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31 厄介事の予感

「私が払います!」

「えっ、マスター?」


 店中の人間の視線が全て私に集中するのが分かる。

 だが臆することはなかった。コウカも私の顔を見つめてくるが今は構っている暇はない。


「私がその子の分の代金も払います。それでいいですよね?」


 料理人の男は少しだけ考えた後、頭をガシガシと掻く。


「……はぁ、まあこっちとしてはそれでいいよ。君、よかったな。皆さんもお騒がせして申し訳ありませんでした」

「あ……お騒がせしてしまい、申し訳ございません!」


 男が店の奥に引き返し、ずっと頭を下げ続けているフードの子だけが取り残された。

 あの様子を見るからに決して悪い子ではないのだと思う。

 フードの子が頭を上げるまで見届けた私は依然としてこちらを見つめているコウカに向かって振り返り、少し曖昧な笑みを浮かべる。


「ごめんね、勝手なことをしちゃって」

「いえ、そんなことっ! ……マスターは優しいですね」


 勝手なことをした私のことを許してくれたコウカを連れ、フードの子の分も一緒にお金を払いに行く。


「うわ、高っ」


 つい口に出してしまったのは許してほしい。あの少女だけで私とコウカたちの分を上回っているなんて想像もできないだろう。

 想定外の手痛い出費だが、まだ旅を続けることはできる。


 お金を払い終えても店内にはまだ少し気まずい雰囲気が漂ったままだったので、素早く店を出ることにした。

 そんな私を見て、フードの子も慌てて店から出ようとしている。


「あの! 代わりにお支払いしていただき、ありがとうございます!」


 店を出て、声を掛けられたので振り返る。そこに居たのはもちろん件の少女だ。


「どういたしまして。でも、お金がないのにお店でご飯を食べたらダメだよ。お店の人は間違ったことなんか1つも言ってなかったからね」

「あ……あうあう」


 俯いて、口を噤んでしまった。……少し強く言いすぎただろうか。

 だが仕方のないことだと気持ちを切り替える。


「ごめん。だけどあなたも捕まりたくないでしょ?」


 今回は私が払ったから良いものの、次も同じことをしてしまえば誰にも助けてもらえずに彼女は捕まってしまうだろう。


「まあ、さっきのことをしっかりと反省して忘れないように。それで……あなたの家はどこ?」

「え……?」


 フードの子が聞き返してくる。ちゃんと聞こえなかったのだろうか。


「家まで送るから、あなたの家がどこにあるのか教えて?」

「送って、くださるのですか……?」

「うん、お金ないんでしょ。何かあっても困るし、最後まで面倒は見るよ」


 私が言い終えると同時にフードの子の体がわなわなと震えだす。ただ事ではないその様子に私は身構えた。


「わ、(わたくし)、この御恩は絶対に忘れませんわ!」


 ――あ、これは早まったかもしれない。

 この口調は平民ではない。まだ商家のお嬢さんという可能性はあるが、もし貴族だったら下手に関係を持つのはまずかったと思う。

 敬語を使った方がいいのだろうか。

 いや、偉い人のお忍びとかは気付かないふりをしなければならないみたいなことをどこかで聞いたことがある気がする。

 ため口でも何も言われなかったし、今から口調を変えてももう遅いだろうか。


「全然関係ないことを聞くけどさ。ため口で話されて、嫌な気持ちになったりはしてないよね? もし敬語が良かったら、全然敬語で話すよ?」

「え、どうしてですの!?」


 結局、聞いてしまった。

 だが敬語を使うことは強く否定されてしまったので、そのままの口調で行こうと思う。


「あの……家まで送ってくださるとおっしゃっていましたが、本当によろしいのでしょうか……?」

「さっきも言ったよ? お金がない女の子を1人にしておけないって……女の子だよね?」

「お、女の子ですわっ! でも、(わたくし)の家があるのは……その……ぅとです……」

「え? ごめんね、よく聞こえなかった」

「お、王都です!」


 おうと、王都ね。王都と言えば国の中心で、城があって、国王も住んでいるんだよね。


「念のために聞くけど、ここは王都じゃないよね?」

「はい、ここはアマンド侯爵領のシドタニアですわ。王都はここからずっと北へ向かわなければなりません」


 ――北。北かぁ。

 私たちが目指しているミンネ聖教国に行くためには、もう少し東へ向かわなければならない。よって北だと完全に別方向だ。

 だが私は彼女を家まで送り届けると宣言した。投げ出すわけにはいかない。

 それはそれとして聞いておきたいこともある。


「どうして王都に住んでいたのにこの街に? どうやって来たのかな」

「それは……」


 少女は言い淀み、口をもごもごとさせている。

 あまり刺激しないように優しい口調を心掛けながら問い掛けることとしよう。


「言いづらいこと?」

「いえ……家出をしてきたのです」

「家出……?」

「父と喧嘩をして……いえ、喧嘩ではありませんわね。ただ(わたくし)が一方的に父を許せなくて、出てきただけですわ。そうして家を出て、乗合馬車を乗り継いできたらここまで来られましたの。ただ……資金を全て使い果たしてしまい、食事を摂ることすらできなくなってしまって……」


 なるほど、そういうことだったのか。

 持ち金が無くなり、空腹に耐えられなくなった。その結果、無銭飲食をしたわけだ。


「うん、わかった」


 私を見上げる少女の瞳がフードの奥から覗いている。彼女は今、不安げな表情を浮かべているのだろう。


「私も一緒に王都まで行くよ。だから心配しないで」


 そう言って、私は安心させるように笑顔を浮かべた。


「ありがとうございます! どうかよろしくお願いいたしますわ! えっと……」

「あ、そっか。まだ自己紹介してなかったね。私はユウヒ、冒険者だよ。そしてこの子がコウカ。私の……仲間かな」


 コウカに続き、ヒバナたちも簡単に紹介する。

 このフードの少女は今まで会った人たちよりもスライムに対する驚きが少ないようだ。ただ興味深そうにスライムを覗き込んでいる。


「こんな魔物が……あ、(わたくし)も自己紹介をしなければなりませんね」


 少女はハッと顔を上げると、姿勢をスッと正す。そして両手でマントをチョコンと持ち、軽く膝を曲げた。

 これは所謂、カーテシーというものだろう。


(わたくし)は、ショコラッタ・アラ――いえ、ショコラと申しますわ!」


 ショコラか。

 言い直したような気がしたが、忘れることにした。


「よろしくね、ショコラ」

「よろしくお願いします」

「はい、ユウヒ様! コウカ様!」


 私とコウカはショコラと握手を交わす。

 その直後に善は急げということで乗合馬車の乗り場に向かうことになった。私とコウカが並んで歩き、その後ろからショコラが付いてくるような形だ。

 そうして歩いている最中、コウカが私にそっと寄り添いながら小さな声で話しかけてくる。


「よかったんですか?」


 コウカの問い掛けに前を向いたまま答える。


「うん。困っているだろうし、ほっとけないよ。付き合わせてごめんね」

「そんな、わたしはマスターの眷属ですから当然のことです。マスターのためなら、わたしはどこまででも付いていきます。だからマスターはマスターのやりたいことをしてください」

「……ありがとう」


 コウカにお礼を伝える。

 ――そうだ、情報を少しすり合わせておく必要があるだろう。


「コウカに話しておきたいことがあるんだ」

「……はい? なんでしょうか?」

「ショコラのことなんだけどさ。あの子は多分、いい所の家の子だと思う」


 そこまで言って、後ろ目で私たちを追うように歩いているショコラへ目を向ける。

 さっきまでは気付いていなかったがショコラの立ち姿といい、今の歩き姿といい、全ての所作が洗礼されている。


「いい所……」

「由緒ある……まあ昔から続く一族だったり、お金持ちだったり、偉かったりとかそういう立派な家のことだよ」

「彼女がマスターの言っていた、貴族ということですか?」

「そうと決まったわけじゃないけど、怪しいところだよね。ただの裕福な家の子だとまだいいんだけど」


 もし危惧している通り、貴族だったとしても絶対に面倒なことが起こることはない。

 むしろ送り届けてそのまま別れる可能性の方が高い気もしてきた。実際のところはあまり気にする必要はないのかもしれない。


「ただ念のために丁寧な態度で接してあげたほうがいいかも。あとで何かいちゃもん付けられても敵わないし」

「なるほど、わかりました」


 コウカに念を押しておく。

 私も十分に注意するが、何が起こるか分からないので念には念をだ。




    ◇




「では、そちらのスライム様はずっと寝ておられますの?」

「うん。ご飯を食べるとき以外は基本的に寝ているかな」


 無事に北へ向かう馬車に乗れた私たちは、会話に花を咲かせながら馬車に揺られている。

 そして今はスライムたちのことを詳しく紹介していた。私の話一つ一つをショコラは前のめりになりながら、聞いてくれる。

 そもそもこの話はショコラが私の冒険者生活について詳しく聞きたいと言ったことから始まった。

 私自身、冒険者になったばかりなのでそれほど話せることは多くなかったが、それでもショコラは頷きながら楽しそうに聞いてくれる。

 そしていつしかスライムたちとの出会いの話になったのだ。隣に座るコウカがスライムだと知られると面倒なので、コウカの話は省かせてもらったが。


「ヒバナとシズクはずっと引っ付いているんだよ。こうして一緒に来てくれてはいるのはいいけどまだあまり信用されていないみたいだから、これから仲良くなれるように頑張りたいんだよね……」

「まあ、それは少し残念ですわね。でもきっとユウヒ様ならそちらのスライム様たちにもすぐに懐いてもらえるようになりますわ! ユウヒ様はとってもお優しい方ですもの。ユウヒ様とは出会って間もありませんが、(わたくし)、こう見えて人を見る目はありますので」


 ショコラの私への信頼がすごい。少し手助けしたぐらいでこれって、却って警戒心がなさすぎるのではないだろうか。


「マスター、それは違いますよ」

「はぇ?」


 静かに私とショコラの会話を聞いていたコウカが突然、割り込んでくる。

 その否定は何に対する否定なのかが全然分からない。


「違うって何のこと?」

「ヒバナとシズクがマスターを信用していないなんてこと、ありえません」


 何を言うかと思えば。たしかに近づくだけで拒絶される赤の他人よりかは遥かにマシだとは思っているが、信用されているかは自信が持てない。

 コウカがこう断言するからには何か根拠があるはずだ。


「どうしてそう思うの?」

「まず、マスターとわたしたちの契約はお互いに相手と一緒にいたいと思わなければ成立しません」


 コウカは人差し指を立て、「これが1つ目の理由です」と言った。


「2つ目は戦う時です。ヒバナとシズクはマスターの言葉通りに戦います。契約といってもマスターの命令を聞く必要は全くありません。それにこの子たちは戦っている最中、マスターの周りに展開して戦います。お互いに触れ合うことが好きなヒバナとシズクがマスターを守るためにわざわざ離れて戦っているんです」


 契約の内容など初耳な情報が多い。その契約、私に内容が知らされていないのだが。

 だがたしかにコウカが言うことに納得できる点もある。

 しかし魔力の枯渇が生命の維持に致命的な影響を及ぼすスライムのことだ。守ろうとしているのは私という魔力供給源を失いたくないだけという可能性もある。


「まだあります」

「まだあるの!?」


 コウカが人差し指と中指に続き、薬指を立てる。


「3つ目です。ヒバナとシズクは眠るときに必ず、マスターにくっ付いて寝ます」

「え……」


 ヒバナとシズクと出会った次の日、布団の中にヒバナとシズクが潜り込んでいたことがあった。

 だがそれ以降は布団の中に入ってくることは一度もなかったと記憶しているが。


「マスターは多分気付いていないだけだと思います。ですがそれも仕方のないことです。ヒバナたちはマスターが眠った後を見計らってマスターのそばに寄り、目を覚ます少し前に離れていってしまうのですから」


 まさか、そんなことをしていたなんて想像もできなかった。

 私が絶句していると横に座るショコラにキュッと服を引っ張られる。

 振り向くと、そこにはこちらを窺うような仕草をしている彼女の姿があった。


「あの、ユウヒ様……」

「どうかしたの?」

「ヒバナ様……大丈夫でしょうか?」

「ヒバナ……?」


 ヒバナとシズクはコウカの膝の上に乗っているはずだ。

 そのままショコラが示す方向をに目を遣ると、たしかにヒバナたちはいた。だがその姿形が異様な物へと変わっていたのだ。

 具体的には潰れた楕円形になっている。原因は明白で、コウカの手がヒバナを上から押さえつけているのだ。

 そのすぐそばではシズクがあわあわと震えている。

 ヒバナ自身も暴れようとしているのか、体を震わせてはいるがその度にコウカによって押さえつけられていた。

 コウカが意識的にやっているのかは分からないが、変わらず彼女の言葉は止まらない。


「魔力供給も魔力をすぐに回復させる必要がない場合、くっつく必要はありません。時間的にもそこまで長い間くっついていることに意味もありません。そもそもスライムも眠っている間が一番無防備なんです。ですから――あつっ!?」


 突然、コウカが跳ね上がる。

 彼女を注意深く観察するとヒバナを抑えつけていた左手の表面が赤くなっていた。


「何をするんですか、ヒバナ! あ、ちょっと、どこへっ」


 ヒバナとシズクが私の太腿の上に飛び乗ってくる。

 コウカの膝上から避難してきたのだろうが、果たして逃げる先は私のところでよかったのだろうか。


「えっと、ここでよかったの?」


 思わず、ヒバナとシズク――主にヒバナへ向けて問い掛ける。


 あっ、慌てて戻っていった。



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