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28 贈り物

「んっ、朝……?」


 カーテンから漏れる光で目が覚める。

 とっくに朝日が昇っている時間なのだろう、外はすっかりと明るくなっていた。


 たしか昨日はコウカたちとごはんを食べた後、水浴びをしてから部屋に戻ってすぐに休むことにしたのだったか。

 そこでかつて疑問に思っていたスライムは寝ることができるのかという疑問が再浮上してきて、コウカに聞いてみたのだ。

 すると人になる前のコウカは眠気自体、感じたことがないということが聞けた。

 その後のコウカは胸を張りながら、人の姿になったことで眠気を感じるようになり、今ももう眠いと誇らしげに語ってくれた。

 その様子が何だかおかしくて笑ってしまったのだが、私も疲れていたこともあり、すぐに別々のベッドに入ることにしたのだ。


「おはよう、コウカ。……あれ、コウカ?」


 コウカが寝ていたはずのベッドには既にコウカの姿はなく、もぬけの殻となっていた。部屋中を見渡してみてもコウカの姿はない。

 取り敢えずヒバナとシズクはちゃんといたので、朝の挨拶を済ませてからコウカの行方を知らないかと問う。

 ヒバナが示したのはドア。つまり外に出たということだろうか。

 ――いったい何のために?

 少し心配になった私は部屋から出て、コウカを探すことにした。




「……スターの……は……せんね」


 部屋を出てからあてもなく探し始めてすぐ、どこからともなく昨日の間にすっかりと記憶に刻み込まれた声が聞こえてきた。

 声がするのはこの宿に泊っている人が共有して使う洗面所からだろうか。


 近づいていくと声がはっきりと聞こえるようになっていくのに加え、カチン、カチンという耳触りの良い音が一定の間隔で耳に届くようになる。


「……この前髪も……」

「コウカ……コウカ!?」


 廊下の角を曲がり、洗面所に顔を出す。明らかにコウカの声だったので大して確認もせずにすぐ声を掛けた。

 だがそこにいたのは私の知っているコウカではなかった。……いや、たしかにその背丈と綺麗なブロンドヘアは後ろ姿でも見間違えるはずがない彼女の物だ。

 コウカは正面にある鏡を覗き込みながら、何かをしているようだが私の声が聞こえるとパッと振り返った。


「おはようございます、マスター!」

「うん、おはよう……じゃなくて!」


 寝る前と何ら変わりなく笑顔を向けてくれるコウカについ普段通りの言葉を返してしまったが、いやいやと頭を振る。

 今は頭を整理しないといけない。私がコウカに言わなければならないのは――。


「髪の毛、切っちゃったの!?」


 そう、コウカの腰くらいまで伸びていた長い髪の毛は、肩にかかるかかからないかという程の長さまで切られていたのだ。

 よく見るとコウカの右手にはハサミが握られており、足元には光を反射して輝いている糸――コウカの髪の毛が散らばっている。

 ついさっき自分で切ったのは明白だ。


「はい。戦いで邪魔になるといけないなと思ったので……何か、まずかったでしょうか? このハサミはちゃんと借りたものですし、床も終わった後に掃除します」

「あ、うん。いや、まずいことはなにもないんだけど……」


 それが当たり前であることくらいちゃんと知っています、と言わんばかりに胸を張っているコウカの少しズレた発言は置いておく。

 私が驚いたのは、昨日まで長かったコウカの髪の毛が朝起きたらバッサリと切られてしまっていたことだ。

 何も似合っていないということではない。少し勿体ないと思う気持ちがないわけではないが、この子の魅力は何一つ損なわれてはいない。


 だが昨日の今日である。

 昨日、人の姿になったコウカの髪は綺麗だなと思いながら洗ってもあげたのに、今日起きてバッサリである。

 これには驚いて、何も言えなくなっても仕方ないだろう。


「本当は全て切ってしまおうかとも考えたんですが、さすがにそれはどうかと思ったので……」


 それは私もどうかと思う。よく思いとどまってくれたものだ。

 私も落ち着いてきたので1つ息を吐き、コウカの足元に散らばる髪の毛をかき集めようと屈む。

 そうするとコウカが目に見えて慌て出した。


「わっ、マスターがやる必要はありません! わたしが切ったものですから、全て切り終わったらわたしが掃除します!」

「いいから、いいから……ん?」


 そんなことを気にしなくてもいいのにと思いつつ、コウカの言葉にこのまま聞き逃してはいけないものが紛れていたことに気付く。

 ……この子はまだ髪の毛を切るつもりなのだろうか。

 髪の毛集めを中断して顔を上げるとコウカが前髪を持ち上げ、根元に近い場所で切ろうとしていたので私は慌てて立ち上がる。

 そして彼女の手を抑えた。


「待って待って! 何してるの!?」

「え? 前髪を切ろうかと……」

「なんで!?」

「いえ、邪魔なので」

「それだと変になっちゃうから!」


 コウカは不思議そうな顔をしていたが、問答の末にとりあえず切るのはやめてくれた。

 ……いや、さっき丸坊主にすることを思いとどまったコウカはどこに行ってしまったのだろうか。

 たしかにコウカの前髪は長く、昨日も時々鬱陶しそうに掻き上げていた。だがそこまで短くしてしまうと、却っておかしな髪型になってしまう。

 多分、人の姿になってもコウカの戦い方は依然として激しいもののままであるはずだ。

 変な髪型になったコウカは見たくないが、前髪でストレスを感じてほしくもない。だが、切る以外にだっていくらでもやりようはある。


「うん、わかった。今日、コウカの服を見るときにそれも一緒にどうにかしよう。それでいいよね?」




 そうして街でコウカの服を適当に見繕ってもらった後、アクセサリーなどを見に行ってコウカの前髪を纏めるためのものを買った。


「うん、いい感じ」

「あ、これなら大丈夫そうです」


 コウカが上目遣いで自分の前髪を触っている。

 今の彼女は長い前髪を左側に軽く流して、ヘアピンでまとめていた。

 そして反対側の前髪は右耳に掛け、ヒマワリみたいな飾りが付いた髪留めで留めるようにしている。

 少し子供っぽいかもしれないが、我ながら悪くない出来だとは思う。


「これって何ですか?」


 嬉しそうに鏡を覗いていたコウカが自分の頭を指して問う。

 コウカが聞いているのは、ヒマワリの髪留めのことのようだ。


「ヒマワリっていう花だよ」

「ヒマワリ……花、ですか」


 ふむふむ、とコウカは黙り込んでしまった。気に入らなかったのだろうか。


「もしかして、気に入らなかった?」

「え? いえっ、そんなことありません。ただ……まるで太陽みたいだなって思っていたんです。こんなに素敵なものを買ってもらえるなんて嬉しいです。ありがとうございます、マスター」


 別に気に入らないわけではないようでホッとした。

 たしかにコウカの言う通り、髪留めは本物のヒマワリとは少し色合いが違うので余計に太陽のようにも見えた。




    ◇




 ノノーリエルから出発する日がやってきた。

 ベルとロージーには前日に話をしていたこともあり、朝も早いのに2人とも見送りに来てくれたようだ。


「それじゃあね、ベル、ロージー」

「ああ、またな」

「ユウヒ、元気でね」


 私はベル、ロージーの順に握手を交わす。そして次にコウカもベルたちと握手をしていた。

 別れはあっさりとしたものだったが、また会えるといいなと思う。




 ここからは2人と2匹の旅だ。

 今日は朝から空も晴れ渡っており、ポカポカとした陽気で過ごしやすい。

 まさに旅日和なのだが、ノノーリエルからハマトライスの街まではあまり馬車も通らないだけあって、少し道が険しかった。

 まずは山脈だ。回り込んでいては意味がないので、最低でも幾つかの山は越えていかなければならない。

 幸いにして魔物の数はそれほどでもなかったので、体力が削られる以外は問題がない。その体力が削られるのが最大の問題でもあるのだが。


「ごめんね、コウカ」

「大丈夫ですよ、マスターは羽根のように軽いので」


 私はコウカに負ぶわれていた。

 山を1つ越え、次の山を越えていく前に休憩しようと思ったのだが、それならとコウカが私を背負うことを提案したのだ。

 コウカも辛いだろうと思ったのだが、負ぶさってみたらなんということだろうか、コウカは涼しげな顔で軽々と山を登っていった。

 そのペースは私と歩いているときよりも明らかに早い。何なら走る余裕もありそうだった。


 途中、ヒバナとシズクが付いていくのが大変そうだったので、さらに2匹を抱えて歩いてもそのスピードは変わらず、想像していたよりもはるかに早い時間で山脈を越えてしまった。

 本来なら山を越えてすぐにテントを張るか、最悪の場合は山の中でテントを張ることになっていただろう。


「ありがとう、コウカ。ここからは私も自分の足で歩くよ」

「わたしはまだまだ大丈夫ですよ?」


 ずっと負ぶさっていた私が言うのもなんだが、私にも面子があるのだ。だからそんな魅力的なものをちらつかせないでほしい。

 そして自分の足で歩き始めた私だが、そのペースはコウカが私を背負いながら山を登っていたスピードよりも遅い。

 コウカはそのことに関しては何も言わないので私もその事実から軽く目をそらしつつ、少し雑談も交えながら歩いていた――その時だった。


「――ッ!?」


 温かい風と一緒に前から来た何かが私とコウカの間を通り抜けた。

 それを横目で追いかけるようにしていた私とコウカが同時に振り返る。


「ねえ、あれって……」

「はい、間違いありません……」


 空中をフワフワと浮きながら移動していくそれは、風に流されるようにどんどんと離れていく。


 まん丸な体で若葉色のそれは――どう見てもスライムだった。


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