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16 結婚願望

 家族揃っての夕食も済み、ゆっくりと食後の紅茶を楽しんでいた頃。コウカがはたと何かに気付いたかのように口を開いた。


「そういえば来月ですよね。シンセロ侯爵家で第三子が産まれてくるのって」

「あー……そうだっけ。お祝いの品、贈らないとだね」


 男の子、男の子と続いて次は女の子が産まれるって話だったっけ。

 エストジャ王国の貴族の中では一番関わりが深い貴族だし、第一子、第二子の時は贈っている以上、贈らないという選択肢もない。出産予定日が来月なら今から贈答品を用意したとしても間に合いはするだろう。

 さすがに女神名義で贈ると政治とかに絡められて面倒なことこの上ないので、個人的な贈り物に止めるつもりではあるが。


 思えばここ数年は色んな相手に出産祝いを贈っている気がする。

 王族や貴族は世継ぎを残すためにすぐパートナーを見つけがちだし、私の友人や知人にはそういった身分の人間が何人もいるためだろうか。

 友人という括りで言うとグローリア帝国の皇帝であるイルフィには2人の男の子が。私の巫女であり、ミンネ聖教の聖女でもあるティアナには男女の双子が。そして、貴族ではないが元冒険者で今は喫茶店の経営をして暮らしているアルマとヴァレリアンには女の子と男の子の姉弟がいる。

 他にもこういったおめでたい話はよく耳に入ってくるようになっていた。


「結婚かぁ……」


 今となっては少し古い記憶ではあるが、ちょうどさっき出産の贈答品について頭を悩まされていたシンセロ侯爵は私に求婚を迫ってきた男性だ。それもかなり強引な手段を用いて。

 私は断固拒否していたし、ありはしない未来だろうが私の人生の中で一番結婚に近かったのはあの時なのかな。


「……ゆ、ユウヒちゃんにも結婚願望ってあるの?」

「え?」


 意識を現実に戻すと、他のみんなとは違って唯一私と同じ食卓を囲みながら紅茶を飲んでいたシズクがこちらに目を向けていた。その表情はやや強張っているようだ。


「結婚願望かぁ。結婚に憧れがないってことはないんだけど……難しいかなぁ」

「ど、どうして?」

「シズクやみんな以上に大切に思えるような人ができる気がしなくて」

「え……」


 そんなに予想外の答えだったのだろうか。シズクは唖然としているようだ。

 でも私の気持ちとしては今語ったものに尽きる。


「まあ、強いて挙げるとすれば政略結婚みたいに利益を求めてとか?」

「政略結婚……? だ、ダメだよそんなの!」

「仮の話だよ。そもそも私の立場的に必要ないことだし」


 必要ないどころか、女神の立場が絶対的過ぎて下手に結婚すると世界の秩序がおかしくなってしまいそうだ。

 だから個人的な観点からも、社会的な観点からも結婚はしないという結論に行き着く。やはり漠然とした憧れはあるけども。


「そういう訳だからシズクも不安に思わなくていいよ。私はシズクたちの傍を離れるつもりなんて一切ないし、この先もずっと一緒に暮らしていこうってあの時から心に決めているんだから」


 シズクが私の結婚に対する意識を尋ねてきたのだって、私がいなくなってしまうのではないかと不安だったからだろう。だから私は彼女を安心させるために笑いかけるようにしながらそう告げたのだ。




「やっぱりあの子自身の認識がネックになるのよねぇ……」

「思わぬ壁~?」

「心の壁という意味なら既に壁なんてないはずなんですけどね……」

「……そのせいで却って、相手の事を特別に意識する機会が生まれない」

「壁がないこと自体が壁になっちゃってるってことかぁ」




 不意にあの子たちの哲学的なやり取りが聞こえてきた。会話の前後が分からないので何に対する会話なのかはわからないが。

 そうしてシズク以外の5人に意識を向けていた私だったが、正面から発せられた声に意識を再び正面へと戻す。


「結婚したくないってことじゃないんだよね……?」

「まあそうだね」

「な、なら……結婚相手に求める条件とかもあるにはあるってことだよね……?」

「求める条件かぁ」


 少し自分の中の考えを整理してみることにしよう。

 具体像が浮かび上がってこないので、思考がまとまらないまま相手との理想の関係性を語るような形になってしまうのだが。


「私が大好きな相手っていうのは前提として、やっぱり価値観の一致っていうのは相性という面では一番に考えるべきところだよね。他にも最初から疑う選択肢が出てこないくらいには心を預け合っていたいけどそれもバランスが大事で、お互いに支え、支えられる相手がいいというか……」


 シズクに対して、思い付く限りの考えを語り続けていく。でもそんな自分のことを冷静に見つめている私もいて。

 ――これって多分、初めから求めすぎなんだよね。

 最初からこんな考えを基準に恋人を作る人なんていないだろうし、お付き合いしたり、結婚生活を続けていく中でそんな関係性を構築していくのが普通だろう。


「……あはは、これだと理想の相手に一番近いのはシズクになっちゃうね」


 理想を語れば語るほど家族に――シズクに近付いていってしまう。




「……あれ、脈あり?」

「あまり悲観することもない雰囲気ですね」

「たぶん、本当に無自覚なだけ」

「でも~それが一番やっかいかも~……」

「……意識さえさせれば一瞬なのに……あの子がヘタレでさえなければね……」




 またもやあの子たちの会話が聞こえてくるが、今は自分の中で出した結論に意識を向けよう。

 大前提として、私の中で家族の存在というものが大きすぎるのだ。結婚を求める必要なんてないほどに今の環境に満足してしまっている。

 そして、きっとそれはシズクたちにも言えることだ。


「そういうシズクはどうなの? 結婚願望」


 ありはしないだろうけど、いずれこの子たちが結婚したいと思うようになったら、その時は応援したいと思――。


「あたしは……あるよ、結婚願望」

「――誰、相手」


 今まで出したことがないくらいには低い声が出る。でもそんなことはどうでもよかった。


「えっ」

「相手。結婚したいって思う相手できたんだよね」

「え……い、いや……そ、そのっ……」


 シズクは言い淀み、中々答えようとはしない。……なんで、どうして。


「そ、それは…………ユ……っ!」

「ゆ?」

「ユ、ユ――」


 私の頭の中に知り合いの名前が思い浮かんでは消えていく。どのみち、シズクの言葉を聞けば分かることだ。……イヤだな。


「――ゆくゆくは、ってだけで……」




 シズクの言葉が胸にストンと落ちる。そしてその言葉を理解した途端、私の中のモヤモヤは一瞬にして消え去ったのだ。

 ――そっか、そうだよね。


「はぁ……」


 そのため息は私だけのものではない。私を含め、シズクを除いた6人分のため息が重なり合って1つの大きな音として聞こえてきたものだった。

 あの子たちもいつの間にか私たちのやり取りを聞いていたようで、シズクの言葉に安堵したのだろう。


 正直、シズクの答えを聞いて冷静になった今なら先程までの私の考えが如何に飛躍していたかも理解できる。

 シズクにも結婚願望があるというのが意外過ぎたせいか、結婚願望があると聞いた途端に何故かシズクが見知らぬ誰かの所へ行ってしまうビジョンが浮かんでしまったのだ。

 結婚願望があったとしてもあなたたちの傍を離れるつもりはないから安心して、とはついさっき私がシズクたちに向けて口にした言葉であるというのに。

 後悔の念と申し訳なさしかなく、食卓の上に乗せられていたシズクの手を両手で包み込んで頭を下げる。無意識だったとはいえ、本当にらしくないことをしてしまった。


「ごめん、シズク! 私、何だか変な気持ちになっちゃって……」

「あ、う、うん。……ちょっとビックリしただけだから平気……うん」


 私が圧力を掛けてしまったせいで委縮してしまっているようだ。意気消沈とはまさにこの事である。


 そんな落ち込んでしまっているシズクを励まそうとしてか、少し離れたところからヒバナも近寄ってくる。

 そして片割れの肩に手をポンと乗せて一言。


「ヘタレ」




 ……どういうこと?





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