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05 冷たい眼

 ◇ :一人称視点への切替or場面転換(一人称継続)

◇◇◇:三人称視点への切替or場面転換(三人称継続)




    ◇◇◇




 魔力の扱いに長けたスライム、もとい精霊といっても状況が目まぐるしく変わっていく至近距離での戦闘においては、高度な制御を必要とする魔法を使うことは難しい。

 それでもコウカが剣を使った戦いに拘るのには2つの理由があった。

 1つは自分の主であるユウヒの元に敵を近づけさせないよう、自分に注意を集めるため。

 もう1つは眷属の数が増えていく中、ユウヒの魔力が枯渇してしまわないように自らの魔力を制限して戦うようにしているためだ。

 今の地上界には魔素の浄化を担うマナが存在しないので、純粋な魔素を必要とするスライムたちは魔力を自然回復させることがほぼできない。

 そのほとんどをユウヒからの魔力供給で補っているのが現状だ。

 いくら魔力量が多いといっても無限とはいかないので、スライム全員が全力で魔法を使うと簡単に枯渇していってしまうだろう。


 こういった理由があり、今もコウカは最低限の牽制魔法と剣1本でキラーアント・クイーンと戦っている。


(これはマスターを傷付ける存在だ。絶対にここで倒さなければならない。なのに……!)


 コウカの心の中にあるのは焦りだった。

 いくら剣を振るっても、目の前の敵を倒すことができない。すぐ目の前にいるのに、剣で断ち切ることができない。


(いつもそうだ。いつだって、わたしはマスターを悲しませる……!)


 彼女が思い出すのは今まで経験してきた強敵との戦いだ。

 ファーガルド大森林ではマスターを危険に晒してしまった。

 遺跡における黒髪の少年との戦いでは一度マスターに深い悲しみを背負わせてしまった。

 そして黒いワイバーンとの戦いでは、敵を打ち倒すことができずにマスターたちに助けられてしまった。


 ユウヒの悲鳴、表情をコウカは忘れられない。

 苦い思い出が頭を過ぎる中、最後に思い出すのは自分がコウカという名前を貰う前のこと――無彩色の世界にいた頃の記憶だった。


(だから、わたしは誓ったんだ。あの日、あの場所で……マスターの敵を全て打ち倒すと!)


 黄昏時の記憶。そして誓いが今のコウカを形作っている。


「そのためならッ!」


 コウカが吼え、その戦い方が堅実でどこか行儀正しかったものから荒々しいものへと変化する。

 クイーンに肉薄したコウカが剣を振り下ろした時、クイーンは回避か防御のどちらかを選択する。

 今回は回避を選択したようで、体を逸らして避ける素振りを見せた。

 だがコウカは斬撃が避けられると気付いた瞬間に次の行動へと移っている。

 剣を振る降ろした勢いのままに体を捻り、強烈な足技を繰り出したのだ。

 スライムの身体能力から繰り出される蹴りは強力で、クイーンの外殻に傷をつけることはできないものの衝撃でクイーンを怯ませることには成功する。

 ――そしてその隙を逃すコウカではない。

 再び振り下ろされる剣が狙ったのは攻撃が通りにくい外殻ではなく、脚だ。

 この戦いでコウカがクイーンの脚を狙ったことは何度かあった。しかし、そもそも的が小さいうえに素早く動かされる部位を胴体以上に捉えることができなかったのだ。

 だが1秒に満たない間でも動きが止まってしまえば問題ない。

 怯んでいるクイーンの脚が1本、中程から叩き切られる。


 直後に体勢を立て直したクイーンがコウカに噛み付こうと頭部を勢いよく近づけるが、その攻撃をコウカはクイーンの真下に潜り込むことで回避し、そのままもう1本の脚も切断した。

 体勢を崩しそうになったクイーンは地面に残った脚を突き立てることでなんとか踏ん張ろうとするが、さらに胸下から打ち上げられた衝撃でその体が僅かに仰け反る。

 だが逆にその仰け反った勢いを利用することでクイーンは真下に潜む脅威から距離を取ろうと画策するが、追撃を狙うコウカはそれを許さなかった。


 攻撃を避けようとするクイーンとそれを追いかけようとするコウカ。

 一見すると先ほどまで繰り広げられていた戦いと変わらないように映るが、それは違う。

 先程までのコウカは剣の適正距離を保つために肉薄するといっても一歩引いた場所を追いかけていた。

 だが今のコウカはクイーンに文字通り、張り付いては剣、蹴り、殴り、体当たりと手段問わずに力任せな攻撃を繰り返している。

 脚を2本失い、精細さを欠いているクイーンの動きではこの猛攻から逃げる手段はない。

 逃げられないならと噛み付こうとした苦し紛れの反撃をひょいとかわしたコウカはクイーンの牙を踏み台にして一気に頭部を駆け上り、触角を掴んだ。

 そしてそのまま力一杯に引っ張り、それを根元から引き千切る。


 体を激しく揺らし、コウカを振り落としたクイーンは全てを捨てての逃亡を試みた。

 だが、その判断は遅すぎたと言わざるを得ない。

 翅を使うことで飛翔しようとしたものの、跳躍したコウカによって翅を切り落とされてしまい、クイーンは地上へと逆戻りとなった。

 地上に激しく衝突して、のたうち回っているクイーンの頭部をコウカは蹴り上げることで浮かせ、そのまま足蹴にする。

 そうして勢い良く蹴られた衝撃で、クイーンの体が仰向けの状態のまま岩山の岩壁へと叩きつけられた。

 その絶好の機会を逃すようなことはしない。コウカは無防備を晒すクイーンにすぐさま乗り掛かると剣を振りかざした。

 頭部と胸部の節目を切断しようとする少女と必死の抵抗で暴れ、させまいとする女王の攻防が続く。

 辺り一帯には荒々しく打ち付けられる剣とクイーンの牙がぶつかり合う音が大きく鳴り響いていた。


 右手に持つ剣で打ち合いを続ける最中、抵抗のために向けられたクイーンの脚を左手で掴んだコウカがそれを力一杯に引き千切る。

 この攻防でクイーンの脚は残り1本となったため、もはや逃げることは不可能である。

 狩る者と狩られる者といった構図が相応しいといえる光景だった。




「何よ、これ……こんな戦い方……」


 その光景をずっと見ていたヒバナが呆然とした様子で呟く。

 ヒバナはユウヒ達がキラーアントの群れの迎撃に向かうのを見送った後、1人離れた場所からコウカとクイーンの戦いを見ていた。

 もちろん、いつでも魔法で攻撃できるように準備をした状態で。


 コウカの戦い方に変化が訪れたのはユウヒ達と別れてすぐだった。

 相変わらず目の前の敵しか見えていないが、体中の使えるものは全て使うといったスタイルに変えた途端、クイーンとの戦いはコウカに有利なものへと変わっていった。

 最初は戸惑いながらも感心していたヒバナだったが、どんどんと荒々しいものに変わっていくコウカの戦い方を見て、次第に心がざわつき出す。

 普段から衝突が多いこともあり、ヒバナはいつも行儀よく戦っていたコウカを内心、生真面目な堅物だと小馬鹿にしていたがまっすぐで実直な彼女らしいとも思っていた。

 ――だったら、今の戦い方は何だ。目の前で戦っているのは誰なのだ。

 今の彼女に普段の彼女らしさはない。

 目の前で戦っている人物に対する不安から来る焦燥感。それがヒバナの中に燻るざわつきの正体だった。


 あれだけ求めて、託されて、立派なものではないとはいえ大切にしていた剣をどうでもいいモノであるかのように乱暴に扱う彼女は一体誰なのか。

 ヒバナの立ち位置からでは、あの少女がどんな表情で剣を振っているのかは見えない。

 だが少女からは目の前の敵を殺してしまえば、次の標的を探してその矛先を他人に向けるのではないかという気迫すら感じられた。

 ――ヒバナにはそう感じられてしまったのだ。

 杖を手にした彼女の右腕が震えだす。


(いまなら無防備……こわい思いをするくらいなら、いっその事……)


 不安と恐怖が彼女の心を支配していく。

 恐怖で正常な思考ができない今のヒバナを押しとどめていたのは、主ともいえるユウヒに向けるものほどではないにせよ、笑いかけてくれたこともある姉との思い出だった。

 彼女とはよく衝突する。どこか反りが合わないと思うことだって往々にしてある。ユウヒのことを優先するために、彼女から蔑ろにされていると感じることすら。

 それでも決して嫌っているわけではないのだ。


 ヒバナはコウカがユウヒにどのような想いを抱いているのかは知らない。

 一度だけ見たことのある彼女の無機質な顔、それが意味しているものを知らない。

 視野が狭くて、急に姉と呼べなどと迷惑な思いをしたことだってある。

 それでもヒバナは彼女に抱いている温かい気持ちを否定したくはなかったのだ。




 刃こぼれを起こして剣がボロボロになろうが、コウカは攻撃を止めない。今の彼女の心は自らの持つ剣には一切向いていないからだ。

 荒々しく剣を振り続けるコウカだが、意外にもその心は静かだった。


(コレはマスターを傷付ける。マスターの敵は全て打ち滅ぼす。それが誓い。それがわたしの――)


 その時、突如発生した揺れと轟音がコウカを襲った。

 その衝撃でクイーンの上から落とされそうになったため、彼女は自らその体から飛び降りるとすぐさま体勢を整える。


 揺れが収まったのちに再び無機質な瞳でクイーンを見据えたコウカが不意に何かに気付いたかのように音が響いてきた方向を見た。

 その目には、普段の彼女の輝きが灯っている。

 ――視線を向けた先に捉えたのは赤髪の少女の姿。

 少女は杖をまっすぐコウカとクイーンが居る方向へと向けている。

 切羽詰まった表情を浮かべた彼女の口が動く様がコウカの目にはやけにはっきりと映し出されていた。


(……危ない?)


 ハッとしてコウカが正面に視線を戻すと、岩壁に打ち付けられたまま尾端をまっすぐ突き出しているクイーンの姿が見えた。

 咄嗟にサイドステップを踏むと同時に、彼女が元居た場所には大量の蟻酸が降り注いでいた。

 その直後、再び攻撃を仕掛けられる前に止めを刺そうと駆け出したコウカであったが、そこで杖を突き出していたヒバナの姿を思い出して立ち止まる。

 すると程なくして烈火がクイーンへと飛来し、その黒い巨体を包み込んでいた。


 やがて炎に包まれ、激しくのたうち回っていたクイーンが動かなくなるとコウカは深く息を吐き出す。

 そしてよくやったと言わんばかりに笑顔を浮かべ、ヒバナへと手を振った。


 赤髪の少女は少し迷う素振りを見せた後、それに手を軽く挙げる形で応えたのだった。




    ◇




 ダンゴの物凄い魔法でキラーアントの群れを撃滅した後、すぐに元居た場所へと引き返してきた私たちは片手を軽く挙げているヒバナを見つけた。

 そして彼女に駆け寄ると同時にその背中へと声を掛ける。


「ヒバナ、大丈夫!? コウカは!?」


 私の問い掛けに慌てて振り返ったヒバナは、バッと左手を体の後ろに隠すとバツが悪そうに目を逸らした。

 何故かその頬には赤みがさしている。


「え、えっと……見ての通り、無事よ。……コウカねぇもね。クイーンだって倒したわ」


 ほら、と杖を向けた方向を見ると元々黒い体が真っ黒に焦げたクイーンとその傍らで手を振っているコウカの姿が見えた。


「そっか、よかった……。ヒバナ、お疲れ様。ありがとね」


 クイーンを倒してくれたのであろうヒバナに礼を言った後、コウカに手を振り返しながら彼女へと近付いていく。


「ひーちゃん! ……ひーちゃん?」

「な、なに、シズ?」


 後ろではシズクとヒバナが再会を喜び合って、抱き合っているようだった。それを後目に捉えながらも私は歩みを止めない。

 そしてあちらからも歩み寄ってくれていたコウカとの距離が近づいていく。

 見た限りでは、あの子も服が汚れているくらいで怪我もしていないようだ。


「コウカ、お疲れ様。怪我もないみたいで良かったよ」

「マスター……」


 前衛としてずっとクイーンの相手をしてくれていたコウカを労おうとする。

 だが、いつもなら笑顔を浮かべてくれるであろう彼女には元気がなかった。さっきは手を振ってくれていたにもかかわらずだ。

 どうしたのかと心配になっていると、コウカが横向きに傾けた剣を私の前まで持ち上げる。

 彼女が持つその剣の剣身がボロボロになっていた。刃こぼれだって酷い。

 でも、それなりに持った方だと思う。最初の剣よりも良い剣だったとはいえ、やっぱりもっと上質な剣がこの子には必要なのだ。


「また、マスターに託された剣を壊してしまいました。わたしは――」

「わわ、そういうのナシ! 強敵相手だったんだから仕方ないって」


 コウカの落ち込みようが半端ではなかったためについ慌ててしまった。

 こちらも慰めようとしたのだが、どうにも納得がいっていないらしい。

 ――仕方ない、コウカには隠していたことだけどこの際だ。正直に打ち明けることとしよう。


「落ち込まないで。実のところさ、その剣も次の剣までの繋ぎのつもりだったんだよ」

「繋ぎ、ですか……?」

「そう。本当はコウカにはもっと良い剣を託すつもりでいたの。でも色々と問題があってそれができなかった」


 主に資金面の問題だけど。


「私たちは東へ向かっているでしょ。ちゃんと目的があってね。首都プラティヌムへ行きたかったんだ」


 コウカが不思議そうな顔をしている。

 大方、プラティヌムという言葉に聞き覚えがないのだろう。実際にプラティヌムへ行くという話をしたことがないので、それも仕方がない。

 プラティヌムへ向かう理由、それはある噂を頼りにしてのことだった。


「プラティヌムには凄腕の鍛冶職人さんがいるんだって。私はね、その人に作ってもらったものをコウカの剣として託したかったんだ」


 どうせなら特注品でコウカに合った、長く使えるものがいい。生涯使えてもいいくらいだ。

 本当はサプライズで渡せたらいいなと思っていた。でもコウカが笑顔になってくれるのなら、これでよかったのだと思える。

 私の言葉を聞いたコウカは瞠目すると、程なくして――泣いた。


「な、何度も失敗している私を……マスターは……マスターは……そんなにも……!」

「え、ええ!? ちょっと泣かないでよ、コウカ」

「えっぐ……すみません」


 喜んでくれればそれでよかったのだが、まさか泣いてしまうとは思わなかった。

 こういった時に泣き止んでもらうにはどうしたらいいのかが焦っている現状ではどうにも思いつかない。


「ねぇ、コウカ姉様も聞いてよ! ボクさっきね……ってどうして泣いてるの!?」


 ――ダンゴ……!

 人の姿になってすぐなので彼女がこういった場面でどれくらい頼りになるのかは分からないが、ここは彼女に任せるしかない。

 ダンゴは泣いているコウカに慌てて駆け寄り、心配そうにその顔を覗き込んでいる。


「大丈夫……? 何かあったの?」

「ひっぐ……だ、ダンゴですか……? ……大丈夫、これはとても嬉しいことがあった時の涙ですよ」


 涙を拭った彼女がダンゴの頭を優しく撫でている。

 未だ目も赤く、涙声ではあるが、安心させようと優しく微笑みかけてもいた。

 ダンゴもそんなコウカを見て安心したのか、笑顔を浮かべながら自分の功績を自慢している。

 彼女の自慢話をコウカは時折頷きつつ聞いていた。

 そしてダンゴが期待した目で見ていることに気づいたのだろう。コウカはもう一度優しくダンゴの頭を撫でては、彼女のことを労っていた。

 ――意外と上手くお姉ちゃんをやれているようだ。

 コウカの新たな一面を見られて、何だか嬉しくなった。




 その後、しっかりと魔素鎮めまで終わらせる。

 これでもうアエスの街は大丈夫だろう。


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