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03 スライムマスター

 助けた商人の男性がラモードでの噂とやらを教えてくれた。

 今、ラモード王国では“スライムマスター・ユウヒ”という少女の噂で持ち切りらしい。民衆の中にはその少女を英雄視する人まで出ているとか。


 彼に聞いた噂とは次のようなものだ。

 何でもその少女は王都を突発的なスタンピードが襲った際、友であるショコラッタ姫のために王都まで駆けつけ、王国軍を苦しめる黒い怪物を討ち取ることでその勝利に大きく貢献した英雄だとか。

 しかも少女は世にも珍しいスライムを従魔として引き連れており、その中には人の姿にまで至ったスライムが複数いるほどの高位のテイマーであるらしい。

 あと、スライムも少女自身も見目麗しい容姿をしているのだとか。


 そこまではただの与太話と受け取られても仕方のないものである。

 だが王国内でその話が一気に広まったのは、噂の少女は冒険者でありながら王女の友人であるとショコラッタ王女殿下自らが王都中に吹聴して回っていたかららしい。

 国王陛下も少女が王女の友人だと認めていると公的な場所でうっかり漏らしてしまったのだとか。

 そして極め付きはスタンピードが治まった次の日から数日間、ショコラッタ姫と仲良く並んで歩く見知らぬ美少女の姿があらゆる場所で目撃されていたことだ。

 その事実が噂の信憑性を高めたらしい。

 加えて、聖教騎士団のエスコートを受けながら王都を離れていく美麗な少女を何人もの民衆が見ていたことから、実はその少女は聖教国のとある名家のご令嬢ではないかとの噂もあるらしい。


「正直、眉唾物だと思って信じていなかったが、さっきの戦いを見て確信した。君は本物だ。そしてまさか、本当に人の姿のスライムがいるなんてな!」


 ラモード王国の出身ではない彼らは信じていなかったようだが、ラモード王国の国民はほぼみんな信じきっているような噂話らしい。

 ――うん、色々と盛られている。主に容姿の面で。

 噂の出所も怪しいものである。

 噂の内容は私をひたすら持ち上げる都合のいいものだし、ショコラはまだしも国王様がうっかり漏らしたってなんだ。

 ショコラたちは私の噂を広めてどうしたいのだろうか。私を持ち上げたところで王国としての得は少なそうだ。

 聖教国とコネがありそうな私との繋がりを強固なものにしたいというのもどこかズレている気がする。

 まさか王女の友人としての格を釣り合わせるためとか、文句を言わせないためだとか、そんな単純な理由ではないだろうし。




 スライムマスターの噂を聞いたあと、私たちは彼らと別れた。

 目的地は一緒だが、馬車のスピードに追い付こうと歩くのは大変だったためだ。

 最初は乗せてくれようと考えてくれていたようだが、護衛を乗せられないほど満載の荷物を荷台に載せていたので渋々断念していた。

 せっかく助けてくれたのにと本当に申し訳なさそうにする彼らの表情がまだ色濃く記憶に残っている。

 だが元々見返りを求めてのことではなかったので気にしていない旨を伝え、笑顔で送り出した。

 

 彼らの馬車に続いて、私たちも歩き始めると徐々にその間は広がっていく。

 思わぬところで時間を取られたが、予定が大きく狂うことはないだろう。

 ――宿、残っているかなぁ。




    ◇




「2日ほど前から、西の街道でキラーアントの目撃情報が急増しています。今日だけでも十数件、通行人が遭遇しました。冒険者ギルドは女王が生まれたのではないかと睨んでいるようですが、この量ですと魔泉の異変も並行していることが考えられるかと……」


 女王とやらが生まれるとキラーアントは統率的な動きを取るようになり、繁殖力も爆発的に上がるらしい。

 放置していると非常に厄介なことになるので、冒険者ギルドも早急に見つけ出して仕留めようとしているようだ。


「この周辺にある魔泉の場所を詳しく教えてもらってもいいですか?」

「ええ、こちらをご覧ください」


 アエスの街の神官が机の上に地図を置いたので、顔を近づけ覗き込む。

 地図には赤い丸で囲われている点が3箇所、記されていた。

 神官がそのうちの1つを指し示す。


「この赤い丸は街から半径10キロメートル圏内に存在する魔泉を表しています。最も近いものは南西に5キロの地点にある岩山です。その麓には約3ヘクタールと小さなものですが森林もあります」


 弱い魔物ばかりなので冒険者には不評ですが、と締めくくった神官は次に街の北側に大きくその指を動かした。

 そうして彼が説明してくれたのは街から最も離れた魔泉の場所だった。

 しかし、キラーアントの目撃位置を鑑みるとその魔泉からだと最大で約14キロメートル離れた地点に現れていることになり、考えにくいと言っていた。

 彼がさらに指を動かす。


「僕はこの地点が一番、可能性が高いとみています」


 彼が指していたのは、街から北西の方向にある山脈だった。3つの魔泉の中では最大規模を誇り、範囲も広い。

 山には洞窟が幾つもあり、その奥には強力な魔物が潜んでいることも多い。魔泉の中心へ向かうのも骨が折れそうだ。

 今の私たちの力ではもし仮にその山脈の魔泉が異常を起こしていたとしても手出しができない。

 キラーアントの群れだけならまだしも、他の強力な魔物が蔓延る場所へ進むのは自殺行為だ。

 だが、諦めても仕方がないこととはいえこのまま放置しておくわけにもいかない。そのままでは街に被害が出る恐れがあるからだ。

 いや、可能性としては非常に高いと言っていい。


「あ、あのっ」


 私と神官の視線が声の主――シズクへと向く。

 視線を向けられたシズクはというとビクッと震えて、ヒバナの陰に隠れてしまった。


「あ、あた、あた、あたしは一番近い場所が怪しいと思う、けど……」


 どうやらそのままの体勢で続けるつもりらしい。

 あまり他者とのコミュニケーションが得意ではないシズクがわざわざ主張するほどだ。何か根拠があっての発言なのだろう。

 そんなことを考えていると、ヒバナの陰から1冊の分厚い本がスッと出てきた。

 本のタイトルは――『世界の蟻大全 ~これで君も蟻博士~』。

 世界の蟻大全か。シズクってそんな本も読んでいたのかと意外に思いつつ、たどたどしく説明してくれる彼女の話を聞くことに集中する。


「え、えと、この本の中にはキラーアントのことも載ってて……」


 そんな切り出しから始まったシズクの推測とは、キラーアントの生態を基にしたものだった。

 キラーアントは肉食の蟻だ。だが肉であればなんでも良いわけでもない。キラーアントは魔力を多く含む肉を好む。つまり主に食料とするのは魔物なのだ。

 当然の話だが、キラーアントはまず巣の近くにいる魔物から食らう。

 そしてもし食い尽くした場合はクイーンの統率の下、他の魔泉へとその行動範囲を広げていくらしい。


 北西方向の山脈にある魔泉は規模が大きい。

 キラーアントの餌となるレベルの魔物はたくさんいるはずだ。それこそ、たった数日では食い尽くされないほどに。

 だが南西の岩山はその麓の森林を含めても規模が小さい。

 魔泉の異変でキラーアントの数が増えても、元々の規模が小さければすぐに食い尽くされてしまうだろう。

 シズクはキラーアントが魔泉から離れて行動しているという現状は、次の魔泉へ移動しようとしている段階なのだと話す。

 西の街道での目撃情報が増加しているのは、南西から北西へ移動しようとしているからだとか。


「じょ、女王はまだその岩山に作った巣の中にいると思う。そ、それに異変の根源もきっとそこだし、あたしたちはそこに行けばいいんじゃないかな……?」


 シズクの話を聞き終わった神官は、ミンネ聖教の敬虔な信者なのだろう、ヒバナの陰に隠れるシズクに「流石は精霊様。見事なご慧眼、恐れ入ります」と膝を突いてしまった。

 まさかそんなに敬われるとは思っていなかったのであろう。シズクの顔が引き攣っている。


 まあ、神官のことは別にいい。

 私もシズクの言ったことは正しいと思えるし、まず行ってみるとするならそこだろう。

 キラーアントの群れとクイーンは現在の冒険者ランクで考えると格上の相手だが、みんなの力は冒険者ランクCで収まるレベルではないと思う。

 実際にオーガジェネラルやワイバーンなど、格上の相手とは何度も戦ってきた。

 それにその時と比べて、コウカたちの実力はさらに増している。

 シズクの推測通りならキラーアント以外の魔物のことは考えなくても良さそうだし、今の私たちでもなんとかできるはずだ。




 教会で明日の目標を定めた私たちはそれからなんとか良さそうな宿を見つけ、食事を済ませてゆっくりと休むことにした。

 明日はきっとこの1ヶ月の中で一番厳しい戦いになると考えられる。

 不安な気持ちももちろんあるが、私が不安がっていると実際に戦ってくれるみんなにも影響を及ぼす。気を引き締めた上で臨まなければならないだろう。


 アンヤを抱きながらベッドへと潜った私の脳裏に1つの考えが浮かぶ。

 もし、私の想像以上に厳しい戦いとなった場合はアンヤにも戦ってもらうことを考えておかなければならない。




    ◇




 次の日の朝、私たちはアエスの街から南西の岩山へと向かった。もちろん、いつものように冒険者ギルドで受諾してくれる人が中々現れない依頼を受けてからだ。

 冒険者たちは北西の山脈へクイーンを探しにいくらしい。私たちとは別の方角だ。


 ノドカに索敵を任せつつ、依頼書に記されている通りの物を採取していきながら、魔泉の中心があると思われる岩山へと向かった。

 キラーアントは植物を食い散らかさないので、採取作業の方は楽に進む。

 そうして必要最低限のキラーアントを排除しつつ、奥へと進めば森自体はすぐに抜けることができた。しかし女王の居場所は分からない。

 私たちは山の周りをグルっと周り、キラーアントの巣を探す。

 シズクが教えてくれたが、キラーアントの巣はよくイメージする蟻の巣と同じで、地下に穴を掘って幾つも部屋を作ったものらしい。


 そうして探し始めて数時間、遂に岩山の陰に隠れるように作られた大きな穴を見つけた。恐らくあれがキラーアントの巣であるはずだ。

 だが、そこでふと考える。

 ――私たちはこの穴に入らなければならないのか、と。

 穴の大きさは下から上まで2メートルくらいで幅は人2人くらいがギリギリ並べるほどのものだ。

 そのような広さでは連携などまともに取れそうにないし、そもそもまともに戦えないだろう。

 そして何よりも気持ち悪い。

 きっと中には幼虫を含め、たくさんのキラーアントがいる。あの穴からうじゃうじゃと湧き出てくるキラーアントをイメージした私は深く後悔した。


「ね、ねえ。これって入らないと駄目なのかな……」


 思い切って、みんなに尋ねてみることにした。昨日の覚悟はどこへ行ったのか。

 だが、本当に生理的にキツイものがあるのだ。

 心配そうに私の顔を覗き込んでくれるコウカと違い、ヒバナとシズクは何とも不思議そうな表情で首を傾げている。


「え、えっと……ユウヒちゃん、なに言ってるの……?」


 本気で困惑している様子だ。


「ご、ごめん! そうだよね、私ったら何当たり前のことを――」

「入るわけないじゃない。変な想像しちゃったでしょ……」


 慌てて謝ろうとする私の言葉をげんなりとした表情のヒバナが遮る。

 ――入るわけない……? 本当に入らなくてもいいのだろうか。

 シズクがそっと本の中のとあるページを見せてくれる。

 そこには蟻の駆除方法として、熱湯を流し込むと書かれていた。なんでも巣の中の温度を上げることで死滅させるのだとか。


『キラーアントも同様の方法で駆除できる。しかし、キラーアントの巣は他の蟻の巣よりも広大であるため、駆除するには大量の魔力が必要となるだろう。一般的には……』


 ご丁寧にキラーアントの駆除方法も載っていた。

 本によるとキラーアントのように大きな巣となるとそこに流し込む量は膨大な量となるので、数人の魔力では足りないと書かれている。

 だが、そこは問題ない。測定の魔導具を壊しただけあり、戦力にならない私も魔力の量だけは膨大なのだ。

 加えて、最近は積極的に魔力を使うようにしているのでどんどんと魔力が増えていっている。私たちだけでもその駆除方法を取ることができるだろう。

 ――もしかして私の覚悟は全部無駄だったのだろうか。


「でもそれなら~ヒバナお姉さまの火と~わたくしの風でも~いけそうかも~」

「えっ……」


 いつの間にか起きて私たちの会話を聞いていたノドカの言葉にシズクがショックを受けたかのように後退る。

 そしてジワッとその目には涙が――って本当にショックを受けているように見える。


「や、やってみたかったのに……」

「え~……? えっと~ごめんなさい~……シズクお姉さま~泣かないで~?」


 結局、シズクとヒバナで熱湯を作って流し込むことになった。

 私もノドカの案のほうがいいのではないかと思ったのは内緒である。


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