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24 友達

「おい、もっと腰を入れろ! 踏み込みが浅ぇんだ! 腕が下がってんだろ! あと脇締めろ!」

「もっと重心を落とすのよ」

「それはただ膝を曲げているだけだろうが!」


 ベルの怒号が辺り一帯に鳴り響く。

 私はどうしてこうなったんだと心の中で嘆いていた。

 そのきっかけは護衛任務初日に、私とベル、ロージーの3人で話していた頃まで遡る。




    ◇




「えっ、ベルとロージーって国に仕える騎士だったの?」

「もう、2年も前の話だ」


 ベルの強さの秘訣を知るためにいろいろと聞いてみたら、彼女たちの過去を聞くことができた。

 正直なところ、少し意外だった。騎士というのは清廉な人というイメージがあるのだが、2人はそのイメージには当てはまらない。


「似合わないでしょ? でも騎士といっても実際はそんなものよ。大体、私たちが騎士をやめたのだってあのクソ上司が……ベルを……ベルのたわわを……! あんのクソ……!」

「たわわ……」


 わなわなと震えだすロージーとそれを鼻で笑い飛ばすベル。要は上司にセクハラを受けて、やめたということだろう。

 ロージーの話に付き合ってはいられないので、そのことには触れずに気になったことだけを聞くことにする。


「へ、へぇ。じゃあ国の騎士は皆、ベルくらい強いの?」

「そんなわけないでしょう。ベルが最強よ! 他はゴミクズ以下だわ!」

「うわっ」


 急にロージーに突っかかられた。ビックリするのでやめてほしい。


「ベルは天才だし、努力家なの! あんな有象無象とは違うのよ! いつだってストイックで強くなるために余念がないんだから!」


 ロージーがうっとりとしながら語る。


「……それでも聖教騎士団のあの男には最後まで勝てなかったけどな」

「聖教騎士団?」


 聞いたことのない単語だったので尋ねてみるとどうやらその名が示す通り、ミンネ聖教団が抱えている騎士団のことらしい。

 そしてベルが言うあの男とは第一聖教騎士団団長で、今も団長を続けているのだとか。


 ベルは騎士時代にその聖教騎士団と合同訓練をした際、その騎士団長と立ち合って以来その男をライバル視していたとロージーが憎らしげに語っていた。

 ロージー曰く、熱い視線を送っていたらしい。


「そんなんじゃねーよ。あいつに隙がないか、ずっと観察してただけだ」


 まあそうだろう。ベルが恋愛にうつつを抜かすというのは想像ができない。

 ストイックだそうだから、そんな暇があるのならずっと剣を振ってそうだ。


「剣を振りながらな」


 やっぱり剣は振っていたらしい。

 私もベルのようにストイックになれたら強くなれるのだろうか。

 ……いや、無理そうだ。


「やっぱり、私は強くなれそうにないかな……」

「なんだ、ユウヒ。アンタは強くなりてぇのか?」


 考えていたことが声に出ていたようで、ベルがこてんと首を傾げる。

 ――なんだかその仕草、子供っぽいな。

 そんなことを考えていると怪訝な顔をされたので慌てて取り繕う。


「あ、うん。いつも戦うのはこの子たちだけだから。私もこの子たちと一緒に戦えるくらい強くなりたいんだけど……」


 余計なことは頭から追い出した。私は頷きながらスライムたちを指して、彼女に事情を説明する。

 みんなが戦っているときに自分だけが何もしないのは何か嫌だし、不安だ。

 それを相談すると護衛の休憩時間に剣の稽古を付けてもらえることになったのだ。


 そう。なったのはいいが、結果は散々だった。

 素振りは言われた通りにできないし、それならとやった自分の体をこれでもかというくらい追い込んだ過酷な筋力トレーニングさえもできなかった。


「そもそも、基礎的な筋力が足りてねぇんだ。筋トレに走り込み、あと素振りだ。型を体に覚え込ませろ」


 ベル先生からはたくさん駄目出しを受けた。ベルの鍛錬の時間を削ってもらってまで見てもらったのに申し訳ない。

 私が剣に関してはダメダメであることが判明した後は1人で剣を振るベルを全員で見ていた。ロージーは動作の一つ一つを見逃すものかと目を見開いていたのが怖かった。

 あとはコウカがベルの剣を振る姿をジッと見ていたのが意外だったくらいか。




    ◇




「いいわベル! そのままやっちゃえ!」

「見てねぇで、お前も戦えよ!」


 魔物たちの中心で戦うベルの近くでロージーが外野のように応援している。

 ロージーはすごい。彼女は魔物の攻撃を見ずに避けていたのだ。……すごい勢いでベルに怒られていたけど。

 怒られた彼女は渋々腰の剣を引き抜き、剣身に炎を纏わせて振るう。その度に魔物が絶命していった。

 普段の態度からとてもそうは見えないが、ロージーも強いようだ。


 彼女たちに負けず、コウカも前線を駆け回り戦っていた。

 そして私のそばでは進化したヒバナとシズクが私の指示した目標に魔法を撃ってくれている。

 そう、朝起きたらこの子たちが進化していたのだ。進化の条件と戦うことは関係がないらしい。

 そして進化したことで魔法の威力と生成速度が上がっている。前線の冒険者たちを狙う魔物も私たちに近づこうとする魔物もその弾幕に苦戦しているようだった。


 そして危なげもなく、魔物の襲撃を退けることに成功した。


「アンタの黄色いスライム、やるな。何よりも戦ってやるっていう気概を感じるのがすげぇいい」


 ベルがコウカに対して、よく分からないことで褒めている。曖昧な物言いだがベルはコウカのその気概とやらがお気に召したらしい。


「そっちの子たちも随分と優秀なのね。正直な話、あまり期待はしていなかったの。だから謝っておくわ」




 それから数日を経て、私たちが護衛する商業団はノノーリエルという街に辿り着いた。

 依頼書ではこの街が目的地となっていたので、護衛はここまでということになる。


「冒険者の皆さん。ノノーリエルまでの護衛、ありがとうございました!」


 ここまでの街と同じように聖職者みたいな恰好をした人が馬車を一つ一つ確認していったあとに街へと入る許可が出た。

 ノノーリエルは周囲に魔物を生み出す魔泉が少ないため、大きな町であるにもかかわらず、壁がない長閑(のどか)な街だった。


 馬車が広場に止まり、冒険者たちも馬車から降りていく。そんな彼らへ届くように商業団の代表者が声を張り上げていた。

 その声を聞いた冒険者たちから次々と解散していく。それを見送りながら、私は一人肩を落とした。

 結局、この数日ではベルの教えを物にすることはできなかった。センスがないということも大きいが、いろいろと足りていないものが多すぎたのだ。


「シケた顔すんなよ」

「そうよぉ、そんな顔をしていたら幸せが逃げちゃうわ」


 思わずため息を吐くと、すでにどこかへ行ってしまったと思っていた人物が側まで寄って来ていた。


「ベル、ロージー、まだいたんだね」

「何だよ、アタシたちがいちゃ悪ぃかよ。あぁん?」


 ベルが顔を近づけて、至近距離で下から凄んできたので私がわざとシュンとした顔を作ると、彼女は目に見えて慌てはじめた。


「なんて冗談だ。マジになんなよな!」


 そんな必死な彼女を見て、私はつい吹き出してしまう。


「もう、そんなに必死にならなくてもいいのに」

「……お前、さては揶揄ったな」

「ごめんね?」


 正直、お互い様だろう。

 さっき声を掛けてきた時のベルはわざと凄んでみせて私を揶揄う気だったに違いない。


「ユウヒぃぃ……!」


 謝ったはいいもののベルの顔は真っ赤だった。そんな彼女が私に掴みかかろうとしてきたので、揶揄うのはまずかったかなと今になって後悔する。

 怖くなり、固く目を瞑ると頬が引っ張られる感覚があった。


「へ……い、いひゃい!」

「はん、言うようになったじゃねぇか。生意気言うのはこの口か、あぁん?」

「ひゃ、ひゃめっ」

「アタシを揶揄おうだなんて、100年早いっての」


 痛みのあまり目を開けると加虐的な笑みを浮かべ、両手で私の頬を引っ張るベルの顔が映った。

 というか本当に痛いし、どんどん痛みが増していく。


「べ、ベル~。その子、本当に痛がっているわよ? 頬がちぎれちゃうわよぉ……?」

「え……あ、悪ぃ! やりすぎちまった……。ホントに悪ぃ、大丈夫か……?」


 ロージーの言葉を受けたベルは慌てて手を私の頬から離し、心配そうに顔を覗き込んでくる。

 ――すぐに離してくれてよかった。抱えていたコウカの体から、バチバチと音が鳴っていたのが本当に怖かったのだ。

 頬はまだ痛かったが、ベルとついでにコウカを安心させるために微笑む。取り敢えずコウカは静かになったのでよかった。

 ベルはまだ心配してくれているのか、眉を下げて不安そうにしている。少し涙目になっていて捨てられた子犬のようにも見える。

 そこまで心配してくれるのは嬉しいが、いくら何でも心配しすぎな気がする。

 そんな私の疑問はロージーの言葉で解決した。


「そんなに不安そうに見つめてないでも嫌われてなんかいないわよぉ。あと嫉妬しちゃいそうだから、見つめ合うのはやめてほしいわぁ」

「え? あ、うん、嫌いになってなんかいないけど」


 どうやら、ベルは嫌われていないか心配しているらしい。別にこの程度で嫌ってなどいないので否定する。

 ロージーの変な言動は無視だ。


「……んなのわかんねぇだろ。ホントのとこはどうだか」


 しかしベルは俯いてしまって、ブツブツと何かを言っている。そんなベルに困り果てた私はロージーに視線を投げかけた。

 すると彼女が事情を話してくれた。


「ベルはねぇ、同性のお友達がいないの。皆、ちょっとやんちゃなベルを見ただけで離れていっちゃう。だからね、1人目のお友達になってくれそうなユウヒに嫌われていないか心配なの。……あ、私はベルのお友達じゃなくて、大親友だから例外よ」


 図星だったのか、今度は怒りではなく恥ずかしさから顔を真っ赤にしたベルが顔だけをロージーに向ける。

 私からは見えないが、おそらくロージーを睨んでいるのだろう。


「なんで言うんだよ、ロージー!」

「えぇ~? ベルの不安とユウヒの疑問をまとめて解消するのはこれが手っ取り早いと思ってぇ」

「だ、だからって人の気持ちを明け透けにすんじゃねぇ! 恥ずいだろ!」


 最早、ベルの言動が暴露されたことが事実であったと肯定しているようなものである。


「そっか、ベルは友達が欲しいんだね」

「……あんだよ、文句あっか」

「ううん。私もほとんど友達いないからベルの気持ちは分かるよ。寧ろロージーっていう親友がいるベルを私が羨んでいるくらい」

「……お前みたいなやつが友達に悩んでいるとは思えねぇけど」

「えー、本当のことなんだけどな」


 ベルが疑うような目で私を見ている。

 実際にこの世界で辛うじて友達と呼べるのは、冒険者の街ファーリンドで出会った冒険者のアルマくらいだろうか。

 それにこれまでの人生で親友という存在がいたこともなく、どんな存在なのかすらわからない。


「えーっと……まあ、私も友達が少ないからベルに友達になってくれると嬉しいって言いたかったの。ほら、私も友達がほしい。ベルも友達が欲しい。利害の一致ってやつだよ」


 未だ疑う目をしていたベルだったが数秒の空白の後に突然、噴き出した。


「ぷっ、はははは。何だよそれ。お互いにお得だから友達になりましょうってか? あははははは」

「ちょ、ちょっと笑い過ぎじゃない!? すごく恥ずかしくなってきたんだけど!」


 目に涙が浮かぶくらい、ずっと笑い続けているベルの様子に流石に恥ずかしくなってくる。今の私の顔はさっきのベルとまではいかないだろうが、赤くなっているはずだ。

 気付けばロージーまで肩を震わせているという始末である。


「あー、笑った笑った。いや、お前がそういう考えなんだったら嫌われてないか不安になってたのが馬鹿らしくなったぜ」

「……ほんとだよ。だいたいあんな過酷な特訓させられたんだから、頬っぺた引っ張られたくらい今さらだよね」


 思い出すのは数日間に及ぶベルの特訓だ。たしかに私が強くなりたいと頼んだことなので感謝しているが、それとこれとは話が別である。

 よもや特訓で死ぬところだった。それと比べると、頬を引っ張られるのはじゃれ合いの範疇だ。

 だが私の話を聞いたベルは意味が分からないという風に首を傾げるだけだった。


「うそでしょ」

「あれ、ベルにとっては誰でも簡単に熟せるラインだからねぇ」

「……うそでしょ」


 たしかに傍目で見ていたベルの訓練は私の10倍くらいきつそうだったけど、私の特訓も十分きつかった。それがベルにとっては、簡単な入門コースだったらしい。

 訓練に関して彼女はストイックすぎる。


「……悪かったな」

「ううん、私が頼んだことだからね。ちゃんとできなくて申し訳ないくらい」


 私にとってきつい特訓だったことに気付いたのか、バツが悪そうにベルが謝る。

 さっきベルは私に友達がいないとは思えないと言っていたが、ベルこそ別に悪い人じゃないのに友達がいないのは意外だ。これまで会った人に見る目がなかったのだろうか。

 たしかにベルは普段は不良でチンピラっぽいが心根は優しく、ふとした動作がカッコよくかつかわいかったりもする。

 あとこうして近くで見るとよく分かるが顔立ちが端正だ。

 ロージーが夢中になってしまう理由も多少はわかる気がする。まあ、そんなベルと友達になれたのは幸運なことだったと思いたい。

 ――あれ、そういえば私はもうすでにベルと友達なのだろうか。


「ねえ、ベル。私たちって友達になったのかな?」

「は? 知らねぇよ。……改めて友達になろうと思うと、どうすればいいのか分かんねぇ……」


 2人でウンウンと唸る。利害の一致でお互いに友達になりましょうと言ったけど、言っただけでもう友達と呼べるのだろうか。

 そもそも友達って、どんなものなのだろう。改めて意識してみると難しいものだと思う。

 そんな私たちを見兼ねたのか、ロージーが呆れた声を出す。


「そんなに難しく考えなくても相手と一緒に居て、少しでも楽しいと思えていればきっともう友達よ」


 私とベルはお互い見つめ合った。たしかにさっきのベルとのやり取りは楽しかった。


「じゃあ、ベルとはもう友達でいいのかな?」

「いいんだろ。……アタシも楽しいし」


 改めて考えると、友達とは暖かいものだ。


「じゃあ、私とユウヒも友達かしら?」

「……うん、友達……かな…………多分」

「……ちょっと、その煮え切らない答えはやめてちょうだい……」


 ロージーは暴走癖がなければなぁ。




    ◇




「Dランクへの昇格、おめでとうございます。ユウヒ・アリアケ様」


 ベルたちと一緒に冒険者ギルドまで来て依頼の達成処理をしたら、冒険者ランクがEからDに上がった。

 ついこの間、Eに上がったばかりであるにもかかわらずだ。


「えっと、何かの間違いじゃありませんか?」

「いえ。ユウヒ様はファーリンドの冒険者ギルドで貢献ポイントを大きく稼がれてDランク昇格間近でありましたので、この度の依頼で昇格しました。テイマーとしての実力が高く評価されているようなので、何も間違いではありませんよ」


 信じられなくて、受付嬢に問い掛けてみるもきっぱりと否定された。

 ファーリンドで稼いだポイントと言えば、あのヒバナ、シズクと出会った時に受けた指名依頼だろう。

 薬草を取るだけの簡単な依頼だったのに職権乱用かと疑うぐらいに大幅加点されたらしい。

 当時、まだFランクだったのに普通はもらえない指名依頼をもらったのが原因だろうか。

 あの時に受けた依頼も緊急性が高かったから指名依頼扱いにすると言われたが、そんなに簡単に指名依頼扱いにしてもいいものだったのか。

 今になって考えてみても疑問が多く残る。


「別に気にするほどのことでもねぇよ。Dまでは比較的、上がりやすいんだ」

「そうよぉ。でもDとCの壁は結構厚いから、注意が必要よ」


 どうやら微妙な表情をしていたようで、一緒に冒険者ギルドに来ていたベルとロージーが声を掛けてきた。

 ロージーが言ったDとCの壁が厚いというのはアルマからも聞いたことがある気がする。

 たしか実力面でDからCに上がるために要求される技術の難易度が跳ね上がるからだとか。

 アルマが練習していたというオーガジェネラルに使った技がその1つだったかな。

 武器をまともに扱えない私でもCランクに上がることができるのか分からないが、今はDランクに上がったことを素直に喜ぶとしよう。


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