09 白き山に遺されたモノ ④
三人称視点です。
ラモードの血を引く者、そして大精霊の地位を継ぐ者という2つのピースが揃ったことにより開いた扉。
嬉々とした様子でその奥へと足を踏み入れた少女たちは――瞬く間にその表情を一転させた。
「――って広すぎではありませんの!?」
「だよね。この魔導具の光じゃ奥まで照らせないや」
そんな声すらも木霊し、手持ちの魔導具の光量程度では奥まで照らすことができないことからも、ダンゴとショコラが脚を踏み入れたのは相当広い空間であることが窺える。
「……あっ、だったらアレが使えるかも」
「アレ、ですの?」
「そうそう、グローリア帝国で作られていた魔導具の試作品なんだけど、コ、コス……コスなんとかが悪いとかで採用されなかった物をいくつかもらったんだ」
ショコラへと説明しつつ、ダンゴは《ストレージ》の中から筒のような物とまるでスライムのような球体を取り出した。
「携帯式……吸着光源だったかな。まあ、見ててよショコラ」
球体を筒の中に入れたダンゴは、それを遥か高い場所に位置する天井へと向け、己の魔力を流す。
すると程なくして筒の中から輝きを放つ球体が発射され、天井にくっ付いて辺り一帯を照らし始めた。
「これで一時間くらいは明るいはずだよ」
「まあ、素晴らしいですわ! これでこの場所の全貌を――」
周囲を見渡したショコラだが、すぐに言葉を失ってしまう。
「――ここ、作りかけか何かですの?」
空間の端の方に寄せ集められた朽ちた資材らしきもの。同じく長い年月の末、朽ち果ててしまった作りかけと思しき仕掛けの数々。
決して見てはならない舞台の裏側を見てしまったような気持ちになり、ショコラもため息をついてしまう。
「……モノづくりが好きな方だったのかもしれませんわね」
そう結論付けたところで、隣にいるはずの友人が先程からやけに静かなことに気が付く。
不思議に思った彼女がダンゴに視線を向けようとした――その時だ。ダンゴに掴まれた手ごとショコラの体が引っ張られる。
「ショコラ、ボクの後ろにいて。……ゴーレムだ」
「え?」
ダンゴの視線を追いかけるようにショコラもそちらに目を遣る。
するとそこには確かに5メートルくらいのゴーレムがポツンと1体だけ壁に背を向けるようにして、佇んでいることが確認できた。
さらにそのゴーレムの後ろの壁には扉のような存在があることも見受けられる。だがダンゴはゴーレムそのものが気になるようだった。
「どうしても確かめさせてもらいたいことがあるんだけど……いいかな?」
「……何があってもダンゴ様が守ってくださるのでしょう? でしたら何の問題もありませんわ」
「守ってみせるさ。絶対に離れないでね」
微笑みあった両者は真剣な表情で正面を見据えると、ゆっくりそのゴーレムに向かって歩みを進めていく。
そうして全長3、4メートルほどはあるその巨体をはっきりと視認できる距離まで接近した時、ダンゴは納得したかのように小さく声を漏らした。
「――ああ、やっぱりそうだ」
ゴーレムに強い眼差しを向けられる。好奇心の向くままに目を輝かせていた少女の姿は既にそこにはなかった。
「どうしてこんなところに……どうして生きているんだ、バルドリックっ!」
声を荒げるダンゴ。
その傍にいたショコラもまた、ひゅっと息を呑んだ。ダンゴが口にした名は人々の心に恐怖と共に深く刻み込まれている名なのだから。
「ま、まさか鋼剛帝……!?」
「アイツの正体はゴーレムで、目の前にいるコイツはその姿にそっくりなんだ。一瞬たりとも忘れたことがない、アイツの姿に!」
四邪帝の1体、鋼剛帝バルドリックと比べるとそのゴーレムはやや小さく、面影は強く感じられるものの細かな造形にもかなり差があるようにも見受けられる。
最も目に見えて違うのは黒光りしていた装甲が、それとは正反対の純白の装甲となっていることだろうか。
今も記憶に刻まれている凶悪な存在と酷似したゴーレムに強い警戒を示すダンゴが使い慣れた大盾と戦斧を構えると、そのゴーレムもまたダンゴに応えるかの如く起動し、動きだす気配を見せはじめた。
「動いた……でもッ!」
――自身に向かってゆっくりと伸ばされる巨大な右手をダンゴが戦斧で横に弾く。
「あの時のボクとは違うんだ! キミに勝ち目なんかない!」
彼女はかつて鋼剛帝バルドリックと戦い、死闘の果てにこれを撃破した。
だが現在のダンゴは当時からさらに一段階進化を果たし、その戦闘技術もより洗練されている。負ける要素など一つもなかった。
事実、腕を弾いた隙に巨大なガントレットへと変形させた霊器“イノサンテスペランス”を手に装着したダンゴはその拳でゴーレムの左腕を容易く粉砕。大きく態勢を崩したその巨体に向かって、既にトドメだと言わんばかりに再度変形させた己の得物を振り上げているのだから。
勝敗は決したと言っていい。邪悪なゴーレムを打ち倒すことに何の躊躇も必要はないだろう。
「【ガイア・インパ――」
「ダンゴ様っ!」
「――ッ!?」
正義の鉄槌を振り下ろそうとしていたダンゴに向かって、ショコラから焦ったような声が届けられる。
――それとほぼ同タイミングで、数体の小さな何かがダンゴの体に飛び掛かっていった。
「うわっ、な、何!? やめっ、《グランディ――痛たたたたたたっ!?」
「……狐?」
ダンゴの体に飛び付き、その全身を爪で引っ掻いているのはどうやら数匹の狐のようだった。それも魔物などではなく、魔力を持たないただの狐だ。
数瞬の後、ハッと我に返ったショコラは慌てて魔力を行使する。
「【フェール・デ・ガトー】! ダンゴ様から彼らを引き剥がして!」
生成されたガトーたちが狐の胴体に腕を伸ばし、1体につき1匹の狐を抱きかかえるような形でダンゴの体から慎重に引き剥がしていく。
狐も抵抗してガトーの体に噛みついているようだが、それではゴーレムである彼らの障害とはなりえない。
これでひとまず一件落着――とは残念ながらならなかった。
不意に地面が振動したかと思えば、体勢を立て直していた鋼剛帝モドキのゴーレムがガトーたち目掛けて右手を伸ばしてきているのだから。
だがその光景を目にしてもショコラは冷静だった。
「もう結構ですわ」
ショコラが手で合図を出す。
するとその指令を受けたガトーたちが一斉に狐の体から手を離し、それにより解放された狐たちは逃げるように鋼剛帝モドキの背後に隠れてしまった。
「……なるほど、そういうことですのね」
注意深く周りを観察していた彼女は何かに納得した様子を見せる。
周囲に散らばっている資材の陰にも事の成り行きを見守るかのようにして、多くの狐たちが顔を覗かせていることまで確認できたのだ。
「この山に棲む狐たちはここに集まり、冬を越すのでしょう。ゴーレムはそんな彼らにとって外敵から守ってくれる守護神のような存在であるのかもしれませんわ」
「いってて……なんだよ、悪者なのはボクたちってこと……? ああ、もうっ……降参だよ、降参!」
まるで後ろにいる狐たちを庇うように腕を広げているゴーレムの姿を見て、彼女たちも気が抜けてしまったようだ。
思えば最初から一方的に攻撃していたのはダンゴの方で、そのことに気付いた彼女はバツが悪そうに武器を収めるとゴーレムへと歩み寄る。
「腕、見せて」
その言葉を受け、ゴーレムは広げた右手をダンゴに向ける。
「そっちじゃなくて左腕! ……ボクが壊しちゃったほうだよ」
首を傾げるような仕草をしたゴーレムが、今度は上腕部分の半ほどから粉砕されてしまっている左腕を持ち上げる。
この場にいる誰もがダンゴの行動を注視する中、彼女はそっとゴーレムの左腕に触れた。
「ゴーレムを作ったことなんてないから、変だったら教えて」
ダンゴの魔力がゴーレムの左腕に集まっていく。魔力による腕の生成を試みているのだ。
未知の挑戦に苦戦を強いられているようだが、どうにかゴーレムの腕らしきものが形作られていく。
しかし、自身の左腕が生成される様子を見守っていた当のゴーレムは首を傾げていた。その原因にいち早く気付いたのはショコラだ。
「ああ、なるほど。ショコラも最初に説明するべきでしたわ」
「ん、どうかしたの?」
「大変申し上げにくいのですが、ダンゴ様が作っておられるそれは腕の形をした石の塊でしかありません」
「え……これじゃあダメなの?」
全くの無知であるダンゴに対して、ショコラが丁寧にゴーレム生成の基礎ともいえる知識を伝授する。
「ゴーレムの四肢にはその指先に至るまで魔力経路が形成されている必要があります。つまり、動力炉との魔力接続を確立することは最優先事項ですの」
「どうすればいいの?」
「まずは動力炉の存在を感じ取ることですが、このゴーレムにダンゴ様の魔力を通わせれば自ずと分かるはずですわ」
「魔力を……通わせる……」
呆然とした様子で呟いたダンゴの視線がみるみるうちに下がっていく。
「怖いですか?」
「……えっ?」
ショコラの口から発せられた不意な問い掛けにより、図星を突かれたように目を見開くダンゴ。ゴーレムの腕に触れていた彼女の手が小刻みに震えている。
「ショコラの勘違いでなければ、ダンゴ様はこのゴーレムを理解することに尻込みしているような気がいたします」
さっきからダンゴはゴーレムの表面に触れているだけだ。その内側に魔力を流せば動力炉の位置だけでなく、全身に魔力経路が形成されていることも容易に理解できたはずである。
「ですがそれは決して悪感情からもたらされたものではないでしょう。本当はこのゴーレムのことをより深く理解したいと思っているはず」
だがそれができない理由すら、ショコラには何となくではあるが察しがついていた。
「きっとダンゴ様はこのゴーレムに可能性を見出しているのではありませんか? ご自身の気持ちを変えてくれるかもしれないという可能性を」
「……そうなのかもしれないね。ううん、きっとそうなんだと思う。バルドリックにそっくりなコイツが本当にボクが感じている通りの“良いヤツ”なら、ボクはきっとゴーレムという存在そのものを受け入れられるようになる」
そこで呼吸を整えたダンゴは「でも」と僅かに眉を顰めた。
「だからこそ、このゴーレムに魔力を通わせて……アイツみたいな邪悪な気配を少しでも感じちゃったら……ボクはもう――」
ここはダンゴの心にとって、背反する2つの感情の瀬戸際なのだ。
彼女の心は既にこのゴーレムのことを信じてもいいのではないかと方向に傾きつつある。だがここでその期待を裏切られてしまえば、彼女が胸に抱く想いは忽ち反転してしまうだろう。
だからそれを恐れるダンゴはあと一歩を踏み出すことを躊躇している。
「――それでもショコラはお支えするだけですわ」
「え?」
ショコラがダンゴに詰め寄り、その肩を優しく抱き寄せる。
「たとえダンゴ様がゴーレムに絶望してしまったとしても、ショコラはあなたに寄り添い続けます。言ったはずですわ、あなたの心を“好き”という気持ちで上書きしてみせると」
「あっ」
ダンゴの脳裏によぎるのは、ショコラと肩を寄せ合いながら自分の想いを吐露した時の記憶だ。
驚いた様子から一転して頬を緩ませた彼女はホッと息をつく。
「――そうだったね。うん、もう怖くなんかない」
既に彼女の手の震えは止まっていた。
改めてゴーレムと向き合い、その顔を見上げたダンゴはゴーレムの腕から全身にかけて魔力を流しはじめる。
そうして動力炉の存在を感じ取ると同時にゴーレムの中に流れているどこまでも澄んだ魔力に触れたことで、彼女の目尻から一筋の涙が零れる。
「ああ……よかったぁ……」
その表情はどこまでも優しく、穏やかな笑顔だった。
◇◇◇
「ああもう、そんなに5本指がいいの!? 指先まで魔力経路を作るのってすごく繊細で難しいんだから、指が2本あるだけでも褒められていいくらいだって思うけど!?」
ゴーレムの腕作りを再開してから小一時間。
最初は笑顔で作業を続けていたダンゴはいつしかプンプンと頬を膨らませながら作業するようになっていた。
「今度はなに!? ……えぇっ、そんな細かいトコに文句つけなくてもいいじゃん! ボクは初めてなんだよ!?」
文句をつけているのはいったいどちらなのか、と呆れた様子のショコラは作業するダンゴの様子を隣から見守っていた。
そうして遂に――。
「――はい、これで大丈夫だよね。もうこれ以上は文句を言われても受け付けないよ!」
腕が重すぎる、サイズ感が合っていない、デザインが気に入らない等、さらに幾度かのリテイクはあったもののゴーレムの腕が完成した。
腕を見つめたまま首を傾げていたゴーレムも遂には妥協してくれたようで、ゆっくりとダンゴへと向き直る。
そのまま見つめ合っていると次第に気持ちも落ち着いてきたのか、ダンゴは手で首の後ろを擦りながら疑問を投げかけてみることにしたようだ。
「そもそもキミってさ、どうしてこんなところにいるんだよ」
その問いを受けたゴーレムは振り返り、背後の扉を見つめる。
「あの扉を守ることがこのゴーレムの使命なのでしょうか」
「ここが作られたのってずっと昔でしょ。その時から今までずっと?」
「半自立型のゴーレムというのはそういう存在ですわ。与えられた命令を忠実に守る者たち。故に上位者である主を失ってしまえば、永遠にその命令に縛られ続けてしまう」
「そんなの……」
悲痛な面持ちでゴーレムを見上げるダンゴ。
きっとこのゴーレムの製作者が再び命令を出すことはない。その者は恐らく、既にこの世を去ってしまっているのだから。
「このゴーレムにとってそれが不幸なのかはわかりません。どこまでの自我があるのかすら定かではないのですから」
だが今の時点で判明している事実から推理できることもある。
「しかし彼は扉を守るという使命を帯びながらも、この場所に入り込んでくる動物たちを排除せずに寧ろ守ってきた。何か変化を求めているのかもしれません」
ショコラが見つめる先にあるのはダンゴの横顔だ。
「そして彼に変化を与えられる唯一の存在はきっとダンゴ様、あなたですわ」
「え?」
ダンゴが驚いた表情でショコラの顔を見つめ返す。
彼女にならゴーレムに新たな命令を与えることも可能であると確信しているショコラはダンゴに向かって頷いた。
「ボクが……ゴーレムに……」
ショコラの言葉が真実であれば、ダンゴがもしここでゴーレムに自壊を命じたとしても彼は文句も言わずに従うだろう。
かつてのダンゴであれば、そうしていたかもしれない。だが彼女の心もまた変化を続けている。
自身の手を見つめ、ダンゴは様々な想いを胸の内に巡らせていた。
「ボクは……」
――やがて悩んだ末に再びゴーレムを見上げたダンゴがゆっくりと口を開く。
その目には強い意志が宿っていた。
「ここにいたいんだったらいればいい。ここから出たいんだったら出ればいい。守りたいものがあるんだったら、それを守る為に生きればいい」
このゴーレムが本当は何を求めているのかすら定かではない。それでも確かなのは、彼が今まで何かを守り続けてきたという事実。
「要するに勝手に生きろってこと! キミがバルドリックみたいな悪いヤツだったら許さなかっただろうけど……そうじゃないならキミが好きなように生きたらいいよ」
曖昧な命令を与えられたことで、ゴーレムはこの先より多くのことを考えることになるだろう。それがゴーレムにとって本当に良いことなのかは分からない。
それでも――。
「きっとキミは命令なんてなくても、何かを守れる“良いヤツ”だから」
ダンゴは命令の中に自由になることもできる余地を与えたのだ。
「己の心が向くままに生きろ……ダンゴ様らしいかもしれませんわね」
その様子を一部始終見守っていたショコラは命令の中の“らしさ”を見出し、顔を綻ばせた。
それからゴーレムが守り続けていた扉を開け、その先へと進んだ2人。
扉の向こう側には、先程までの空間が嘘であるかのような小さな部屋があった。
そんな部屋の中には大切そうに保管されている機械仕掛けの“箱”だけが鎮座し、幾星霜を経て遂に開かれることになったその中には――銀色に輝き続ける2つの指輪が収められていたのだという。
◇◇◇
大昔に作られたアーティファクトとも呼ばれる道具により引き起こされた事故に巻き込まれた2人の少女が白き山こと“モン・ブランシュネージュ”から救助されて早くも数ヶ月。
本日のラモード王国ではたった2人だけの穏やかな茶会が開かれていた。
「あの後、神界にあるミネティーナの屋敷で調べてみたんだけど……地の大精霊エアトっていうのは初代の大精霊の名前なんだってさ。ボクの先代、ヴュステは2代目ってことになるね」
紅茶の入ったカップをソーサーに置いたショコラが言葉を返す。
「代替わりされていた? そのようなお話は聞いたことがありませんわね」
「水の大精霊以外は全員だよ。苦しい時代だったから、人間たちを不安にさせないように大精霊の名前だけをそっと差し替えたみたい」
「……人々に忘れ去られてしまった初代の大精霊様ですか。どこか物悲しさを感じさせますわ」
沈んだ表情でカップを覗き込むショコラと同じような気持ちを抱いていたダンゴであったが、それでもその雰囲気は落ち着き払ったものであった。
彼女は己が確信するがまま言葉を紡ぐ。
「誰にも気付かれないように代替わりさせたのはミネティーナだけどさ、多分あの人もすごく苦しんだんだろうなって思う」
「人々を思うがための決断ではあっても……本意ではなかったと」
「うん、霊堂があの場所に作られたっていうのも……本当は初代のことを覚えていてほしいっていうミネティーナからのメッセージなんだよ、きっと」
発言の意図が読み解けずに首を傾げるショコラに対して、ダンゴは霊堂に隠されていたある秘密を告げる。
「霊堂が作られた場所って全部、初代の大精霊たちにとって思い出深い場所なんだって。だからエアトが作ったあの“箱”の力で、ボクたちが“地の霊堂”があるモン・ブランシュネージュに転移させられたのは偶然なんかじゃなかったんだよ」
「……合点がいきましたわ。ショコラの遠いご先祖様と地の大精霊エアト様にとって、あの白き山は思い出が詰まった場所。だからあの山に一番近い街、モンブルヌも王国始まりの地とされているのでしょう」
雪の街とも呼ばれるモンブルヌには今も変わらず“建国の誓い”というモニュメントが設置されている。
ラモード王国は件の大戦の後に作られた国だと言われており、きっと地の大精霊エアトと愛を育んでいた人間がこの王国を形作ったのだとショコラは確信した。
「エアトはあの山の上から見る景色がお気に入りだったんだって。暇を見つけては誰かと一緒によく見に行っていたみたいなんだけど、それが誰なのかまでは記録だとわからなかったな」
「もう、そんなの決まっているではありませんの」
「まあそうなんだけどさ」
それ以上の言及は野暮というものだ。だからショコラもダンゴも詳細は口にしない。
「……ボクたちも2人で見に行ってみようか」
「モン・ブランシュネージュから見る景色をですか?」
「そう。どんな景色なんだろうって気になるじゃん。それにこんなものまであることだし」
得意げな表情のダンゴは《ストレージ》から何かを取り出し、テーブルの上に置く。すると忽ちショコラが目を見開いた。
今、テーブルの上にあるのは件の“箱”だったのだから。
「みんなにも手伝ってもらって雪の中からなんとか探し出したよ」
「転移の力を使うため、ですの?」
「ううん、そうじゃないよ。返してあげたいって思ったんだ」
ダンゴはショコラからその“箱”へと視線を移す。
「約束が果たされることはなかったのかもしれないけど、ボクはこの“箱”もあの2つの指輪と一緒の場所にあってほしい。……こんなのただの自己満足なんだけどさ」
彼女はそう口にすると気恥ずかしそうに頬を掻き、その表情を見つめていた少女もまた微笑ましげに頬を緩ませた。
「しっかりと厚着をして行かなければなりませんわね。あと天候には要注意ですわ」
「……うんっ、せっかくなら晴れた景色を見たいし、もうあんな吹雪は御免だよ」
「それにダンゴ様としては、あのゴーレムの様子も気になるのではありませんか?」
「もうっ、アイツのことは別にいいの!」
楽しげな雰囲気の中で今後の予定を話し合う少女たち。
「……数千年前にもこうして小さなお茶会を開いてさ、明日の予定なんかを話し合ったりしていたのかな」
「そうなのかもしれませんわね。ええ、きっと今のショコラたちのように――」
遠い昔に紡がれた想いはふとしたきっかけから数千年の時を超え、今を生きる少女たちによって再び紐解かれることとなった。
人と人との間に生まれる絆。
それはきっと往古来今人々の営みの中で育まれてきたものであり、今の彼女たちの中にも確かに存在しているものなのであろう。




