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41 譲れないもの

「首が痛いわ……」

「あたしも……」


 ヒバナとシズクの2人が歩きながら首を摩っている。

 私の隣ではコウカが治った左手の感触を確かめているのか、手を開いたり閉じたりを繰り返していた。


 王宮で一晩を過ごした今日の朝、目を覚ました私たちの元に豪奢なドレスを着た如何にもお姫様なショコラが訪ねてきた。その後ろには彼女の専属侍女であるフィナンシアさんも立っている。

 どうかしたのかと聞くと、言い辛そうにしながらも理由を語ってくれた。

 なんでも、父親――つまり国王様との関係がギクシャクしてしまっているので、その件について家族会議をすることになったらしい。

 それで私たちにも同席してほしいということだった。

 そういえばショコラのお父さんは彼女の誰にも譲れないものを奪ったと言っていた。昨日、戦場で出会った際は関係が悪くなっているようには見えなかったためにすっかりと忘れていた。

 そのことを指摘すると、あの時は緊急事態だったのでショコラ本人も忘れていたらしい。

 誰にも譲れないくらい大切なものではなかったのかと少し呆れたが、それほど昨日のスタンピードはショコラにとっても信じられないものだったのだろう。


 どうして私たちが王族の家族会議に同席するのかも聞いた。

 どうやら、どんな理由があろうとも王族の務めを放棄して家出したのは完全にショコラが悪いので、味方が少しでも欲しかったらしい。

 正直、勘弁してほしい話だが涙目で縋り付かれてはノーとは言えなかったのだ。


「ヒバナ様、シズク様、痛みや疲労に効く薬がありますわ。お2人に効果があるかは分かりませんが……フィナンシア」

「はい、用意させましょう」


 ショコラが歩きながら一歩後ろを歩くフィナンシアさんに声を掛けると彼女は頷く。

 そうしてしばらく歩くと大きな扉の前で立ち止まった。


「ショコラッタですわ」


 ショコラがノックをし、名乗る。すると扉の向こうから低い声で「入れ」と声が返ってきた。

 どうやらこの部屋が家族会議の行われる部屋らしい。

 扉を開け、中に入るショコラに続いて私たちも入室する。


 広い部屋の中央にはポツンと大きなテーブルが置かれており、向かって左側には眠っている赤ん坊を抱えているショコラ似の美女が。

 右側には金髪にスカイブルーの瞳の青年と少年が座っている。

 そして一番奥には国王様が腰かけていた。


「お待たせして申し訳ありませんわ」

「……構わん。掛けなさい」


 ショコラが部屋の中を堂々と進んでいき、フィナンシアさんに椅子を引いてもらい座った。


「どうぞ、皆様も」


 フィナンシアさんに椅子を引かれ、私はショコラの横に座る。コウカたちはその後ろに並べられた椅子に座った。

 静寂が訪れる。部屋の中の雰囲気は非常に重い。……絶対に場違いだし、もう帰りたくなってきた。


 国王様が咳払いをする。私は伸びっぱなしの背筋をさらに伸ばして気を引き締めた。


「今日こうして集まったのは、身勝手な理由で出奔した――」

「その前に、(わたくし)とお父様の話が先でしょう」

「……何?」


 ショコラがキッと国王様を睨みつける。


(わたくし)が出奔したことを棚に上げるつもりはございません。しかし、お父様が理由を作らなければ(わたくし)が出奔することがなかったというのもまた、事実ですわ!」


 彼女の凄みに国王様も沈黙していた。

 国王様の顔を睨みつけたショコラは語調を強めていき、ついには立ち上がる。


(わたくし)は絶対にお父様を許しませんわ! お父様がショコラの……ショコラの大切な――“デラックスプリン・ショコラ・ア・ラ・モード”を食べたことを!」


 ――少し待ってほしい。本当に今のが家出の理由だというのか。

 私は思わず、隣で立ち上がっているショコラの顔を見上げた。

 険しい目をしたショコラの言葉は続く。


「あれは雪花の谷において年に1度しか現れないシルバー・アストリーチュが、命を落とす前に1つだけ遺す非常に貴重な卵が丸侭1つふんだんに使われています。つまり、年に1度しか食べられる機会がないということです。それをお父様は自分の分を食べた上で、ショコラの分まで食べてしまいました。……分かりますか!? そのためにお腹を空かせたまま食卓に座り、楽しみに待っていたら料理人が申し訳なさそうに頭を下げてくる様子が! お父様には分かりますか!?」

「は、はしたないぞ。やめなさい!」


 ショコラが机をバンバンと叩き、国王様に訴えかける。あまりの剣幕に国王様もたじたじであった。

 私としてはショコラの譲れないものとはもっと王女様ならではのものだと予想していた。こう、身分違いの恋人とか。将来の夢とか。

 だが、どうやらプリンの話らしい。

 これを正当化するのは難しいのではないかとショコラに呆れた目線を送るが、気付いてもらえない。

 そうして家族会議は意外な方向へと流れていく。


(わたくし)はこの件に関しては10割、ショコラを支持いたします」

「ミルフィーナ、何故!?」

「当然でしょう。旦那様がなさったことは、国王という立場でなければ重犯罪に値します」


 ショコラの母親、つまり王妃様であるミルフィーナ様が毅然とした態度で言い放つ。

 そしてショコラの肩を持つのは王妃様ではなかった。


「父上、僕もショコラの肩を持ちます。いくら何でもこれは擁護できません」

「オレも母上、兄上と同じで姉上の味方です。父上のやったことはひどすぎます」


 ショコラが胸の前で手をギュッと握り、擁護してくれた者たちに熱い視線を送る。


「お母様、お兄様……それにタルテルまで」


 ショコラにとっては感動する場面だったらしい。まあ、味方がいないと思っていたのに皆に味方してもらえるのは嬉しいだろう。

 話の流れはショコラが優勢だ。やっぱり私はいらなかったのではないだろうか。

 ――だがそれは幻に過ぎなかった。


「……言いたいことはそれだけか」


 国王様の放った一言で部屋の中は凍り付く。

 盛り上がっていたショコラも威圧されたのか硬直し、その額から汗が流れ落ちていく。


「デラックスプリン・ショコラ・ア・ラ・モードの件は確かに私が悪かった、それは認めよう。だがお前が出奔してどうなった。私は本来、動かさなくていい兵を動かしお前を捜索させた。その結果、薄くなった王都の守りに偶然とはいえスタンピードが重なった。一歩間違えれば、この国を滅ぼすところだったのだぞ」


 国王様の話を聞く度にショコラの顔が青ざめていった。

 厳しい話はまだ続く。


「王族の身勝手な行動は民の不安も煽る。そうなれば国全体が混乱するだろう。今回は民たちにお前がいないという事実が広まる前にお前が帰ってきた。だがこれではっきりしただろう、お前には担う者としての自覚が乏しすぎる」


 国王様の言うことは尤もだろう。

 この部屋にいる人たちはショコラを含め、国のトップに立つ人たちだ。その人たちが自分勝手に行動することは許されない。

 でもそれでも、そんな言い方はあんまりだ。

 私はショコラと数日しか共に過ごしていないが、それでも知っている。彼女が国民にどういう思いを抱くようになったのかを。


 国王様は家出する前のショコラしか知らない。

 たしかに王宮を出たときにはその自覚が足りなかったのかもしれない。でも王宮の外を――国民のありのままの姿を見たことで彼女は変わったのだ。

 それを国王様にも伝えなければならない。

 きっとそれこそが私がここに呼ばれた理由だ。


「国王様は、ショコラの全てを知っているわけではありません……」

「……何だと?」


 ギロッと国王様に睨みつけられ、威圧される。

 悲鳴と共に私の後ろで椅子が勢いよく引かれる音がする。恐らく悲鳴がシズクで、椅子を引いたのはコウカかヒバナだ。

 前者なら威圧された私を守ろうと動いてくれたのだろう。後者なら私ではなくシズクを、だが。

 しかし私は振り返らずに手を向けてそれを制した。

 体から変な汗が流れ、全身が震えるが足に力を込めて踏ん張り、立ち上がる。気を抜いたら声まで震えそうになるが、それでも口を開く。


「ショコラは変わりました。たしかにそんな理由で家出したのは身勝手です。王族のことはよく知りませんけど、それが許されないというのは理解できる。でも、だからって……ショコラがこの国の人たちに抱く強い想いを否定されたくはありません!」


 隣に立つショコラが「ユウヒ様……」と呟く。

 その顔に笑いかけて安心させてあげたいが、この状態で国王様から目を逸らせば、再び私が立ち上がることはできないだろうという自覚があった。


 国王様が鼻で笑う。


「想いだと? 王族としての責務を投げ出し、逃げ出した者にどのような想いがあると言うのだ」

「あなたが知っているショコラはここを出る前のショコラだ。でも今ここにいるショコラはその時のショコラとは違う。ショコラは人々の想いに触れて変わったんです! あの街、モンブルヌで!」


 国王様が軽く目を見開いて、「あの街まで行ったのか……」と口にした。

 だがすぐさま表情を取り繕ってしまう。


「……たった数日で何が変わると言うのだ」

「変わります。たった数日でも人は変われるんです! たしかにショコラは王族としての自覚が足りていなかったのかもしれません。でもそれはきっかけがなかっただけなんだ。きっかけがあれば、人は変われるんです。それはきっとこの王宮にはなかった、人々の暮らしの中にあったんです!」


 自分でもどうしてこんなに熱くなっているのか分からない。

 こんなの不敬罪と言われて捕まりそうなものなのに、言葉は止まらなかった。


「今のショコラを見てあげてください! 家族なら、お父さんなら、ショコラのことを信じてあげてください!」


 言い切ってしまった。

 何でこんなことを言ったんだという後悔が今になって襲い掛かってきて、全身から血の気が引いていく。

 だが先ほどの言葉は間違いなく私の本心から出たものだ。

 もはや逃げることが不可能であることなど分かりきっている。

 部屋の中は静寂に包まれており、その中で私はこちらをにらみ続ける国王様の目をジッと見つめていた。


 だがここで、重苦しい雰囲気が漂う部屋の中に響く声があった。


「……旦那様、もう良いのではありませんか?」


 それはショコラの母親である王妃様だった。

 王妃様は立ち上がり、国王様の側へと寄る。


「彼女もまた示した。これで十分だと(わたくし)は思いますわ」

「僕も、彼女ならショコラの良き友人となってくれると確信しました」


 その言葉に国王様は深く頷くと――破顔した。


「うむ、結構結構。そなたの言葉、確と私に響いた! ユウヒ殿、そなたをショコラの友人と認めよう」


 笑いかけてくる国王様に私の頭は高速で回転を続けているものの、一向に答えへと辿り着けない。

 隣にいるショコラもポカンとしてしまっているので、私と同じく状況に付いていけていないのだと思われる。


「君が本当にショコラの友人なのか、国王である私にもその想いを貫けるのかを試させてもらったのだ」


 なるほど、私が王女であるショコラに取り入ろうとしていたなどと疑っていたのだろう。

 はっきり言って勘弁してほしかったが、仕方のないことだというのは十分に理解できる。

 でもそれだと、さっきまでのショコラに対する物言いはなんだったのだろうか。まだ混乱は収まりそうにない。


「えっと、ショコラの自覚が乏しいとかその話は……」

「ショコラが変わったことなど、その顔を見ればわかる。それにショコラは行動で示した。民を守るため、戦場で王族としての責務を果たしたのだ。だからその件は、本当はもうよかったのだよ」


 なんだ、最初からこの人は全て気付いていたのだ。

 大きな父親としての愛をショコラに抱いている。私も直接ショコラから聞いていた話なのに、どこか信じられていなかったのかもしれない。

 国王様の言葉を聞いたショコラは弾かれたように立ち上がるとテーブルを回り、国王様の側まで駆け出していく。


「もう、もうもうっ、お父様ったらどうしてユウヒ様に意地悪しますの!? ショコラは最初から友人だと言っておりました! お父様はショコラの人を見る目を信用していらっしゃらないの!?」

「そう言わないでくれ。親としては愛する娘の友人はきっちりと見極めて安心したいものなのだ」

「も、もうっ、愛する娘なんて言われたってデラックスプリン・ショコラ・ア・ラ・モードを勝手に食べたことは許していませんわ!」

「なっ、待ってくれ。そうだ朝餉にしよう。きっとショコラも驚くぞ!」


 ショコラがプイっと顔を国王様から逸らし、怒っていますとアピールする。

 だが私の角度からだと口元がにやけているのが丸分かりだ。

 そうとは知らずに国王様はあの手この手で娘の機嫌を取ろうと頑張っている。

 王妃様も王子様たちも笑いながらその光景を見ていた。


 ――そうか。私はきっと、ただショコラに家族の絆を失ってほしくなかったんだ。

 愛し合っているはずの家族がその立場故に壊れてしまうのが見ていられなかった。

 そして一度の過ちで捨て去ってしまえるほど、家族の絆というものは冷たくないはずだと信じたかった。

 だから、私はあんなにも熱くなってしまったのだろう。


 思わず胸元に手を伸ばそうとして――後ろから誰かが腰に抱き着かれたため、それは中断せざるを得なかった。


「さっきのマスター、なんだかカッコよかったです!」

「ちょっ、コウカ!?」


 抱き着いてきたのはコウカだった。彼女は興奮した様子でその顔に笑みを浮かべていた。

 コウカに続いて、ダンゴまで私の胸に飛び込んできたので、それを受け止める。


「正直、居心地が悪かったから終わってくれてよかったわ」

「う、うん、ホッとした」


 どこか安堵した様子で互いに体を預け合っているヒバナとシズク。

 その様子を微笑ましく思っていると突然、私の頬を暖かい風が撫でた。

 ここは室内で無風のはず、ということはノドカだろう。どうやらあの子なりに私を労ってくれているらしい。


 安心したらお腹が減ってきた。

 ショコラたちも朝食を食べるという方針で意見が固まり、何故か私たちも一緒に食べることになってしまった。

 朝食に国王様が他国に頼み込んで譲ってもらったという例の卵を使って作られたプリンが出てきて、ショコラが大喜びしたのは余談だ。


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