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09 初めてのダンジョン 第3階層 前編

 第2階層を抜けた私たちは、第2階層と第3階層の中間地点で一度休んでから先へ進んだ。

 第3階層に下っていく前には看板があり、『このさき密林地帯、食人植物多数。備えが十分ではない者は引き返されたし』と大きな文字で書かれている。

 わざわざこうして注意される食人植物とは何なのか。

 とりあえず気を付けながら進んでいけば大丈夫だろうかと思い、私たちはさらに先へと進んでいった。


 ダンジョンの第3階層は看板に書かれていた通り、密林地帯だった。

 さっきまでの荒野地帯と比べて、大幅に危険度が増しているということは足を踏み入れた瞬間に理解できた。

 森林には地上で何度も行った経験があるので少し甘く見ていたが、密林と森林は違う。認識を改める必要があるだろう。

 というのもこのダンジョンの密林エリアは見通しが悪かったり、道が悪かったりといった単純なものの他に未知の問題もあるからだ。


「あ、待って! それディオネレス……か、噛み付いてくるよ」

「そっちのも動きそうだよ。気を付けて」


 依頼書に書いてあったキノコらしきものが生えているのを見つけたので、近くで見るために近付こうとするとシズクとダンゴに引き止められた。

 今のように頻繁に助言を貰いつつ、慎重に足を進めていく。

 これが密林地帯の厄介さを演出する中で大きな比率を占めている問題だ。この森にいるのはなんと食虫植物ならぬ食人植物、看板に書かれていた通りだった。

 捕まえたとしても、ありとあらゆる手段で暴れて逃げ出そうとする人間を仕留めるために進化した食人植物は食虫植物とは比べ物にならないくらい凶暴なものも多いため、大変危険だとシズクが教えてくれた。

 正直な話、シズクとダンゴが居なければ引き返していたと思う。

 シズクはなんと植物図鑑まで読んでいたらしく、どれが食人植物かの見分けも大体できるとか。私の知らないうちに、そんな本まで仕入れてきていたようだ。


 一方、ダンゴのほうにそんな知識はない。

 だが、彼女の魔力属性は地属性。そして地属性の派生属性は植物属性だ。それを低レベルの適性ではあるものの、ダンゴは持っていたのだ。

 それによって何となく食人植物と普通の植物の見分けができるらしい。

 植物魔法の適性も最高レベルになれば植物を操るなどの使い方も可能なそうだが、そこまで極める人がまずいないので農業を営む人が持っていると重宝するといった扱いだそうだ。

 だが、こういった場面では適性を持っている子が1人いるのといないのとでは安心感が段違いである。


 ノドカによる索敵は動物を探知できても、ジッとしている植物は探知できない。

 一応普通の魔物もいるようだが、そのほとんどは食人植物によって食べられていた。それは道中の無惨な死体から判明したことだ。

 この様子だと第2階層まで来て楽勝と高を括って降りてきた冒険者たちが大変な目に遭っているのではないかと心配になる。

 今のところそんな人は見ていないので案外大丈夫なのだろうか。それか看板を読んでちゃんと引き返しているのかもしれない。

 事実、第2階層まではたくさん冒険者が居たがここではあまり見ない。単純に視界が悪いのもあると思うが、危険だからと控えているのは大いにありそうだ。

 ここに来て、この階層まで来なければならない依頼の不人気さの理由が分かった気がする。




 依頼書に書かれているキノコの特徴を照らし合わせる。これはよく似た別種の毒キノコがあるので、気を付けなければならないキノコだ。

 シズクにも見てもらいながら、間違えないように摘んでいく。

 集中していた私の額から汗が流れ落ちていく感覚がやけにはっきりと残っていた。

 ――それにしても暑い。


「もうこの森ごと全部焼き払った方がいいんじゃないの?」

「それやると大惨事だからね!?」

「ひ、ひーちゃんが過激思想になってる……」


 ジメジメと肌に服が張り付くような不快な暑さと神経を張り巡らせなければならない状況にヒバナもイライラしているのだろう。

 イラつく彼女の気持ちは分かるが、森を焼き払ったら何が起こるのか分からない。少なくとも、この階層にいる人たちは非常に困ることになるだろう。

 それにまだまだこの階層で集めなければならない物が多くあるのだ。森を燃やされるわけにはいかない。

 ――虫や蛇など、普通の生物がいなくて良かったとつくづく実感する。


「お姉さま~、ここ暑い~……」

「ノドカも起きちゃったの?」


 さっきまで気持ちよさそうに寝ていたノドカも流石にこの環境では寝続けてはいられなかったようだ。

 目を覚ました彼女は不思議そうに辺りを見回している。大方、目覚めたら見慣れない光景が広がっているものだから戸惑っているのだろう。


 そうして歩きながら、彼女に今までの経緯を軽く説明していた時のことだ。突然、ノドカの肩がピクリと揺れた。

 その直後、どこからか悲鳴が届く。


「い、今の……」

「……誰か~襲われてるかも~?」


 本を手に周りの植物に気を配っていたシズクが肩を跳ね上がらせていた。

 そんな私も少し鼓動が早くなっていることを自覚する。


「ノドカ、どこから聞こえたのか探って。助けに行かないと!」


 放って進むことなんてできるはずがなかった。

 私のお願いした通りにノドカは静かに目を瞑ると、風で位置を特定しようとしてくれた。頭が揺れているけど、眠ってしまってはいないと信じたい。


「う~ん、あっち~」


 よかった、ちゃんと起きていたようだ。

 ノドカは手を真っ直ぐ伸ばし、明確な方角を指し示してくれる。

 そうしていの一番に駆け出そうとした時、左右の肩をそれぞれコウカとヒバナによって掴まれてしまった。


「落ち着いてください、マスター」

「私たちだって危ないのよ」


 その言葉によって冷静な思考を取り戻す。

 つい気持ちが急いてしまったが、食人植物はあちらこちらに生えている。そのまま何も考えずに進んでいけば、悲鳴の主を助けるどころか私たちも犠牲になってしまうことだろう。

 立ち止まった私は1つ深呼吸する。


 ――よし、落ち着いた。


「ありがとう、2人とも。シズク、ダンゴ、案内よろしくね」


 さっきまでと同じように食人植物を警戒してもらいつつ、それでも可能な限り急いでノドカが示した方向へと向かった。

 悲鳴も何も聞こえてこない、心配だ。




 そのまま歩みを進めていくと、やがて遠くから声が聞こえてくるようになった。

 ――男の声、でも若い。


「もう俺は駄目だぁ!」

「クソっ、諦めんな!」


 見えた。

 大きくなったウツボカズラみたいな食人植物の口から上半身だけが飛び出している黒髪の少年とそのウツボカズラに向かって剣を向ける金髪の少年。2人とも私よりも少し年下くらいか。

 金髪の少年はもう1人の少年を助けようと立ち向かうが、鞭のようにしなる蔓が少年の前に立ちはだかるせいで近付くことができないようだ。

 捕まっている少年の方は泣きべそをかいているがまだ大丈夫そうに見える。

 だが、あまり時間を掛け過ぎるのはマズいだろうということは容易に想像できた。


「コウカ、捕まっている男の子を助けることはできる?」

「できます。任せてください」

「じゃあお願い。ノドカはあの蔓で攻撃されないように守ってあげて」

「は~い」


 コウカが力強く頷き、ノドカは普段通りに間延びした返事をする。

 少年が捕まっている以上、万が一を考えて魔法での攻撃は避けたい。

 だから、足が速いうえに剣を使った近接戦闘ができるコウカと風の結界で相手の攻撃を妨害できるノドカのコンビがベストだろう。

 風の結界は強い衝撃には弱いが、蔓による攻撃くらいなら何てことはない。


 コウカが少年の救出のために飛び出すと同時に私は金髪の少年に向かって声を上げる。


「そこの男の子、下がって! もう1人の子は私たちが助けるから!」


 下手に動かれるとコウカの動きを阻害してしまう可能性がある。それだけは避けたい。

 そうしてこちらの声に振り返った金髪の少年のすぐそばをコウカが通り抜けたせいで、その子は目を見開いて尻もちをついていた。

 私が思っていたのとは違うが、これで邪魔にはならないだろう。


 巨大なウツボカズラ――シズク曰く“ペネぺネ”という名前らしい――は新しい標的をコウカへと定め、蔓を差し向けようとするが、風の結界の妨害を受けているせいで全く意味を成していない。

 そのまま安全にペネペネの目の前まで移動したコウカが捉えた得物を閉じ込める蓋になっている部位を切り裂き、少年を引き抜こうとするが、ペネペネは蔓を少年に強く巻き付けて逃がすまいとしている。

 だが抵抗虚しく根元から蔓を切られ、蔓が巻き付いたままの状態で少年は助け出されることとなった。




    ◇




 助け出した黒髪と金髪の少年――オスカルとジョナタを連れ、安全な場所まで移動する。


「とりあえず水で洗い流しはしたけど、帰ったらちゃんとお医者さんに診てもらった方がいいと思うよ」


 ペネペネに捕まっていたオスカルの脚をシズクが出した魔法で綺麗に洗う。

 私には医学的な知識なんてないから、こんなことしかできない。

 私自身、この世界に来てから一度として医者の世話になったことはないが、そんなに料金が掛かるわけでもないと記憶しているので、一般市民であろうオスカルでも診察してもらうくらいのことはできるだろう。


「ありがとう。もうホント俺、死ぬかと……」

「オレからも礼を言う。オスカルを助けてくれてありがとな」

「あはは、2人が無事でよかったよ。でもお礼ならコウカとノドカに言ってほしいな」


 頭を下げて、泣き出しそうな声を出すオスカルの背中を叩いたジョナタも頭を下げるが、助けたのは私じゃなくてコウカとノドカなのでその2人を前に押し出す。

 再度、頭を下げるオスカルとジョナタにコウカはどこか素っ気ない態度で返し、ノドカは寝てしまっているので無反応だった。

 ……これ、人選ミスだったのではないだろうか。オスカルとジョナタも少し気まずそうではないか。


「えっと……とにかくこの階層は危険だからさ、帰った方がいいよ! 第2階層までは私たちが送るから――」

「できねぇ!」


 気まずい雰囲気を誤魔化そうと明るい声で話しかけたというのに、突然大声が返ってきたため驚いてしまった。

 ――いったい、なんだというのだ。


「……俺が話すよ」


 困り切っていたら、ジョナタが大声を出して否定した理由をオスカルが話してくれた。

 どうやらこの地元で暮らしている彼らには幼馴染の女の子がいるらしいのだが、その子は体質のせいで昔から肌が弱く、あまり外には出られないそうだ。

 そんな女の子と彼らはある約束をしていた。大きくなったら、その体質を治す方法を見つけると。

 だが女の子が急遽、遠い街に移り住むことになった。一緒に居られるのはあと1週間ほど。離れ離れになれば次に会えるのはいつか分からない。

 もしかしたら、もう一生……そう考えた2人は必死に情報を集め、体質を改善する方法を見つけたそうだ。


「この密林の奥地に潜む“アイゼルファー”を素材にした薬があれば、アリーチェも……」

「アイゼルファー……それって市場には出回っていないようなものなの?」

「用途が美容品として使うぐらいだからな。手に入れるのが難しいから、数も少ないんだと」


 今度はオスカルに代わりジョナタが補足で説明を加えてくれた。一般には出回らないものだから、こうやって2人で採りに来たというわけか。

 子供だけで取りに来るなんて、頼れる大人はいなかったのかな。

 そう疑問に思い、聞いてみたのだが――。


「こんな場所のさらに奥とか、そんなトコ好き好んで行く奴がいるかよ」


 ごもっとも。私もこんな食人植物がいる場所に来たくなんかない。

 きっと業を煮やして誰にも言わずに来てしまったのだろう。

 だが、流石にそれは良くない。家族の人たちも、その幼馴染の子だって心配しているだろう。


「やっぱり帰った方がいいよ。きっと皆心配してる。君たちみたいにまだ成人にもなっていないような――」

「アンタたちだって、アンタ以外はオレたちとそう歳は変わんねえだろ! 明らかにチビだっている!」


 ああ、そうか。コウカたちは見た目的にはこの2人と同じくらいに見えるのかな。

 実際は年齢で言うともっと低いのだが、別にそれはいい。


「ち、チビ!?」


 指をさされてチビ呼ばわりされたダンゴが心外だと言わんばかりに唸る。それも今はいい。みんなよりも小さいのは事実だし。

 ――彼らに納得してもらうにはテイマーカードを見てもらうのが手っ取り早いかな。


 そうしてテイマーカードを見た2人は酷く驚いていた。

 それもそうだろう。自分たちと同年代の子だと思っていた子たちがみんなスライムだったのだから。

 後はどうにか納得して帰ってもらうだけだが、どうしたらいいだろうか。

 ――まあ、やれるだけ説得してみるか。


「そういうことだから、私たちとあなた達は違う。私たちは今までにも色んな戦いを経験してきたから大丈夫なの」

「でも……俺は……」

「このままじゃ帰れねぇ……」


 これだけで説得できるとは思っていない。

 彼らの懸念はアイゼルファーを持ち帰ることができないということなのだから。


「だから、君たちの代わりに私たちがアイゼルファーを採ってくるよ。君たちは私たちの依頼主、それでどうかな?」


 私たちがアイゼルファーを採ってくる。そして地上に戻った後に彼らが正式なものとして出した依頼を受け、引き渡す。

 これで私の提示できる最善の案だ。

 アイゼルファーが手に入るとは思っていなかったのだろう。2人が目を見開く。


「え……本当に……?」

「だ、だがオレたちは大金なんて……」

「いいよ、最低限で。私も君たちをただ助けたいと思っただけだから」


 流石に最低限の依頼料はもらわないと依頼として成立しないので、そこは仕方がない。

 まだ2人は信じきれないのだろう。目に疑念が残っている。

 でも、あと一押しだ。


「君たちは幼馴染の子の気持ちをもっと考えてあげるべきだよ。話を聞く限り、君たちはその子のことが大好きなんでしょう? その子のためにこんな危ない場所まで来るほどだもんね。でもその気持ちはきっとその子も一緒なんじゃない?」


 私は彼らの幼馴染の子がどんな子かは知らない。

 でも、こんなに強く想ってくれるのならきっと向こうもこの子たちのことを好きなはずなんだ。


「一緒に居られるのはあと少しだけ。その子はきっと少しでも長い時間、君たちと過ごしたいと思っているんじゃないかな。ましてや、こんな場所で怪我なんかして帰ったらきっとその子は悲しんでしまうと思う。その子との別れが悲しい思い出で終わるなんていやでしょ?」


 数秒の間、2人はそれぞれが深く考えていたのだろう。

 だが確かに頷いてくれたのだった。


「心配しないで、必ず私たちがアイゼルファーを持って帰るよ」


 私たちの目的に新たな項目が加わった。これで持って帰れませんでしたなんてありえない。

 ――必ず、アイゼルファーを持って帰るんだ。


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