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30 ラモード王国へ

 国境を越えてから少し歩くと、すぐにミスノワナという街が見えてくる。

 ラモード王国はその名が示す通り、君主制の国だ。

 そしてラモード王国には貴族がいる。それぞれの貴族がそれぞれの領地を持っていて、それを治めているのだ。

 ミスノワナの街もセレアル辺境伯領にあり、セレアル辺境伯という貴族が治めているらしい。

 貴族については正直なところ、よく分からないことの方が多いが、関わり合いになると面倒なことになるだろうというのは容易に推測できる。

 とはいえラモード王国は通過点に過ぎず、ミンネ聖教国に行くだけなら貴族と関わることなどありえない。問題もないはずだ。


 ミスノワナに入る際、キスヴァス共和国と同じように聖職者が街の入口に立っていた。てっきりキスヴァス共和国だけだと思っていたのだが、どうやら違うようだ。

 とはいえ立っているだけで話しかけられることもなかったので、気にする必要もないだろう。


 無事にミスノワナに入った私たちはまずは宿を見つけることにした。

 国境に近い街とだけあって人が多いのか、空いている宿を見つけるのに苦労したが何件か巡った先でようやく見つけることができた。

 このまま休んでも良いのだが、まだ夜にもなっていない。せっかくなので冒険者ギルドに行って、作ろうと思っていたコウカの冒険者カードを作ってもらうことにする。




 結論から言うとカード自体は作れた。だがこの冒険者カードはしばらく使用しない予定である。

 いや、使用できないと言った方が正しいだろう。

 冒険者カードを作るためには個人情報をカードに転写する魔導具に触れなければならない。だがその個人情報を抜き取られることに問題があったのだ。


 冒険者カードに書かれる個人情報は名前、年齢、性別、冒険者ランクの4つだ。そしてそのうちの1つ、年齢に問題が生じる。

 コウカが私と出会ったのはこの子が生まれてそれほど経っていないときらしい。つまりそこから計算しても、今の彼女は0歳である。実際にカードに記載されていたのも0歳だった。

 どう見ても10代前半の少女が0歳と書かれているカードを示したところで何の証明にもならず、却ってやっかいな事態に陥るだけだろう。

 信じてもらえたとしても結局のところ、説明に時間を使うのでカードを作った目的からしても意味がないのである。


「すみません、マスター……」

「気にしないで。仕方ないことなんだし、また何か別の策を考えようよ」


 コウカは私がこれで面倒なことから解放されると喜んでいたのを見ていたので、責任を感じているのか意気消沈している。

 どうにか元気づけられないだろうかと思い、考える。

 そして宿から冒険者ギルドまでの道中でお菓子が売られていたことを思い出した。


「そうだ、気分転換にお菓子でも食べようよ」

「お菓子、ですか……?」


 食事にあれだけ感動していたコウカのことだ。きっと、甘いものにも興味があるに違いない。

 私は両手で抱えていたノドカを左手で抱え直し、コウカの腕を引いて歩く。

 辿り着いたのは、シュークリームを売っている店だ。


「すみません、シュークリームを5個ください」

「はいよ」


 あまりお金は使えないので全員に1個ずつだ。店員のおばさんが手際よくシュークリームを袋に詰めていく。


「はい、どうぞ。大銅貨3枚だよ」

「銀貨1枚で」

「ん、じゃあお釣りの大銅貨7枚ね。また来ておくれよ」

「はい、ありがとうございます」


 おばさんからシュークリームを受け取り、代わりに銀貨1枚を払った。銀貨1枚は大銅貨10枚分なので、お釣りも間違いない。


 そのままコウカを連れて、近くのベンチまで行く。

 そしてシュークリームを1つ、袋から取り出してコウカに手渡した。

 続けて他のスライムたちにもシュークリームを渡そうとして、寝ているノドカの分はいらなかったのではという考えが頭をよぎる。

 だが杞憂だったようでシュークリームの匂いに釣られたのか、ノドカも目を覚ましたため、手に持ったシュークリームを渡す。

 皆に行き渡ったことを確認した後に私もシュークリームを手に持つ。


「じゃあ、食べようか。いただきます」


 中のクリームが垂れないように気を付けながら食べていく。

 正直な感想としては予想以上だ。前の世界で食べていたシュークリームに何ら劣ってはいない。

 魔導具といい、このお菓子といい、前の世界よりも技術的に劣っているようでそうではないものも多いようだ。


 コウカはどうだろうかと目線を向けるとクリームを落とさないようにその小さな口で懸命に食べていた。

 他のスライムたちに関しては体の中に入れて魔力に変換してしまうので、クリームが垂れる心配がない。味を感じることもできないのだが。


「あ、コウカ、頬っぺたにクリーム付いてるよ」

「ふぇ……?」


 コウカの頬にクリームが少し付いていたので、手で拭ってあげる。


「す、すみません」

「あはは、どういたしまして。でも、こういう時はありがとうって言ってくれたほうが嬉しいよ」


 その後、コウカは頬を少しだけ赤くしながらお礼を言ってくれた。


「……ふぅ。それでどうだった?」

「はい、また新しい味を感じました。これが甘い、ですね」


 私が食べ終わり、同じく食べ終わったコウカに感想を聞くとそのように返ってきた。

 感慨深そうにうなずくコウカは笑みを浮かべている。感想の内容だけではハッキリとしなかったが、どうやら喜んでもらえたようである。


「元気は出た?」

「えっ?」

「元気なかったでしょ。冒険者カードのことくらい、別に気に病む必要はなかったのに」

「あ……」


 コウカがぽかんと口を開けて固まった。

 その間も私は話を続ける。


「コウカと一緒に居られるなら、ちょっと説明するくらいどうってことないんだよ。それよりも私はコウカに暗い顔をしてほしくないな」

「……わかりました。マスターに気を遣わせてしまってすみませんでした! もう、大丈夫です」


 コウカはベンチから立ち上がると私のいる方に向き直り、90度の角度で頭を下げた。

 ――なんだか、コウカが人の姿になって日が経つ度にコウカの態度というか言葉遣いというか、どこか固くなっている気がする。

 それに元気づけるはずが余計な言葉で再び落ち込ませてしまったようだ。


「あんまり、気負いすぎないでね」


 ここで踏み込んでいけない私は、なんて弱いのだろうか。

 ――ハッとする。これでは駄目だ。


「……うん、きっとコウカは物事を難しく受け止めすぎなんだよ。私はコウカの笑顔が見たいな」


 私が笑うとコウカも笑ってくれた。


 うん、きっとこれでいいはずだ。何も間違えてはいない。




    ◇




 ミスノワナの宿でしっかりと体を休めた次の日の早朝、私たちは東へと向かうことにした。

 移動は徒歩ではない。お金を払えば乗せてもらえる、前の世界で云う所のバスのような仕組みとなっている乗合馬車に乗って移動する予定だ。

 乗合馬車は決して安くはないが、今の持ち金ならコウカと2人分支払ったとしても十分足りるはずである。


 馬車の停車場に行くと乗合馬車が止まっていることを確認する。早朝なこともあり、まだ余裕はありそうだった。

 乗合馬車は基本的に早い者勝ちらしいので、こうして人の少ないであろう早朝の便を狙ったのだが、どうやら見立て通りのようだ。

 早速、馬車にもたれ掛かっている御者のおじさんを見つけたので話しかける。


「すみません。私とこの子で2人分お願いしたいんですけど、従魔って一緒に乗ることができますか?」

「ん? おおっ!? あ、いや、従魔契約は結んでいるな……? よし、大丈夫だな。そのサイズの従魔なら、料金は2人分で大丈夫だが自分たちの座席から出さないでくれよ。場合によっては途中で降りてもらうことになるからな」


 おじさんの注意事項を聞いてから、私とコウカの分の料金を支払う。

 今回、コウカに関しては人間として通すつもりだ。

 従魔だと説明するのは時間がかかるし、コウカの大きさなら1人分の席を使うので結局払うお金は同じだからだ。


 乗車許可を得た私とコウカは馬車の後ろに回る。

 そして最初にコウカが段差に足を掛けて登ると振り返り、私に手を差し出してくれた。


「どうぞ」

「ありがとう、コウカ」


 私はノドカを片手で持ち直しつつコウカの手を掴むと、そのままコウカは勢いよく引き上げてくれる。

 最後にヒバナとシズクが飛び乗ったことを確認し、馬車の中に目を向けた。

 馬車は10人以上が座れるようになっているが、見たところ2人しか乗っていない。

 1人はローブを羽織り、魔女のような三角帽子を被った人でずっと分厚い本を読んでいる。

 もう1人は街で見かける人々と比べても特に代わり映えしないような恰好をした男だ。朝もまだ早いからか、この男は壁にもたれ掛かり眠っている。

 私たちは彼らから一番遠い後方の席に並んで座り、私の腕にノドカ、コウカの膝の上にヒバナとシズクを乗せた。

 お尻の下にクッションを敷くことも忘れない。これは馬車体験初日に学んだことだ。


 その後も数人が乗車し、満員ではないもののそれなりに席が埋まった状態で馬車が動き出す。次の街に着いてからも可能な限り、乗合馬車を乗り継いでいく予定だ。

 外の景色を眺めたり、周りに迷惑にならない声量でコウカと話したりしながら馬車での時間をつぶす。

 ラモード王国は街道がしっかりと整備されており、街道周りも王国の兵士によって管理されているので野盗はもちろん魔物が出ることもなく安全らしい。

 本当に何事も起こらない、のんびりとした旅になりそうだ。




 そして本当に何事も起こらないまま、4日が経過した。

 途中で馬車を乗り換えたり、日が暮れた後はその時にいる街の宿に泊まったりを繰り返しながら馬車の旅を続けている。

 今は朝に乗った馬車に揺られ、王国の南側に存在するアマンド侯爵領に入った。

 道程は順調でこの調子なら太陽が昇り切った時間くらいには、次の街シドタニアへと到着できるだろう。


「お昼はどこか街でご飯を食べられる場所を見つけようか」

「はい、いいと思います。楽しみです」


 昼食についてコウカと話しながら馬車に揺られる。


 その後も他愛もない話をしているうちにシドタニアの街に着いたようだ。

 停止した馬車から降り、地面へと降り立つ。


「結構、大きな街だね」

「そうですね。早速、何か食べられる店を探しますか?」

「そうしよう、お腹も空いちゃったし」


 街の中を歩きながら飲食店を探す。

 ラモード王国の街はどこでもお菓子の店が目立つが、普通のご飯が食べられる場所もちゃんとある。

 その割合は見てきた限りだとお菓子が9、普通の飲食店が1の割合だ。多分、ラモード王国はお菓子に力を入れているのだろう。


「ここなんて良さそう」


 見つけたのはただの定食屋のようだが内装を見る限りは広々としており、私たちと同じようにお昼を食べに来たのであろう客で賑わっていた。

 念のためにコウカにも確認し、承諾を得てから店の中へと入る。

 そしてテイマーカードを店員に見せた後にテーブル席へと案内され、メニューを渡された。

 コウカにも好きなものを頼んでも良いと言ったのだが遠慮しているのか、ただメニューを眺めているだけのようだ。

 仕方がないので、適当に目についた料理を注文する。


 注文した料理がどんどん運ばれ、机の上に並んでいく。

 どれも美味しそうだが、食べきれるか少し心配になってきた。まあ、ヒバナたちも食べてくれるだろうから大丈夫だろう。

 そんなことよりも今はお腹が減って仕方がない。


「それじゃあ食べようか!」

「はい!」




 心配など杞憂だったようで、食事の後に残ったのは全て空っぽの皿だった。


「ふぅ、食べたねぇ」

「はいぃ……お腹いっぱいになりました」

「特に私はこのムニエルが好きだったかも」

「わたしは牛肉のワイン煮込みが好きですね」


 満腹のお腹をさすりながらこれが美味かった、あれが美味かったと会話をする。

 食事の余韻を楽しむのも良いがあまり長居して店に迷惑をかけるわけにもいかないので、店を出ようとした――その時だった。


「も、申し訳ございません!」


 突然、店のカウンターから聞こえた声に店内にいた人間全員の視線が注目する。

 私とコウカも例に漏れず、声がした方向へ顔を向けていた。

 私たちの視線の先に居たのは困った顔をして頭を掻いている料理人の男と、その男に向かって頭を下げるフード付きのマントで顔を隠した子供だった。見たところ、コウカよりも小さい。


「他のお客様に迷惑だから、あんまり大きな声は……」

「あっ、失礼いたしました!」

「……うーん、君の親御さんは?」

「り、両親……両親は……その……」


 子供は俯き、言葉を詰まらせる。

 その様子を見た料理人の男が深いため息を吐いた。


「……謝るのは良いけどこっちもお金を稼がないといけないからさ。払えませんって言うのは困るんだよ。場合によっては、騎士様に来てもらわないといけなくなるよ」

「そ、それは……」


 状況が掴めてきた。

 フードの子供――声からして少女が無銭飲食をしたというところだろう。


「やぁねぇ、せっかくの食事が……」

「貧民か……?」

「まさか」


 店内の空気がどんどんと悪くなっていき、周りの客たちも好き勝手に囁き始める。

 私は目だけを動かして、隣にいるコウカを見た。コウカは何も言わずにただその景色を眺めている。

 ――私はどうすればいいんだろう、どうするべきなのだろうか。

 あれはあの子の自業自得だ。あの子もこうなる事が分からないわけでもなかったはずだろう。

 前の世界の私ならきっと飛び込んでいた。でもこの世界に来た私だったらどうするべきだ。もう一度あの頃と同じように生きるべきなのか。


 生きるべきなのだろう。助けを求めている誰かのために、そんな私になることできっと――。


「あと、謝るんだったらいつまでも顔を隠しているのは良くないと思うよ? ほら」

「あ、や、やめ――」


 料理人の男がフードに手を掛けて顔を見ようとし、少女がフードを必死に抑えて抵抗する。


「私が払います!」


 それを止めたのは私の声だった。


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