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04 街と事情聴取

 太陽が完全に地平線の向こう側に沈み、静まり返った街道を私は歩いている。

 外灯なんて設置されていない道だけど、迷うことなく進むことができていた。

 というのも両手の平の上に陣取っているスライムことコウカが、私の行く道を光の玉を作り出して照らしてくれているからだ。

 そしてこのコウカ、数時間前と比較すると何故か体が大きくなっている。


 あれは私がコウカに名前を付けてから少し経った時のことだった。

 コウカが直視できない程の光を放ったと思えば、片手でも手の平からはみ出しはするものの余裕で持ち上げられそうだったコウカのサイズが、片手では少し持つのが辛いくらいの大きさに変化していたのだ。

 まあ、びっくりはしたもののそれほど重くもなく、手への収まりはいいので特に問題ない。


 その後はコウカが案内してくれた森の中の泉で――お腹を壊さないか心配だったけど――水分を補給し、完全に日が暮れる前に森を出ることができた。

 そして森を出てすぐの場所にどこかへと続いている街道を見つけたため、現在はその街道の上を歩いているというわけだ。


「……ん、どうしたの?」


 私が考え事に耽っていると、コウカが何かに気付いたようだった。

 これもコウカに関する変化で、何となくこの子の意思が伝わってくるようになっていた。

 これはどうやらコウカ側も同じようで、私が伝えたいと強く思ったことを分かってもらえているみたいなのだ。

 この子は話せないので、ぼんやりとではあるものの何も言わずとも意思疎通できるようになったことは非常にありがたい。


 そうやってまた思考の海に沈みそうになったところで、余計な考えを振り払う。今はコウカが見ているものに目を向けるべきだ。

 コウカには一度、光の玉を消してもらい、暗闇に目を慣らすことにした。

 立ち止まり、目を凝らして遠くを見てみると何やら大きな壁が見える。それも自然に出来たものではない、明らかに人の手が加わったものだ。


「きっと街だよ。やったね、コウカ!」


 危険な森を抜け、ようやく人が住んでいそうな場所を見つけたのだ。私は内心、飛び跳ねたいくらい喜んでいた。

 コウカも喜んでくれているのか、手の上でぽよぽよと飛び跳ねているのが大変可愛らしい。


「よし、行こっか!」


 この時、浮かれていた私はとても重要な事実に気付けないでいた。




「あ、門が閉まってる……」


 ――こういう街って夜は門が閉まるんだっけ。

 何かで読んだことはあったんだけどすっかりと記憶から抜け落ちていた。


「どうしよう……」


 少なくとも野宿は確定だ。肌寒いが適当に街の外壁を背にして眠るしかない。私の新生活がまったく上手くいかないものだから、泣きそうになってくる。

 今日はまた、コウカに慰めてもらいながら寝るとしよう……。

 ――コウカって、ほんのりと温かいんだな……。




   ◇




「おーい」

「……んんぅ」


 心地よい微睡の中、誰かが私の体を揺さぶってくる。


「おい起きな、嬢ちゃん」

「……んぅ……?」


 少しずつ意識が覚醒してきた。だがまだ半分、意識が夢の世界に取り残されているような夢心地ではあった。

 とりあえず私の安眠を妨げたものを確認するために目を開ける。


「おお、やっと起きたか」

「あ、えっと……おはようございます……?」


 声がする方に顔を向けると、推定年齢30歳くらいの男性の顔があった。服装から兵士のように見える。

 朝までぐっすり眠っていたみたいだから、門が開いて出てきたのだろうか。


「おう、おはようさん。まったく驚いたぜ。街のすぐ外とはいえ、女1人で無防備に寝てるんだからよ」

「1人? 1人じゃないですよ。だって私には――」

「ん……? おい、そいつは……スライムか!」


 私が抱きかかえていたコウカを兵士に見えるように動かした瞬間――兵士が腰に携えていた剣を引き抜いた。

 その瞬間、私の顔からサッと血の気が引く。そして同時に寝ぼけていた頭が急速に覚醒し、自らの過ちに気付いた。

 常識的に考えて、スライムは魔物で人間の敵だ。それを人間――それも兵士に見せてしまった。切り殺されてもおかしくはない。

 ――寝ぼけていたとはいえ、なんて馬鹿なことをしてしまったんだ。


 剣を向けられているコウカは警戒こそしているが、攻撃する素振りを見せない。私がこの兵士に敵意を持っていないこともあると思う。

 この子は決して無差別に人を襲う危険な魔物なんかじゃないんだ。それを伝えないと。


「こ、このスライムは人に危害を加えたりしません! 私の大切な仲間で……殺す必要なんてありません!」


 コウカを強く抱きしめ、兵士から隠すようにして言い切った。


 長いようで短い沈黙の後、兵士は一転した態度であっけらかんと答える。


「ん……なんだ、嬢ちゃんは魔物使い(テイマー)だったのか。テイマーカードは持っていないのか? 見せてくれれば問題なかったんだが……作っておいた方がいいぞ。いや、さっきのは先に剣を抜いた俺が悪いか。珍しいもんだったから、驚いちまって……すまない」


 何やら1人で納得し、謝ってくる兵士。

 どうにか丸く収まりそうだったので安心しながら、気にしていないことを相手に伝える。

 テイマーなどよく分からないこともあるが、勘違いしてくれるのなら、とりあえずはそういうことにしておこう。


「いや、だが本当にスライムの従魔なんて珍しいな」

「そうなんですか……?」

「少なくとも俺は初めて見る」


 どうしてだろう。やはりあまり強くない種族だからとかなのだろうか。

 私が原因を考察していると、兵士が話を切り替えてきた。


「ところで嬢ちゃんは街に入りたいのか?」

「あ、はい。そうなんです。このまま入っても大丈夫ですか?」

「あー……悪いが一応、関所で話を聞かせてほしい。テイマーカード持ちじゃない魔物連れをそのまま街に入れるわけにもいかんしな。付いてきてくれ」


 どうやら、事情聴取のようなものを受けることになるそうだ。

 別の世界から来たなんて言えないから、今のうちに代わりの理由などを考えておかなければならない。


「うおっ、お前さん随分とボロボロだな。……まあいい、それも含めて聞くか」


 立ち上がった私を見て、兵士が驚きの声を上げる。

 ……まあ、確かに私の今の格好は酷い。高校の制服はあちこちが引き裂かれ、靴は両方脱げているし、おまけに全身泥だらけだ。

 さらに質問される項目が増えそうだが、観念して付いていく。


「そうだ、コウカ。しばらくこのおじさんと話をすることになるから、大人しくしておいてもらわないと駄目かも。ごめんね」


 コウカの体が揺れる。頷いたように感じられたので、了承してもらえたのだと思う。ここまで一緒にいるけど暴れたりする様子もないから、全然心配はしていないんだけど。念のためだ。

 そんな感じでコウカとコミュニケーションを取りながら歩いていると、門まで来たところで門の側に立っていたおじさんと同年代くらいの兵士が声を掛けてきた。


「よぉ、ポール。その子が例の……ってスライム!?」

「あぁ、俺も驚いたがな。この嬢ちゃんの従魔らしい」

「はぁ……マジか」


 やはり驚かれた。

 スライムはそんなに人気がないのだろうか。


「それじゃあ、俺は奥でこの嬢ちゃんの話を聞くから、ここは任せるぜ」

「ああ、了解だ」


 そうして兵士のおじさんに関所の中の取調室のようなところに連れていかれる。

 ……さて、なんとか怪しまれないようにこの取り調べを切り抜けないといけないな。


「そこに座ってくれ」

「はい、わかりました」


 そうして机越しに置かれていた椅子に私とおじさんは座った。


「よし……じゃあまずは嬢ちゃんの名前と年齢を教えてくれ」

有明優日(ありあけゆうひ)、16歳です。えっと、優日の方が名前です」

「家名持ち……まさか貴族や商家のお嬢さんとかか?」

「あ、いえ、どちらでもありません。私の住んでいた場所では皆、家名を持っていたので」


 フルネームで名乗ってしまったけど、この反応的にどうやら一般的には家名を持っていないものらしい。

 咄嗟に誤魔化しはしたが、身分を偽ってバレるよりかは良いと思う。それに自分の名前は苗字も含めて大事にしたい。

 この世界のどこかにも家名持ちが珍しくない地方などもありそうなものだが、これ以上は詮索してほしくはない……。


「ほう……じゃあ、次の質問だな。どこから来た?」


 私の祈りが届いたわけではないと思うが、どうやら軽く流してくれそうだ。

 しかし、これが一番ネックとなる質問だと思う。適当なことを言うと嘘だと思われかねないが、かといって女神様に転移させられたと正直に言うのもまずいだろう。

 そもそも正直に答えたとしても信じてもらえないだろうし、頭がおかしいと思われて終わりだ。

 なら嘘をついたほうがマシか。


「故郷の村を出て、旅をしているんです。その、だいぶ遠いところから……」

「旅を、そんな丸腰でか?」


 当然のように疑われたが、この嘘を土台に何とか話を組み立てていくしかない。

 幸いにも、何かを隠し通すことには慣れている。


「……そこの街道を少し歩いた所にある森に入ってしまって、その中で黒い狼に襲われたから持ち物も何もかも捨てて逃げて……それでこの街に」


 苦しい言い訳ではある。

 だが、それを聞いたおじさんの反応は私が思っている以上のものだった。


「何!? 黒い狼、ダークウルフか……それがファーガルド大森林に。いくらなんでも早すぎるぞ……」


 ――早すぎる?

 彼がボソッと呟いた言葉の意味が私にはわからなかった。


「森の中にいたのはダークウルフだけだったのか?」

「えっと……はい、いたのはそのダークウルフが3匹だけでした」

「……そうか。それで、よく無事だったな」

「この子が……助けてくれたから……」


 そう言って私は膝の上のコウカをそっと抱きしめる。


「そうか、テイマーだったな。……嬢ちゃんは冒険者ではないのか?」


 冒険者か。

 ファンタジー小説を読んだことがあるから、どんなものかは想像がつく。想像通りのものかは分からないが、少しだけ興味も湧いてきた。


「冒険者ではないですけど、興味はあります。あの、この街で冒険者になることはできますか?」


 私が若干興奮気味におじさんへ尋ねると、彼はフッと笑う。


「おいおい、知らないのか嬢ちゃん。この街“ファーリンド”は冒険者の街だぜ? 冒険者ギルドくらいあるに決まってるだろ」


 ファーリンド、それがこの壁を越えた先にある街の名前。

 冒険者の街か。多分、凄腕の人とかがいっぱいいるのだろう。


「まあ、聞きたいことはこんなもんだな。悪意がないことは明白だし、問題ないだろう。ようこそファーリンドへ!」


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