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05 冒険者の街ファーリンドへ

「ようこそファーリンドへ!」


 兵士のおじさんからの事情聴取も終わり、ようやくこの街の中に入ることができるようだ。


「ところで、身分証のようなものは持っているか?」

「え……いえ、持ってないです」

「なら、通行料として銅貨5枚だな」


 頭の中が真っ白になる。この世界の通貨なんて持っているはずがない。


「な、ないです。お金……」

「は? あー、全部捨ててきたって言ってたな。どうするか……」


 次から次へと何かしらの問題が出てくる。

 お金に変えられそうなものもないし、今回ばかりはどうしようもないかもしれない。お金がないと何もできない。


「この後はすぐに冒険者ギルドへ行って冒険者登録の予定だな?」

「……そのつもりでしたけど……」


 ずーん、と私のテンションは最低値まで落ちていた。

 だが次におじさんの口から飛び出してきた言葉は私の予想とは違うものだった。


「なら、どうにかなるだろう。任せてくれ」

「え……本当ですか?」

「ああ、このまま俺と一緒にギルドまで行くぞ。そこで俺が話を付ける」

「えっと……その、ありがとうございます!」

「いいさ、俺もギルドに用があるからな。ついでだ」


 そう言っておじさんは手をひらひらと振る。

 コウカといい、このおじさんといい、私が出会うのは良い人ばかりだ。コウカは人ではなくてスライムではあるが。


「あ、そうだ。コウカ、これから街の中に入るけど街の中にはたくさん人が居るから、驚かないように注意してね。あと、できるだけ大人しくね」


 あまり人が多いところは慣れていなさそうだから、注意しておかなければならない。

 しっかりと了承してもらえたようなので、トラブルの心配もないだろう。


「もう大丈夫か? いくぞ」

「あ、はい」


 おじさんに連れられて街の中に入る。

 そこで視界に飛び込んできたものは私のイメージとは少し違っていた。

 冒険者の街と言っていたから、勝手なイメージでもっとガラの悪い人が多いのかと思っていた。だが実際のところ街は活気に満ち溢れているが、むしろ治安は良さそうに見える。


 そして、街を見渡しているとあることに気付いた。

 ――あれ、読める?

 街の中の看板など、それらは私が前の世界で見たどの文字とも違った。だが、そこに書かれている言葉の意味が分かるのだ。

 これは女神様がくれたスキルとやらの効果なのだろうか。


 考え事をしながら歩いていると、突然おじさんが立ち止まる。


「ここだ」


 おじさんに続いて、立ち止まった私の前には大きな二階建ての建物があった。ここが冒険者ギルドなのだろう。

 私が建物を眺めているとおじさんが扉を開けて中に入るので、私もそれに続く。


 ギルドの中は正面奥に受付窓口、そして左右にはイスとテーブルが置いてあり、人がまばらに座っていた。

 どうやら酒場にもなっているらしく、まだ朝なのにお酒を楽しんでいる人までいた。いかにもイメージにある冒険者ギルドらしい雰囲気に包まれているといえる。


 受付に向かうおじさんの後ろをついていきながら周りを観察していると、こちらを見て近くの人とコソコソと話している人が多い。

 女性が珍しいわけじゃないと思う。ギルド内にはまばらではあるが、女性の姿だって見える。

 兵士のおじさんもいるから、流石に絡まれたりはしないだろう。……というか、私よりもコウカのことを見ているようにも思えた。


「おはようございます、ポールさん。本日はいかがなさいましたか」


 内心でそんなことを考えていると、若い女性の声が聞こえてきた。どうやら受付の前まで辿り着いていたらしい。

 おじさんの背中から少しだけ体を出して受付の方を確認すると、そこには20代前半くらいで紺色の髪を頭の高いところで結った若い女性が窓口越しに立っていた。


「おはよう、ジェシカ。どうやら昨日ファーガルドに3匹、ダークウルフが出たようでな」

「ファーガルドに!? 昨日ということはまだ4日目の時点、ということですよね……」

「ああ、やっぱり周期が早まっているみたいだ。だが、その3匹以外は見掛けなかったらしくてな。すぐにどうこうというわけじゃないとは思うが、早いうちにギルマスには伝えておきたい」

「かしこまりました。情報提供ありがとうございます」


 おじさんと受付嬢の会話。

 尋ねてみたいことはあるが、重要そうな話をしているのでおとなしくしておく。


「あと、このお嬢ちゃんの冒険者登録をしてほしい」


 おじさんが今度は私の冒険者登録の件を切り出す。私としてはこっちが本題だ。


「そうだ、名前はユウヒ。家名が……アリアケだったか。ダークウルフの件の情報提供者でもある」

「なるほど、そちらのお嬢さんが……」

「はじめまして、ユウヒと言います。よろしくお願いします!」


 私はおじさんの背中から出て、受付の女性に向かって元気よく挨拶をする。第一印象は大切だ。

 肝心となる彼女の反応だが、なんだか呆けているようだった。


「え……スライム……?」


 どうやら私がスライムを連れていることに驚いたようだった。どこへ行ってもスライムは驚かれるらしい。


「この嬢ちゃんはテイムスキル持ちのようだ。まあ俺も最初は驚いたがな」

「あっ、これは失礼いたしました。冒険者ギルド、ファーリンド支部で受付を任されております、ジェシカと申します」


 受付の女性、もといジェシカさんはすぐに表情を改めて、丁寧なあいさつを返してくれた。

 ここまでの対応から、とても真面目な人であることが伝わってきた。


「ジェシカ、冒険者登録の前に嬢ちゃんの通行料銅貨5枚分、ギルドで立て替えてやってくれ。返済は嬢ちゃんの依頼報酬から差し引きで」

「ええ、承りました」


 なるほど、これがおじさんの考えてくれた策らしい。

 冒険者ギルドとはそんなこともしてくれるのかと思ったが、おじさんもジェシカさんと親しそうなので、信頼関係の為せる業なのかもしれない。


「それじゃあ、俺は仕事に戻る」


 とうとう、彼とはここでお別れみたいだ。すごく短い間ではあるものの、とてもお世話になった。


「おじさん、ここまで親切にしてもらってありがとうございます。本当にお世話になりました」

「おう、頑張れよ」


 それだけ言うとおじさんは手をひらひらと振りながら、最初に入ってきた扉から出て行った。

 それを見送った私は再度、ジェシカさんと向き合う。


「それでは登録手続きを始めましょう」

「はい、よろしくお願いします」

「それではまず、冒険者についての説明から――」


 ジェシカさんに聞いた話を自分の中でじっくりと咀嚼しながら聞いていく。

 どうやら冒険者にはギルドへの貢献度で上がっていくランクというものがあるらしい。そして私は下から二番目のFランクから始まると。

 そのほかに重要そうな事柄としては犯罪に当たる事柄とそれに伴う罰則などだろうか。


「ここまで一通り説明しましたが、何かご質問などはありますか?」

「えっと……ギルドへの貢献度って依頼の達成以外ではどんな時に加算されるんですか?」

「そうですね、魔物や鉱石などの素材を売っていただいたり、ギルド側が欲している情報を提供してもらったりでしょうか。もちろん、嘘の情報を故意に提供すると罰せられますが」

「素材を買い取ってもらえるんですか?」

「ええ。冒険者ギルドの隣に併設されている解体場に素材を持ち込んでいただければ、そちらで買い取らせてもらいます。同じ素材を大量に持ち込まれる場合は買取をお断りさせていただくことはありますが」

「なるほど、ありがとうございます」


 イメージと類似しており、理解はしやすかった。

 聞きたいことも聞けたので、もう質問はないとジェシカさんに伝える。


「それでは次の項目へと参りましょう、ユウヒさんはご自分のスキルをどれほど把握していますか?」

「えっ、あー……実はよく分かっていなくて……」

「なるほど。ですが気にする必要はありませんよ。生まれ育った場所によっては、スキルを知らずに生きていることは珍しくありませんから」


 まあ、私はこの世界に来たばかりの日本生まれ、日本育ちの人間だ。

 スキルとはいったいどうやって調べるのだろうか。私は少しだけソワソワしながら尋ねる。


「ここでスキルを調べてもらうことはできるんですか?」

「はい。ギルドには鑑定用の魔導具がありますから、調べることが可能です」

「ほ、本当ですか!?」

「え、ええ」


 思わずカウンターから身を乗り出してしまうくらい、私は興奮していた。

 逆にジェシカさんは少し引き気味ではあったが。


「それでは、こちらが鑑定用の魔導具になります。触れていただくことでユウヒさんの情報が表示されます」


 そう言ってジェシカさんが出したのは、大きな水晶だった。

 私ははやる気持ちを抑えながら、そっと水晶に触れる。


「お、おおっ」


 水晶の表面に名前、種族、性別、年齢といった私の個人情報がズラッと表示される。


「……うん?」


 上から順番に見ているが、1箇所だけ妙な表示がされていることに気付いた。

 個人情報の下にある属性という欄が何だか読むことができないような表記となっているのだ。多分普通のことではないと思う。

 まぁ、分からないことは聞くに限る。


「あの――」

「こんな表記は初めて見るわねぇ」


 ジェシカさんに質問しようとした瞬間、耳元から聞こえてきた声に驚いた私は肩を震わせ、思わずその場で飛び上がってしまった。

 反射的に身を引くとともに声がした方向へと顔を向ける。

 体を曲げて、水晶を覗き込んでいたその人物はこちらに向き直り、右手の人差し指で自分の唇をなぞりながら軽く首を傾けた。


「あら? ごめんなさい。驚かせちゃったかしら」


 自分の顔が引き攣っていることが分かる。

 だって今、私の目の前にいるのはウェーブがかった赤毛を肩まで伸ばした長身で屈強な――男性だったのだから。


「あの、おねえさんはいったい……」

「あらあら。“お姉さん”だなんて可愛いこと言ってくれるじゃない」

「あ、あはは……」


 ――そういう意味で言ったわけじゃないんだけどな……。

 私の言葉におねえさんはオーバーリアクション気味に喜んでいた。本当に誰なんだろうこの人は。

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