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40 泥団子またはコーヒーゼリー

「殿下、司令部より最後の魔物の討伐を確認したとの報告が入りました!」


 兵士から勝鬨が上がり、ほっと息を吐く。


「終わりましたのね……。さあ、帰りましょう! 手の空いている方は負傷した方に肩を貸してあげてくださいませ!」


 とうとうスタンピードが終わった。

 すっかり日が傾いてしまっており、直接戦っていたわけではない私も疲労困憊となっていた。

 途中別の街から集まった兵士や依頼を受けた冒険者も参戦して、非常に有利な状態で戦闘は続いていたのだが、それでも連続で戦闘が起こることがこれほど疲れることとは知らなかった。

 私は倒れるようにしてその場へと寝転ぶ。


「わ、わわ」

「ちょ、ちょっと」


 手を繋いだままのシズクとヒバナが当然のように引っ張られ、地面に倒れ込んできたので、両腕でしっかりと受け止める。

 フワフワと浮いていたノドカも私のお腹の上あたりにボスンと乗りかかってきた。


「お疲れさま、ヒバナ、シズク、ノドカ、それにコウカも」


 私は倒れたままみんなの顔を見回していく。

 コウカだけ膝を抱えて、「何もしてない……」とどんよりしているが、黒いワイバーンを倒すまではすごく頑張ってくれていたので自信を持ってほしい。


「……ユウヒもお疲れさま」

「い、いっぱい魔力もらっちゃったけど、大丈夫……?」


 腕の中から、少し微笑んだヒバナと心配そうなシズクが上目遣いで私の顔を覗き込んでいる。

 2人とも疲れていて頭が回っていないのか、思いっきり接触してしまっているけど気にしていないみたいだ。

 これだけ疲れているのはシズクの言う通り、いっぱい魔力をあげたからなんだろうか。


「大丈夫……って言いたいところだけど、もうヘトヘト。でもね……みんなと一緒だから、それが嬉しいんだよ」

「嬉しい、ですか……?」


 立ち直ったコウカが首を傾げる。


「だって今まで私は見ているだけだったけど、こうして一緒に疲れたって感じられるなら私もみんなと一緒に戦えたみたいだなって思えるんだ」


 実際に戦っていた皆ほどではないが、私も何かできることがあったのが嬉しかった。魔力をあげるだけだけど、何もできないのは落ち着かなくて気持ち悪い。

 兵士たちが引き上げようと準備をしている中、私たちは穏やかな時間を過ごした。

 平原を駆け抜ける風が頬を撫で、温かい感触が首を擽ってくる。心地良いがこそばゆい。


 ――首を擽る感触?

 その感触は今もなお続いている。私はその正体を確かめようとして首を回した。

 すると視線の先には動く泥団子がいた。

 いや、透けて向こう側まで見えてしまっていることから、どちらかというとコーヒーゼリーか。そこまで色は濃くないんだけど。


「……はぇっ?」


 私の口から気の抜けた声が出る。相も変わらず動くコーヒーゼリーは私の首筋に体を擦りつけている。


 ――あ、なんだかこの子に名前を付けたくなってきた。

 この感覚には覚えがある。今までに3回は経験した。

 何がこの子のお眼鏡に適ったかは分からないが、私から何も言わずともこうなったのは初めてではないだろうか。

 それはともかく、今はこの子の名前を考えたい。……駄目だ。泥団子とコーヒーゼリーが頭から離れない。


「だ、ダンゴ、とか……?」


 どうやらそれでよかったらしい。

 私とダンゴの間に繋がりが生まれ、この瞬間私たちに新たな仲間が加わった。


「マスター、何か言いましたか……ってそれはスライムですか?」


 コウカがダンゴの存在に気付いたようで、四つん這い――片腕が治療真っ只中であるため正確には違うが――で近寄ってくる。

 対するダンゴはその場で180度回転したと思ったら、近付いてくるコウカに対して勢いよく襲い掛かってしまった。

 いや、これは襲い掛かっているわけではないか。どちらかというとじゃれついているように見える。


「わっ、あなたの名前はダンゴですか。あははは、くすぐったいですよ!」


 コウカも満更ではなさそうだし、相性も悪くなさそうだ。


「ユウヒ、あの子は?」

「さぁ、気付いた時には側にいて契約できちゃった」

「できちゃったって……」


 言葉の通りなので、それ以上は説明できない。

 ヒバナは1つため息をつくと私から離れ、じゃれ合っているあの子たちの元へと向かう。

 彼女はどうやらダンゴから話を聞いているようで、時折頷き返していた。


 そうして少し待っていると話を聞き終わったのか、ヒバナが戻ってきた。

 先程までとは違い、妙に私との距離が遠いが。


「あの子から話を聞いてきたわ。なんでもさっきのスタンピードを見掛けて、好奇心のままふらふらと魔物の後をつけてきたらしいわ。話を聞いていて分かったけど、あの子は子供ね」


 ダンゴが兵士たちの方に向かい、殺されなくてよかったと胸をなでおろす。

 だが見た目が子供のヒバナがダンゴを子供と表現するのは何だか可笑しい。

 ――いや待てよ、ヒバナってもしかしてすごい年上だったりするのだろうか。


「子供って、ヒバナは違うの?」

「私が言ったのは精神的な話。私も生きてきた時間で言ったら多分あの子のことを言えないし……人で言ったら赤ん坊よ」


 そういうわけではないらしい。

 年上だったらどうしようと思っていたので、ホッとする。

 だがそれも当然と言えば当然かもしれない。この子とシズクは出会った当初、弱い魔物からも逃げなければならないほどだった。

 そもそも魔力を消費し過ぎると消滅するスライム。なら、生まれてから経っていたとしてもほんの数日から数週間だったと考えるのが自然だ。

 それにしてもヒバナが赤ん坊か。同い年か少し年下くらいの子と話している気分になるので、それはそれでどこかおかしく感じる。


 まあいい、疲れたしこれ以上は考えたくない。早く街に入って休みたかった。

 ――あ、今からでも宿って取れるのかな。




    ◇




 心配せずとも、夜を越すための部屋はすぐに見つかることとなる。まあ、その部屋とは王宮の中にあるのだが。

 私たちはメイドさんに来賓用の宿泊部屋へと案内されていた。


「こちらになります。浴場の準備ができましたら、お呼びいたします」


 恭しい態度でメイドさんが頭を下げて去っていく。

 今の私の立場は王女様であるショコラの友人となるため、あのメイドさんの態度も頷けた。


 何がどうしてこうなったのかはよく分からないが先程までのことを思い出してみる。

 スタンピードを治め、夜なのに兵士たちが凱旋して街の中に入ると街の中で大歓声が広がり、そのまま宴が始まってしまった。

 国王様とショコラ、その兄で王太子のエクリアン様も参加するようで、私たちも宴に参加したのだが疲れている様子をショコラに見られて、一足先に休むことになったのだ。

 そこで何故か王宮に連れられることになったのだがショコラ曰く、「恩人であり大切な友人でもあるユウヒ様に何もお礼をしないとなれば、ラモードの名が廃りますわ!」とのこと。

 断ることもできないので、連れて来られるがままにここまでやってきた。

 せめてもの頼みとして今日はみんなと同じ部屋で休みたかったので、大きな部屋1部屋を急遽用意してもらった。

 スライムを王宮の中に連れ込んでいいのかと不安に思っていたが、誰も騒がないので別に何ともないらしい。


「あっ」


 横からコウカの声がして、何かが飛び出していく。

 その何かとはダンゴで、コウカが右手で抱えていたダンゴが部屋に入った途端に飛び出したようだった。

 調度品の高そうな花瓶などもあったので何か壊さないかヒヤッとしたが、意外とそういったことは理解しているのか暴れまわるようなことはせず、少し動き回った後に柔らかいソファーを気に入ったのか、その上で飛び跳ねているだけだ。

 隣のコウカを見るとこの子もダンゴが暴れまわらないことに安心したのか、表情からもホッとしているのが分かった。

 彼女の左腕だが、まだ完全には治っていないものの前腕の中程までは治っている。

 魔力の不調は未だ抱えているようだが、治ることは確認できたので私は胸を撫でおろしていた。


「これって適当に休んでいいのよね……」

「あたしも早く休みたい……」


 寄り添い合うヒバナとシズクの表情には疲れが見て取れる。

 2人はダンゴがいるソファーの向かい側にある別のソファーに歩いていくと、そのままだらっと腰掛けた。


「私たちもお風呂の準備ができるまで、適当に休んでいようか」

「はい、そうしましょう」


 隣にずっと立っていたコウカに声を掛け、ダンゴが遊んでいるソファーに近づいていく。

 そして飛び跳ねているダンゴをタイミングよくキャッチし、代わりに私たちがソファーへと座る。

 ダンゴも満足したのか、私とコウカの間にちょこんと収まった。それを見届けると今度は対面に目を遣る。

 対面にはヒバナとシズクが座っているが、すでに互いにもたれ合うような形で眠ってしまっている。

 同じように私の腕の中ではノドカが寝ているが、それはいつものことだ。


「2人とも、すごく疲れていたみたい」

「進化して変わったことも多かったので、余計に疲れを感じていたのかもしれませんね」


 完全な人間ではないとは言っても、多分ヒバナもシズクも人間とほぼ同じような感覚も持つようになった。

 そしてそれに慣れる間もなく何時間も戦い続けていたのだから、精神的にもその疲れは私が思っている以上なのかもしれない。

 そうでもなければ、互い以外の人と触れ合うことを嫌がる2人が、戦いが終わった後も私と密着したままであったことなどあり得なかったのだろう。


「ベッドに運んであげようか……って無理か……」


 今のコウカは右腕しか使えないし、私ではもっと厳しい。

 1人ずつ運んだとしても非力な私では、私よりも目測十センチちょっとしか変わらない2人を抱えることは難しいのだ。

 丸いスライムの時はこんなに軽いのに、とノドカを持ち上げながら思う。

 姿が変わっても軽いままならよかったのかもしれないが、さっき2人を受け止めたときにそれなりの重みを――人間と同じような重みを感じた。

 女の子にこんなことを思うのは失礼かもしれないが、私も女なのでそれは許してほしい。


「とりあえず毛布くらいは掛けてあげようか」


 風邪をひくかどうかまでは分からないが温かいほうが眠りやすいのは確かだろう。

 ベッドの1つからタオルケットを拝借し、コウカと協力してヒバナとシズクに掛ける。

 ――うん、これでよし。


 その時、丁度ノックの音が聞こえた。どうやらお風呂の準備ができたようで呼びに来てくれたらしい。

 疲れているヒバナとシズクを起こさないように部屋を出た私とコウカはそれぞれノドカとダンゴを連れ、メイドさんに連れられるがまま浴場へと向かった。


 それからは感動の連続だった。

 まず温かいお湯が出るシャワーに感動し、次に温かいお湯が張っている大浴場に感動した。

 これでも相当なものなのにお姫様はもっとすごい生活をしているのだろう。すごい相手と知り合ってしまったものだ。

 初めてのお風呂にはしゃぐコウカとダンゴ。眠ったままプカプカと浮いているノドカを見ていると、私もつい寝てしまいそうになった。


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