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26 絶望の叫喚

 逃げたオークを追う私たちは森の奥へと進んでいく。

 その道中に出会う魔物は気性の穏やかなものかオークよりも弱い魔物ばかりだった。

 正直、オーク1体のためだけに森の奥へと進んでいくことは少々割に合わない気もするが、追うと決めた以上はここで諦めるのも嫌だったのでずるずると追い続けている。

 生息している魔物が弱く、ファーガルド大森林と比べると高低差も少ないのがせめてもの救いだろうか。


「そろそろだと思うけど……」


 魔物に足止めを食っているとはいえ、もうすぐ追い付くはずである。

 その言葉を心の支えにして次の足を踏み出そうとしたその時だ。

 ――突如として、森の奥が騒がしくなった。

 木々が揺れる音と鳥たちが鳴く声。そして音だけではなく、木々の間から覗く空には無数の鳥たちが羽ばたいていく光景が視界に映っていた。


「いったいなにが……わっ」


 視線が空に釘付けになっていた私はバランスを崩して地面に倒れこんでしまう。だが、ただ転んだのではない。地面全体が揺れていたから転んだのだ。

 ――地震!?

 激しい揺れで身動きが取れなかったが、なんとか近くにいたコウカとヒバナ、シズクを抱え込む。

 

 そのままジッと耐え忍んでいると次第に揺れは収まり、森も静けさを取り戻しつつあった。


「みんな、大丈夫……あ」


 抱え込んだスライムたちの無事を確認しようとして力を緩めた途端に腕の中からヒバナとシズクが飛び出して、距離を取られてしまった。

 緊急事態だったとはいえ、触れられるのを嫌がるヒバナたちを抱きかかえるのはよくなかったのだろうか。

 だが背に腹は代えられない。あの子たちが無事でよかったと思うことにしよう。

 それよりも今はこれからどうするかを考えないといけない。


 ――もう、帰ろうかな。

 地震に遭遇したため、もうすっかりとオークを追う気持ちも失せてしまった。とはいえ、資金集めに受けた依頼である。

 少しでも多く、オークの素材を集めておきたいというのが本音だ。


「やっぱり、あと10分くらい」




 気合を入れ直し、オーク探しを再開してから数分でオーク自体は見つけることができた。

 だがそのオークは先ほどの地震で足を踏み外してしまったのか、急斜面の坂を転がり落ちた状態で息絶えてしまっていた。

 土砂崩れとか怖いなぁ、なんて思いながら回り込んで下っていき、オークの死体へと近付いていく。

 ――損傷はしているが、この程度なら買い取ってもらえるだろう。

 その死体を《ストレージ》に入れて帰ろうと振り返った瞬間、目の前に広がっている光景に愕然とする。


 オークが転がり落ちたであろう斜面にはなんと大きな穴が開いていたのだ。自然に出来たものとは到底考えることができない不自然な穴だった。

 何かの生物の巣だったら嫌だなと思ったが結局は好奇心が勝ってしまい、コウカに穴の入口だけ照らしてもらう。


「何これ……」


 穴の奥はコウカの光が届かず、どこまで続いているかは分からない。

 だがそれ以上に驚いたのは、穴の壁面が大きさの整えられた石を積み上げて形成されているということだ。

 つまりこれは遺跡なのだ。土が被さり、その上に木が生えてしまうくらい前に人の手によって作られた古い遺跡に違いなかった。

 ……だがこの森に遺跡があるという話は聞いていない。


 どうするかしばらくの間、考え込んでいたが結局は好奇心に負けて足を踏み入れてしまう。遺跡の入口の方は土煙が舞っているようだが、奥に進むにつれてそれは収まっていった。

 そうして通路のような場所を抜けると、広い空間へと出る。

 ――森の下にこんな空間が……?

 その空間はとても静かで空気が冷え込んでいた。

 当然ではあるが光が差し込むこともないので、ここにあるのはコウカが作り出した光と私の足音だけだ。


 私は歩みを止めず、奥へと進む。天井へと伸びているであろう石の柱を何本も通り過ぎ、ついに突き当たりへと辿り着いた。

 その奥の壁を見上げるとそこには何かが描かれている。


「これって壁画……? コウカ、上まで照らしてみてくれる?」


 大木と人らしき存在を描いた壁画のようだ。

 絵の中心で大きな存在感を放っている大木と重なり合うように描かれているのはおそらく長い髪の女性で、ドレスのようなものを身にまとっているように見える。

 そして女性の周りに何人もの小さな人らしきものがいる。人らしき、と表現したのは彼らの体に翼のようなものが描かれているためだ。

 これが何を示しているのか、考えようとした――その時だった。


「ッ!? どうしたの?」


 コウカが私に警戒の意を伝えてきたのだ。

 私がコウカの警戒している方向に振り向くと同時にコウカが光の球を飛ばす。これは攻撃の魔法ではなく、ただ照らすための光だ。


 光の球は柱の間を抜けていき、やがて1本の柱の側で止まった。

 その光球によって柱の影が地面に映り込む。だがそこに映っていたのは柱の影だけではなかった。

 地面には柱と共に人型の影まで映っていたのだ。


「へぇ、勘が鋭い魔物だね」

「誰!?」


 人影がスッと柱の陰から出てくる。


「こ、ども……?」

「子供……? うーん、これでもお姉さんよりも年上なんだけどな」


 それは黒い髪をした、まだ十代前半くらいであろう少年だった。

 少年はまるで貴族のようにひらひらとしたシャツを身にまとっており、その装いは明らかにこの場所とは不釣り合いであるため、凄まじい違和感を生み出していた。


「またハズレで気分最悪だったけど、憂さ晴らしにはなるかなぁ……」


 少年は薄ら笑いを顔に貼り付け、ブツブツと何かを呟きながらゆっくりこちらへと歩いてくる。

 その様子にどことなく恐怖を覚えた私の背中にひんやりとした物が当たる。

 どうやらいつの間にか、壁際まで下がってきてしまっていたらしい。


「き、君は誰。こんなところで何をしているの……?」

「えぇ~? それは僕が聞きたいくらいなんだけど……。探検に来ただけだよって言ったら、お姉さんは信じてくれる?」

「そ、れは……」


 絶対にないとは言い切れない。

 少年が力を持っていて、こんな人里離れた森にある遺跡を1人で探検しているという可能性は限りなく低いとしても確かにあるのだろう。

 だがそうとは到底思えないほどの薄気味悪さが少年からは感じられていた。


「ははっ、そうだよね。やっぱり信じられないかぁ。一応間違ってはいないんだけどなぁ……。まあいいや、どうせ――」


 少年がその血のように赤い目を細め、口元を大きく歪ませる。


「――消しちゃうから」


 突然、少年の姿が消えたかと思うと、私の横から右手に持った短剣を振りかざした状態で現れる。


「あ……」


 唖然としたまま、動くことができない。

 しかし少年の斬撃が届くことはなかった。コウカが体当たりで少年の右手を弾いたのだ。続いて私の足元から、火と水が少年に襲い掛かる。

 残念ながらヒバナとシズクの攻撃は避けられてしまったが、後退させることには成功した。


「いったいな……! この丸っこいの!」


 コウカが私の手の中から飛び出し、少年へ飛び掛かる。

 少年も飛び込んでくるコウカに切り掛かるがコウカは空中で体を捻り、すんでのところで躱していた。

 私も手が空いたことで護身用のロングソードを《ストレージ》から取り出しておく。

 上手く扱えないがないよりかはマシだろう。これでさっきのように切り掛かって来ても、防いでみせる。


 いきなり襲い掛かられるなんて意味が分からないが、さっきは本気で殺しに来ていた。

 足が竦みそうになるほど怖いが、それでも殺されないために立ち向かうしかない。

 彼に襲い掛かってくる理由を聞いてもみたいが、今は体も震えてしまっていて声を上げられる自信がなかった。


「『私』や『俺』みたいにできないのは分かっているけど、これはイライラしちゃうなぁ」


 少年は意味が分からないことを呟きながら、コウカと相対する。

 これはチャンスだ。現在、私が立っている場所はコウカが離れたことで暗闇になっている。

 だがコウカと少年が戦っている場所はコウカが魔法を使い続けてくれているため明るい。

 この状態なら相手は私の場所が分からず、私とヒバナ、シズクだけが相手を捉えている状況である。不意打ちで無力化することも十分可能なはずだ。


「おっと、何か企んでいるんだろうけどそうはいかないよ。ほぉら」


 次の瞬間、空間全体が照らされる。

 それはコウカと同じ光属性の魔法の光だった。


「実は僕も使えるんだよねぇ」


 少年はコウカの攻撃を捌きながら、首を回して視線だけをこちらへ送ってきた。


「見ぃつけた」


 飛び掛かるコウカの体を光で纏った左手を使うことで勢いよく弾き飛ばし、私がいる場所を目掛けて少年が駆け出す。

 少年は柱の間を縫うように動きながら、着実にこちらへの距離を詰めてきていた。

 これが最初に消えたように見えた動きの正体なのだろう。ただ素早く柱の陰に隠れながら近づいてきただけだ。

 しかし動きの正体を見破ったとはいえ、その動きは効果的だった。

 現に少年を迎撃しようとするヒバナとシズクの魔法は柱に阻まれ、少年に当たることはない。


 少年は、焦ってしまって精細さを欠いたヒバナとシズクの攻撃を軽やかにステップを踏むように躱し続けた。

 そして私たちへ一気に詰め寄ると振り上げた短剣を私に向かって振り下ろそうとしてくる。

 

 ――やるしかない。

 私も剣を構える。


「やっぱり……こっち!」


 しかし私へと振り下ろされていた剣は不意にその標的を私の左隣――シズクへと変えた。


「ダメっ!」


 咄嗟に体を捻りながらシズクへの斬撃を受け止めようとする。

 だが無理な体勢で構えたのが仇となり、上手く防げずに体勢を大きく崩してしまう。


「そぉら!」


 少年が右下から左上へ剣を振り上げ、私の剣は容易く吹き飛ばされてしまった。

 ――彼の剣が真上へ振り上げられる。

 誰も、動けない。


「ばいばーい」


 眼前に迫る凶刃に恐怖した私は目を閉じ、身を縮こまらせる。

 そんな暗闇の中でゆっくりと迫ってくる死の気配を感じ続けていた。


 ――そんな時だった。突如、私の瞼越しに強烈な光が差し込んできたのだ。

 ゆっくりと目を開くと依然として迫ってくる刃があった。だがそれだけではない。

 視界の左側から光が飛び込んでくる。


「――えっ」


 少年が剣を振り下ろしきった時、私の足元にボトッと黄色い()()()が落ちる。


「ホント、バレバレだよ」

「あ、ああ……」


 黄色くて丸かったはずのそれは歪な半円で私の手のひらくらいの大きさになっていた。

 ガクガクと足の震えが収まらなくなり、地面に崩れ落ちてしまう。こうして近くで見ると残酷な現実がより鮮明な形で突き付けられる。

 このナニカは私がこの世界に再び生れ落ちてから初めて心の拠り所にしたいと願った存在で、ずっと私のために頑張ってくれていた存在で、私を変えてくれるかもしれなかった存在だったのに。


「コ、ウカ……コウカぁっ!」


 私はコウカだったモノに縋り付く。だが現実は非情で、それは僅かな温もりを残すだけだった。


「あーあ、真っ二つになっちゃって。……ほら、邪魔だよ」


 私の肩を乱暴な手付きで引っ張った少年が、私の手から強引にコウカを奪い去ろうとする。


「やめて、もうやめてぇっ!」

「はは、やだよ」


 そしてついに奪われてしまった。

 いつの間にか右手の短剣を消していた少年は両手でコウカを弄ぶ。


「やめて……返して……」


 離れていくそれに手を伸ばすが届かない。

 体から力が抜ける。落ちていく手はそのままペンダントへと伸びていた。

 ――私がこんな場所に来なければ、さっさと街に引き返していれば。

 後悔してももう遅いのだ。失った命が帰ってくることはないのだから。


「なんだ、つまんないな。はぁ、もういいや」


 少年の足音が静寂に包まれたこの空間でいやに響いている。


「君たちのご主人様は殺してしまうね。君たちは『私』が喜んでくれそうだから、生かしてあげる」


 私はここで殺されてしまうのだろう。

 ――嫌だ、まだ死にたくない。

 視線だけを軽く動かすと、ヒバナとシズクが黄色と濃紫色が混じり合った壁のようなものによって囲まれていた。

 さっきまでは理解できなかった少年の言葉が今ならスッと理解できる。


 ヒバナとシズクは生きている。

 だがこいつは私と、ヒバナとシズクを引き離そうとしているのだ。


「嫌、だ……駄目なんだ……」

「ん?」


 少年に胸倉を掴まれ、無理矢理目を合わされる。

 そいつは醜悪な笑みを浮かべていた。


「何だってぇ? 聞こえなかったなぁ」

「……約束したんだ、支えてあげるって。……だから、まだ私は折れちゃいけないんだ……!」


 私は目の前の顔を力一杯、睨みつけた。

 ――こいつの顔を見れば見るほど、よく分かる。何と悪意に塗れた醜い顔だろうか。

 私は握りしめた右拳をそいつの顔を目掛けて打ち付けてやろうとした。だがそれはそいつの肘でガードされてしまう。

 だったら、と私は大きく頭を振り被ると勢いよくそいつの顔面に振り下ろした。


 私の胸倉を掴んでいた少年の左手が離れる。


「ぐあっ、コイツ!」


 左手で鼻を抑えた少年はまさに鬼の形相といった顔で右手に持っていたコウカだったモノを消すと、代わりにどこからか短剣を取り出して私へまっすぐと向けてくる。

 私も立ち上がり、光の壁に捉えられてしまっているヒバナとシズクを一瞥した。

 ――大丈夫だ、戦える。

 どんな形でも、たとえ這いつくばってでも絶対に生き残ってみせる。


「もう我慢できないな。一思いに――」


 少年が短剣を振りかざした。私もそれに応えるような形で身構える。

 ――だが彼と私の対峙は思わぬ形で終わりを迎えることになる。


「マスターから――離れろッ!」

「は……なっ!?」


 横合いから輝く何かが少年を目掛けて飛び込んできたのだ。


「え……」


 それは少女だった。

 透き通るように白い肌と美しく煌めくブロンドの長髪を靡かせ、どこか見覚えのあるロングソードを右手に携えた――少女だったのだ。

 それと必死になっていたせいで気付けなかった、ある事実を認識する。

 あの少女と私の間に強い魔力の繋がりを感じるのだ。それが意味するものは1つしかない。


「コウカ、なの……?」


 聞くまでもないことだった。分かっている。だが彼女の口からその言葉が聞きたかったのだ。


 少女は私と少年の間に立ち、剣を構えながらまっすぐ少年を睨み続けている。


「はい、わたしは――」


 少女は私に背を向けたまま語った。


「――コウカです」


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