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46 旅の目的

「コウカ、あなたは精霊としてこれ以上の進化は望めないかもしれません」


 ミネティーナ様がコウカに向けて放った言葉によってその場の空気が凍り付き、まるで時間が止まったかのように錯覚する。

 だがその言葉を咀嚼してようやく理解できた時、私は口を開かずにはいられなかった。


「コウカがこれ以上進化できないってどういうことですか!?」

「ユウヒさん、落ち着いて。できないという話です」


 ミネティーナ様に宥められて少し冷静になる。

 コウカはどう思っているのかとその様子を窺うが、意外なことにコウカはどこか思いつめた表情であるものの落ち着き払っているように見えた。

 そんな彼女にミネティーナ様が優しく問い掛ける。


「最近、不調を感じたことはありませんか?」

「……あります。時々、魔力を使う感覚が分からなくなって……」


 その言葉で私も思い出す。

 コウカはあの黒いワイバーンで左腕を失った後、しばらく腕を治すことができなかった。その時にたしか魔力を集める感覚が分からないと言っていたはずだ。

 この子はそのことに気付いていたから、進化できないかもと言われても静かに受け入れられたのかもしれない。


 ミネティーナ様が然も当然といった様子で頷いた。


「そう……ええ、そうでしょう。あなたは自分で精霊としての力を拒絶してしまっているのですから」


 拒絶、という言葉が強く耳に残る。

 どうしてコウカは力を拒絶するのだろうか。


「おそらく故意に拒絶しているわけではないでしょう。何か、あなたの中にある考えが結果として力を拒絶してしまっているのかもしれません」


 故意ではないのなら、何が原因か探すのは大変そうだ。

 だがそれを見つけてなんとか解消できれば、コウカの不調も治せるかもしれない。


「この世界で生きる者たちが持つ力は肉体と魂、その両方から影響を受けます。その中でも精霊は他の生き物と比べてその魂、すなわち己の精神にその在り方が激しく左右される生き物です。精霊力も魔力と密接に結びついているものですから、精霊力を拒絶することはすなわち魔力を阻害することにも繋がります」


 このことに関して、何か彼女自身に心当たりはあるのだろうか。

 振り返ってコウカの顔を見ると彼女は目を瞑っていた。

 そのまま視線を降ろしていくと、きつく握りしめられた拳が視界に入る。


「……コウカ、何か心当たりとかってある?」


 コウカに心当たりがあれば、あとはそれを何とかする方法を考えるだけなのだ。

 私の声でゆっくりと目を開いたコウカと視線が交差する。


「マスターは……」


 コウカが言葉を発するのを止め、再び口を閉じてしまう。

 だが根気強く待っているともう一度ゆっくりと話し始めた


「マスターはわたしに人間であってほしいと、そう思っていますか?」

「――えっ?」


 質問の意味が一瞬、理解できなかった。


「マスターはわたしが人間でないと悲しい思いをしてしまいませんか? わたしの前からいなくなってはしまいませんか?」


 コウカの眉尻が下がり、心配そうな表情へと変わる。

 ――まさか、そういうことなのだろうか。

 前にコウカは私が人間であってほしいと望んだから、人間と同じ姿になったと言っていた。だが彼女自身、自分が人間と違うのは分かっていたはずだ。

 でも、それでもずっと人間でありたいと思ってくれていたのだろうか。私が一度それを望んでいたから。


 果たして、私は今もコウカに人間であってほしいと思っているのだろうか。

 あの時は答えを出すことを先延ばしにしてしまったが、今ここでちゃんと向き合わないと駄目なんだと思う。

 この子が左腕を失ったあの時、目の前にいるこの少女が私とは違う性質を持つ存在であると私が改めて理解したときから、私がコウカに抱く想いが変わりはしただろうか。

 人間ではないからと接し方を変えただろうか、どうせ人間ではないと抱いている想いを捨ててしまっただろうか。


 ――答えは全て否だ。

 なんだ、私はもう人間という存在に拘ってなどいなかったのだ。

 コウカとは同じものを感じ合うことができる。触れ合うことも会話することだってできる。相手がスライムで――精霊になったからなんだというのだ。

 きっと姿形が変わっても、大切な部分が同じなら変わらないんだ。


「コウカが人間じゃなくても、私はコウカがコウカならそれだけでよかったんだ。私が私であなたがコウカである限り、私たちの繋がりは消えない。私はただこうやってコウカと言葉を交わして、同じものを感じ合いたかっただけなんだよ」


 これは決して私一人が抱いている想いではないはずだと信じている。


「多分それが私の望む“人”ってことなんだと思う。だからたとえコウカが精霊であることを受け入れても、悲しくなんて絶対にならないし、これからもずっと一緒にいるって今ならはっきりと言えるよ」


 私は最後までコウカの目から視線を逸らさずに言い切った。

 これこそが私の本心だと迷うことなく理解でき、他の人にも断言できるからだ。

 人間同士ではなくとも、同じものを感じることができる。それを共有することができる。触れ合い、話し合うことだって。

 それが私にとっての“人と人との繋がり”なんだ。

 大切なのは種族としての人間であるということではない。それをそのままコウカへと伝える。


 そんな私の想いが通じたのか、コウカは深く息を吐いた後――ふわりと笑った。


「よかったぁ」


 それは久しぶりに見たコウカの無防備な笑顔だった。


「――ええ、本当によかった。あなたが精霊であることを受け入れれば、不調も次第に解消されていくでしょう」


 私が正面に向き直ると、ミネティーナ様がテーブルの向こう側で微笑みながら頷いていた。

 そして紅茶を少し口にしつつ、カップを置いた彼女の表情は一転して真剣なものへと変わる。

 私の気持ちも自然と引き締まった。


「あなたたち自身の話は一度置いて、世界を取り巻く問題についてここでちゃんと話しましょう」


 そう言って、ミネティーナ様は少し悩む素振りを見せる。

 そうして少しの間、悩んでいたようだがやがて私の目を見ながら口を開いた。


「かつて世界を滅ぼさんとしたために封印した邪神メフィストフェレス。それが復活を果たそうとする動きを見せています」


 そう切り出して始まった邪神についての話は私が抱いていた漠然としたイメージを確かなものへと変えていった。


 邪神の封印は地上にある7つの霊堂によって守られているようだ。

 私が知っているのはラモード王国にある“地の霊堂”とミンネ聖教国にある“聖の霊堂”の2つだが、この世界にはあと5つ邪神の封印を担っている霊堂があるらしい。

 封印の方法としては、本来地上にばらまかれるはずのマナと神界にいるミネティーナ様とレーゲン様をはじめとする精霊たちの持つ魔力や神力、精霊力という3つの力による結界で邪神のいる空間を隔離しているらしい。


「封印は数千年持っていますが、私と同等の力を持つ存在を封じ込めるにはギリギリの封印です。そして最近は力を封印しきれなかったのか、四邪帝と彼の側近が復活しようとしている可能性が高い。僅かですが地上側に干渉しようとしているようなのです」


 邪神は自らの力を魔物に与えることで自らの配下にすることができるらしい。

 それを“邪魔(ベーゼ)”と呼び、邪魔(ベーゼ)は邪神に連なる高位の存在に服従するそうだ。

 また四邪帝とは、その邪魔(ベーゼ)が進化を果たした高位の存在である4人の邪族(ベーゼニッシュ)によって構成されているらしい。

 そして数年前から邪魔(ベーゼ)が頻繁に神界と邪神を封印している空間の境目に現れるようになったことから、四邪帝か邪神の側近であり、参謀役も担っているプリスマ・カーオスという邪族(ベーゼニッシュ)が復活している可能性が高いと踏んだそうだ。


「彼らは封印を弱めるための動きを取ってくるでしょう。地上では魔泉での異変が頻発しているとティアナちゃんからも聞いています。神界でもどこからともなく現れた邪魔(ベーゼ)が頻繁に攻めてくるせいで、世界樹を通して世界中に送り出される魔素のバランスに乱れが生じてしまっているのです。この地上側の異変も彼らが意図的に仕込んだ可能性は否定できません。プリスマ・カーオスとはそういう男たちです」

「……この異変が続けばどうなるんですか?」


 私も世界で魔泉の異変が起こっているということは知っているし、その影響も経験した。

 だがそれがそのプリスマ・カーオスが意図的に起こしたことなら、いったい何のために起こしたことなのだろうか。


「先ほど話した通り、彼らの目的は封印を弱めることです。封印を弱めるために私か大精霊たちを消滅させるのか、はたまた霊堂を破壊するつもりなのかはわかりません」


 ミネティーナ様はティーカップの縁を指でなぞりながら、言葉を続ける。


「幸いにも彼らはずっと封印されていたため、正確な霊堂の場所を掴むことはできていないはず。すぐに何かが起こることはないでしょう。しかし彼らは異変を起こし続けることによって地上に混乱を招き、霊堂の探索を容易にしようと考えているのかもしれません」

「じゃあ、異変を解決するためにはどうすればいいんですか……?」


 女神様ならその方法も知っているはずなのだ。

 だが――。


「ここまで大きくなった魔素の乱れでも、レーゲンちゃんのように強い精霊力を持つ者なら簡単に治めることは可能でしょう。ですが私たちはここから離れることはできず、この場所から乱れを治める余裕もない。あなたたちを招いてお話ししているのも少し危険が伴う行為ではありますね」

「な、なら何もできないってことですか……?」


 ミネティーナ様の話を聞く限り、そうとしか考えられない。

 神界から治めることは不可能で、直接行って治めることすらできないなら完全に詰みだ。

 そう思っていたのだが、女神様は首を横に振って私の考えを否定した。


「いいえ、手はあります。そしてこの後の話が今日、あなたたちに話す中で最も重要なお話です。ユウヒさん、あなたにはスライムたちと共に魔素の乱れを治めてもらいたいのです」

「私が……?」


 最初はレーゲン様のような大きな力を持つ精霊が行かないと意味がないのではないかと思ったが、そこで私の中にあると言われた力のことを思い出した。

 私の中にある調和の魔力でコウカたち精霊の力を増幅させれば、私たちでも異変を治めることができる。

 ミネティーナ様曰く、まだ私たちの力では大きな乱れを正すことはできないが、私とコウカたちの力が強くなれば次第に大きな乱れも治すことができるようになるらしい。

 最初は異変が起こっている場所も噂などを頼りに探すしかないが、力が強まると感覚で分かるようになっていくとも言われた。


「私はそう遠くない未来に邪神を完全に滅しようと考えています。封印が維持できればいいと考えていたけれど……それも完全ではないと分かった今、世界を――人々を守るためにはそれしかありません」

「でも相手はミネティーナ様と同じ神様なんでしょう? それをどうやって……」

「邪神を倒す鍵はあなたです、ユウヒさん。あなたが積極的に力を使い、眷属たちとの絆を育むことで自らの力と神力、スライムたちの精霊力を強めていくことができるでしょう。魔素の乱れを鎮めることはそのついでだと考えてもらっても構いません。最も重要なのは、あなた方が力を身に付けるという点です」


 一度息を吐いたミネティーナ様が先ほどよりもはっきりとした口調で言葉を紡ぐ。


「何年掛かってもよいのです。だからいつの日かあなたたちが邪神に対抗する力を身に付けた時――この世界とこの世界に住まう人々を救う“救世主”として、私たちと一緒に戦ってもらえませんか?」


 そう口にした彼女は私の目をまっすぐと見つめていた。


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[一言] とりあえず主人公は神様一発ぶんなぐっていいと思う。
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