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38 双子の魔法使い

「コウカ……」


 飛竜に乗り、空へと上がっていくコウカを私はただ見ていることしかできない。

 一度飛竜の上からコウカが私に目を向けてくれたが、それ以降は一度も目が合うことはなかった。


 空へと飛び上がったコウカに竜騎士が1人に近づいたかと思うとコウカの乗る飛竜は急速に加速し、黒いワイバーンへ向かっていく。

 竜騎士の1人が撃ち落とされ、コウカが最初に黒いワイバーンと接近したときはゾッとした。あんなに勢いのある攻撃を受ければ、コウカも簡単に死んでしまうのではないかと恐怖したのだ。

 だがコウカはそんな相手にも怯むことなく立ち向かい、果敢に剣を振る。

 そしてワイバーンの1体を討ち取った時には私は歓喜の声を上げていた。


「やった!」


 だが状況は一気に悪化することになる。

 高度を上げながら再びぶつかり合うコウカの乗る飛竜と黒いワイバーンが少しの間、揉み合っていたかと思うとコウカの乗る飛竜のほうが力を失うように体を回転させながら落下していったのだ。

 思わず息を呑んだが、コウカは飛竜が落とされる時にはすでにその飛竜から離れ、離脱しようとする黒いワイバーンに取り付いていた。

 戦いは遙か上空で行われているのでここからではあそこで何が起こっているのかを正確に知ることはできない。

 けれども黒いワイバーンが突然暴れ出したので、コウカが何かしら効果的なダメージを与えたのだということだけは知ることができた。

 ――だが程なくして、暴れるワイバーンから人影が投げ出されたことで青ざめる。

 しかし先ほど上空から落下する竜騎士をノドカが魔法で受け止めたことを思い出し、コウカが投げ出された勢いのまま地上に叩きつけられることはないだろうと少しだけ肩から力が抜けた。


 しかしながら、ことはそう上手くいくとは限らない。

 落ちていくコウカに残る最後の竜騎士と戦っていたはずのワイバーンが急接近していく光景が見えた。

 空を自由に飛び回れる相手がいる中で空を飛べないコウカが空中に投げ出されるのは、無防備を晒していることにほかならない。


「コウカぁっ!」


 叫んだところでコウカを助けることはできない。

 未だ遙か上空に位置するコウカとワイバーンがいる場所には地上からの魔法は届かないのだ。もはや、私にできることといえば祈ることだけだった。

 ……だが意外なことにもコウカは空中で自由に動けない中で、ワイバーンを返り討ちにしてしまった。

 これなら黒いワイバーン相手でも地上に帰ってくるまではどうにかなるかもしれない。しかし悲しいことにそんな甘い考えはすぐさま否定されることになる。


 再接近してきた黒いワイバーンの猛攻にコウカは防戦一方だった。

 何度か打ち合った後、コウカは右手の動きを止める。どうやら、なまくらの剣を振ることをやめ、魔法を使うことに切り替えたようだった。

 一度黒いワイバーンが最接近したときは肝を冷やしたが、魔法を放つことには成功したようでワイバーンが怯んでいた。

 ワイバーンが怯んでいる間にコウカとワイバーンの距離は少し離されている。地上から魔法での援護ができれば、状況は変わるかもしれない。

 ――だが、まだ遠い。遠すぎるのだ。


「何かしたいのに……!」


 何もできない自分が嫌になる。コウカが頑張っている時、私はいつも見ているだけで何もできない。

 そんな私から漏れた声は、地上で続いている戦いの音によってそのまま掻き消えてしまうはずのものであった。


「できることならあるわ」

「えっ?」


 誰かに話したわけではない、完全な独り言だったはずなのにその言葉に声を返してくれる者がいた。

 空を見上げていた私が声の主を探すと、幸いにもすぐに見つけることができた。

 彼女は肩甲骨の下くらいまで伸ばした、燃えるような赤髪を風に靡かせる少女だった。少女は強い意志を秘めた紅い瞳でジッと私を見つめている。

 さらに赤髪の少女の陰からは別の少女がこちらを窺うように少しだけ顔を覗かせていた。


「できることって……」

「あるの。手を出して」


 赤髪の少女が私に左手を差し出し、後ろに隠れている少女にも声を掛ける。


「さあ、シズも」

「うん……」


 赤髪の少女の陰から青色の髪を肩のあたりで切り揃えた少女が現れる。


「あっ……」


 驚いた。

 少女たちは瓜二つだったのだ。

 髪と瞳の色は全く違い、気の強そうな赤髪の少女と比べると青髪の少女は常に何かに怯えているような目付きなので分かりづらいが、背丈や顔立ちなどはそっくりだった。

 服もお揃いの白いワンピースだし、これは双子というものだろう。


 ――いや、違う。多分、もっと重要な点がある。

 私の心が何かを訴えかけてきているのだ。


「…………もしかしてヒバナ、シズク……?」

「はぁ……」

「ひぅっ」


 少女たちを交互に指さしながら、私が予想した相手の名前を呼ぶ。

 名前を呼んで指をさした瞬間に青髪の少女が大げさなくらいに震えあがって赤髪の少女の陰に隠れてしまったので、申し訳なさを感じると同時に確信する。


「ようやく気づいたの?」

「……やっぱりそうなんだ」


 ヒバナが如何にも呆れたと言わんばかりの顔で額を押さえる。

 彼女とその陰に隠れるシズク、今思えばいつもの2人そのままではないか。

 自分の愚鈍さに呆れるとともに2人が人の姿になったことをとても嬉しく思う。


「まあ、そんなこと今はどうでもいいわ。ユウヒ、さっき言ったとおりにして。ほら……シズも」


 そう言ってヒバナはもう一度、左手を出す。そしておずおずとシズクも彼女の右側へと出てきた。

 そうだ、今はそれどころじゃない。私はコウカを助けたい。

 コウカはだいぶ高度の低い場所まで降りてきているが、それでもまだまだ地上からは遠かった。

 ――その時、空を見上げていた私の右手が不意に誰かの温かい手によって包まれる。


「ぼさっとしてないでよ。時間がないんだから」

「あ、ごめん。でもどうして手を……」


 突然ヒバナと手をつなぐ形となって動揺する。しかも怒られるし、何が何だか分からない。

 取り敢えずヒバナが言うにはシズクとも手を繋がなければいけないので、一度ノドカを地面に降ろそうとしたのだが、その前にノドカが勝手にフワフワと宙に浮いてしまった。

 何はともあれ、左手も空いたのでシズクへ向かって手を伸ばす。……しかし、一向にその手が握られることはない。


「え……あ、ああ、あの。そ、そのっ」


 シズクは私の顔と手を交互に見つめながら、右手を伸ばそうとしては戻すことを繰り返している。

 仕方がないので少し強引な形で手を取り、離れないようにシズクの伸び切っていない指と指の間に自分の指を潜り込ませてガッチリと握る。

 悲鳴と共にシズクの体が跳ね上がるが、固く握っているので手が離れることはない。

 逃げられないと悟ったシズクはしばらく指をもぞもぞとさせていたが、時間が経つと慣れてきたのか、少し指に力を込めて自分からも私の手を握ってくれた。


「それで、どうするの?」

「手をしっかりと握っているだけでいいわ。あんなヤツ、すぐに倒して終わらせるわよ」


 とりあえず手を握っていればいいらしい。

 ヒバナは倒すといったが、本当に倒すことができるのかと不安ではある。待っていても何かできるわけではないので、彼女の言う通りにはするが。


 彼女たちは向かい合わせとなり、お互いに頷き合っていた。

 そしてヒバナが右手を、シズクが左手を空へと掲げる。


「シズ、一撃よ?」

「ひーちゃん……うん!」


 私も顔を上げ、空を見る。

 そして直後に目を見開いた。


「コウカ!?」


 悲鳴のような声が口から飛び出る。

 いつの間にか復活していた黒いワイバーンが口を大きく開き、その口の奥から黒い炎が今にも放たれようとしていたのだ。

 その射線上に居るのはもちろんコウカだ。

 足場が崩れ落ちていくような錯覚に陥り、自分がどこに立っているのかすら分からなくなりそうだった。


「コウカを助けるんでしょ! ちゃんと手を握ってて!」

「あ、あたしたちを信じてっ!」


 ヒバナとシズクの叱咤の声が響き、正気に戻る。

 そうだ、私はコウカを助けるために今こうして立っているのだ。

 2人から魔力の高まりを感じるが、まだ他に何かできることがあるはずだった。


「ノドカ! 少しの間だけでもいい、コウカのことを守って!」


 ノドカが風の魔法を使えば、コウカを守ることができる。

 コウカと私たちの距離は依然遠く、通常ならノドカの魔法は届かないかもしれない。だがノドカならやってくれると信じてみることにした。


「【レイジング・ストリーム】!」


 私たちの頭上に巨大な水の塊が現れ、そこから水流が怒涛の勢いで天へと昇っていく。

 それと同時に黒いワイバーンの口から放たれた炎がコウカを覆いつくそうとするが、私は目を逸らさずにその光景を見届けることを選んだ。


 そして期待した通り、コウカに迫っていた炎は――何かに阻まれた。

 その直後に激流がコウカの横を通り過ぎるように炎へと迫り、ぶつかり合う。


「【レイジング・ファイア】!」


 遅れて炎の塊が頭上に現れ、激流に続くように烈火が飛び出す。

 それがコウカと交差する頃には黒い炎は激流に相殺され、守る物が無くなった黒いワイバーンへと烈火が迫る。

 ワイバーンは烈火から逃れようと羽ばたくがその動きは精細さを欠いていた。そう、まるで何かに邪魔をされているように。

 そう思い至ってから、ハッとノドカを見る。

 ノドカは何かしらの魔法を使っているようで、それによってワイバーンは上手く逃げることもできないのだろう。


 そして、逃げることを許されないワイバーンは烈火によって包み込まれた。




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