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04 伝えたい想い

三人称視点です。

「ん……ふぅっ……」


 シズクの朝は早い。

 シズクの一日はまず、愛しのユウヒが自室から出たタイミングを見計らい、彼女の部屋へと忍び込むことから始まる。

 そして無事に部屋へと忍び込むといの一番に、まだ温かさを保つベッドへと向かい、その中に潜り込むのだ。

 部屋の主が見たら何事かと目を疑うであろう光景だが、一度部屋から離れた彼女が自室に戻ってくることは滅多にない。家族たちと過ごすことが好きなユウヒは、基本的に家に居ても家族たちの共用スペースで過ごしている時間が大半なのだ。


 だから、シズクは何も考えずにこの至福の一時をただ堪能することができる。


「はぁぁ……」


 ユウヒのベッドに潜り込んでから、かれこれ2時間ほど経過した頃だろうか。頭まで布団を被っていたシズクがゆっくりと顔を出す。

 彼女のフェティシズムを大いに刺激する状況下に長時間身を置いていたことで、満たされたシズクの表情はどこか蕩けてしまっていた。

 だが毎朝のルーティンはここで終わりではない。最後の一押しとして、その場で寝返りを打った彼女は枕に顔面を押し当てる。くぐもった呼吸の音らしきものが部屋の中に静かに響いた。


 一日の活力を全身に充填させたことでようやく、彼女の冷静な部分がそろそろ起き上がらないといけないという使命感を煽ってくる。

 とはいえ、抗いがたい引力を放つベッドに囚われているシズクが起き上がられるのはまだ少しだけ時間が掛かりそうだった。


 どこか朧気な意識の中、再び寝返りを打ったシズクは何の気なしに部屋を見渡し、その視線はやがて部屋の入口へと行き着く。

 ――その瞬間、急速に意識を覚醒させたシズク。それまでの緩慢な動きはどこへ行ったのやら、バッと布団の裾を掴むとそれを勢いよく持ち上げて、またもや頭まで被ってしまったではないか。


「ユウヒの部屋、建付けが悪くなってるって言っておかないといけないわね」


 そんな言葉に、隠れていた布団から再び顔を覗かせたシズクが窺うような目つきで、部屋の入口へと視線を向けた。

 入室の際にきちんと部屋の入口を閉められていなかったという事実にゾッとすると同時に、今そこに立っているのが己の片割れでよかったと胸をなでおろす彼女。

 その片割れが呆れ顔を浮かべている事実なんてこの際、些細なことだ。


「ユウヒじゃなくて安心したって目ね。後ろめたいことでもしていたの?」

「……別にそういうわけじゃないけど」

「噓言いなさいよ、まったく。下心を暴走させてたくせに」

「し、下心とかじゃないし……」


 視線を逸らすシズク。

 そんな彼女の様子にヒバナは深いため息をついた。


「いっそのこと、今の姿をユウヒに見られた方がよかったかもね」

「……どうして?」

「シズが自分の気持ちも満足に伝えることができない意気地なしだから」


 不意に飛び出してきた厳しい語調の言葉にシズクは驚く。なんだかんだで、ヒバナならこんな自分でも慰めてくれるのだろうと思っていたからだ。

 だが、予想に反してヒバナの語調は変わらない。


「もうこの際だからはっきり言うし、厳しい言葉も使うから先に謝っておくわ。……1600年以上も抱き続けた恋心を拗らせた結果がその程度なのはよく我慢している方だとは思うけど、正直言って今のシズのことは情けないと思うし、見るに堪えない」


 シズクは思わず、言葉を失う。厳しい言葉の羅列に内心混乱してしまっているのだ。

 その間も、ヒバナからの追及は止まるところを知らない。


「ねえ、どうしてシズは自分の恋心とまっすぐ向き合うことから逃げるようになってしまったの?」

「――ッ! 逃げてるわけじゃないっ、あたしだって今でもユウヒちゃんに気付いてほしいと思って、ずっと……」

「それが逃げでしょ。今のシズは気付いて気付いてって何もせずにただ祈っているだけ。昔のシズはもう少しマシだったわ。口ではどう言っていたかなんて忘れたけど、自分の気持ちを分からせてやるっていう気概くらいは持ってた」


 昔と比べて、悪い方向に変わってしまっているのではないかという片割れからの言葉。

 そんなこと、言われるまでもなく彼女自身が気付いていたことだった。ただ認めたくないと目を逸らし続けていただけだ。

 だが、それでも彼女は目を逸らし続ける。


「今だってそれは……」

「諦めたの?」

「……っ」


 シズクの目が、その心情を表すかのように大きく揺れた。それだけは認めてはならない、と彼女は唇を震わせながら否定の言葉を紡ぐ。


「違う、違うよ……」

「まっすぐにぶつかろうとしても上手く勇気を出せなくて、それでも自分なりに気持ちを伝えようと頑張ってた。デートに誘って、手を繋いだだけで一々舞い上がって。思い切っておでこにキスなんかもしちゃって。……そんな直向きだったあなたの愛の行き着く先がこんなコソコソと隠れるように鼻の下を伸ばしながら醜態を晒して、ひと時の満足感で自分を慰めることで本当にいいの? そうやって自分を騙して、シズは本当に満足なの?」


 自身に重く圧し掛かっていくヒバナの言葉。


「…………わけない」


 今の自分を客観的に見てしまったシズクはカッとなり、思わず怒号を放ってしまう。


「満足なわけないじゃん!」

「だったらどうして向き合わず、逃げようとしているのよ。そんなことになる前に、自分の気持ちをそのまま全部言葉にして伝えればよかったじゃない」

「だって仕方ないじゃんっ。諦めたくなんてなくても、仕方ないじゃん! あたしとユウヒちゃんは家族で、あたしもユウヒちゃんも家族として愛し合っていることなんて言葉にしなくても分かりきっているから! それなのに今さらそういう“好き”を伝えられてもきっと困っちゃう。それでも、ユウヒちゃんが自分であたしの気持ちに気付いてくれるのなら、もっと自信だって持てたはずなのに……」


 シズクとユウヒは恋人などではなく、先に“家族”としての関係を築いてしまった。それもかなり深く、共依存にも近い関係性を。

 そこから恋人のように愛し合うことなど一般的に考えれば“普通”ではないとシズクは理解している。一方、家族同士が恋人のような関係性を築くことに対するユウヒ側の考えがどういうものなのかが分からないのだ。

 嫌悪には及ばないにしても、万が一にも“理解できない”などと考えていたとすれば、シズクが己に対して恋心を抱いていたとしても、“気のせいだ”と歯牙にもかけないだろう。

 そして、現にシズクの気持ちに対するユウヒ側からのアクションは何もない。シズクが最悪の事態を想定するに事足りる条件が揃ってしまっているのだ。


「気付いてもらうどころか、そもそも理解なんてされっこなかったんだよ。言葉にして伝えたとして……それで受け入れてもらえなかったらどうするの!?」


 シズクの心を苛む不安。それはどれだけ想っても、想い人との仲は進展していないという事実に起因するもの。1600年という長い年月が重く彼女に圧し掛かっているのだ。

 そんな不安を吐露するシズクにヒバナが詰め寄り、大きな声を上げる。


「どうもこうも一度断られたくらいで諦めてしまう安い恋心だったら、ここまで拗れていないっての! それでもアプローチし続けるくらいの気概を見せなさいって私は言ってんの! ユウヒ相手に、今さら何を怖がる必要があるっていうのよ! この先、後悔してからじゃもう遅いのよ!?」


 そこでようやく語調をトーンダウンさせたヒバナは、シズクによく言い聞かせるように語りかける。


「お願い、シズ。もっと自分の気持ちに我儘になって。適当な言い訳をして逃げないでよ。あなたはどこまでも一途で、直向きで……魅力的な女の子よ。下心でも何でも、それが今のあなたの気持ちなら、心の内側に秘めているだけじゃなくて、全部言葉にしてぶつけちゃえばいいのよ」


 励ますようなヒバナの言葉。彼女はただ、シズクに発破を掛けたかっただけなのだ。

 シズクがその気になれば勝算は十二分にあるし、2人の仲はまるで進展していないようでそうでもないとヒバナも信じているからこそ、余計にやきもきさせられている。


「今さらどんな醜態を晒したってあの子はあなたを見捨てないし、嫌いになんてなれっこない。それにあの子に気持ちが届いていないなんてこと、私は思わない。ただあの子が知らないだけで本当は――」

「ひーちゃんならわかってくれると思ってたのに」


 だが、どれだけ励まされようともこの瞬間、勝ってしまったのは積み重なっていた不安感だった。


「……あたしたちに時間の制限なんてないんだよ。だから今はまだ、このままでいいんだ」

「シズ、でもっ」

「もういいって。あたしのことは放っておいてよ! ひーちゃんもみんなも、もうこれ以上、余計なことに気を回さないで!」


 感情が昂り、瞳から大粒の涙を流すシズクは体ごと顔を背けてしまう。そんな明確な拒絶にヒバナもここは一旦、引くことを選んだ。


「……私たちはこの先、どんな時でもあなたの味方よ。それだけは忘れないでね」


 ベッドに横たわるシズクの頭を優しく一撫でして、そっとヒバナは退室する。


 シズクの恋心に姉妹たち全員はとっくの昔に気付いているし、応援もしていた。

 必要以上に踏み込まないのも、それがシズクの望みであり、彼女たちがそれを尊重しているからだ。シズクが少しでも勇気を出して頼る気になれば、それだけで姉妹たちは喜んで手を貸すだろう。


「後悔……。後悔なんて……そんなこと……」


 ヒバナの言葉を反芻するシズク。何故片割れがそんな言葉を口にしたのか、思い当たる節が彼女にもあった。

 だが悠久の時を生きていく自分とユウヒにとって、それは無縁のもののはずだと自分に言い聞かせる。


「あたしだって……本当はやっぱり……」


 でも、どう言い聞かせても自分自身の気持ちを納得させられなかった彼女はそっと起き上がり、やや乱れたユウヒのベッドを整えた後、廊下へと続く扉に手を掛けた。


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