04 伝えたい想い③
三人称視点です。
◇◇◇
「それでシズク姉様は、いかにも悩んでいますって顔をしていたんだね」
「……そんなに顔に出てた?」
「すっごくわかりやすいくらいには浮かない顔だったよ」
気分が晴れないまま、あてもなく散歩を続けていたシズクであったが、植物精霊たちが管理する花畑のすぐそばを通りかかったところを、ダンゴに呼び止められた。
それから近くのベンチまで移動し、妹と肩を並べて休憩することにしたシズクは、自分の醜態についてはオブラートに包みつつ、ヒバナと揉め事を起こした件の詳細を語ったのであった。
「そっかぁ……ヒバナ姉様ってば、とうとうそこまで言っちゃったのか。我慢できなかったんだろうなぁ」
「ダンゴちゃん?」
「よし。だったらボクも少しくらい踏み込んじゃってもいいよね」
うんうん、と何度か頷いたダンゴは、不思議そうな面持ちのシズクに見つめられていることなどお構いなく、語りはじめる。
「実際のところ、ボクもヒバナ姉様とおおむね同じ意見だよ」
「……そうなの?」
「うん。主様との関係でシズク姉様が不安になっちゃう気持ちもよくわかるんだけど、やっぱり迷っていれば迷っているだけ、勿体ないと思う」
その言葉を受けてもなお、シズクの内心を占めるのは「そんなことを言われてもどうしようもない」という否定的な感情だ。もちろんそれくらいはダンゴも想定済みである。
シズクに対して、ヒバナが口論という形で捲し立てるように言葉を伝えたということもあって、ここで語りすぎては逆効果だと考えたダンゴとしては、この場で多くは語らないつもりなので、特に伝えたいと思っていることを己の頭の中からピックアップしていく。
「シズク姉様の恋を1つの勝負事に見立ててみよう。シズク姉様は告白した瞬間、勝敗が決まって、勝負に決着がつくと思っているでしょ?」
僅かに顔をしかめたシズクが小さく頷く。
その反応を確かめつつ、ダンゴは続きを語った。
「だからまずは、主様が自力でシズク姉様の気持ちに気付けた時の反応を確かめたかったんだよね。このままじゃ勝率が計れなくて、勝つビジョンが見えてこないから、どうにかアプローチを続けることで勝率を上げようとしてきた。でも、あまりにも主様の反応が悪くて、今は万策尽きたってところかな? 一言で言い表すなら……ご、ごり……あっ、そう、五里霧中!」
ダンゴの完璧な考察に内心舌を巻きつつ、その指摘内容が概ね事実であったため、苦し気ながらも素直に頷いた。突き詰めると、自分が半ば自棄になっているという自覚すらも持っているのだ。
……シズクは感心しているものの、ダンゴとしては、姉妹間で共有している情報をそのまま公開しているだけに過ぎないのだが。
だが、ここからは彼女自身の意見だ。
「ボクが思うに、そもそも前提が間違っているんだ。告白とか、気持ちに気付いてもらえた瞬間が勝利への大きな一歩であることは否定しない。でも、絶対じゃない」
「どういうこと?」
「そこで失敗しちゃってもいくらでも挽回できるってこと。姉様が折れない限り、いくらでも延長戦に持ち込めるんだよ」
告白に失敗したとしても、そのあと何度でも言葉を重ねて気持ちを伝えればいい。そうダンゴは伝えようとしている。
これはヒバナが今朝語った言葉にも類似しているが、幸いにして、ダンゴに対してはシズクも庇護欲が勝るのか、ヒバナの時のように反発することも少ない。
「本当に手遅れになっちゃう時って、ボクは言葉すらも届かなくなっちゃった時だと思うんだ。これは、自分の気持ちに気付いた瞬間にはもうどうしようもできなくて、失恋しちゃったボク自身の経験談だよ!」
「失恋って……ええっ!?」
あまりの驚きにその場で跳び上がったシズクを見て、ダンゴはおかしそうに笑っていた。
とにかく、自分の悩みどころではなくなったシズクはダンゴに詰め寄る。
「だ、だだ、誰に……?」
「さて誰でしょう? 当ててみていいよっ」
現在から過去へと遡りながら、シズクは凄まじい速度で、記憶の中にあるダンゴの交友関係を洗っていく。
社交的な性格で、ユウヒに次いで友人の多いダンゴのことだ。シズクが把握していない関係だってあるだろう。
だが、ダンゴの発言を思い返すと「もしかして」というひらめきが走った。
「ショコラちゃんのことが好き……だったの?」
ダンゴは大正解と言わんばかりに、微笑んだ。
「う、うそ……ええっ」
「あははっ! とはいってもあくまでボクとショコラは親友同士だったんだけどね。あの頃のボクはそっちの“好き”なんて分かっていないような子供だったし」
恋心に気付いたのはここ数百年のことなんだ、とダンゴはあっけらかんと笑う。
ダンゴが月に1度、欠かさずにショコラの墓参りに行っていることからも、未だに大切に想っていることはシズクも知っていたが、恋心まで抱いていたとは露にも思っていなかったのだ。
「……だから、さ。シズク姉様が悲しむのはまだ早いよ。やれることがまだまだあるんだから」
そう口にした直後、花畑の方からダンゴを呼ぶ声が聞こえてきたため、彼女の視線がそちらへと向く。
「あっ……」
ダンゴはベンチから立ち上がり、「何ができるのか、もう一度よく考えてみて」と口にすると、その場を立ち去ろうとする気配を見せる。
それをシズクは咄嗟に呼び止めた。
「だ、ダンゴちゃんはっ!」
ダンゴが立ち止まったのを見て、シズクはゆっくりと息を落ち着ける。
「……もし、もしもショコラちゃんともう一度会えたとしたら……ダンゴちゃんだったら、その時にちゃんと“好き”って気持ちを伝えられる?」
「うん、伝えるよ。必ずね」
ダンゴの微笑みを目の当たりにして、シズクは瞠目する。
姉の問いに対して、躊躇することなく言い切った少女の顔がどこまでも大人びて見えたのだ。
「これ以上のことは――うん。実際にパートナーを作った経験もあるノドカ姉様にバトンタッチかな」
◇◇◇
『ちょっと事情は違うんだけど、今のシズク姉様にはノドカ姉様の言葉も必要だと思うよ』
黄昏が迫る頃。
ダンゴと別れたシズクは妹の言葉を胸に一人、神界の中で最も大きな湖の畔に足を運んでいた。
穏やかな静けさに包まれた湖の畔には、美しくもどこか物悲しさを覚える歌声が響き渡っている。
それは命日に、故人へと捧げるための歌だ。だが、その歌い手の姿は近くにない。
それどころか、今日この日ばかりは誰もこの湖に近付こうとはしていないようだ。
(ノドカちゃんは……湖の真ん中かな)
水面に足を伸ばしたシズクはそのまま水の上を滑るように進んでいき、ゆったりとした足取りで湖心を目指す。
やがてシズクの瞳が、夕陽に照らされて、赤い光の中心に浮かび上がる少女の姿を捉えた。
胸の前で手を組み、まるで何かに祈りを捧げるかのように歌い続けるノドカの表情を、現時点においてシズクが知る術はない。
だが、こうして聞こえてくる歌声には彼女の明確な想いが込められており、この歌から彼女の気持ちを窺い知ることは可能であった。
(……ノドカちゃん)
ノドカと触れ合える距離まで近づいていったシズクは、彼女の心に寄り添うかのようにぴとっと体をくっつかせる。
当然、直接体に触れられたノドカも姉の存在に気付き、歌こそ止めなかったもののシズクへと視線を向け、僅かに目尻を下げた。
そうして、ノドカと見つめ合う形となったシズクであったが、不意に彼女の視界の隅で何かが輝きを放ったため、自然とそちらに視線が引き寄せられる。
(悲しいだけじゃ……ないのかな?)
ノドカの胸元でキラキラと輝きを放つシルバーリング。それは彼女が精力的に地上界で活動していた遥か遠い時代に交わした、誰かとの婚姻の証である。
――気付けば歌は止み、辺りは静寂に包まれていた。
「……どうしてノドカちゃんはあの日、結婚っていう形で、人間とパートナーになろうと思ったの?」
「ん~?」
「遺される側になっていずれ後悔することになるかも、とか考えなかったの?」
かなりデリカシーに欠ける物言いではあるが、ノドカは気にした様子もなく、シズクの質問の意図を読み解きつつ、その返答を考える。
「多分~そんなに好きじゃなかったから~……かも~?」
「……え?」
思いもよらぬ回答にシズクは固まる。それを見て、ノドカは語弊があったと慌てて取り繕ってきた。
「えっと~ちょっと違くて~……ん~、わたくしにとっても~大切な人だったけど~……あなたの人生のうち数十年をくださいって~言われたから~、それくらいなら~いいですよ~って答えただけで~……」
「……ノドカちゃん側には恋愛感情なんてなかったから、軽い気持ちで了承したってこと?」
「パートナーではあったけど~……うぅ、一緒のお家に住んでもいなかったし~……あの子も~それでもいいよ~って言ってくれたから~……」
彼女たちにとって、仲のいい友人との死別は特段珍しいことではない。ノドカはあくまで“パートナー”であって、婚姻を結んだことがあるとはいっても、友人との付き合いの延長線上でしかなかったと告げているのだ。
しかし、シズクとしてはいまいち納得できていない。
「それでも、悲しいものは悲しいんだよね。こうして毎年、あの人の命日になると歌を捧げているんだから」
「まあ~間違いなく大好きで~特別な人ではあったから~」
恋愛感情を伴っていなくても、パートナーになってもいいと思う程度には親密な相手だったのだと、ノドカは語る。
「友達のままじゃダメだったの……? 余計な悲しみを背負うくらいなら、初めから結ばれなければよかったなんてことは……」
シズクが言い切る前に、ノドカは首を横に振っていた。
「人から見ると少しだけ~変な関係だったかもしれないけど~。あの子と過ごした時間は本物で~……思い出とか~想いとか~かけがえのないものがわたくしの中には残っているから~」
歪な関係であっても、婚姻を結んでパートナーという関係になったからこそ、得られたものがあったのだ。ノドカはそれをかけがえのないものだと口にする。
「今だって一度も~後悔なんてしたことはありませんよ~。たしかに悲しいけど~……それ以上にありがとうって伝えたくて~。歌で繋がっていたあの子のために~わたくしは毎年~、歌うようにしているんです~」
シズクも気付いたことではあるが、ノドカの歌声に込められていたのは悲しみだけではない。それ以上の感謝の気持ちが彼女の歌声には込められていたのだ。
その事実を知ることとなり唖然とするシズクに対して、ノドカは甘えるようにすり寄り、彼女へのメッセージを贈る。
「結んだ絆に~後悔するようなことは~きっとありません~。本当に後悔してしまうのは~たぶん~……何もできなかったまま~終わってしまう時だけですよ~」
「ノドカ、ちゃん……」
己の体温と共にその言葉が少しでもシズクの心を解きほぐし、その奥側へ届くように、とノドカはさらに体を密着させる。
そして、それはシズクの心に僅かながらも変化を及ぼしつつあった。
(あたしが、後悔しないためにできることは――)
◇◇◇
ノドカと共に家に帰り、気まずさを抱えたまま家族揃っての夕食の時間を乗り越えたシズク。
入浴も済ませ、今日は早めに自室へと戻った彼女が読書を始め――その実、ほとんど身が入らないでいると、部屋の中に軽いノックの音が響き渡った。
「……はい」
「シズク、わたしです」
「コウカねぇ?」
ノックの主はどうやらコウカのようだ。
シズクが扉の前まで歩いていき、ドアノブを持って扉を押し開くと、その奥から外出着を身に纏ったコウカが顔を覗かせる。
「どうかしたの?」
「こんな時間に申し訳ないんですけど、大書庫に用がありまして……」
大書庫は神界、地上界問わず膨大な量の書物が保管されている施設だ。
ほとんどの書物は一般公開されているため、大書庫が開いている日中であれば問題なく借覧も可能なのだが、あいにく今はすっかり夜も更けてしまっており、職員たちもとうに業務を終えて帰ってしまっているだろう。
それでなぜ、コウカがシズクを訪ねて来たのかというと、彼女が大書庫の長であるからに他ならない。
コウカが心苦しそうにしているのは、一度閉じた大書庫を再度開くには、権限を持った職員の魔力認証が必要になるためだった。つまり、シズクから鍵を借りてそれで済む話ではないのだ。
「明日じゃダメなの?」
「教え子からおススメの本を紹介してもらったので、せっかくなら今日寝る前に読んでおきたいんですよぉ……」
「……はぁ、いいよ。それならノドカちゃんに転移させてもらお。歩いていくのは面倒だし」
しょうがないな、とシズクはため息をつく。
既に寝間着に着替えていて、あとは寝るだけという格好のシズクとしては面倒で堪らなくはあるが、姉からのお願いを無碍に扱うというのも気が引けたのだ。
それでも面倒であることには変わりないので、ノドカの力を借りようと思った。だが――。
「あ……ノドカですが、もう寝ちゃってまして……」
「ええ……やっぱり明日じゃダメ……?」
――ノドカが既に就寝していると聞いて、げんなりとするシズク。
それでも、コウカがひたすらにお願いしてくるので、彼女は不本意ながらも再び頷いてしまうのであった。
◇◇◇
外出着のコウカと寝間着の上に外着を纏ったシズクが、星空の下を歩いている。
「よし、この辺りだったらいいですね」
「……コウカねぇ?」
大書庫に行きたいと言っていたのに、道すがら不意に立ち止まったコウカをシズクは訝しげに見遣る。
「ごめんなさい。大書庫に用があるというのは、ただの建前でした」
「どういうこと?」
「外に連れ出したかったんです。シズク、あなたとちゃんと話すために」
次の瞬間、コウカの両手には《ストレージ》から取り出された二振りの木剣が握られていた。
彼女はその片方をシズクの足元目掛けて、投げ捨てる。
「ヒバナに全部聞きました。あの子たちにも」
「……そう。……それでこの剣は何なの?」
「わたしは不器用なので、どうやったらシズクの本音を引き出しやすいかと考えた時、これしか思い浮かびませんでした」
シズクはその場で屈み、無言のまま木剣の柄に手を伸ばす。
「身体を動かしながらの方が色々と話しやすい気がしませんか?」
「あたしにコウカねぇと打ち合えって? 本気で言ってるの?」
「寝間着を汚させるのは忍びないので、本当に軽くぶつけ合う程度ですけど」
「むぅ、あたしが転ぶって言いたいんだ」
たしかにシズクは運動が苦手な部類に入るが、必要以上に侮られている気がしてならなかった。
そんな挑発のような物言いに乗ったわけではないが、シズクは立ち上がり、剣を構える。
「剣を扱ったことって、ありましたっけ?」
「少なくとも自分の手で振るったことはないよ。一応、知識だけはあるけど」
そう口にして、知識通りに剣を構えたシズクだが、いまいちしっくりこないようだ。
「ああ……シズクは左利きなので、しっくりこないなら構え方を変えた方がいいかもしれませんね」
本気ではないが、やるからにはシズクも適当に終わらせる気はないようで、構え方だけはそれなりに見られるようになった。
「それじゃあ始めましょうか。はい、頭の上まで持ち上げて。それ、カン、カン、カン――」
コウカの声に合わせ、双方の木剣が軽い衝突を繰り返す。これがもう少し強い衝撃であれば、子気味いい音を周囲に響かせているところであろうが、当人たちも本当に接触しているのか疑うほどの衝撃であるため、残念ながらそこまで大きな音は鳴っていない。
そうしてお遊戯会のような緩い立合が続いているうちに、シズク側が徐々に慣れ始めたようだ。
「やっぱりシズクは頭の回転が速いですね。今も色々と考察を積み重ねながら動き方の研究をしているでしょう」
「身体を動かすのが苦手な分、頭でカバーしないといけないからね」
「本当に昔から、わたしたちもシズクの頭脳には助けられてきましたからね。その賜物ですか?」
「少しでもみんなの役に立つようにこの頭を使うって誓ったから、それに関しては今まで手を抜いたこともないし、コウカねぇの言う通りかもね」
動きはまだまだぎこちないが、コウカが不意に攻め方を変えてみても、シズクは彼女なりに対応してみせた。
感覚派と理論派の対角線上に居る者同士。己の強みとは違うシズクの強みを肌で感じ、コウカの笑みが深まる。
「ええ。いつだってシズクは最良の結果に繋がるための道筋を探し続けてくれていました。それで時には、分の悪い賭けに飛び込むこともありましたね。どんなに不安そうな顔をしていても、わたしたちのために勇気を振り絞って、提案してくれた」
「……いくら分が悪くたって、失くしちゃいけない大切なモノを守るためだもん。それにいつも、みんなはあたしの提案を信じてくれて、そんなみんなにあたしは背中を押されていたから……あたしも勇気を出そうって思えたんだよ」
「……本当に懐かしい」
シズクからその答えを引き出せことに、コウカは安堵した。同時に気を引き締める、ここが正念場だと。
「――そう。だから今のシズクを見ていると、残念でなりません」
「え……?」
「勇気を出せないまま、現状に納得しているかのように自分の心も無理矢理ごまかす!」
「な、にを……急にっ」
コウカの纏う雰囲気が一変し、木剣を振る勢いも少しずつ強まっていく。
シズクがそんな変化に戸惑っているこの瞬間を好機と見て、コウカは一気に攻め立てた。
「自分一人で思い悩んで、自分一人で抱え込んで、上手くいくか分からないから一人で尻込みして! まるでわたしたちのことを部外者であるかのように! 一人で! 一人でっ!」
伝えたい言葉を何度も強調してぶつけていく。
強い言葉が鼓膜を揺らし、先程とは比べ物にならないほどの衝撃が剣から体へと伝わる。
未だ冷静にはなれていないが、ここでシズクも反発して、大きな反応を示した。
「だってこれはあたしの問題だからっ」
「それがシズクの戦い方なんですか? らしくもない!」
「じゃあ、どうすればいいの!?」
頭に血が上り、シズクはがむしゃらに木剣を振るい始める。
「あたしらしくって、どうすれば――あっ」
いつの間にか、自分が攻め立てるような形となっており、力強くコウカの木剣に己の木剣を叩きつけたタイミングで、剣の軌道をずらされ、大きく体勢を崩す。
「わたしたちがいるでしょう」
前傾姿勢で倒れ込むシズクの体を正面から支えたのは――コウカだ。
「……わたしたちは家族です。誰か一人でも欠けたら生きていけないような共依存体質の共同体なんです。だから、誰かが抱えるどんな問題でも……わたしたちは自分のことのように考えてきました。シズクだってそうでしょう?」
「あ……」
「わたしはこれまで、シズクに数えきれないほど支えてもらいました。きっと今だって支えてもらいっぱなしです。なのに自分だけの問題だからと、拒絶されるのはとても悲しくて、辛いです。わたしたちは支え合って生きていくって、もうずっと昔に誓ったじゃないですか」
コウカは己の腕の中に納まるシズクの髪を撫で、先程の怒声とは打って変わって優しい声色で語り掛け続けた。
そして感情的になり、己の気持ちを表に出すこととなったシズクの心情にも変化の兆しが見え始めた。
(みんなのためにって……いっぱい考えて……。忘れていたわけじゃないはずなのに……自分は支える側になったって驕りが生まれちゃっていたのかな。……そんなわけないのにね)
◇◇◇
扉の前で、シズクは呼吸を整える。
この扉の奥に繋がっているのは己の片割れの部屋で、そこに入るのは何も珍しいことでもないはずなのに、らしくもなく緊張している。
「シズク、大丈夫です」
隣に立つ姉に促され、彼女は目の前にある扉に震える手を伸ばし――コン、コン、コンと確かに3回ノックをした。
「どうぞ」
扉越しに聞こえてきたのは、己と似ているようで、少しだけ違う声だ。
その声を聞いたことで却って緊張感が高まりはしたものの、シズクは意を決し、ドアノブに手を掛け、ゆっくりと押し開いていく。
「み、みんな揃ってる……よね?」
部屋の中には、ヒバナの他に妹組3人までもが揃っていた。扉の正面にいたヒバナを除き、全員がシズクを見て、微笑んでいる。
「ユウヒ以外の全員を集めて、一体なんの用なのかしら?」
「う……そ、それは……」
厳しい視線を向けられながらも、それを真正面から受け止めるしかないシズクは、つい言葉につかえてしまう。
だが、ここにいるシズクはヒバナと不和を起こした時のシズクとは違う。
あれから色々と考えを巡らせ、更には少しだけ背中を押されて今、ここに立っているのだから。
「あ、あたしは――」
震える体を精一杯伸ばし、震える声で精一杯言葉を紡ぐ。
「――あたしは……ユウヒちゃんが好き、です。でも……あたし一人じゃ、どうすればユウヒちゃんに気持ちが伝わるのかがわからないっ……。だから、みんな……お願い、あたしのことを助けて……っ」
ギュッと目を瞑り、誠意を形にするかのように大きく頭を下げた。
そんなシズクに待っていたのは――温かい抱擁だ。
「待ってた。もう本当に……待ってたんだから……っ」
感極まり、己の片割れの頭を抱き込むヒバナ。
「……嬉しい。ん……嬉しい……やっと頼ってくれた」
目を細め、姉から頼られた喜びを噛み締めるアンヤ。
「えへへ~……嬉しいはずなのに~なんででしょう~……涙が~……」
姉の為に頑張れる、という事実に思わず涙してしまうノドカ。
「安心していいよ、シズク姉様。ボクたちがいれば百人力だから!」
頼られたからには全身全霊でサポートするという気概を見せるダンゴ。
誰もが皆シズクの意思を尊重し、ずっと彼女の恋路を見守り続けてきた。だが本当は、ずっと手を貸してあげたいと願っていたのだ。
だから、シズクが頼ってきてくれるその瞬間を待ち望んでいた。
「もう大丈夫ですよ、シズク」
――シズクの恋を成就させる。
それが彼女たち姉妹が持つ、共通の目的だ。
続きます。




