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32 王都への道標

「これは由々しき事態だね……」

「わたしも……まさかこれほどとは思いませんでした……」


 私とコウカはテーブルに肘をつき、両手で自分の頭を押さえている。

 こうなった原因は私たちの目の前に広がっている光景だ。


「うーん、お腹の調子が戻ってきましたわ。誰の目も気にせず、ディナーを楽しめるというのは素晴らしいことですわね! あら……ユウヒ様、コウカ様。あまりお食事が進んでいらっしゃらないようですわね。これらのお料理はユウヒ様のお金で注文なされたもの。(わたくし)だけが食べるのは、よろしくないことかと存じますわ」

「あー……うん。いや、お気になさらず……」


 その光景を見ているだけでお腹いっぱいだ。

 思えば私たちとショコラが一緒に飲食店に入ったところまではよかったのだ。

 ショコラと出会った時の会計が彼女1人で私たち以上であったことも、その時の彼女がしばらく何も食べていない状態であったことを考えると理解できる。

 だからしっかりと食事を摂った後のショコラなら、一緒に食事を摂ったとしても私とコウカたちだけの時と比べて、倍の金額にはならないだろうと踏んでいた。

 じゃあ、これはなんだ。そんな軽い考えで食べに来たのが悪かったのか、彼女はお腹の調子がいいなどと宣うではないか。

 もうすでに前の店で彼女が食べたであろう量を凌駕している。そしてそれは、未だ止まる気配を見せていなかった。見通しが甘かったと言わざるを得ない。


 目の前の景色に圧倒されているのは私とコウカだけではなかった。ヒバナとシズクもこの光景を前にそっと寄り添い合い、固まってしまっている。

 この光景の中で動けるのはずっと食べているショコラと同じように食べ続けているマイペースなノドカだけだ。


「あら、食べ終えてしまいましたわ。店員様、このメニューからこのメニューまでを……」

「申し訳ございません、お客様。当店で個人に提供できる限度を超えてしまっておりますので、これ以上のご注文は承りかねます……」


 店員さんが私とコウカの様子を横目でチラチラと確認しながら、そんなことをショコラへと告げる。

 それには大変残念そうにしながらも、なんとかショコラは納得してくれたようだった。


「そう、ですの……。わかりました。どのお料理も大変美味しかったと料理人様にお伝えくださいな」


 こうして、多大なお金を犠牲にしつつも私たちの悪夢は終わった。

 ――ありがとう、店員さん。

 これからは次の食事――明日の朝食の対策を考えなければならない。このままでは王都に行くまでに全てのお金を使い果たしかねないからだ。

 お金が尽きたときを考える。冒険者ギルドでお金を稼ぐ、食事代に消える。また稼ぐ、消えるの繰り返しが簡単に予想できてゾッとする。


「大変美味しかったですわね。さあ、次のお店を探しに行きましょう?」

「……待って、待ってください。もう勘弁してください」


 ショコラに正直に話すことにした。……どうしてまだ食べようという発想が出てくるんだ。


 彼女は私が告げたことにはショックを受けたようだったが、すぐに頭を下げて謝ってくれた。


「恩人のユウヒ様にそれほどまでのご迷惑をお掛けしてしまっていたなんて……(わたくし)、お恥ずかしい限りです。大変、申し訳ございませんわ」

「ううん、いいんだよ。でも王都にある家に帰るまでは控えてくれると嬉しいかな。私もできるだけ早く帰れるように頑張るからさ」

「……はい。こんな私を気遣っていただき、ありがとうございます……」

「もう、元気出してよ! ショコラが笑ってくれていたらさ、私もいっぱい食べさせてあげられてよかったなぁ、ってなるんだから!」


 私は努めて明るい声を出す。

 ショコラはずっとフードを被っているため、その表情は分からない。だが雰囲気が少しやわらかくなった気がする。


「はい、ユウヒ様!」


 ショコラの元気が戻ってくれてよかった。暗い雰囲気でいてくれるよりもずっといい。

 私たちは和やかな雰囲気の中、ショコラに合わせて少しだけ高い宿へ向かった。




「こ、これが平民の方々が泊られる宿……」


 宿に入るとショコラがボソッと呟いた。

 しっかりと聞こえていたが深く考えては駄目だと思ったので、即座に頭の中から放り出す。


「お部屋は3階に上がられて右手の廊下を進んだ先、304号室になります」

「ありがとうございます」


 受付で部屋の鍵を貰い、部屋に向かった。

 3階まで上がり”304”と扉に書かれた部屋まで行って鍵を開ける。

 部屋の中は少し高い宿だけあって、全体的に広くて材質もよかった。また部屋でもちゃんと水浴びができるようにもなっている。

 今回も2人部屋にしたのでベッドは2つだが、ベッドが広いので私とコウカは並んで眠るつもりだ。


「ショコラ、先に水浴びをしてきたら?」


 きょろきょろと部屋の中を観察しているショコラに水浴びを促す。


「はい、ではお先にいただきますわ」


 ショコラが水浴び場に続く扉の奥へと消える。

 今、扉の向こうには何も身に纏っていない彼女がいるのだろう。

 彼女は絶対に顔を見せたがらなかった。傷などを隠している可能性もあるが、私はそうは思わない。


「コウカはショコラがずっとフードを被っているのはなんでだと思う?」

「そうですね、わたしは――」


 それはコウカと会話を始めてすぐのことだった。


「ひゃあっ!?」


 突然、水浴び場へと続く扉の向こう側から悲鳴が聞こえてきたのだ。

 会話を中断した私たちは慌てて扉へと駆け寄る。


「ショコラ、どうしたの!?」


 扉の取手に手を掛けた瞬間、大きな声が扉の向こうから聞こえる。


「開けないでください!」

「――ッ! ……大丈夫なの?」

「思いのほか、水が冷たくて驚いてしまっただけです。ご心配をおかけしてしまい、申し訳ございませんわ」


 取手から手を離し、部屋の中へと戻る。

 何かあったのではないかと心配したが、何でもないようだった。


 それから数分後、フード付きのマントで顔を隠したショコラが部屋へと戻ってくる。


「お湯ではありませんでしたのね。あとバスタブもシャワーもないことに驚きましたわ」


 その辺りは宿のグレードだけではなく、国や地域にもよるのだろう。

 私がこの世界に来てから泊まってきた宿ではシャワーが付いていることはあったが、お湯やバスタブが備え付けられていることはなかった。

 これは推測だが、グレードを上げればお湯が出る宿にありつけるのだと思う。お湯を提供するとなると大掛かりな魔導具が必要になるというのは想像に難くない。

 そう思うとショコラの発言は相当危険なものだったと思うのだが、恐らく彼女は気付いていないのだろう。

 お湯に思いを馳せつつ、私とコウカも順番に水浴びへと向かった。


 そうして全員の水浴びが済み、さっぱりした後に今後の予定を話し合う。


「ここはまだアマンド侯爵領内ですわ。日が昇っている間に乗合馬車を乗り継いでいった場合、王都へは5日ほどで到着するでしょう」


 5日か。その間の宿泊費と食費を考えるとギリギリになってしまうだろう。

 しかしそれは滞りなく事が進んだ場合の話だ。天候が悪化して思うように進めない場合は、そこからさらに時間がかかる。

 ショコラを送り届けるまでは可能な限り冒険者ギルドで依頼を受けないようにしたいので、資金が底をつく前に何としてでも王都へと辿り着きたかった。


「もう少し早く移動できる手段って何かないかな?」

「乗合馬車で移動するとどうしても……いえ、深夜も移動すれば可能ですわね」

「深夜?」

「はい、(わたくし)も王都からシドタニアへ向かった際に利用したのですが、天候がいい日には深夜でも馬車が走っているのですわ」


 そんなものがあるとは知らなかった。

 たしかに夜の間も移動することができれば1日で移動する量は倍近くなるだろう。馬車の中で眠るのに慣れるまでは苦労しそうだが、悪くない手段だと思う。


「じゃあ明日からは夜の間も移動することにしようか」

「そう、ですわね。ユウヒ様、コウカ様、スライムの皆様。明日からもどうかよろしくお願いいたします」

「うん、こちらこそ」


 話し合いに一区切りがついた。


 そうして明日からの予定も決まったので今日はこのまま眠るのかと思っていた時のことだ。ショコラがおずおずと話しかけてくる。


「あの……ご相談したいことがありますの」

「相談?」

「はい、お世話になっているユウヒ様方にこのようなお話を聞いていただくのは心苦しいのですが……」

「いいよ、気にせず話してよ」


 最後まで面倒を見ると決めたのだ。相談事くらい、請け負うなんて造作もないことだ。

 ショコラがベッドに座っている私の隣に腰掛ける。

 私もいつ話が始まっても良いように、話を聞く態勢を作った。


「ありがとうございます。相談とは父のことなのです。(わたくし)が父を許せなくて家出をしてきたということはお話したかと存じます。このまま王都に帰れば、父と向き合わなくてはいけなくなりますの。ですが……(わたくし)はまだ許せていないのですわ。父を、父の裏切りを……」

「裏切り……」


 裏切りとは決して穏やかではない響きだ。

 思い詰めるように俯いた彼女は言葉を紡いでいく。


(わたくし)には誰にも譲れない大切なものがありました。父もそれは誰よりも分かっていたはずなのです。でも、それを分かってくれていたはずの父本人が奪い去った。それがショコラには許せないのですっ!」


 震えながら、ショコラが言葉を紡ぐ。

 彼女も熱くなっているのだろう。次第に彼女の口調が崩れ、語調は強くなっていく。

 彼女の相談とは意外でもないことだった。ショコラが家出をする原因となった父親との確執。きっと父親をまだ許せない自分がどう父親と向き合えばいいのか分からないのだろう。

 だが、ショコラとその父親が私の考えている関係通りの家族なら大丈夫だ。

 それなら、私が彼女に伝えるのは簡単な話になるだろう。


「ショコラはお父さんのこと、好き?」

「……はい。ですが、今は……」


 ショコラが言い淀む。

 父親に裏切られたと思っている今のこの子は、父親へ抱いている感情がどういったものなのか分からなくなってしまっているのだろう。

 それなら今すぐに気付かなくても良い。

 私が本当に気になっているのはこの次に尋ねることだ。


「ショコラのお父さんはショコラのことを愛してくれていないの?」

「そんなことありませんっ。父からも、母からも、兄からも……ショコラはたくさんの愛情をいただきましたわ! だからっ、だからこそ、ショコラはお父様が――」

「だったら簡単だよ。何度だって話し合えばいいんだよ」

「え……?」


 フードの奥でショコラがぽかんと口を開けていることがわかる。

 おかしなことを言ったつもりはない。彼女には愛し、愛される家族がいるんだ。それが分かってしまえば、きっとどうにでもなる。


「ショコラは家出する前、ちゃんとお父さんと話したの?」

「……逃げるように飛び出してきてしまいましたわ。いえ、本当に逃げてきてしまったのでしょう」

「そう。だったら、やっぱりやることは1つだよ」

「……そうでしょうか。いえ、そうなのでしょうね。どう転ぼうとも、決着は付けるべきなのですわ。ですがショコラは怖いのですっ。これ以上踏み出せば、お父様との関係がもう戻らないくらいに壊れてしまうかもしれない!」


 彼女はきっと自分自身の妥協できないものと父親との関係の間で揺れている。

 彼女の父がやってしまったのは本当に取り返しのつかないことなのかもしれない。

 だが手を伸ばせば届く場所に愛情があったかもしれないのに、手を伸ばすことを恐れて大切な家族の愛まで失ってしまうなんて、悲しすぎるではないか。


「愛されている本人がはっきりと分かるくらい大きな愛なんだよ。だったらこんな形で壊れてしまうなんてこと、ありえないよ。絶対、ちゃんと話せばお父さんも分かってくれる。ショコラもお父さんを許してあげられる」


 私の言葉がちゃんと届いたのかは分からない。

 それでもたしかにショコラは頷いてくれたのだった。


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