノドカ……」

「いいんですよ~……一緒に寝よう~……?」


 睡魔に負けないようにノドカから離れようと抵抗してみたが、徒労に終わってしまう。


「えへへ~……お姉さま~ぬくぬく~……」


 心地よい感覚の中で彼女の声を聞きながら、私の意識はゆっくりと深く沈んでいった。




    ◇◇◇




「主様、寝ちゃったの?」

「うん~。だから~あまり大きい声は~ダメですよ~?」


 眠ってしまったユウヒに近寄ってきたダンゴがその顔を覗き込む。

 ユウヒはノドカの胸に抱かれながら、小さな寝息を立てていた。

 そんな彼女の頭をノドカは包み込むように抱き込んでいる。


「それにしても突然どうしたのよ、ノドカ」

「め、珍しいね……」


 自分から相手に甘えるために抱き着くことは多くとも、こうして強引に腕の中で抱きしめることはヒバナやシズクの知る限りではまずなかったのだ。


「本当はずっと~こうしたいと~思ってたもん~」

「どうしてそこで不服そうなのよ……」


 その言葉を受けてなお頬を膨らませていたノドカであったが、不意に視線を落とすと自分の腕の中で眠る少女の顔を覗き込む。


「それに~お姉さまったら~、ごめんなさいって~顔を~していたから~」

「……ごめんなさい?」

「そう~、頑張っていたのは~わたくしたちだけではないのに~」


 ノドカの言った“わたくしたち”とは、ユウヒの眷属であるスライムたちのことだ。

 彼女の心に引っ掛かったのは、ユウヒがずっと申し訳なさそうにしていたことだった。


 今の世界において、スライムたちがまともに戦うためにはユウヒから魔力を貰わなければならない。

 つまり、戦う度に一番負担がかかるのはスライムたちの主であるユウヒだ。

 そのうえ、ユウヒは自分からも魔力を積極的に使うことでみんなをフォローしている。

 決して頑張っていないと言えるものではない。


「まあ……言いたいことは分かるわ。ほんと、自己評価が低いのも考えものよね」

「それはヒバナの態度にも問題があると思いますけど」


 密林地帯で咎めた時に比べると幾分か和らいでいるが、それでも険のある視線をコウカはヒバナへと向ける。

 それには彼女も顔を逸らし、バツの悪そうな表情を浮かべていた。


「……間違ったことを言ってきたつもりはないけど、私も悪いとは思ってるわよ」

「こ、コウカねぇ……あ、あのね。ひ、ひーちゃんもユウヒちゃんにその……き、キツイ言い方しちゃうの、気にしてるからっ……あ、あんまり責めないであげて……?」


 シズクはビクビクしながらもヒバナを擁護する。

 ヒバナはもちろんのことだが、ユウヒやコウカ以外のスライムに対してもここまで怯えることはない。

 それには責めるような目をしていたコウカも毒気を抜かれたような表情となる。


「どうしてそんなに怯えているんですか?」

「だ、だ、だって……」


 目を忙しなく泳がせる彼女は、目の前の姉に本音を言うべきかどうか迷っていた。

 そんな彼女の様子だけでコウカは何かを感じ取ったのか、フッと鼻で笑ったかと思うと苦笑を浮かべた。

 それを見たヒバナが怪訝な顔をする。


「何? 急に笑って」

「え……ああ」


 指摘されて、コウカは初めて自分が笑っていることに気付いたようだ

 だが得心が言ったのかすぐに微笑みを浮かべると、ヒバナの目をまっすぐに見つめて口を開いた。


「別に馬鹿にしたとかではないんです。ただ、反省するべきなのはヒバナだけではなかったなと思いまして」


 意味が分からないといったふうに双子は顔を見合わせている。


「ねえねえ、帰ろうよ。ボク、疲れちゃったよ」


 話し掛けるタイミングを窺っていたのか、3人の会話が終わるや否やダンゴが後ろからコウカの袖を引っ張る。


「ええ、そうですね。早く帰りましょうか」


 そう言ってノドカにも目を向けるが、ユウヒの頭を撫でていたはずの彼女はユウヒの体を抱きしめたまま寝入ってしまっていた。


「マスターとノドカも眠ってしまっていますし」

「……結局、ノドカも自分がユウヒと一緒に寝たかっただけじゃないの」




    ◇




 苦しい。まるで深い海の底にいるような息苦しさだ。

 何がどうなっているのかが分からない、私はさっきまで何をしていたんだっけ。


 ――待って、本当に苦しい。


「ん……んっ!?」


 目を開けた私の視界は真っ暗だった。

 ただそれ以上に息が苦しくて、なんとか息をしようと藻掻くが何かに押さえつけられているため、身動ぎすることすらできない。

 私はパニックになっていた。

 訳が分からないながらに酸素を求めて、必死に動き続ける。


「あ、主様!? お、起きてよノドカ姉様! ……姉様、主様が!」


 聞き覚えのある声が聞こえてきたが、それどころではなかった。


「ダンゴ――は身長が足りません! ヒバナ、そっちの腕を持ってください!」

「え、ええ! ……いくわよ、せーのっ!」


 拘束が解かれ、私の体が勢いよく仰け反った。

 取り敢えず今は酸素だ。

 私は肺の中を満たそうと、必死に呼吸を繰り返した。


 ――よし、落ち着いてきた。いや、本当に死ぬかと思ったけど。


「……ふぅ、ありがとう」

「いえ……大丈夫ですか?」


 背中を摩ってくれていたコウカに礼を言う。

 彼女だけではなく、ヒバナとシズクも心配そうな表情を浮かべていた。


 まずは今の状況を整理してみよう。

 私はノドカに撫でられるがまま、睡魔に身を任せ眠ってしまっていた。その証拠に私は今、浮いているノドカの体の上に座っている。

 そして私を酸欠にしようとしていたのは彼女の胸だ。

 ノドカ自身が眠ってしまったことで、彼女の抱き着き癖が働いたのだろう。

 体勢が悪いまま寝てしまった上に彼女の力が強すぎて、体勢を変えることもできなかった。その結果、私は呼吸ができなくなったのだ。

 そこまで分かったので、ノドカの上から降りようとする。

 だがふわふわと浮遊している彼女から1人で降りるのは難しかったので、コウカの手を借りながらなんとか降りる。

 ……ノドカと私の間に潰されていたアンヤもちゃんと回収しておくのを忘れない。


 そうして地に足を着けた私は辺りを見回した。

 ここは多分、まだダンジョンの中だ。景色から察するに第1階層の平原地帯だろう。

 ノドカの腕に捕らわれたのが第2階層の荒野地帯に入ってすぐだったから、1時間弱は眠っていたのではないだろうか。

 ――そう思うと無性に恥ずかしくなる。

 とりあえず身嗜みをチェックしてから、みんなのいる方向へと向き直る。


「あはは……おはよう」


 私は恥ずかしさを誤魔化そうとみんなに向かって笑みを浮かべた。


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