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43 軋轢

「私はヨハネス・フォン・シュッツリッター。アリアケ・ユウヒ様、貴女をお迎えに参りました」


 赤髪で長身の男性に傅かれている。

 その後ろには男性と同じような白と赤みの掛かった金色の鎧を着た騎士たちがズラッと並んでいた。

 ――どうなってるの、これ。


「ユウヒ様もどこかの国の王族だったのですか……?」

「違うからね!?」


 隣で頓珍漢なことを言っているショコラに思わずツッコミを入れる。

 後ろからはヒバナの「付いていけないわ……」という小さな声が聞こえてきた。

 そういえばみんなは私が聖教国を目指しているのは知っているはずだが、その理由までは知らないはずだ。話してこなかったし。

 当事者である私もこの状況に付いていけないのだ。彼女たちが困惑するのも分かる。

 だがまあ、この状態を続けるわけにはいかない。


「えっと、ユウヒと呼んでください。そっちが名前なので。あと、そこまで畏まる必要はありませんよ。あくまで私は一般市民なので」

「そういうわけにはまいりません。あなたは聖女ティアナ様が神託を受け、保護するようにと仰いました要人です。私にはあなたをティアナ様の元まで丁重にお連れする義務があります」


 そういうわけで明日の朝から、馬車で聖女様の元まで連れていってくれるらしい。

 急な話だなとは思うが、ミネティーナ様も聖女様もずっと探してくれていたのだろう。早く連れてきてほしいと思うのは自然なことだ。

 そもそも最初の転移場所が間違っていた気がしないでもないが。

 でもあれがなければ、私はコウカたちに会えなかっただろう。それならあれも今になっては良いものに映る。


 今日も王宮で泊まらせてくれるということなので、私たちは王宮での最後の夜を満喫した。




 そして次の日、なんとショコラが朝早くから見送りに来てくれた。

 騎士団の人たちに少し待ってもらうような形で、ショコラと話をさせてもらう。


「ユウヒ様。あなたの抱えている事情、無理に聞き出すようなことは致しません。ですが、いつか話していただけると嬉しいですわ。ユウヒ様がどのような立場の方でも、ショコラはユウヒ様を友人だと思っております!」

「ショコラ……うん、私もショコラとはずっと友達だと思っているよ」


 ショコラと軽い抱擁を交わした後、名残惜しく感じながらも離れた。

 私の居場所はここではないからだ。


「お連れの方々はあちらの馬車へ」

「この子たちは皆、私の眷属です。同じ馬車でお願いします」

「眷属……? は、ハッ、失礼いたしました」


 騎士の人に馬車まで案内され、乗り込もうとするがここで少しトラブルが発生した。とは言っても、私が一言告げるだけで何ともなかったわけだけど。

 乗せられたのは広い馬車だったので、全員で座ることができた。

 そしてその馬車の周りは馬に乗った騎士たちが固めてくれるようだ。これなら安全だろう。

 その中でも騎士団長をはじめとする数名が乗っている馬が角の生えた8本足の珍しい馬なのが非常に気になった。魔物か何かなのだろうか。


 それはさておき、出発の時はやってくる。

 車窓から外を見ると小さく手を振るショコラが見えたため、こちらからも手を振り返した。

 すると突如としてショコラが何かを思い出したかのような表情となり、大きな声を出す。


「ユウヒ様! この国では秋になると“ア・ラ・モード杯”が開かれますわ! 秋になったらコウカ様たちとぜひ、いらして!」


 私は馬車の窓を苦戦しながらも開け、ショコラの姿が見えなくなる前に言葉を返した。


「うん! 秋になったらきっと会いに来るから!」


 ショコラにちゃんと声が届いたかは分からないが、きっと届いてくれたはずだ。




    ◇




「それでどういうわけか、事情を話してくれるのよね」

「あ、マスター。それはわたしもすごく気になります」


 馬車に揺られてしばらく経った頃に向かい側に座るヒバナが問い掛けてくる。

 その隣に座るシズクも興味があるのか、本から顔を上げてこちらを見た。

 ここまで一緒に居てくれたのだ。事情くらい話すべきだろう。

 ――何から話すべきだろうか。まあ、最初からか。


「私は元々、みんなとは違う別の世界の人間なんだよ」

「……それってどういう解釈をすればいいの?」

「言葉の通りとしか言いようがないかな。ホントの話だから。前の世界で死んじゃいそうな時に、女神ミネティーナ様が私の魂を引っ張ってきたとかでこの世界に来たんだ」


 全員が一様に驚いた表情を浮かべているが、まあ当然だろう。普通なら想像することすらできないことだ。

 一早く復活したヒバナがさらに問い掛けてくる。


「……どうして女神はユウヒをこの世界に連れてきたの?」

「邪神と戦う力を身に付けてほしいって言ってた。みんなと私を繋げることのできる力もそのための力だとか」

「その邪神っていったい何?」


 その問いに私はただ首を横に振る。


「……知らない。詳しいことは全然話してくれなかったし」


 あの時のミネティーナ様は何だか焦っているみたいだったし、詳しい事情は聞けていない。その話を詳しく聞けるのはきっと、聖教国で聖女様と会えた時だろう。

 だが、私の話を聞いたヒバナは顔をしかめてしまう。


「……じゃあ何。私たちはあなたの“戦うための力”として、その邪神ってのと戦わないといけないわけ? ……どうしてそんな大事なことを最初に言わないのよ」


 ヒバナに睨みつけられてハッとする。

 どうして気付かなかったのだろう。彼女が憤るのも当然だ。

 邪神ということは即ち神だ。神という雲の上のような存在と戦わなければならないというのに、そのことを言わずに契約してしまった。

 彼女は震えるシズクの手を握る。


「私たちはあなたたちの甘い言葉に騙されたってわけ? その先に危険なことが待ち受けているって決まりきっていたのに!」

「違う、騙そうとしたわけじゃないの! 私は本当に……」

「私たちだって好きで戦っているわけじゃない。命を懸けなきゃいけないのよ! こんなことあの時に聞いていれば、最初から――」


 ダメだ。彼女からその言葉の続きを聞いてしまえば、終わってしまう。

 ――お願い、やめて。


「その先に待っていたのはきっと“無意味な死”ですよ、ヒバナ」


 その時、静かな声が馬車の中に響いた。

 語調が強まっていく私とヒバナのどちらもがその言葉を紡いだコウカを見て固まってしまう。彼女の目はただ無感情にヒバナを見つめていたのだ。

 だがその瞳はまるでヒバナではない、別の何かを見ているようにも思えた。

 彼女は底冷えするような冷たい言葉をその口から紡ぐ。


「わたしたちが助けなければあなたたちは魔物の餌ですし、当時のあなたたちに魔力はほとんどなかった。あの時に伝えたはずです。意味のある生き方をしませんか、と」

「――ッ!」

「まあ、他の魔物の糧になるということをあなたたちが望んでいたのなら、それも悪くない生き様だったのかもしれませんが」

「何ですって!?」


 シズクの手を離して立ち上がったヒバナがコウカの胸倉を掴み、座席へと抑え込む。

 どこまでも感情を感じさせないコウカとは対照的にヒバナの表情は怒り一色に染まっていた。


 突然の出来事とヒバナの気迫に圧倒され、私はその光景を眺めることしかできない。


「私たちがどんな思いであの場所を生き抜いてきたか、何も知らないくせに! 次の瞬間には死んでいるかもしれない場所で、明日が来るかも分からない中で生きていくのがどんなに怖いのか知りもしないくせにッ!」


 ヒバナの目から零れる涙が彼女の頬を伝い、流れ落ちる涙はコウカの服に染み込んでいく。

 そんなヒバナの表情を見たコウカはただ静かに目を閉じ、穏やかにも聞こえるほどに平坦な言葉を紡ぎ出した。


「……ええ、わたしには分かりません。わたしの世界には何もなかった。あなたが感じていた恐怖も、何も」

「……え?」

「わたしは生きている意味が欲しかったんです。ただ色のない世界を生きるのは嫌だった」


 気付くと、コウカの手はきつく握りしめられていた。

 私は私と出会う前のコウカのこともヒバナとシズクのことも何も知らない。それがたとえたった数日間のことだとしても、知らないということは私にとって大きな罪であるように思えた。


 コウカは目を閉じ、まるで自分に言い聞かせるように話し続ける。


「でも、わたしは生きる意味を見つけた。マスターを守るために生きるという意味を。マスターはわたしを、わたしたちを照らしてくれている。それはヒバナたちも感じていることではないですか?」


 コウカが再び瞼を開いた時にはその強い意志を感じさせる瞳で、涙を流し続けるヒバナの目をジッと見つめていた。

 2人のやり取りに誰も入る余地はないように思える。

 だが――。


「……そうだね、あたしも感じる時はあるよ。この場所は少し暖かいって思える。あたしが感じているんだから、ひーちゃんが感じていないわけないよ」

「シズ……でも……」


 いつの間に立ち上がったのか、シズクがヒバナに寄り添いながらその手の上から自らの手を重ね、ゆっくりと解していく。

 コウカを押さえつけていた手から力が抜け、彼女の体は解放された。

 そしてシズクは足元に落ちていた何かを持ち上げ、そのままそれをヒバナの頭の上へと乗せる。

 それは彼女がコウカに掴みかかった際に膝の上から落ちてしまっていた、あの三角帽子だった。


「あたしたちがこうして呼び合えるのも……あたしたちがちゃんとあたしたちになれたのも……あたしとひーちゃんの大切な名前を、ユウヒちゃんがくれたからだよ」


 ――激情の後に残されたのは、ただの静寂だ。

 私もこのまま見ているだけでは絶対に後悔するだろう。


「ごめんね、ヒバナ、シズク。コウカも、ノドカとダンゴだって。私、戦ってくれているヒバナたちの気持ちを全然考えてなかった。本当にごめんなさい」


 私は立ち上がり、みんなの顔を見ながらひとりひとりに謝る。

 騙すつもりなんてなかったのに、一緒にいてくれることがただ嬉しくて、みんながどう感じるのかをちゃんと考えていなかった。

 戦いは命を懸けるもののはずなのに、みんなは強いからって軽い気持ちで考えてそれに気付けなかったのは本当に馬鹿だ。大馬鹿者だ。


「みんなに一緒に来てもらいたかったのは戦わせるためなんかじゃ決してない。女神様に言われたことなんて関係なくて……ただ、みんなと一緒に居たかっただけなの。こんなはずじゃなかったって、騙されたって感じていてもいいからっ……でもそれだけは信じていてほしいんだ」


 私は心のままに誠心誠意、みんなに頭を下げた。

 この絆を失うのは怖くて辛い、でもこれは私が間違えてしまった罰だ。私は謝らなければならない。

 その結果、許されなかったのだとしても。

 けどもし許してくれるのなら、もう一度みんなと向き合いたい。

 みんなが望む私たちに――私になるために。

 前の世界でもずっとやってきたことだ。みんながやっぱりそれを望むなら、そうなればいい。


 やがてヒバナがシズクに支えられながら、力なく席へと戻る。

 そして三角帽子を抱き込み、蹲ってしまった。


「少し、時間をちょうだい。ちゃんと整理をつけたいの。……コウカもごめん」

「……ゆ、ユウヒちゃん。あたしの気持ちもひーちゃんと同じ。でもユウヒちゃんもきっと騙すつもりなんかなかったっていうのは、信じたいと思っているから」


 いつもよりもハッキリとしたシズクの言葉と視線が私の胸に突き刺さった。

 ヒバナもシズクも騙されるような形となったことで、私に憤りを感じているのだろう。それが故意か故意ではないのかは関係がないのだ。

 ヒバナの言うように、今の私たちに必要なのは時間なのかもしれない。

 でもいつか私がみんなを、みんなが私を理解できるようになればいいと切に願った。




 その後、一度馬車が止まった際に騎士団長から馬車での騒ぎについて尋ねられることがあったが、他人に話すような内容ではないので誤魔化しておいた。

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