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20 河川都市ナザリガルド

「あら、ワタシも一緒に行くわよ?」

「えっ?」


 アルマたちと別れた後にミーシャさんとも会うことができたので別れの言葉を伝えようとしたところ、まさかの言葉を貰った。


「ワタシも一度、聖教国に行こうと思っていたしね。ファーガルドの調査と今後の対策もほとんど決まったから、ちょうどよかったわ」

「はぁ……」


 あまり納得していないが、ミーシャさんが一緒に来てくれるというのは心強い。ありがたく一緒に来てもらうこととしよう。

 私が頷くとミーシャさんもニコリと笑い、視線を私が座っているベンチの端にいるヒバナとシズクへと向ける。


「それはそうと、新しい子たちのことをぜひ紹介してもらいたいわ」

「はい。赤い子がヒバナで青い子はシズクといいます」

「ヒバナちゃんにシズクちゃんね。ワタシはミーシャよ、よろしくね」


 ヒバナとシズクの前で屈んで、2匹に笑いかけるミーシャさん。

 だが案の定、ヒバナとシズクは警戒心をむき出しにしていた。

 これには流石のミーシャさんも困ったように笑う。


「あらら、早速嫌われてしまったようね」

「誰にでもそんな感じなんです、もちろん私にも。少しずつ慣れようと頑張ってくれてはいるんですけど……」

「そうなの……早く馴染んでくれるといいわね」


 ミーシャさんはそう言って、朗らかな笑みを浮かべる。

 ヒバナとシズクに警戒されて決して良い気分ではないだろうに。やっぱりミーシャさんは優しい人だ。


 彼の人の良さを再認識していると今日彼に会ってから感じていた違和感というか、物足りなさのようなものの正体が分かった。

 ミーシャさんは出会う人、誰もが驚いていた3匹のスライムを連れている私の姿を見ても驚かなかったのだ。

 それが少し気になったので聞いてみるとミーシャさんはキョトンとした顔を浮かべたと思ったら、すぐさま真顔になった。


「あなたが規格外なのは出会ってから今日までで痛いほど分かったから、ユウヒちゃん関連ではもう何があっても驚かないように決めたの」

「……なるほど」


 それ以上は何も言えなかった。




    ◇




 門番のおじさんに深くお礼を言って、街の門から続く街道を進む。

 時々ヒバナとシズクがちゃんと付いて来ているかを確認するために振り返りつつ、歩き続ける。

 すれ違う馬車の御者さんがスライムに驚くことが多々あったが、特にハプニングもなく進めたため、太陽がまだ高い時間帯に河川都市ナザリガルドへと着くことができた。


 冒険者カードという身分証を手に入れた私は関所を軽くスルーし、スライムたちも新たにヒバナとシズクの名前を加えたテイマーカードを使うことで無事にナザリガルドの街へ入ることができたのであった。


「うわぁ、ここがナザリガルド……」


 河川都市と呼ばれるだけあり、街の中には街そのものを2つに分けるようにしてすごく大きな川が流れていた。

 面白いのは街を守るための壁が町全体を覆うのではなく、川が流れている場所ではすっぽりと無くなってしまっていることだ。これは外から見たときにはわからなかった。

 そして大きな川によって分けられたこちら側と向こう側は、馬車が数台並んでも問題ないくらいに大きな石橋で行き来できるようだ。


「すごいでしょ? これはシーブリーム王国からこの国を経由して海へと流れていく川を利用した運河なのよ。この運河を作るためにとてつもなく長い年月を費やしたんですって」


 私が橋の上から運河を覗き込むと、「ほら見て」とミーシャさんが運河を航行する船を指さした。


「あれも、あれも、あれも赤い塗装の船は全部シーブリーム王国の船よ」

「いっぱいありますね。違う国の船なのに」

「この運河ってシーブリーム王国がまだラムドニア王国と名乗っていた時代に、当時の国王がこの国の議会へ必死に頼み込んで作ったものなの」

「いったい何のためにですか?」


 運河を作りたいと他の国に頼み込むなんて、大変どころではないだろう。

 そこまで必死になって頑張った理由は是非とも知りたいものだ。


「海に出たかったのよ。シーブリーム王国には海がないんだけど当時の国王が外遊したときに海の幸を口にして、そのおいしさに甚く感動したらしいの」

「え……」


 一度食べただけの物のためにそこまでするのか、と想像以上にくだらない理由と国王の情熱に呆れる。


「でもよくこの国も許可しましたよね。運河を使って侵略されたりとか警戒しそうなものですけど」


 ここから覗いてみる限り、シーブリーム王国の船は結構自由に運河を通っている。


「まあ川が整備されることをはじめ、この国にも利点が多かったからかしらね。もちろん最初は厳しく取り締まったりして警戒していたらしいけど、海のことしか考えていないシーブリーム王国を見ていると馬鹿らしくなって数十年で辞めたらしいわ」

「はぁ……シーブリーム王国がどんな国なのかすごく気になってきました」


 海がないのに海に情熱を燃やす国とは全然想像がつかない。ミーシャさんの話を聞くごとに私の疑問は深まっていく。


「愉快な国よ。面白いから一度、行ってみるといいわ」


 その言葉通り、面白そうだからいつか行ってみることにしよう。


 さて、ファーリンド程の規模ではないが、このナザリガルドにももちろん冒険者ギルドはある。

 石橋を渡ってこの街の冒険者ギルドに入った私たちは向けられる好奇の目を受け流しつつ、依頼掲示板へと向かっていった。

 事前にミーシャさんと話していた通り、この街でこの国の首都へと向かう馬車の護衛依頼を受ける予定なのだ。

 ナザリガルドは通過点に過ぎないので早々に立ち去ることになる。今は大事な目的があるので仕方がないのだ。

 幸いにも、丁度いい依頼が見つかった。依頼には明日の朝に出発することになる旨が書かれていたため、今日は見つけた宿でミーシャさんと一緒に夕食を摂って、そのまま休むことになった。

 もちろん部屋は別々である。




 次の日の朝、目が覚めて前日のように逃げるシズクとヒバナにも挨拶をしてから、スライムたちと一緒に宿のロビーへと降りていくと既にミーシャさんが椅子に腰掛けて本を読んでいた。

 私は慌てて駆け寄ると、頭を下げる。


「おはようございます、ミーシャさん。遅れてしまいましたか?」


 顔を少し上げて、ミーシャさんの顔色を窺う。

 ……よかった、別に怒ってはいないみたいだ。


「ワタシもさっき降りてきたトコだから気にしないで。おはようユウヒちゃん、コウカちゃんたちもね」


 ミーシャさんは「さ、朝ご飯を食べてから依頼主のところに向かいましょう」と言って立ち上がる。




 彼と一緒に宿で朝ご飯を食べた後、この街に入るときに通った門とは逆側の門から街の外に出ると、数十という馬車が止められていた。


「馬車、すごくいっぱいありますね」

「同じように護衛依頼を出している馬車が、それぞれ自分の依頼を受けた冒険者を待っているのよ。一応、番号が振られているからわかりやすいはずよ……あれね」


 ミーシャさんに付いていくと、荷台に『32』と書かれた看板が立て掛けられている馬車があった。

 しかし、肝心の依頼主の姿は見えない。


「御者台に座っているのかしらね」


 馬車の前の方に回り込むと2頭の馬と御者台には恰幅の良い老年の男が1人、座ったままいびきをかいて眠っていた

 どうするんだろうと思い、チラッと隣のミーシャさんの顔を見上げると特に迷う素振りも見せずに男へ近づいていく。

 そしてその傍で立ち止まるとわざとらしく咳ばらいをした。……一度では目を覚まさなかったのでそれを何度か繰り返す。


「ん……? んぁ?」


 やがて間抜けな声を上げた男の目が半分ほど開いた。

 少し待つと意識も完全に覚醒したようで「いやぁ、すまんすまん」と言い、お腹を揺らしながら御者台から降りてきた。


「儂はオリヴァーという。お主が護衛を引き受けてくれた冒険者でいいんじゃな」

「ええ、ミーシャよ。依頼はこの通り」


 オリヴァーさんと握手をした後、ミーシャさんは懐から取り出した冒険者カードの裏側を見せる。

 私のカードと同じように彼のカードの裏側には今回の護衛依頼を引き受けたことが記されているため、それを証明できるはずだ。

 ミーシャさんのカードを見たオリヴァーさんは「うむ、確かに」と力強く頷いた。

 そしてミーシャさんの後ろから顔を覗かせている私に今初めて気づいたといった様子でオリヴァーさんが私の顔に目を向けてきた。


「む? そちらの女子(おなご)はお主の知り合いか?」

「ええ、ワタシと一緒にこの依頼を受けた冒険者のユウヒよ。さ、ユウヒちゃん」


 ミーシャさんが振り向いて私の背中をそっと押す。私も挨拶をしろということだろう。

 逆らうはずもないので、抱えるコウカを落とさないように注意しながら私はオリヴァーさんに向かって頭を下げる。


「ユウヒといいます。よろしくお願いします!」


 言い終わり、下げた頭を上げると何故かオリヴァーさんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まっていた。

 一瞬、疑問に思ったがすぐに理解する。


「わ、儂はまだ寝ぼけておるのかの……いや、ボケが始まってしもうたか……」

「いえ、本物のスライムですよ」


 多分、最初はスライムのことが見えていなかったのだろう。どこでもこの反応をされるは少し面倒だなと思う。


 こうして顔合わせも済み、馬車の荷台の空いたスペースに乗せてもらった。

 ここで待機しながら有事の際には降りて戦うことになるのだろう。

 目的地までには小さな町を経由しつつ数日かかるようなので結構、ヒマになりそうだ。




    ◇




 馬車の護衛依頼の道中は懸念していた通りに暇な時間が多かったが、それでもたまに魔物の襲撃に遭遇することもある。


「ナイスよ、コウカちゃん。ユウヒちゃーん! 右側の魔物に攻撃を集中させるように言ってちょうだい!」

「はい! ヒバナ、シズク。右にいる敵を集中的に狙って。敵がここまで来ることはないから、落ち着いて狙ってね」


 前衛として、魔物が馬車まで来ないように食い止めているミーシャさんとコウカ。

 一方、ヒバナとシズクは私の側で遠くから魔法を使っている。前までのコウカがよく使っていた魔法だが、2匹が同時に使うとそれなりに壮観だった。

 私が言った通りにヒバナたちが放った魔法は、右側から迫って来ていた二足歩行をしている犬のような魔物――コボルドというらしい――へと飛んでいき、その小さな体を吹き飛ばしていく。

 あまり懐いてくれていないヒバナとシズクだが、戦っているときの指示はしっかりと聞いてその通りに動いてくれる。


 魔法で吹き飛んだ魔物たちは1匹ずつ、ミーシャさんの槍でとどめを刺されていった。

 最後の1匹の心臓を一突きで仕留めた後、周りを見渡す素振りを見せたミーシャさんがこちらへと振り返り、サインを出す。

 どうやらこれで全部倒し終わったようだ。


「いやぁ……あの男はともかく、お主のスライムたちもなかなかじゃのぅ。これは道中も安心じゃわい」


 御者台で馬を安心させようと撫でていた依頼主のオリヴァーさんが、お腹を揺らしながら降りてくる。

 そして私の近くまで歩いてくると、ヒバナとシズクを見下ろした。


「こんなに小さいのにのぅ……」


 オリヴァーさんに悪気はないのだろうが、ジロジロと不躾な視線を送られているヒバナとシズクは緊張しているようだった。

 ――嫌がっているようだし、少しだけ注意しておこうかな。


「すみません、オリヴァーさん。この子たちはまだ人慣れしていないのであまり……」

「ん? おぉ、気付かなんだ。すまんの」


 私が言い切る前にそっとオリヴァーさんが離れてくれたので、ヒバナたちも落ち着きを取り戻した。

 誰の機嫌も損ねることなく場を収められたことに一安心していると、足音が聞こえてきたので音の鳴る方へと目を向ける。

 どうやらコウカとミーシャさんが戻ってきたようだ。


「すぐ近くには何もいないと思うけど、血の匂いに誘われてくるかもしれないから早めに出発することにしましょう」

「そうだの。よぉし、お主らも乗り込んでくれ」


 ミーシャさんとオリヴァーさんの話を聞きながら、近くまで寄ってきていたコウカを抱き上げる。

 すぐに出発するようなので、荷台にミーシャさん、コウカを抱きかかえた私と乗り込み、遅れてヒバナとシズクが飛び乗った。


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